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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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祝宴(1)

 そして、いよいよその日がやってきた。

 街中は何日も前からお祭り気分で、それぞれに店を飾ってみたり、婚礼にまつわる商戦なども行われているようだった。


 婚姻の儀の最も重要な部分は、契約の儀なのだが、これは庶民であろうと王族であろうと神殿で行われる決まりだ。神々に対する宣誓であるから、厳粛に行われなければならず、騒いではならない。立ち会うのは神官と、双方の証人のみで、高位の貴族であろうと中には入れない。

 神殿に向かう時は、別々に目立たないように入るのだが、契約を終えて、神殿から王城へ向かう際には、国王夫妻として国民の前に立つことになる。

 この道中は、民へのお披露目だ。周りを近衛隊がぐるりと囲んでの移動にはなるが、沿道に並ぶ民から祝福を受け、民へも祝福を与え、王と王妃が、一般民衆と近い距離で触れ合う、滅多にない機会になる。その間、貴族達は王城で待機しているわけである。


 国王夫妻が王城に戻り、少しの休憩を挟んだら、貴族達や他国の大使を交えた祝宴が開かれる。これが、宮廷行事としては主要なものとなるのだ。


 朝からオリファとナイアラと王城に入り、祝宴に向けて髪を結ってもらったり化粧や着付けをしてもらったり、支度を整えるだけで一仕事終わった気分だが、本番はこれからだ。

 きちんと鏡を見るのは、この世界に来て初めてかもしれない。日本ではどこにでもあったものだが、ここでは、歪みなく姿を映す鏡は貴重品だ。大抵は水に映った顔を見るか、良くて磨いた銅鍋を眺めるかだ。ツェイランが出入りするようになって、小さな鏡を購入してみたが、それでも大分高価だと思った。さすがに王城の鏡は十分な大きさがある上に、歪みがない。そこに映る自分は、見慣れない姿で、なんだか落ち着かなかった。


 本来は王妃付となるはずの侍女が、髪を整えて化粧を施してくれた。さすがに手際が良いし、自然で明るい印象に仕上がっている。

 ドレスは私が青で、オリファが(すみれ)色、ナイアラは淡い黄色だ。比較的簡素な作りだそうだが、一度しか袖を通さないつもりのものにしては、豪華すぎるし、実際高価なものだ。

「よろしいですね。」

 真剣な表情で色々な方向から確認され、最後に装飾品をつけてもらう。その最中に、外から風に乗って歓声が聞こえてきた。神殿から城に向かう国王夫妻への祝福の声だ。

「そろそろお戻りですね。」

 こちらの支度も整った。彼女達は、今度は戻ってきたエレナの、祝宴用の支度を行わなければならない。


 お礼を述べようと立ち上がって向き直ると、侍女達はどことなく呆けたような表情をしているように見えた。

「いかがなさいました?」

 さすがに疲れたのだろうか。大事な時に、手を煩わせてしまったのは心苦しい。彼女達はハッとしたように首を振ると、優雅に微笑んだ。

「いいえ。良くお似合いです。」

「皆様には、お忙しいなか時間を割いて頂きましたこと、感謝申し上げます。」

「いいえ。これもお勤めのうちでございます。後のことは、この者達にお言いつけくださいませ。(わたくし)共は、これで一旦失礼いたします。」

 ふんわりと軽やかな礼をして、小間使いを二人置き、侍女達は去って行った。




「あの総長殿には、驚きましたわね。」

 魔物討伐部隊(ファリエン)の控室を出て、こっそりと耳打ちしてきた同僚の言葉に、シャルレーゼは大きく頷いた。

 この日のために、彼女を貴婦人に仕立てるべく、三か月も前から準備してきたのは自分だ。元の造形は決して悪くないものの、あまり手入れしているとは言い難い肌と髪の手入れを細かく指導し、登城してくる度にチェックして、衣装が届いてからは髪型をどのように合わせるかも色々考えてきた。それでも、兵士の延長線上にいるような彼女を本当に貴婦人にできるのか、一抹の不安は拭えなかったのだ。


 リーズシャウデン侯爵家から届けられた衣装は、彼女の印象によく合っていた。爽やかな青を基調として、ふんわりと広がった裾に近づくにしたがって、濃い青の糸で刺繍が施され、ところどころにある銀糸の刺繍が、星のようにも、水に浮かぶ小花のようにも見える。身に着けた人を涼やかな、それでいて深みのある佇まいに見せる色合いだ。

 首筋を綺麗に見せるデザインだったので、髪型もそれに合わせて、うなじから肩のラインが見えるようにした。顔には、必要以上に色をのせず、肌を明るく見せるようなお化粧にして、彼女の涼やかさを生かしつつ、きつい印象を和らげるようにした。

 用意された装飾品がシンプルな意匠のもので、それがまた、彼女の引き締まった雰囲気に合っていた。 

 自分でも渾身の作だったと思うが、支度の整った彼女は、なんというか、想像以上の出来栄えで、思わず圧倒されてしまった。他の二人も良い出来に仕上がっていたが、総長の纏う雰囲気は、元々独特なのだ。主役の王妃より目立ってしまったらどうしようと、今は別の不安が出てきてしまった。

「いえいえ、そんなことはないわ。」

「レーゼ?」

 ふるふると首を振って、自らを鼓舞する。王妃の支度には、それこそ多くの者が一丸となって取り組んできたのだ。本日の、(まご)うこと無き主役になるのは間違いない。思わず握り拳を作って頷く彼女に、同僚達は怪訝な顔をするのだった。




 リーズシャウデン侯爵家は、宰相ケルヴィッツ公の亡き妻の実家に当たる。本来は王妃を輩出できる家系ではなかったから、養女の話を聞いた時、驚きはしたものの、宰相との縁もあり、受けることにした。

 実際にその娘を見て、安堵した。少なくとも、侯爵家の恥になることはない。

 ただ、その上官と同僚の三人を、その娘の姉代わりとして祝宴に出席させると聞いた時は、不安を抱いた。総長は何かと噂のある人物であるし、同僚の一人は元娼婦だ。


「旦那様。レーナ様、オリファ様、ナイアラ様がいらっしゃいました。」

「うむ。お通ししなさい。」

 王城に新しく与えられた侯爵家の居室に、侯爵とその夫人はいた。ちらりと互いの目を合わせ、挨拶に来た三人を出迎える。入室した三人を目にして、侯爵は思わず感嘆の声を漏らした。


 三人とも見違えていた。

 特に真中に立つ青いドレスの女性は、愛想こそなかったが、静謐(せいひつ)の中に揺るぎない芯を持ち、生来の気品を備えているように見えた。その女性は、日頃の印象からは想像できないような、淑やかな礼をしてみせた。


「侯爵閣下。侯爵夫人。数々のお心遣い、感謝の言葉もございません。また、(わたくし)共の大切な友を、養女として温かくお迎えくださり、お心を尽くしてくださったこと、深く感謝申し上げます。」

 その声音は、以前聞いた硬いものではなく、冷涼たる水のようだった。さすがに、マインス伯爵夫人の指導を受けただけある。流れるような優雅な所作は、侯爵家の一員として伴っても、何ら恥じるところはない。

「よくぞここまで。」

 隣に立つ夫人を見ると、こちらも満足げに大きく頷いていた。

 三人の衣装を用意したのは、実はケルヴィッツ公なのだが、装飾品を選んだのは、侯爵夫人だった。夫人は、自身の見立てにも満足して、もう一度頷いた。


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