表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
82/99

ヴァルハラ

 アルジュールとの戦後処理は、淡々と進められた。

 王が捕虜となっている以上、あちらも無茶なことは言えないし、そもそも仕掛けておいて負けたのだから、何かを要求できる立場にはない。

 ローヴェルンとしては、アルジュールを大幅に切り崩すつもりはないが、この戦争で消費したものは取り返し、当面、戦争を仕掛けてこない約束も取り付けておきたいところだ。

 国同士の取り決めの方が重要だったので、身代金の方はあまり高額に設定するつもりはなかったのだが、意外なところから反対意見が出た。


 王族や高位貴族の場合、身代金と引き換えに解放するのが、このあたりの国の習いだった。無理なく支払える程度の金額を提示したのに、安すぎると不満を漏らしたのは、アルジュール王本人だった。自分の価値は、この程度ではない、と言うのだ。捕虜であるのに、色々と注文も多いようで、アルジュール王に接している人達の報告が、段々投げやりになってくるのは、嫌気が差してきたのだろうと察せられた。何でもいいから早く帰ってもらいたい、という気持ちが透けて見える時もある。


 アルジュールの人達が、気の毒にも思えるが、あの王の身勝手に振り回されたのは、ローヴェルンも同じだ。物やお金は帰ってきたが、戻ってこなかったものもあるのだ。







『カテリ?どうした?』


 戦闘が終結し、撤退準備に忙しい陣中で、入隊後間もない新人が、元気なく座り込んでいた。同期のミルツァが、その隣で心配そうに付き添っている。性格も育ちも違うが、この二人は仲が良い。


『友達が・・・』

『友達?』

『戻ってこなかったんです、彼。』

 言い淀んでしまったカテリの代わりに、ミルツァが告げる。

『去年、入隊したばかりって、言ってました。家族や村を守る為に、軍に入ったって。どっちが先に手柄を立てるか競争だ、なんて言ってたのに。』


 陣中で親しくなった兵士だったらしい。ほとんど同年の、若い兵士だ。あの乱戦の中、戦に不慣れな新兵が生き残るのは、運に恵まれていなければ難しかったかもしれない。いや、経験や技量のある古参の兵であっても、些細なことで運命が変わる。そういう場所なのだ。

 王も近衛隊長も無事だった。マリエルやオリビアの夫達も、生きて帰れる。しかし、次もそうだとは限らない。


 勝敗が決し、ローヴェルンの兵士が勝鬨(かちどき)を上げた時、安堵はしながらも、その高揚感を共有は出来なかった。上空から見る戦場は、力強く立つ兵士ばかりではなかったのだ。


 目についたのは、横たわる多くの屍。敵も味方もなく、倒れ伏して二度と動かない兵士達。勝者ではあっても、それが戦場の現実。

 おそらくはあの中に、知った顔もあっただろう。もし、それと判る人を見つけてしまったら、無感覚ではいられない。カテリの場合は、それがとても、親しい人間だったのだ。


 命が生まれるのは、いくつもの奇跡の積み重ね。

 けれど、失われる時はあっけない。


『総長。総長の世界の神界は、王様とか英雄でなくても、行けるんですよね。彼も、行けますか?』


 ここの教義では、選ばれた者以外、神界には入れない。他の者は、ただ世界に還るだけだ。けれど、カテリの求める答えは、そうではない。彼女が今、必要とする救いは、そこにはない。

 だから、私は、嘘をつく。本当は、死後のことなど、知らないけれど。


『戦士が行くところがある。戦士なら、誰でもいいんだ。だから、行けるよ、ヴァルハラに。彼も、あなたも、私達も。いずれそこで、また会える。』


 カテリは、ただ、泣いていた。


 北欧神話にあるヴァルハラは、本当はそういうところではないかもしれない。でも、彼女にとって、道標となるならば、暗闇に指す光明となるならば、そういうことにしておいてもいい。




『怜那。―――お前の怜は、黎と同じ―――』

 黎とは暗闇。先の見通せない、闇。そう言われたのは、いつだっただろうか。







「レーナ?」

 怪訝そうな声がする。心なしか焦りを含んだような、強張った声だ。

「オリファ?」

 明りのない廊下は、薄暗い。今日は、あまり明るい夜ではないから、オリファの表情は、あまりよく見えない。


「何を、歌ってたの?」

「え?」


 戦場を思い出しながら、無意識に口ずさんでいたのが、何の歌なのか、自分でも良く分からない。どこの国の言葉なのかも、何を歌ったものなのかも。

 ただ、透明感のある旋律と声は覚えていて、淡い光が滲む空を見上げていたら、自然と口をついて出ていた。


「あんたさ、本当にもう大丈夫なの?」

 窓枠に(もた)れかかるようにして、覗き込んでくるオリファは、小言を言いたそうに眉を寄せている。


「とっくに治ってるよ。どうして?」

 思わず苦笑してしまう。毒矢を受けて以来、オリファは口うるさい姉のようになる時がある。


「変だから。」

「変って・・・。変わらないでしょ、私は。カテリのことを考えてたんだよ。立ち直るのに、時間かかるだろうと思って。」


「ああ。そうかもね。でも、ここにいる以上、同じことはこれからもある。乗り越えなくちゃ。あの子は、望んでここに来たんだ。」

「そう、だね。」

 軍もファリエンも同じ。命を失うことがある。そういう場所に、私達はいる。


「乗り越えられるよ。大人しそうに見えて、強い子だし。畑や羊の世話をして育った子は、結構強いもんだよ。それに、いい友達もいる。傍について、何かと世話を焼いてやってるみたいだよ。」

 オリファの言うとおり、カテリの周りには、いつも同期の誰かが付き添っている。良い仲間だと思う。


 今はまだ、消沈したままのカテリが、いつかまた、笑えるようになるといい。以前と全く同じというわけにはいかなくても、その痛みを忘れることは出来なかったとしても。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ