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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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エルデン会戦(1)

 ローヴェルン南東の国境から南に広がるエルデン平原に、両国の軍が集結する。

 アルジュールは、通常西部に置いている部隊の半分以上を動員し、対してローヴェルンは北と南西の守りを完全に解くことはできない。ライヒス公爵家は、案の定ほとんど兵を供出できず、こちらの兵力は、アルジュールの三分の二程度だった。だが、国境から北は畑が連なる耕作地帯だ。種蒔きは既に終わり、ここを踏み荒らされるわけにはいかない。


 遠く、アルジュール軍の後方に王旗がある。

 さすがに一度の戦いでローヴェルンを滅ぼすつもりはないだろうが、ベレンから南は獲ろうとしているに違いない。それでローヴェルンを傘下に収め、いずれ飲み込むことも可能となってくる。だから、決して引くわけにはいかなかった。


 国の命運がかかった戦いだ。こちらも王が出陣している。

 戦場を広く見渡せる場所に陣が敷かれ、その近くに飛竜の待機所を置いた。

 飛竜達は、人間の戦争に関わりたいとは微塵も思っていない。だから、このところ機嫌が悪い。頼みを聞いて来てはくれたが、鼻でつついてきたり、近くを通りかかっただけの兵士を威嚇したりしている。


「ミルツァ。」

 小麦色の髪の少女が、勢いよく振り返る。

「準備は良い?」

「はいっ。」


 興奮しているのか、頬を紅潮させ、目を輝かせている。

 彼女はこの世界の出身者だ。入隊してまだ半年程度ではあるが、熱心に訓練に取り組んで、みるみる腕を上げた。飛竜に対しても、珍しく積極的に関わろうとする。魔物の感覚が分からない者は、いくら無害だと言われても、飛竜への恐怖感を完全に消すことは出来ないものだ。しかしこの少女に限っては、初めから飛竜の騎手になるという強い希望があった。飛竜の方も、通常は異境の民以外にはあまり関心を示さないが、若い飛竜がこの少女に興味を示した。つい先日、契約竜を得たこの少女は、今回の戦闘に加わることになったのだ。


「今回は飛ぶだけだ。感覚に慣れることに専念しなさい。」

「・・・はい。」


 返事の前に間があったのは、不満の表れだろう。この少女は、熱心だが前のめりになる傾向がある。気持ちに技量が追い付かないと危険なのだが、彼女には、まだそれが良く分かっていないように思う。


「飛竜で実戦に出るのは初めてなのだから、今回はそれでいい。討伐ではないのだし。いいね?」

「は~い。」

 念を押すと、少しつまらなさそうな返事が返ってきた。熱心なのは良いが、少し心配な子だ。






 両軍が睨み合い、矢の応酬が始まった。

 互いに前衛に届く距離で、一斉に矢を放ち、盾を隙間なく並べて相手の攻撃を防ぐ。雨のような音がここまで聞こえてくる。

 飛距離はこちらの方が幾分長いようだ。昨年、弓の改良に成功したと聞いている。それも、異境の民から得た知識だった。


 臨時の司令官は、この段階で飛竜を出そうとした。矢が塊で飛び交う中では、流石に飛竜も無事では済まない。しかも、乗り手は生身の人間だ。不可能だと断固拒否したが、司令官は随分不満そうだった。滅多にない機会なので、何か功績を立てたい気持ちなのだろうが、飛竜も魔物討伐部隊(ファリエン)も、自分の手駒のように考えている節がある。王がこの陣にいなければ、もっと強硬に自分の意見を主張したかもしれない。


 総司令官は、飛竜を前面に出すことには相変わらず慎重で、攪乱(かくらん)が成功したら速やかに引くように指示をした。

 同じことは、近衛隊長にも言われていた。


『レーナ。攻撃は無理にしなくてよい。魔物討伐とは勝手が違う。お前達は、あまり前に出るな。』


 ただ、どうしてあの人は、名前で呼んだのだろう。個人的な注意がある時ならともかく、役目の上の話なら、いつもは総長と呼んでいるのに。





「総長。」


 傍で待機していた隊員に声をかけられ、戦場に目を転じると、陣形が変化していくところだった。

矢の応酬が終わって、(とき)の声を上げながら互いに突進し合い、前衛部隊がぶつかって入り混じっていく。


「騎乗。出番だ。」


 乱戦となっている戦闘の向こう側、敵側の陣地まで、飛竜は一飛びに駆け抜けていく。


 敵陣の上を旋回すると、眼下の兵に動揺が広がっていくのが分かる。前に出ようとする動きが急速に落ち、陣形が崩れ始めた。


 上空から飛竜が迫ってくる光景など、見たことのある兵士はいないだろう。よほど腹の座った人間でなければ、耐えることは出来ない。そしてほとんどの兵士は、そこまでの胆力はないのだ。

 恐怖から放たれた矢は、明後日の方向に飛んでいくか、味方の上に落ちかかる。バラバラに射かけられたものなら、飛竜が避けるのは造作もない。


 それでも、攻撃を受けたことで、飛竜の本能が刺激された。

 咆哮を放ちながら降下し、翼を打ち合わせて風を叩きつける。突き上げられた槍や、馬上の人を引っ掛けて放り投げる。

 腰を抜かして逃げ惑う兵達を見て、さらに本能が刺激された。飛竜も、狩りをするのだ。これ以上は暴走しかねない。

 意識が本能に塗り潰される前に、無理やり気を逸らせて戦場から引き剥がし、はるか上空へと舞い上がった。狩りを中断させられた飛竜達は、大きく咆哮し、それは人間が上げる(とき)の声より大きく、大気を震わせた。


 見下ろせば、敵陣は混乱の中にあり、ローヴェルンがだいぶ敵方に押し込んでいる。攪乱(かくらん)はひとまず成功したが、人間同士の戦争に飛竜を使うのは、やはり危険だ。これは、後で周知する必要があるだろう。


 敵陣の混乱はなかなか収まる様子がないが、さすがに指揮官達が粘っているのか、アルジュール軍が潰走していく様子は見えない。




 しばらくすると、敵方に別の動きが出てきた。

 人間の視覚では、平原の戦闘でローヴェルンが優勢にあるのが見える。だが、飛竜の衝撃から立ち直りつつあるアルジュールは、数の優位を生かして押し留めようとしていた。

 そして、平原の端にある森の中に、その一部が流れ込んでいるのが見えた。人間の視覚なら木々しか見えないが、飛竜の感覚では、森の中を移動する人間の一団が手に取るように見えるのだ。あれは側方をついて奇襲をかけるつもりの別動隊だろう。そのまま進んでいけば、折角の優位が崩されかねない。


「リール。」

 まだ気が立っている他の飛竜達は上空に待機させ、リールだけを再び戦場に近づける。大きく旋回しながら降下していき、別動隊のいる森の上に到達すると、リールが大きく羽ばたいた。翼が風を起こし、驚いた鳥達が一斉に羽ばたいていく。木々の下では、人間達も驚いて身を伏せて、様子を窺っているのが分かる。彼らは、居場所が知られては困るから、矢を使えないのだ。代わりに、戦場から何本か矢が飛んできた。


 リールは軽々とそれらを避け、再び羽ばたきで木々を揺らした。その隙間を狙い、矢を(つが)える。相手は魔物ではないから、仕留める必要はない。警告になれば良いのだ。揺れる木の葉のその向こう、周囲に声をかけている様子の気配に向かって、引き絞った矢を放つ。


 再び戦場から飛んできた矢を避けるようにリールが飛び上がり、旋回する。これだけの目立つ動きをしたから、ローヴェルンの本陣にも見えたはずだ。不信を抱けば、伏兵の存在にも気が付く。少なくとも、あの人なら気付く。


 (じき)に、ローヴェルンからも一隊が森に入るのが見えた。


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