三頭会談(1)
宰相ケルヴィッツ公の屋敷は、二人の客を迎えていた。
一人は厳つい顔をした壮年の男性、もう一人は眉目秀麗な若者である。壮年の男性は苛立った様子をしていたが、若者はゆったりとした穏やかな表情だ。
「お待たせした。」
宰相が客間に入室すると、二人とも揃って立ち上がり、年長者である宰相を迎える。着席すると、宰相はにこやかに若者に話しかけた。
「お父上の具合はいかがかな。」
若者も穏やかに応答する。
「一時期よりは落ち着いております。邸の外へ出るのは、まだ難しいのですが。」
「そうですか。お大事になさいますよう。」
「お見舞いのお言葉、感謝申し上げます。」
「代理を務める貴公も大変でしょうが、お父上は心強いでしょうな。貴公が進めておられる事業は、順調かな?」
「お陰様で大分計画がまとまって参りました。我が国の玄関口に、廃墟を晒しておくのはいかがなものかと、気になっていたのですが、これで解決しそうです。」
「それは重畳。」
そのやり取りが終わるか終わらないかのうちに、壮年の男性が苛ついた声を上げた。
「宰相殿。本題に入っていただきたい。」
「そうですな。」
宰相が、温和な笑顔で鷹揚に頷いた。
「話はお聞きしましたが、本当の事ですか?」
「陛下は、そのように強くお望みだ。」
「宰相殿。陛下もまだお若い。間違いを犯すこともおありでしょうが、そこは貴殿がお諫めすれば、お聞きくださいましょう。」
「さて。間違いかな。」
「宰相殿。」
壮年の男性、三公爵の一角であるヴァルトレーテ公は、苛立ちを増した声になった。
「何を仰るか。異境の民ですぞ。前代未聞だ。あり得ないでしょう。」
「確かに前代未聞ではあるが、あり得ない、ということもなかろう。何事にも、初例というものはある。」
苦々しく顔を歪ませていたヴァルトレーテ公は、信じ難い言葉を聞いた、というように何度も瞬きをした。宰相という人間を知っているだけに、こんな惚けたことを言う意図が理解できない。何か反論しようとして口を開くのだが、何から突っ込んで良いのか分からず、そのまま固まってしまった。
その様子を、老宰相はにこやかに見守っている。
宰相も、王からその話を最初に聞いた時は、さすがに驚いた。当初は、一考に値せず、と思ったのだが、よくよく考えてみれば、いくつかの課題を解決すれば、妙案かもしれないと思い直した。
幼くして即位した王の教育には殊更に気を使った。その甲斐あって、概ね期待通りに成長したが、若気の至りか、望まれざる相手に恋をした。恋心を募らせた挙句、結婚を望むところは、普通の若者と大差ない。むしろ相手の方が弁えていて、舞い上がることもなく、冷静に己の立場と状況を判断し、身を引こうとした。その時点で、見込みはある。
王の婚約者が失われてからこの数年、王の縁談に頭を悩ませ続けてきた。隣国は全て微妙な緊張状態にあり、どれか一国と結ぶのは難しかった。北の隣国などは、積極的に縁談を持ちかけてきたが、婚姻が成立した暁には、王を暗殺して国を盗ろうと画策していたものだから、論外だった。少し範囲を広げて探しても見たが、間に挟まれることになる国の妨害にあった。
先代の王妃のように、国内から探すことも不可能ではなかったが、国内の力関係を保つためには、できれば外部から迎えたかったのだ。
現在、国内の勢力は三すくみ状態にある。これはこれで良いと宰相は考えている。足を引っ張り合ったり、潰し合いをしているわけではなく、牽制し合いながら、程よい緊張関係を保っている。そうすることで、一つの勢力が暴走するのを防げるし、外部からの圧力があれば協力関係に転じる。現に、こうして三つの勢力を代表する三人が集まって討議をしているのだ。
三公爵家はもともと王家の分家だ。国が弱体化することは望まない。
「ヴァルトレーテ公。異境の民にも階級があるのをご存知かな。」
「何を仰るかと思えば。異境の民は異境の民でしょう。それ以上にはなれません。あのファリエンの隊長と副長の待遇が破格過ぎたのです。」
「彼らを一つの国の民と考えてはどうかな。彼らもここに来るまでは、元の場所の規律に従って生活していたのだ。これは、私にとっても、目から鱗だったがね。あのエレナという娘は、元の場所では貴族だったそうだ。」
「そのような戯言を真に受けられたのですか?確かめようがないではありませんか。」
「さよう。確認は出来ん。であるなら、いっそ王女ということにしてはどうだろうな。」
「なんですと?!」
ヴァルトレーテ公は、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開けた。
「亡国の王女が苦労の末に辿り着いた国で、王に見いだされる。民は、そのような話を好むのではないかな。」
「正気ですか?!」
思わずそう叫んでから、ヴァルトレーテ公はゆるゆると首を振った。
「ビフェルン伯。貴公からも宰相殿を止めてくれ。」
ライヒス公の代理としてこの会合に参加していたビフェルン伯は、若輩であるため、年長の二人のやり取りを傾聴していたのだが、話を振られて、にこやかに答えた。
「妙手ですね。」
「なんと?」
「民の声が大きくなれば、宮廷も無視するわけにはいきません。」
「ビフェルン伯。」
ヴァルトレーテ公は、がっくりと肩を落とした。
「貴公もまだ若い。事は王家の尊厳に関わるのだ。」
しかし、ビフェルン伯は大真面目だった。
「彼らは有用です。中には得難い技術や知識を持つ者もいる。他国はこのことにまだ気付いておりません。彼らを取り込むのに、これは妙手ですね。」
宰相は、変わらない笑みの奥で、ビフェルン伯を観察した。
穏やかな笑みの中に、刃のような鋭さが垣間見える。
この若者は賢い。父親は凡庸だが、同世代の中で、この若者は飛び抜けている。いずれ宰相となる器だ。息子や孫が、その才に恵まれなかったのは残念だ。
「まあ、王妃というのは、いささか飛躍しておりますが。」
付け足されたビフェルン伯の言葉に、ヴァルトレーテ公は勢いよく顔を上げた。
「そう!そうなのだ!王妃でなくとも良いではありませんか、宰相殿。百歩譲って愛妾ということでは。」
宰相は顎に手を当て、考える素振りを見せた。
「そうなると、陛下のあのご気性だ。王妃は娶らぬと仰りかねない。そうでなくとも、候補者選定の難度は上がりますぞ。異民の娘に王の寵愛が向いていると知りながら、王妃としての責務を果たす心構えの出来た娘が、そう容易く見つかりますかな。」
それに対して、ビフェルン伯が首を傾げて答える。
「国外はまず無理でしょうね。そうでなくとも、宰相閣下が何年も苦慮されておられますから。」
「当家には適当な者はおらぬし。」
「当家もです。」
「ヴァルトレーテ公。貴公が候補者を用意されるかね?」
「そ、それは、当家も、同様で。」
本当は、どの家も縁の家から候補者を用意することは可能だ。しかし、その場合は、何か他のものを手放して権力の均衡を図るよう、他の二家に迫られることになる。おまけに、王の寵愛を異境の民に持っていかれるという不名誉、と少なくともヴァルトレーテ公は考えているが、これを当の本人や実家に納得させることは難しいし、それが自分の縁の家であれば、自身への侮辱にも感じる事態である。
「しかし、しかしですな・・・」
厳つい顔のヴァルトレーテ公は、泣きそうな顔ですっかり頭を抱えてしまった。




