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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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回想(1)


「どこで生まれた何者なのか、俺自身も知らない。」


 その記憶が、自分にはない。そこが明確ならば、話はもっと簡単だった。


「俺は森で(きこり)に育てられた。だが、彼は親ではない。俺は拾われたのだ。彼も、近くの村の者達も、俺がどこの誰かを知らなかった。」


 覚えているのは、森と、たまに行く村のことばかり。それ以外の記憶は、とても朧気な、庭のようなところと、大きな螺旋の階段。親の顔は覚えていない。



 森の生活に、不満はなかった。(きこり)と、その友人の狩人が、森で生きる術は全て教えてくれた。近くの村には、同じ年頃の子供もいて、誰にも親という者がいると知った時は、自分の親はどこにいるのかと考えたこともあった。しかし、(きこり)は良くしてくれたし、困ることはなかった。


 転機になったのは、十二歳の頃だった。と言っても、正確な年齢は分からない。拾われた時、五歳だと自分で言ったらしい。それから数えるなら、その時は十二歳だったということになる。

 狩りにやってきた騎士の道案内をすることになった。それまで、騎士や貴族というものを見たことがなくて、接し方が良く分からなかったのだが、逆にそれで興味を持たれた。弓の腕を競ったり、森のことを教えると感心された。見たことのない都の話を聞くのも面白かった。



「それが、エルゼ―伯爵だ。」

「先代の近衛隊長、ですか?」

「そうだ。元々その辺りは、エルゼ―伯爵家に連なる家の所領だった。継承者が絶えて、本家が相続することになったのだ。」



 狩りに来たのは、新しい領地を見る為でもあった。

 獲物を捌こうと袖をめくり上げた時、その騎士は痣を見咎めた。子供の頃からあるもので、小さいから自分では気にしたこともなかったのだが。

 (きこり)に詳細を聞いた騎士は、差し出された衣服を見て顔色を変えた。それは、拾われた時に身に着けていたもので、(きこり)はなぜか、大事に取っておいたのだ。


 それからすぐに、彼の邸へと連れていかれ、貴方は王子かもしれない、と言われた。

 意味が分からなかった。自分にとっては、森と、たまに行く村が世界の全てだった。その外のことは、物語や、遠い国のことと一緒だ。



「では、その服が、証ですか?」

「いや。確かに庶民が着るような服ではなかったが、ただそれだけだ。自分では、それを着ていた記憶もない。腕の痣も、消えた王子と同じ位置にある、というだけだ。伯爵は、その二点と、俺が拾われた時期で、可能性があると考えたらしいが。」

「ならば、貴方は、本当に・・・?」

「エルゼー伯が、そう思っただけだ。明らかな証はない。何より、俺自身が覚えていない。」



 エルゼー伯爵家の人達は、良くしてくれたが、森の生活に慣れた自分にとっては、貴族の邸の生活は(いささ)か窮屈だった。マウルのような使用人達の方が、馴染みやすい。

 剣術や弓術は狩りの延長のようなものだったから良かったし、文字も知っておくと便利そうだと思ったが、礼儀作法には興味が持てなかった。敬語も難しく、最低限の作法が身につくのに、半年以上かかった。


 王都にも飽きて、そろそろ森へ戻りたいと思っていた頃、城へ連れていかれた。と言っても、庭の方だ。従卒の格好をして、しばらく待つように言われた庭の隅で、ぶらぶらしていた。幾何学的な庭は、よくこんな風に整えたと感心はしたが、しばらく見ていると飽きてきた。

 置物の上に置いた小石に、別の小石をぶつけて暇を潰していたら、いつの間にか、近くに人が来ていた。怒られるかと思ったのだが、その人は笑っていた。褐色の髪と目のその男性は、顔色が悪く、瘦せていて、見るからに体調が悪そうだったが、表情は柔らかく、懐かしいものを見るような目をしていた。


 エルゼー伯爵が、王を守る近衛隊長だということは、もう承知していたし、そのエルゼー伯が顔を伏せて付き従っているのだから、この人が王様なのだろうか、と思った。その後ろから鋭い視線を投げてくる壮年の男性が、宰相だということは、後日知った。


『器用だ。』


 王様らしき人は、すぐ目の前までやってきて、優しそうな目を細めた。もし、エルゼー伯爵の言うことが正しいのなら、この人が自分の父ということになるのだが、すぐ前にいるのに、自分にはやはり、確信が持てなかった。会えば分かるのかと、心のどこかで思っていたのだが、その男性に対して、特別な感傷は、抱けなかった。


 その人には、森の生活がどうだったか、今の生活はどうか、と聞かれた。あまり多くの言葉は交わさなかったが、その人は、全て嚙みしめるように、じっくり聞いていた。

 最後に言われたのは、『この後は、臣下として仕えよ。』ということだった。


 その後、二度とその人に会うことはなく、一年もしないうちに、先王は亡くなった。



「臣下として・・・先王陛下は、そう定めたのですね。」

「そうだ。」


 その後、エルゼー伯爵家の縁者として正式に近衛隊長の従卒になり、城に出入りするようにもなった。自分の身分は、既に定まったことのはずだった。


「なのに、なぜ今になって・・・」

「エルゼー伯の日記だろう。」

「日記?」

「今回の騒ぎが起きる少し前に、現在のエルゼー伯が訪ねてきた。」




 部屋に入るなり、彼は片膝と片手をつき、顔を伏せる姿勢を取った。

『フレイド殿?』

 訝しげに声をかけるリオディスに、彼はそのままの姿勢で詫び始めた。訳が分からなかったが、かつての上官の息子を、その体勢にしておくことは出来ない。何とか起き上がってもらい、椅子に掛けてもらった上で、話を聞くことにした。


『我が家の別邸に、先日賊が入ったのです。』

『賊?』

『父が最後を過ごしていた邸です。なくなったものの中に、父の日記がありました。』

『日記、ですか。』

『貴方が来た頃のことも書かれているものです。本当は、処分するように言われていたのですが・・・。日々のことも書かれているそれを処分することは忍びなく・・・。申し訳ありません。』


 頭を机に打ち付けかねない勢いで頭を下げる彼に、リオディスは宥めるように声をかけた。


『頭を上げてください。それは、家族にとってこそ価値があるものだ。取り返す手立ては?』

『探させてはいるのですが、賊にはまだ辿り着けず。盗品のいくつかは回収できましたが、日記は未だ。もし、ご迷惑をおかけすることになってはと。』


 賊の狙いは、日記の中身ではなく、装飾に使われている貴金属ではあっただろうが、中身を解する者に渡れば厄介なことになる。自力で回収できなかったエルゼー伯は、忠告に来ていたのだ。近衛隊でも密かに捜索を始めたが、残念ながら間に合わなかった。




「書かれているのは、先代隊長の私見だ。だが連中は、それを証だと言い立てている。明確なものなど、何一つないというのに。」

「他にも何か、あるのでは?」

「あるはずもないし、連中が何を出して来ようと、認めることは出来ない。陛下の治世を揺るがせる行いを、許すことはない。」

「臣下となれと、言われたからですか?」

「それだけでは、ない。」


 むしろ、それが理由なのではない。

 その時はまだ、覚悟は定まっていなかった。生涯を、王家と国へ捧げる覚悟は。




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