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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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終結(1)

「知らせは、間に合っただろうか。」

 戦場から遠く、西のレグリアにいるカッツェル伯は呟いた。後ろに控えた秘書官が、それに答える。

「宰相閣下は、多少遅れても構わないと仰せでした。」

「それでも、適した時というものはある。」


 刻々と事態が動く中では、早馬でも知らせが届くのに数日かかるというのは、じれったいものだ。戦端がいつ開かれたか、戦況がどうなっているのか、カッツェル伯には知る由もない。

 アルジュールの西の国境に異変ありという知らせは、狼煙で速やかに伝わっただろうが、それが遥か東の本陣に届くのがいつになるか、それが戦況に影響を与え得るのかは、不確定だ。


「多少遅れても良いというのは、他にも策を講じているということか?」


 西部の混乱を伝えることで、西から動員した部隊を戦場から引き剥がすことが目的なら、この知らせは戦闘の前に伝わらなければ、効果的ではなくなるのだ。しかし、秘書官は事務的な返答を寄越すだけだった。


「受けた指示以上のことは、存じません。」


 そうだろう。彼は立案者ではなく、受けた命令が、速やかに滞りなく遂行されるように見届ける監督者なのだ。主の計画の全てを知っているわけではない。


「それにしても、あの三人が本当に手を組むとは。どうせすぐに瓦解するだろうが、よく決意したものだ。」

「閣下のお言葉が効いたのでしょう。」


 晩餐会の後、三人の招待客は、この会合のことは内密にするよう要望した。角を突き合わせているはずの彼らが一堂に会したとなれば、辺境伯を刺激しかねない。カッツェル伯が指摘したように、単独では抗しきれないのだ。

 それに対して、伯爵は惚けた返答を返した。


「はて、内密にしきれますかな。すぐに伝わりそうですが。最近は、辺境伯やアルジュールに注視されておりますから。ああ、無論、私が言い広めることは致しませんよ。」


 人の好さそうな顔で約束されても、何の保証にもならない。

 三人とも、自身に対する監視には注意を払っていたが、カッツェル伯に見張りがついていたのは、時期が悪かった。ローヴェルンの外交官の邸に、レグリアの三人の有力者が集まったと知られれば、アルジュールと結んだ辺境伯に対抗する動きだと取られるだろう。そこで実際にどのような話し合いがされたかは、重要ではない。

 三人とも、青い顔をして帰って行ったものだ。


「あれでも効果は五分五分と思っていたがな。楔を打ち込んだとお前は言ったが、更に打ち込むようなことを、何かしたのかね。」

「早々に辺境伯に知られ、対抗措置を講じられていると、信じて頂きました。あのお三方の確執は想像以上でした。あのお言葉がなければ、あの方々を動かすのは難しかったかもしれません。」


 涼しい顔でさらりと言う秘書官に、カッツェル伯は顔を(しか)めた。

「私はそのような指示はしておらんがな。」

 ところが秘書官は悪びれる様子もない。

「それでよろしいかと存じます。あのお三方が閣下をご信頼なされたのも、閣下の御人徳の賜物ですので。閣下はただ、皆さまをおもてなしになり、世間話をされただけです。」


 一応現在は自分の部下となっているが、この秘書官の本当の主は別にいる。だからこその越権行為ともいえるが、目的があくまでローヴェルンの国益ならば、目を(つむ)らねばならないことだ。


 亡きライヒス公と違い、宰相の指示は綱渡りに感じる。外交官であるから、交渉事は専門ではあるが、全体像が見えない中で、自分のしていることに確信も持てない。近いうちに上司となる若公爵も、似たような感じらしい。優れた人というのは、常人の理解が及ばない思考をするものなのか。

 当面続くであろう苦難を思い、カッツェル伯はそっと溜め息を漏らすのだった。







 西の異変の知らせは、確かにアルジュール王の元に届いていた。

 王は大いに不機嫌になった。間の悪いことに、沿岸地域で海賊が出没し、そちらの対応も必要になっていたのだ。決戦に当たって、アルジュールの兵力が減少していた理由は、ここにもあった。


 この一戦は、アルジュール王の覇道の最初の一歩となるはずであった。折角、最適な時期を選び、後方の憂いも払拭し、万端の準備を整えてこの戦いに臨んだというのに、初手から(つまず)いたのだ。

 初戦に投入されてきた飛竜も、想定外だった。話には聞いていたが、実際に目にした時の威圧感や、兵の士気の破壊力は、予想を大きく超えていた。

 それでも同等の条件で当たったはずの決戦で、挽回するどころか叩きのめされたのは、不甲斐ない臣下のせいだろう。存在しないはずの別動隊の出現もさることながら、あの騎馬隊の突進を、現世に降臨した『戦神』を、誰も止めることが出来なかったのだ。


 異民しか后にできないような、無能なローヴェルンの若造に一泡吹かせてやるはずが、なぜ自分が虜囚の憂き目にあっているのかと、アルジュール王は憤懣(ふんまん)やるかたない様子でいた。







「陛下。この度の遅参、誠に申し訳なく、お詫びの言葉もございません。」


 臣従の礼を取りながら、神妙な顔で謝罪の言葉を述べるビフェルン伯を前に、王は苦笑が零れるのを堪えていた。

 これは、予定された遅参なのだ。事情を知らぬ者も見ているからこのようなことをしているが、これも芝居だ。しかし、折角相手が真面目に芝居をしているのだから、こちらが笑ってしまっては台無しになる。


「まさに憂慮すべきことであった。喪中であるという事情を差し引いても、国の柱石たる公爵家が、義務を放棄することは許されないことだ。幸いにも、そなたは間に合った。今後は、その身を一心に、我と国に捧げ、償いとせよ。」

 あえて厳しい表情をしてみれば、相手もさらに畏まった様子を見せる。主だった者を連れて天幕に入ると、王はもう苦笑を堪えてはいなかった。


「あれは必要だったかな?」

「けじめを見せる必要はありましょう。表向き、家内の事に重きを置き、出兵に遅れたことになっておりますから。」 

 ビフェルン伯も、既にいつも通りの笑顔だ。

「しかし、本当は勝利に貢献した功労者であるのに。」

「恐れ入ります。南西の攪乱と北の抑えを、宰相閣下やヴァルトレーテ公にお手伝い頂きましたので、私一人の功ではございませんが。」

「全ての策が嵌まってようございました。こちらが思うようには、相手は踊ってくれんだろうと、懸念しておりましたのでな。」

 総司令官は、渋面のままだ。


 ビフェルン伯は、ローヴェルンが動員する兵が、実際より少なく見えるように操作した情報を、アルジュールに流していた。圧倒的優位にあると思えば油断が生まれ、攻撃も防御も甘くなる。西の動乱で軍の一部を戻さねばならなくなったとしても、アルジュールはまだ優位だ。そう思っているところを別動隊と本隊で挟撃する。ざっくり言うと、そういう作戦だった。


 しかし複雑なことをすると、綻びも出やすいものだ。タイミングが合わなければ、兵力を分けたことは裏目に出る。堅実を好む総司令官としては、落ち着かない心持ちであったのだ。飛竜の乱入で変更点は生じたものの、概ね予定通りに運んだのは、幸運だったと胸を撫で下ろしている。


 ビフェルン伯は申し訳なさそうな顔にはなったが、謝罪はしなかった。敵首脳陣の性格や、自軍の能力から、遂行可能と考えていたのだ。

「目算はありましたが、私も安堵していますよ。思った以上の成果でした。西からの知らせも、良いタイミングでした。折良く、沿岸も海賊の被害に遭ったようで、アルジュールの陣は混乱したようですね。」

「折良く、なのか?」

 王はまた苦笑した。

 ビフェルン伯は、爽やかに微笑んで首肯する。

「はい。欲に目を眩ませて、守りを怠った報いでしょう。これほどの戦費をかけて準備した戦で、何の戦果も挙げられなかったのですから、当面我が国に戦端を開くことはありますまい。」



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