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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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吟遊詩人(1)

 湖の討伐から戻り、顛末を説明すると、案の定ニキは怒った。

 彼女は、大声で叱りつけることはしない。静かに諭すように話すのだが、目が据わっている。傷の手当てをする時は、黙々と手を動かしているのだが、やはり目が据わっている。普段優しい人が怒ると怖いのだ。


「レイナ。」

「はいっ。」

「しばらく、官舎で安静よ。」

「はい。ああ、でも、報告に行かないと。」

「ダメです。それはオリファに行ってもらいます。傷が熱を持ってるわ。化膿したら、何もできないのよ。」


 確かに左腕の傷は疼くように痛い。炎症を和らげる薬を塗っていても、完全に抑えることはできない。消毒もないから、傷を洗うのは一度煮沸して冷ましたお湯だ。


「どうして、自分で腕を斬ったりしたの?」

「精神干渉を受けたから。幻覚のようなものでも、見てたのかな。ぼんやりしていて、あまり覚えてない。」

「それは、あなたの無意識が、出たんじゃないの?あなたはいつも、自分のことを大事にしない。」

「そんなことは・・・」

 ないと思う、多分。


『貴女は、自分のことを(おろそ)かにする傾向があるわ。』


 いつだったか、似たようなことをエレナに言われた。

 役目を果たさなければ、私達の居場所は確保できないのだし、そのためにベストを尽くしている。それだけのはずだ。

 ただ、今回は本当に幻覚に惑わされていたせいだと思う。幻とも気づけないほど、判断力が鈍っていたのだ。

 あの幻については、誰にも話していない。話せない。話せば、自分の中の変化も、悟られてしまいそうだ。





 その後、熱は全身には広がらず、痛みとともに徐々に引いていった。失った血も戻ったらしく、頭痛も息切れもいつの間にか消えていた。

 ニキは、最初の手当てが良かったのだと言っていた。それと、エレナから秘かに薬が届けられていたらしい。


 一か月も経つと、腕も体も普通に動かせるようになった。ようやくニキの許可も出て登城すると、王城では二つの話題が囁かれていた。一つはひっそりと、一つは大々的に。


 大々的な方は、最近都で評判の吟遊詩人についてだった。

 ここでは、吟遊詩人は二種類ある。神殿に所属する者と、個人で活動している者と。

 神殿に所属する者は、神話を題材にした歌を奏でてその教えを広めることを目的としている。神官扱いだし、実は色々な知識に精通しているので、どの国の王侯貴族も軽んじることは出来ない。

 一方、個人で活動する方は、庶民的な歌も民謡も幅広く歌う。どこにも属しておらず管理されていないから、能力もバラバラだ。ただ、評判が良ければ宮廷楽師にと誘われることもある。

 今、話題になっているのは、後者だ。相当能力とプライドが高いのか、いくつかの国からの誘いを蹴って吟遊詩人を続けているらしい。この国でも、そろそろ王城に呼んではどうかという意見が出ているそうだ。


 ひっそりの方は、王妃の懐妊についてだ。

 少し前に、懐妊の兆候がある、という話が流れた。ただ、確定ではないので公表はされなかった。そのうち、兆候が消えてうやむやになった。ただそれだけだ。

 しかし、後継者問題は貴族達の潜在的な関心事項である。したがって、胸を撫で下ろす者も、残念がる者もいた。中には、何か薬を盛られたのではないかという物騒な憶測をする者もいたようだ。さすがに女官長や近衛隊が目を光らせている中でそれはないと思うが、王侯貴族は常に暗殺を念頭に置いて生きている。この城でも、過去には王の暗殺未遂や王子の誘拐事件も起きているのだ。

 しかし、そもそも薬など盛られなくても二割程度は流産するものらしい。そのあたりの知識は、高校生で止まっている。これは、そうしたことに詳しい隊員に聞いたことだ。大体、今回は兆候があった、というだけなのだ。何が兆候で、どうなったら確定なのかは知らないが。


 薬のお礼もあるので、王妃を訪問すると、結構元気そうだった。

「両方の意味で期待されているのは知っているの。」

「両方?」

「跡継ぎを産むことと、産まないこと。」

 後半の方は、だいぶ失礼だが、そのようなものが実際あることは、私も知っている。

「期待の大きさも分かっているけど、授かりものだから、焦らないわ。」

 いつの間にか逞しくなっている。

 いや、初めから彼女はしっかり者だった。世話になっていたのは、こちらの方なのだ。彼女に危害が加えられるという事態ならともかく、今はまだ、世話を焼く必要は、無いのかもしれない。






 三公爵の一角、ヴァルトレーテ公爵の邸宅には、冬の庭がある。冬に最も美しく鑑賞できるように整えられた庭だ。そこで毎年、茶会を催しているそうで、過去には王が訪れたこともあるという。

 それは良いのだが、これはどうにかならないものだろうか。


「お断りしてもいいですか?」

 答えは分かっているが、一縷の望みをかけて聞いてみる。


「どうなんだ?」

 相手は何の感情も見せずに、いや、微かに面倒そうに、横に立つ副長のカリベルク卿に話を投げた。副長は、澄ました顔をしているが、内心で面白がっているのはよく分かる。


「無理でしょうね。」

 そうだとは思っていた。

 王の婚儀の祝宴に、王妃の姉代わりとして出席した後から、控えめな社交のお誘いを受けるようになった。儀礼的な一応のお誘いなので、相手も本心では招きたいとは思っていないし、こちらも面倒なので出来れば避けたい。双方の思惑が一致するときは、多忙を理由に断れる。

 ただし、リーズシャウデン侯爵家を通してきた時や、公爵家からの場合は、断りにくい。と言うより、もはや命令である。


「今回、二人は近衛隊長と魔物討伐部隊(ファリエン)総長として招かれているのではありません。ヴィルフリーデン子爵とその同伴者として招かれているのです。子爵としては、叙爵にお骨折り頂いたヴァルトレーテ公の招待を断るわけにはいきませんし、同伴者を指定されている以上、余程の理由がない限りは伴うのが礼儀です。」


 全く、面倒なことをして下さる公爵だ。嫌がらせに違いない。


 王の婚姻から程なく、近衛隊長は子爵となっていた。本当なら、カラム峠で戦功を挙げた時や、隊長に就任した時に爵位を賜っていてもおかしくはなかった。ここまで延びた理由は、呆れたことに、誰もが失念していたからだった。そう口にした人はいないが、ヴァルトレーテ公が提案した時の、議会の面々の反応から察するに、忘れていたとしか思えない。王だけは気にかかっていたらしく、大変お喜びであったが。

 当の本人は何の反応も見せないので、どう思っているのかは分からない。ただ、こういう社交はあまり好きではないらしく、面倒そうなのが何となく分かる。お祝いは一応言ったが、ヴァルトレーテ公に何を申し上げたのだ、と聞かれた。叙爵が決まった瞬間に、公爵がこちらを見てニヤリと笑ったせいだ。

 あの公爵は、子供がちょっとした悪戯を思いついたような笑顔で嫌がらせを仕掛けてくる。今度もそうに違いない。


「茶会の作法は知りませんが。」

「マインス伯爵夫人に作法を教わったのだから問題はないだろう。祝宴の時は完璧でしたね、隊長?」

 話を戻された隊長は、微妙な間をおいて頷いた。気になるから、何か問題があったのなら言って欲しい。

 大体、またあの大問題が発生するのだ。

「茶会用の服は、持っていません。」

「ああ、夜会服と違って、それほどかからないから大丈夫だろう。」

 副長は軽く仰るが、裕福な貴族の、『それほどかからない』をどれほど信用したらよいのだろう。ファリエンとして招かれたのなら制服で済むのに。

「立食形式だから略式でも良いのだし。と言っても、公爵の茶会ではあるがな。うちの贔屓(ひいき)の店を紹介しようか?妹の服を貸しても良いが。」

「さすがにそれは・・・」


 結局お店を紹介してもらったのだが、夜会服の時と同じ職人だった。貴族の世界も結構狭いものである。

 今度は一番簡素な作りにしてもらい、どうにか衣装問題は解決した。冬用だから長袖だ。まだ腕の傷跡は消えていないから良かった。

「これでしたら、冬のお庭でも自然に溶け込みますよ。装飾品も合わせやすいかと。」

「装飾品・・・入用(いりよう)ですか?」

 職人の笑顔が固まったところを見ると、当たり前に必要なもののようだ。レース修行中の子供達の習作を襟に重ねて付けていたから、それ以上の装飾はいらないだろうと思って、全く考えていなかった。

 まさか新たな問題が発生するとは。

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