決戦
治療師の腕が良かったのか、翌日には何とか起き上がれるようになり、三日後には歩けるようになった。その間、かわるがわる隊員がやってきて、色々世話を焼いてくれていた。
ミルツァは会った瞬間、大泣きした。改めて注意しようと思っていたのだけれど、ずっと謝り続けているから、とりあえず許すことにした。よほどオリファの怒り方が怖かったのだろう。
本当に反省したのかは、訓練で確認する必要があるから、しばらく実戦には出せないが、元は努力家だから、欠点さえ直れば、優秀な隊員になるだろう。
飛竜達の様子も気になっていたから、見に行ってみたら、なぜか見物に来た兵士達で人だかりができていた。近づく勇気はないらしく、距離を保って見ている様子が、まるで動物園だ。
飛竜の方は、これほど大勢の人間に見つめられている状況は落ち着かないはずなのだが、もう諦めたのか、不貞腐れているのか、無視を決め込んでいる。
人間も飛竜も、若い者は好奇心が強いようで、時折距離を詰めてちょっかいを出してはまた離れる、という行動を取っているのが、微笑ましい光景に見えてくる。慣れとは恐ろしいものだが、飛竜が本気でじゃれつくと、人間は大怪我するので、あの若い兵士は注意して欲しいところだ。
敵陣で大暴れしたと聞いた時は心配したが、リールは意外に落ち着いていた。どうやら、本能のままに狩りに興じたのではなく、怒って殴り込みをかけたというところのようで、事の経緯が広まると、リールはあっという間に兵士達の人気者になった。傷ついた主人を守り、報復をしたと、魔物でありながら感心な忠義者だ、と認識されているらしい。
飛竜と私達は主従関係ではなく、飛竜としては、私達を庇護しているつもりなのだが。
「暇な人たちだねえ。」と呆れている隊員もいたが、実際彼らは暇なのだ。今は、アルジュールの出方を待っているため、治療や補給に係わる一部の部隊以外は、待機になっている。
状況が分かってきたのは、五日目を過ぎてからだった。
離散した軍を再結集し、アルジュールは陣を立て直した。ただし、場所はだいぶアルジュール国内に南下して、平原から湿地帯に移行するあたりだ。ローヴェルンからは、講和を促す使者も出してみたが、彼らはもう一戦交えるつもりらしい。だいぶ勇ましいことも言われたようだ。
上層部には予想範囲内のようで、まあ、あの王ならそうだろうな、という反応だった。
リールに驚いたアルジュール軍は、糧食も武器も全て放り出して逃げた。おかげでこちらは余裕ができたが、彼らはもう後がないはずなのだ。指導者は何を考えているのか、不思議だった。
上空から眺めると、平原の端に陣取るアルジュール軍と、その北側に陣を構え直したローヴェルン軍が見える。ベレンのあたりより幅を広げたクル河がすぐ近くを流れ、アルジュール軍の向こう側は湿地帯が広がっている。
初戦と異なり、両軍の兵力は、ほぼ同数に見えた。減少した敵兵力が、すべて初戦で削れたわけではない。飛竜を恐れて、雲隠れしたまま軍に戻らなかった兵士や、異境の民を始め、早々に投降した者達もいる。異境の民が兵士になるのは、どこの国でも同じらしい。
今回、私達が戦闘に参加する予定はない。ただ飛ぶだけだ。一応は姿が見える程度に上空に待機する。それだけでも十分なほどに、初戦における飛竜の衝撃は大きかった。
それでも、オリファは渋い顔をした。もう体に違和感は残っていないし、飛竜と感覚をつなげて背に乗っているだけなら、何も問題はない。ここまで来たら、決着を見届けたかった。
当たり前のように新しい陣地に来た私を見て、近衛隊長も顔を顰めた。怪我人は、最初の陣地に置いて来ていたのだ。
治療師には、もう毒は抜けたと言われている。そう言っても、あまり納得してくれなかった。
だからつい、言ってしまった。飛竜で待機していれば、万一の時は役に立てる、と。
途端に、隊長は怖い顔をした。
「万一は、ない。」
そう言い切って、それ以上は、何も言わなかった。
怒らせてしまったかもしれない。
無理もないことだ。
万に一つ、王に危険が迫ったとき、飛竜で待機していれば、すぐに駆け付けることが出来る。エレナの為に、王には生きて戻ってもらわなければならないのだ。
しかし、そもそも、そのような危険から王を守ることが近衛隊の役目であり、万一の事態など、あの人が許すはずもない。
無論、戦場であるから、何が起きるかは分からない。けれど、どのような時であろうと、王を危険に曝さないという自負が、あの人にはある。
戦いを前にして、余計なことを言ってしまった。あの人に限って、影響を受けることはないと思うが、気にはかかっている。
両軍の応酬が始まる。
この短期間でよく立て直してきたと思うほど、アルジュールは良く戦っている。数は同数とはいえ、一度は潰走した軍で、必要な物資も足りていないはずなのだ。それとも、精鋭だけが残ったということなのだろうか。
一進一退の攻防が続いていく。局所的な優劣は頻繁に入れ替わり、そのたびに双方とも手を変えながら戦況を進めようとする。一人一人の顔は見えないが、剣戟や叫び声は、上空にも届く。
互角なのだ。互いに引けない。引くわけにいかない戦いだ。
激しく競り合いながらも膠着しつつある現状は、消耗戦でもあった。何か決定打がなければ、互いに兵力を削るだけになる。
いつの間にか、アルジュール軍の後方に、新たな兵団が現れていた。気付いたアルジュール軍に動揺が走ったのか、陣形に乱れが生じた。
その新手は、ローヴェルンの軍旗を掲げていたのだ。
ローヴェルンの陣でも変化が起きていた。
通常、王は陣の後方で構えているものだ。王が敵の手に落ちれば勝敗は決まってしまうし、命を取られれば国が失われることもある。だから、それはもはや義務ともいえる。
それでも、王が直に動くべき局面がある。それが今だった。
混戦を続ける軍の後方で、大きな三角の陣形が作られ、その中に王旗がある。
別動隊と本軍が同時に動き始めた。
相手の左翼を切り取るように、三角の陣形が突入を始める。あれは全て騎馬隊だ。その中核には近衛隊がいる。
騎馬隊は次第に速度を上げ、怒涛の勢いとなっていく。
アルジュールは前衛部隊を少し引き、扇形にしていく。だが、騎馬隊の勢いは緩まない。馬蹄の轟きは、上空にも遠雷のように響く。
扇の陣形は、ほんの少し、ローヴェルン軍を包み込むような動きを見せたが、楔を打ち込むように進む騎馬隊を押し留めることが出来ず、すぐに二つに割かれた。その向こうには、王旗を囲んだ丸い陣形がある。
アルジュール王を捕らえることが出来れば、この戦いは終わる。おそらく王旗を囲む兵が、最も強力な壁なのだろう。
しかし、その壁と激しくぶつかり、次第に形を崩しながらも、ローヴェルンの勢いは止まらない。
先頭に立つのはあの人で、王を囲むのは近衛隊だ。本気になった彼らを、王を背に守るあの人を、止められる者はそういない。
既に退路は別動隊により断たれている。アルジュール王の部隊は孤立し、クル河の方へと追い立てられていく。
「リール。あれは何だろう。」
何か、不思議な『場』がある。クル河に、あるいはその岸辺に。
<海竜が来ている>
リールの感覚だとそんな表現になるだろうか。
生物ではない。そういう範疇を超えた何かが、海から川を遡るように手を伸ばしてきている。そんな感じだ。
気が付くと、アルジュール王の部隊がぬかるみにはまり込み、降伏の印を掲げていた。心なしか、周囲の水の範囲が変化しているような気がする。
全ては、始まる前に決していたのかもしれない。それを知っていたのは極一部で、他の者は、全てが終わってから知らされた。顧問議会にさえ、秘されていたのだ。




