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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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大階段

「おーい!降ろせー!」


 ガラガラと音を立てながら、大階段の燭台が降ろされていく。蝋燭を変える作業をしながら、使用人達は、いつも通りに軽口をたたき合っていた。


「特別手当出ないかなあ。戦争に勝ったんだからさ。」

「ばーか。兵士には出ても、何でお前に出すんだよ。」

「だって、こっちの完勝だろ?がっぽり金取ったんじゃねえの?少しくらい分けてもらっても、いいんじゃねえかなあ。」

「がっぽりは取らないんじゃないか。うちの王様、いい人だから。」

「なんだよ。そこはもらっていいとこだろ!」

「金じゃなくて食い物で支払ってもらったって話、聞いたぞ。」

「食い物?じゃ、現物支給か。」

「なんでお前がもらう前提なんだよ。」

「そういや、厨房の連中が話してたけど、今年はラーエ川の水量が少なめで、収穫が減るかもって話だ。それでかなあ。」

「え?まじ?特別手当どころか、パン値上がりするの?」


「おい!お前たち!」

「あ、しまった。」

 一応手は動かしていたのだが、おしゃべりに興じていたら、うるさい上司が来るのに気づくのが遅れて、使用人達は焦った。


「いつまでそこの作業をしているんだ。仕事はまだあるんだぞ!」

「はいはい。分かってますって。急ぎますって。」

「おい。いいぞ。上げろ。」

 再び、ガラガラと音を立てて、燭台が上がって行く。

「あれ。引っかかった。」

「おい、何やってんだよ。急げよ。」

「分かってるよ。」


 使用人達の朝は早く、忙しい。主達が目覚める前に、用事を済ませなければならないのだ。作業が若干雑になることもあるし、用事をやり残して、後で注意を受けることもある。王城の朝の、いつもの風景だった。






「ようやく終わるか。」

 王の安堵したような言葉に、秘書官が答える。

「意外と長引いてしまいましたが、これでようやく目途がつきますね。ようございました。」


 アルジュール戦役の終結から三か月、国同士の取り決めは済み、調印も終了したのだが、唯一残っていたのがアルジュール王の身代金問題だった。なぜか本人からの横槍で解決が伸びていたのだが、ようやく目途が付いたと、先程、報告があった。これから顧問議会にも報告が行われることになっている。


 王城の中を移動する王の傍を歩きながら、リオディスはアルジュール王と面会した時のことを思い出していた。王の面会に同行しただけなので、リオディス自身は言葉を交わさなかったが、先方はこちらを認識して、怒りの籠もった眼を向けてきた。戦場で喉元に剣を突き付けたのだから、覚えていて当然ではある。


 その時に感じたのは、二人の王の差だ。話には聞いていたが、他国の王と接するのは初めてで、同じ王でも随分と差があるものだと感じた。リオディスにとっては、ローヴェルン王が標準だ。

 アルジュール王は、さして優れた人物とも見えなかったが、虚栄心だけは人一倍強いように思う。アルジュールは大国であるし、敵地で虚勢を張っているのかもしれない。だが、年齢はアルジュール王の方が上であるはずなのに、能力も、心構えも、我が王の方が優れている。贔屓目ではなく、それが率直な感想だった。



 庭が見える場所まで来た時、王の視線が、ある場所へと向けられた。眼下には幾何学模様の庭が広がっているが、その向こうの片隅に、小規模のバラ園がある。副長のカリベルクがそれに気づいて、笑みを零した。

「王妃様は、今頃ご覧になられているでしょうね。」

「ああ。そうだな。・・・気付くだろうか。」

 王は少し自信の無さそうな、それでいて期待の籠もったような顔をした。


 王妃はバラを好む。それも、摘み取って飾り立てたものではなく、花園に咲くバラを好むのだ。庭師に教わりながら、自ら手入れをすることもあるという。そのことを、密かに非難する者もいたが、王はむしろ、そのような時に見せる王妃の生き生きした笑顔を喜んだ。

 今日は、そんな王妃の為に、新しい種類のバラを取り寄せておいたのだ。


「王妃様は、バラにお詳しいようですから、すぐにお気づきになるでしょう。」

「そうか。そうだな。」


 気付いてくれるか、喜んでくれるか、と心を騒めかせている様子は、微笑ましくすらあり、傍につく騎士も秘書官も侍従も、皆一様に暖かい笑顔になる。皆、王にとっては、兄か父ほどの年齢なのだ。


 リオディスも例外ではなかった。自分では意識していないが、誰に対しても等しく冷静で、感情を感じさせないリオディスも、唯一、王に対してだけは、温かい眼差しを見せる。

 即位してからずっと、先代の近衛隊長と共に、王を見守ってきた。幼いながらも己の責務を理解し、ひたむきに、懸命に務めをこなしてきた王が、心安らぐ存在を得た。孤独を抱えて成長した王が、優しい眼差しを向ける相手を得たことを、リオディスは心の底から喜ばしいと思っていた。



 庭を望む螺旋の大階段は、普段から官吏や貴族達が利用する。ただ、上階に来るのは、役職のある者だけで、立ち話をしているのも、多くは仕事の話だ。踊り場や周囲の回廊では、書類を抱えた官吏や、何かしらの役目を負った貴族が行き交ったり、何かの相談や打ち合わせをしていた。

 王が近づいてきたことを悟ると、皆、道を開ける為に通路の端に寄っていく。


「陛下。少しお待ちを。」


 一人の官吏が、広間になっている踊り場から通路に出た時の仕草が気になって、リオディスは王に呼びかけた。


「どうかしたのか?」

「確認して参ります。こちらでお待ちください。」

 そう言って、踊り場に向かうリオディスに、副長のカリベルクも従った。

「何か気になることが?」

「ああ。少しな。」


 その官吏は、上を気にしながら、肩を払いのける動作をした。

 いつもと変わりないように思える踊り場をよく見ると、床に黒っぽい塵がいくつか落ちている。外からの風が届く場所ではあるが、今日は強風でもなく、床は毎朝掃き清められているはずだ。そう思っているところに、新しい塵が降ってくるのが見えた。


 踊り場に一歩踏み入れて、天井を見上げ、目を(すが)める。その視線を追って、カリベルクも上を見上げてみるが、何も見えない。夜は、燭台に灯された蝋燭の明かりで天井の彫刻も見えるが、日中は日の光の陰になってしまって、良く見えないのだ。


「隊長―――」


 その言葉を最後までは聞かず、目を見開いたリオディスは、カリベルクを後ろに押しやりながら叫んだ。


「広間から出ろ!!」



 全ては僅かな間に起きた。

 だが、その僅かな時が、ゆっくりに感じられた。

 

 瞬間的に見渡す視界に入る人影は、ほとんどが既に踊り場から出て、通路や回廊で王が通るのを待っている。


 しかし、今しがた階段を登ってきた者には、状況は分からず、今まさに、踊り場に足を踏み入れた者がいた。


 深緑の制服に身を包んだ二人、レーナとその副長が。



(レーナ―――)



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