ヴァルハラ
アルジュールとの戦後処理は、淡々と進められた。
王が捕虜となっている以上、あちらも無茶なことは言えないし、そもそも仕掛けておいて負けたのだから、何かを要求できる立場にはない。
ローヴェルンとしては、アルジュールを大幅に切り崩すつもりはないが、この戦争で消費したものは取り返し、当面、戦争を仕掛けてこない約束も取り付けておきたいところだ。
国同士の取り決めの方が重要だったので、身代金の方はあまり高額に設定するつもりはなかったのだが、意外なところから反対意見が出た。
王族や高位貴族の場合、身代金と引き換えに解放するのが、このあたりの国の習いだった。無理なく支払える程度の金額を提示したのに、安すぎると不満を漏らしたのは、アルジュール王本人だった。自分の価値は、この程度ではない、と言うのだ。捕虜であるのに、色々と注文も多いようで、アルジュール王に接している人達の報告が、段々投げやりになってくるのは、嫌気が差してきたのだろうと察せられた。何でもいいから早く帰ってもらいたい、という気持ちが透けて見える時もある。
アルジュールの人達が、気の毒にも思えるが、あの王の身勝手に振り回されたのは、ローヴェルンも同じだ。物やお金は帰ってきたが、戻ってこなかったものもあるのだ。
『カテリ?どうした?』
戦闘が終結し、撤退準備に忙しい陣中で、入隊後間もない新人が、元気なく座り込んでいた。同期のミルツァが、その隣で心配そうに付き添っている。性格も育ちも違うが、この二人は仲が良い。
『友達が・・・』
『友達?』
『戻ってこなかったんです、彼。』
言い淀んでしまったカテリの代わりに、ミルツァが告げる。
『去年、入隊したばかりって、言ってました。家族や村を守る為に、軍に入ったって。どっちが先に手柄を立てるか競争だ、なんて言ってたのに。』
陣中で親しくなった兵士だったらしい。ほとんど同年の、若い兵士だ。あの乱戦の中、戦に不慣れな新兵が生き残るのは、運に恵まれていなければ難しかったかもしれない。いや、経験や技量のある古参の兵であっても、些細なことで運命が変わる。そういう場所なのだ。
王も近衛隊長も無事だった。マリエルやオリビアの夫達も、生きて帰れる。しかし、次もそうだとは限らない。
勝敗が決し、ローヴェルンの兵士が勝鬨を上げた時、安堵はしながらも、その高揚感を共有は出来なかった。上空から見る戦場は、力強く立つ兵士ばかりではなかったのだ。
目についたのは、横たわる多くの屍。敵も味方もなく、倒れ伏して二度と動かない兵士達。勝者ではあっても、それが戦場の現実。
おそらくはあの中に、知った顔もあっただろう。もし、それと判る人を見つけてしまったら、無感覚ではいられない。カテリの場合は、それがとても、親しい人間だったのだ。
命が生まれるのは、いくつもの奇跡の積み重ね。
けれど、失われる時はあっけない。
『総長。総長の世界の神界は、王様とか英雄でなくても、行けるんですよね。彼も、行けますか?』
ここの教義では、選ばれた者以外、神界には入れない。他の者は、ただ世界に還るだけだ。けれど、カテリの求める答えは、そうではない。彼女が今、必要とする救いは、そこにはない。
だから、私は、嘘をつく。本当は、死後のことなど、知らないけれど。
『戦士が行くところがある。戦士なら、誰でもいいんだ。だから、行けるよ、ヴァルハラに。彼も、あなたも、私達も。いずれそこで、また会える。』
カテリは、ただ、泣いていた。
北欧神話にあるヴァルハラは、本当はそういうところではないかもしれない。でも、彼女にとって、道標となるならば、暗闇に指す光明となるならば、そういうことにしておいてもいい。
『怜那。―――お前の怜は、黎と同じ―――』
黎とは暗闇。先の見通せない、闇。そう言われたのは、いつだっただろうか。
「レーナ?」
怪訝そうな声がする。心なしか焦りを含んだような、強張った声だ。
「オリファ?」
明りのない廊下は、薄暗い。今日は、あまり明るい夜ではないから、オリファの表情は、あまりよく見えない。
「何を、歌ってたの?」
「え?」
戦場を思い出しながら、無意識に口ずさんでいたのが、何の歌なのか、自分でも良く分からない。どこの国の言葉なのかも、何を歌ったものなのかも。
ただ、透明感のある旋律と声は覚えていて、淡い光が滲む空を見上げていたら、自然と口をついて出ていた。
「あんたさ、本当にもう大丈夫なの?」
窓枠に凭れかかるようにして、覗き込んでくるオリファは、小言を言いたそうに眉を寄せている。
「とっくに治ってるよ。どうして?」
思わず苦笑してしまう。毒矢を受けて以来、オリファは口うるさい姉のようになる時がある。
「変だから。」
「変って・・・。変わらないでしょ、私は。カテリのことを考えてたんだよ。立ち直るのに、時間かかるだろうと思って。」
「ああ。そうかもね。でも、ここにいる以上、同じことはこれからもある。乗り越えなくちゃ。あの子は、望んでここに来たんだ。」
「そう、だね。」
軍もファリエンも同じ。命を失うことがある。そういう場所に、私達はいる。
「乗り越えられるよ。大人しそうに見えて、強い子だし。畑や羊の世話をして育った子は、結構強いもんだよ。それに、いい友達もいる。傍について、何かと世話を焼いてやってるみたいだよ。」
オリファの言うとおり、カテリの周りには、いつも同期の誰かが付き添っている。良い仲間だと思う。
今はまだ、消沈したままのカテリが、いつかまた、笑えるようになるといい。以前と全く同じというわけにはいかなくても、その痛みを忘れることは出来なかったとしても。




