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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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噂(2)


 ジンツェンゲルト男爵一派の主張は、当初、懐疑的に受け止められた。


 王が彼を兄のように慕い、厚く信頼しているのは、周知の事実だ。幼い頃から大人に囲まれて育った王が、最初に出会った同世代の人間が、彼だったのだ。

 先代近衛隊長の従卒であった頃から、彼は、王が講義を受けたり、鍛錬をしている場に同席することが、度々あった。本来、従卒が王の側近くに仕えることはないが、同世代との交流がない王に対して、周囲の特別な計らいがあったのだ。

 それ故に、王と彼には、他の騎士との間にはない絆がある。そのことは、誰もが知っている。

 だからと言って、その彼を、兄王子とする主張は、安直であるように思われた。彼自身が、王への揺るぎない忠誠を誓う臣下であることもまた、周知の事実であったのだ。


 ジンツェンゲルト男爵らは、第一王子とはもちろんのこと、近衛隊長とも何の接点もない。彼らの主張する証とやらが、なぜ男爵の元にあるのか、冷静に考えれば不自然であった。

 しかも、奇妙なことに、彼らの主張は、当の本人を抜きにして展開されたのだ。



 ただ、そんなはずがない、と笑い飛ばすことも出来なかったのは、皮肉にも、彼の出自が不明確だったためだ。

 彼はエルゼ―伯爵家の遠縁ということになっていたが、おそらくは平民の出だと思われていた。貴族家系であれば、家と親は明確で、このような『(かた)り』は起こり得ない。


 常ならば、このような問題は、近衛隊がすぐさま対処する。しかし、その隊長が渦中の人となってしまったことで、近衛隊は身動きが取れなくなった。どのような調査結果を出しても、疑念が残ってしまうからだ。近衛隊に変わって動くはずの宰相も、なぜか動きは鈍かった。






「お聞きになられたか。近衛隊長殿の件。」

「ええ、まあ。」

「実際のところ、どうなのでしょうな。」


 またか、と思いながら、その子爵は応答する。向けられる視線は、親しげではあるが、探るような色が見え隠れしている。


「どう、とは?」

 相手は、さして親しくもないが、顔見知りではある。無下には出来ないが、最近、幾度となく繰り返されるこのやり取りに、子爵は辟易していた。


「ご子息から、何かお聞きなのでは?」

 親族からも、それほど交流のない知り合いからも、最近似たような探りを入れられるのは、息子が近衛騎士だからだ。おそらく、身内に近衛騎士がいる者は、同じ目に遭っているのだろう。


「近衛隊内部のことを、身内であっても漏らすことはありませんよ。御存知でしょう。」

「ええ、もちろんですとも。そうでなくては、務まりませんな。」

「ただ、息子は隊長を敬愛しております。彼の忠誠も、王家への献身も、誰もが知るところですから。」


 彼、と幾分強調して呼んだのは、彼が同格の子爵だからだ。決して、王族ではない。王が裁定を下さない限り、彼は臣下であり、他の誰も、それを崩してはならないのだ。


「まさに、まさにその通りですな。」

 そう言いながら、心から納得した様子は見えない。


 それほど気になるなら、本人に聞けば良いのだ。もっとも、彼に面と向かってそのようなことを問える者は、まずいないだろうが。一人だけ、公衆の面前でそのような蛮勇を示した者がいたらしいが、彼は、恐ろしい程の沈黙と共に相手を見据えた後、「くだらない話だ。」と言い捨てたという。それ以来、同じことをしようという者はいない。

 それでも、疑念が払拭されたわけではない。彼も、はっきり違うと示せば良いのに、とも思う。


 この状況に、本人は沈黙を通したままだった。






 王はこの件に触れることなく、変わらず彼を傍に置き、近衛隊も動揺を見せなかった。宰相も議会も、この噂話を無視し続けた。

 もし、我こそは王子である、という者がいたのなら、その真偽は徹底して調べられただろう。しかし今回は、無関係の者達が声を上げている。彼らは、何を根拠にしているのか、未だ明かしておらず、そうである限りは、これは単なる噂だ。おそらくは、そういう理屈で、中枢部は沈黙していたのかもしれない。

 が、宮廷貴族達は、次第に揺らぎ始めていた。


 貴族達が揺らいだのは、利益が絡むからだ。

 王を頂点とした現在の体制は、すでに固まっている。王族のいないこの国では、すり寄るとしても三公爵の派閥になる。それもほとんど固まっているから、浮き上がるには、それなりの能力を示すか、運を掴むしかない。

 そこに、突如王族が出現したならば、それは新しい勢力になる。

 もし、『王子』があるべき位置に戻ることに尽力したならば、その功労者には、それなりの見返りが期待できる。その勢力の中で優位に立つためには、早く傘下に収まった方が良い。上手くすれば、公爵の派閥にいるより大きな力が得られる。

 そう考える者が、少なからず存在した。


 そして、そういう目で見れば、彼は王子らしくも見えた。威厳があり、武術に秀で、部下からの信望もある。

 彼と王では、髪の色も目の色も異なる。しかし、そう言われてみれば、目元が似ている、とか、鼻筋が似ている、とか言い始める者も現れるようになった。


「第一王子は、幼くして連れ去られた故、ご自身でも事情をご存知ないのだ。」

「そのような不運で、王族の地位を追われるなど、あって良いものだろうか。」

「確かな証があるのだ。疑う余地などあろうか。」

「王子には王族の待遇を。これは、王家への忠心から、申し上げることである。」


 こうした声は、次第に密やかなものではなくなっていった。しかし、近衛隊の目がある前では、彼らは声を潜める。もし当人の前であったなら、射殺さんばかりに睨みつけられただろう。これもまた奇妙なことに、本人を抜きにした主張だった。


 それでもこの声は、拉致された幼い王子への同情と共に、宮廷の外にまで漏れ出ていく。真実がどこにあるのかは、捨て置かれたまま。


 宰相が動かない理由は不明だが、議会はまだ動けない。議会が対応するとなると、反逆罪を念頭に置くことになり、大事になる。反逆は、まだ起きていないのだ。彼らはただ、よく分からない根拠を元に、『王子の復権』という世迷言を述べているだけ。

 しかし、事ここに至っては、無視を決め込むのも、もう限界だった。




 男爵らが、どれだけ物事を深く考えていたかは不明だ。だがこれは、国と王を危うくする。その原因が自身であることは、あの人にとって、耐えがたいことのはずだった。



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