気がかり
「ミルツァ!周りを見ろ!」
「出過ぎるな!一人で戦おうとするな!」
鎖と怒号が飛び交う中、新米隊員が駆け抜けていき、逸早く、対象に模した木の杭に到達した。打ちかかろうとした瞬間、どこからか飛んできた細い木の棒が額に当たった。
「いった~い。」
額を抑えて涙目になっている新米隊員に、指導係が雷を落とす。
「ミルツァ!出過ぎるなと言ったでしょう!今のが実戦なら死んでるよ!」
「うう。行けると思ったのに~。」
「始めに言ったでしょう。連携が大事だって。」
「だって、総長ならイノシシ型もシカ型も独りで倒すじゃないですかあ。こないだなんて、クマ型相手に、あの腕と爪をすり抜けて、こう、ズッパリと。」
「総長が出来るからって、自分も出来ると思うな!あの人がどれだけの訓練と討伐を重ねてきたと思ってるの!」
むう、とミルツァは口を尖らせる。総長の真似をしようとすると、どの指導係にも必ず怒られる。
「大体ね、単独で向かって行ったのは、仕方なく、だからね!怪我人や死人を出さないために、タイミングを合わせて、複数で対応するって、最初に教えたでしょ!」
指導係の言うことも分かるけれど、でもやっぱり憧れるのだ。
女性だけの魔物討伐隊が出来たと聞いた時、ミルツァはとても興奮した。それが異境の民が主体となるものだと聞いても、なんとも思わなかった。周りの大人たちが複雑な顔をして、中に否定的な言葉を吐く人がいるのが理解できなかった。
だってかっこいいではないか。
女は大人しくして、商売でも出しゃばらないで、言われた通りの人と結婚して、と伯父さんも叔母さんも言うけれど、そんなの全然つまらない。お父さんが生きていたら、そんなこと言わなかった。お店の後を継ぐのだと、色々教えてくれていたのだ。なのに、伯父さんに全部取り上げられた。
だから、それなら魔物討伐隊に入る、と言って飛び出した。
実際に会ってみると、やっぱり部隊の人達はかっこよかった。
異境の民が羨ましい。だって、無条件でここに入ることが出来るのだ。怖がったり、嫌がっている人が、よく分からなかった。自分は異境の民ではないから、見習いから始めなければいけない。
同じ見習いが、どんどん辞めていくのも、ミルツァには理解できなかった。確かに訓練は思っていたよりずっとキツそうだったし、討伐から戻ってきた人が、誰それが死んだ、という話をした時は気持ちが沈んだ。でも、だからこそ、自分がその敵を取る、という思いを強くした。
初めて討伐への同行が許されたとき、怖い気持ちも少しはあったけれど、それより興奮の方が強かった。魔物は気持ち悪かったけれど、隊員がかっこよかったのだ。特に総長が。
訓練の時は、いつも静かに眺めているけれど、魔物と対峙した時の気迫と言ったら、もう神がかっていた。誰よりも鋭い動きで、片っ端から薙ぎ払っていくのだ。魔神が巣くっているなんて言う人がいるのは知っているけれど、とんでもない。あの人は、戦神の娘だ。自分もいつか、あんなふうに戦えるようになりたい。
だから、いつか飛竜の騎手にもなりたいと思っている。
ミルツァと同じ、この国の出身者は、飛竜に乗ろうとはしない。異境の民は怖がらずに触れているのに、同期のカテリも、ある距離からは近づこうとしないのだ。だから、今は飛竜の騎手は異境の民ばかりだったが、いつか自分も、という思いを、ミルツァは強くしているのだった。
「元気だねえ、あの新人。」
訓練の様子を眺めていたオリファが苦笑していると、隣に立っていたレーナが唸った。
「ちょっと心配な子だね。一人で突っ走りがちで。」
「あんたがそれ言う?」
「・・・何か?」
「いや、別に。」
あの新人は、秋頃にやってきて、三か月くらい前に隊員になった。やる気があるのはよく分かるのだが、危なっかしいので指導係にはしょっちゅう怒られている。
今日の指導係はオクサナだ。初めて会った時、魔物から目を背けてしまったあのオクサナが、今ではすっかり頼もしい教育係だ。
秋の終わりから志望者が増えてきたことを、レーナは不思議がっていた。特に、憧れを持ってやってくる人間がいることが理解できないようだ。魔物討伐のどこに憧れる要素があるのか、と本気で訝しんでいた。
きっかけは、王の婚姻で魔物討伐隊のイメージが変わったことだろうが、それだけではない。オリファにはなんとなく分かるような気がする。
女が自力で生きていくのが難しい世界で、国から正式に認められた集団がある。それも、何の後ろ盾もない、立場の弱い者ばかりなのにだ。その手段が、魔物討伐でも何でも構わない。何もないところから、その地位を確立した、それ自体が憧れなのだ。
もっとも、淡い憧憬だけでやってきた少女の中には、現実に打ちのめされて、志望を取り下げる者も多い。
命がけの任務に当たるのだから、訓練は厳しい。死なないための訓練なのだ。一度でも実戦で死にそうな思いをすれば、誰もがその有難みが分かるのだが、見習いの段階では、ただ圧倒されて及び腰になるようだ。
それにも増して、日常と隣り合わせの死というものを突きつけられる衝撃がある。
漠然とした想像でしかなかったものが、明確な現実として目の前に置かれた時、十分な覚悟のなかった者は慄くのだ。そこを乗り越える理由を持つ者だけが隊員となる。厳しいようだが、見習いなどと言っている余裕のない異境の民より、随分優しい扱いだと、オリファは思っている。
新人教育については静かに見守っているレーナだが、実戦に出る隊員の訓練の時は、誰よりも厳しい。そもそも彼女は自分にも厳しいのだが、仲間に対する厳しさは、死なせたくないという思いが根底にある。だから文句を言う隊員はいない。
特にここ一年ほどで入隊した隊員は、ほとんどが成年に達したばかりの少女だから、むしろ彼女は憧れの対象なのかもしれない。
彼女は技量も抜きん出ているのだ。本人の努力によるものか、飛竜の感覚の恩恵かは分からないが、時に人間離れした動きをすることがある。本来は複数で対応する魔物を、独りで倒せるのも彼女くらいだ。
そんな彼女も、戦闘や訓練以外ではむしろ優しい。甘いと言ってもいい時すらある。世間では、冷酷非情とか、魔神のようだとか、いまだに言われているが、内部の人間からすると、横暴な貴族の方がよっぽど冷酷非情だ。
強くて冷静な総長は、新人達からは、完璧な先輩かもしれない。実は結構抜けているところがあって、周りがカバーしているのだということは、まだ言わないでおく。どうせそのうち分かるだろうし。
そんなレーナの様子が、最近おかしいことにオリファは気づいている。表面的には特に変化はないから、ほとんどの隊員は気づいていないが。いや、もしかしたら微妙な異変を感じたから、手間をかけて、レーナの故郷にあるという浴場というものを造ったのかもしれない。
レーナは基本的に強い。多少のことでは折れない芯の強さを持っている。何かを守ろうとした時の底力には、感心するものがある。
ただ、どんな人間にも限界はある。自分のように、適当に受け流せる性質なら、まだ良かったかもしれない。
彼女には、エレナのようなしなやかさや、アンヘラのような快活さはない。下町の女性達のように、どんなことでも笑い飛ばしてしまうような逞しさもない。
一人で全てを背負うことは出来ないのに。
ここの隊員は、結構明るい。異境の民でさえ、最初の戸惑いを乗り越えれば、自分なりの過ごし方を覚えていく。時には、出身地の歌や踊りで大いに盛り上がることもある。レーナもその様子を微笑みながら眺めているのだが、オリファには分かってしまうのだ。
初めて会ってから今までに一度も、レーナが心から笑っているところを、オリファは見たことがなかった。




