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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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終結(2)

「やあ、近衛隊長。」

「ビフェルン伯。」

 声をかけられて、リオディスは向き直り、礼を取った。


「活躍だったようだね。」

「いいえ。務めを果たしたにすぎません。閣下のお働きこそ、お見事でございました。」

「それこそ、務めを果たしただけだ。」


 ビフェルン伯は、軽く肩を竦めたが、そう簡単な話ではない。

 レグリアに対しては手を打った、と安心していたアルジュールが注視していたのは、ローヴェルン国内の状況、とりわけライヒス公家の動向だった。

 実際には出兵の準備を整えながら、領内の安定を図るために今回の戦争には参加できない、と思い込ませるためには、細心の注意を要する。敵方の情報網を把握し、どこを潰し、どこを生かして、何を伝えるかをコントロールしなければならない。その上で、アルジュールの後方に回り、挟撃するための別動隊として、密かに動かなければならないのだ。

 どこかで目論見を知られれば、アルジュールは初戦で、本気で本隊を叩きに来るか、別動隊を潰しに来ただろう。

 だから、総司令官やヴァルトレーテ公は、それは博打だと苦言を呈した。亡きライヒス公なら、決して取らない手段だ。


「服喪の最中に、閣下には大変な務めであったことでしょう。」

「ああ。そうだね。大人しく喪に服していたかったよ。」


 ビフェルン伯は、ひんやりと笑った。

 王の前では礼を保ち、穏やかな表情や言動を崩そうとしないが、リオディスに対して、繕うつもりはないらしい。常々見せる穏やかな笑みの裏に潜む冷徹さを、隠そうとはしない。


「父が病を得て長かったからね。覚悟も準備もできていたが、やはり悼む時間は欲しかったよ。その隙をついて来ようとするのだから、流石に腹が立ってね。彼らにも、痛い目を見てもらうことにした。」


 (すが)められた瞳には冷たい炎が躍っているようで、歪められた口元には、温厚さの欠片もない。こちらの方が、素に近い。


 間者が摺り寄ってきた時には、とうに準備は整っていた。領内の把握も、相続に伴う親族間の調整も、邸に潜り込んだ間者の特定も、全て終えていたのだ。


「海賊の襲撃は、やはり閣下が?」

「アルジュールは、いずれクル河を越えて、東にも手を伸ばそうとしていた。そう聞かされれば、かの国とて面白くはないだろう。正面切って争うつもりはないようだが、賊のふりをしてアルジュールの国力を削ぐくらいは出来る。これでしばらくは、西と沿岸に集中せざるを得ないだろう。」

「地図を使われましたか。」

「意外に早く役立ったな。」


 アルジュールの商人から没収した品の中に、その国の地図も含まれていた。軍の上陸に適した地形などを中心に調べた様子などを見せられれば、今のうちに相手の力を削いでおこうという気にもなるというものだ。


「アルジュールは強国だが、今の王はあまり賢くはない。足元は決して盤石ではないのに、即位間もないこの時期に、夢物語のような覇業に一歩踏み出そうというのだから。当面は、大人しくしていてもらうよ。」


 どうやら、国内にも何か仕掛けたらしい。この短期間に、それだけ手を回せるのは、この御仁だからか。

 宰相もそうだが、この伯爵が、王に対して二心を抱くような人物でないのは幸いだった。もしそうなら、対抗するのは骨が折れそうだ。そのような懸念を抱かれていると知ったら、心外だと言われそうだが。


「ところで、彼女は無事かい?負傷したそうだね。」

 少し雰囲気を和らげて、伯爵は話題を変えた。


「回復したようです。」

 あと少しで回復不能な状態になるところだったのだから、後方の陣に置いてくるつもりだったのに、彼女は当たり前のように復帰してきた。

 万に一つ、王に危険が迫った時、自分の身を盾にするため、飛び込んでくるつもりでいたのだろう。王妃が悲しまずに済むように。

 それは、させられない。

 王を身を賭して守るのは、近衛隊の役目だ。ここで、彼女を死なせることは出来ない。


「今回の戦いでは、彼女達もだいぶ活躍したそうだね。」

 先程より穏やかに微笑みながら話しているように見えるが、魔物討伐部隊(ファリエン)に向けるビフェルン伯の感情は、決して温かいものではない。


「騒ぎを起こしかけた時は、彼女をどうしたものかと考えたが、様子を見ることにしたのは、正解だったようだ。」


 魔物討伐部隊(ファリエン)として彼女達を登用した後も、上層部は冷淡な目で観察を続けていた。有用であるか、害となるか。そのような監視の目は、彼女も感じ取っていただろう。


『よく見ておくことだね。』


 異境の民を有用と考えたビフェルン伯は、排除の口実を作らぬよう、そのような言葉を投げてきた。

 彼女の行為が、悪意で捻じ曲げられ、異境の民への暴動となりかけた時、まだ彼女達の足元は、安定していなかったのだ。


「騒動を起こそうとしたのは、彼女ではありません。」

「ああ、そうだったね。彼女はその種を蒔いただけだ。早々に刈り取らなかったのは、何か思うところがあったのかもしれないが、あまり良い判断ではなかった。自力で対処できない騒動を起こしかけたのだから、除くべきか、残すべきか、少し迷ったのだ。あの時、相手の動きを潰したのは、君だろう?」

「私は注意を促しただけです。対処したのは、他の者でした。彼女達は、この国の民として、既に根を下ろしていたのです。」

「この国の民として、か。それは、喜ばしいことだな。」


 暴動は未然に防がれた。彼女の評価は曲げられてしまったが、魔物討伐部隊(ファリエン)の評価は穏当だ。彼女にとっては、それこそが目指すところだったのかもしれないが。


「彼女達の評価は定まった。王妃がいる限り、彼女ももう心配ないだろう。」

 それは、使役する者としては、正しい認識ではある。しかし、彼女を駒としてみた場合の認識だ。

 リオディスは、どこか苦しいものを感じずにはいられなかった。







 テムルは、手の中にある石を、複雑な思いで見つめていた。透明感のある薄青い石は、水の中に沈めてしまえば、在ることに気付かれないほどに同化する。海晶石が、海から生まれたと表現される所以(ゆえん)だ。

 しかし、一見海晶石と見えるこれは、実際には全くの別物だった。その違いは、普通の人間には分からない。だから、これの持ち主だった人間も、真価を知らないまま所有していたのだ。と言っても、強欲で横暴なその人物は、これを正当な手段で手に入れたのではなく、どうやら、あるべき場所から強引に奪ってきたようだった。その場所で、大変価値のあるものだと伝わっていたという、ただそれだけの理由で。


 アルジュールの大商人だったというその持ち主は、ローヴェルンの法律を犯し、全財産を没収されて牢屋に入れられた。詳しいことは知らないが、余程悪いことをしたのだろう。そんな人間から、これを引き離せたことは良いことだと思っていた。

 これが持つ特別な力を見抜けるのは、異境の民だけだ。その力を扱えるのも、必然的に、自分達だけなのだ。


 海嘯石は、言い伝えられていた通り、大量の水を操る力を持っていた。これがあれば、洪水や日照りの被害を減らせる。正しく扱える人間が、手にするべきだ。そう期待をしていたのだ。


 そう思いながら、目の前に座る人に目を向ける。

 いつも通りの柔和な笑みを(たた)え、優雅に足を組み、ゆったりとくつろいだ様子を見せる貴族。

 この人のことは、ずっと、優しくて話の分かる人だと思っていた。居丈高に怒らないし、きちんと話を聞いてくれるし、希望も大体は聞いてくれた。


「今回は、良くやってくれた。褒美はあげるよ。けれど、君は不満なようだね。」

「これは、遊水池で使うと思ってました。洪水の被害を減らすために。」


 非難の目を向けたかったが、目を合わせることは出来なかった。

 遊水地で水量のコントロールが出来れば、人が住める範囲が増える。付属する施設に裕福な商人達が集まれば、仕事も増える。だから、何をどのように作ればよいか、自分も仲間も張り切って考えた。ここに来てからずっと奴隷のように見下されてきたけれど、初めて対等に扱われたような気がしたのも嬉しかった。


「無論、そうだよ。これは有益なことに使うつもりだ。溜め込んだ水を利用すれば、渇水の時にも役立つだろう。」


 けれどこの人は、今回、これを別の事に使った。気付いた人間は、多分いないとは思うけれど。


「だがこれは、このようにも使えるのだ。敵対する者を干上がらせることも、溺れさせることも出来る。これが実在すると分かれば、必ずそのように使う者が現れるだろう。不自然さを感じない程度に留めた、今回の比ではない事が起きるよ。だから、君は先人の教えを思い出すべきだ。これの存在は、仲間にすら教えてはいけない。国が選んだ人間以外には。良いね。」


 そう言って笑うビフェルン伯が、恐いと感じる。


 ファリエンの総長は、この人のことをどう感じたのだろう。彼女に対する考えも、結構冷淡なものだと、最近分かってきた。もし、また会うことがあったら、忠告してやった方がよいかもしれない。そんな機会があれば、の話ではあるのだが。



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