誰の試練?
しばらく王城にはオリファを伴っていくことにしたのだが、彼女はげんなりした顔をした。事務棟だけならいいけれど、貴族達のいる場所は疲れるというのだ。その通りなのだが、当面頑張ってもらうしかない。
議会に出席した後、侍従に呼び止められて、別の部屋へと案内された。この辺りは王族の私的スペースのはずで、今まで一度も足を踏み入れたことはない。言われるがままに部屋に入り、高級そうな長椅子に腰かけて、何かを待った。
部屋の中は落ち着いた色合いの装飾だったが、調度類の一つ一つは、おそらくとても高価なのだろう。どれも艶々と磨かれていて、象嵌細工が施されたものや、金の飾りがつけられたものがある。ここでも元の世界でも、そうしたものを見る機会はなかったので、価値はよく分からないが。そもそも長椅子にクッションがついて、全面布張りになっている時点で、ここでは高級品なのだ。
程なく、王が宰相と近衛隊長を伴って入ってきたので、立ち上がって敬礼をする。
「掛けてくれ。楽にして。」
王と宰相が着席するのを確認し、自分もまた椅子に掛け直した。この後の話題が想像できるので、居心地が悪い。こちらとしては、エレナの出した結論以外にはないので、もし説得を期待されても承諾できない。
「ファルクハウセン総長。」
「はっ。」
「君の副長のエレナに、私は求婚したいと思っている。」
あまりに直球なのと、予想した言葉と違っていたので、咄嗟に反応できなかった。
聞き間違いだろうか。
求婚と言ったのか。
愛妾ではなく、王妃に迎えたいという意味だろうか。
「実は、一度断られてしまったのだが、私が性急すぎたのだと反省した。その前に解決しなければならない問題があることは分かっている。それらを解決した上で、改めて申し込むつもりでいる。それで、総長。」
「・・・はっ。」
「アルノルトに聞いたのだが、ファリエンの隊員に結婚を申し込むときは、総長の許可を取るそうだね。確かに総長が彼女達を保護する立場にあるのだから、それは道理だ。」
「・・・は。」
「それで、まずは総長の許可をもらいたい。」
(はあ?)
声に出すことは何とか全力で抑えたが、口を閉じておくことには失敗した。自分がどう見えているかなどと考える余裕もなく、思わず王の顔をまじまじと見てしまった。
オリファには、人の目を直視するなと以前言われたから、それが礼儀かと思っていたが、本当は目を逸らさないのがマナーだと後から知った。ただ、元々の習慣もあり、何となくいつも若干視線を外していたのだ。
王は背筋を伸ばし、褐色の瞳に真剣な光を湛えながら、いくらか緊張した顔をしていた。その表情には、覚えがある。マリエル達が連れてきた求婚者は、まるで試験に臨むかのように緊張した面持ちでやってきた。しかし彼らに厳しく接したのは、彼らの人となりが分からなかったからだ。
それに、王が臣下に許可を求めるということがあり得るのか。王の真意が分からない。ここは、どう応答するのが正解なのだろう。
思わず、視線を横にずらし、宰相と近衛隊長を窺ってしまったが二人とも全く表情を変えることなく、何も言わない。
王は変わらず、真剣な面持ちで返答を待っている。仕方がないので、今度は目を逸らさないようにして、口を開いた。
「求婚、と仰いましたか。陛下。」
「そうだ。私は彼女を、王妃として迎えたい。」
はっきりきっぱりそう仰るのだが、それは果たして可能なのだろうか。
「畏れながら、彼女はこの国では騎士位です。他にも難題があると存じますが。」
「身分に関しては、解決策がある。他の問題も、きっと解決する。」
少しばかり、ではなく大分不安だ。王が望めば大抵のことは通る。だが力づくで押し通したことは、必ず後で反動が来る。
「無理を通されますか?」
王は苦笑して首を横に振った。
「禍根を残すことはしない。彼女を危険に晒したくはないからな。」
視線を下げ、瞬きの間考えを巡らせても、正解は見えない。
「この場で即答は致しかねます。持ち帰らせて頂いても、宜しいでしょうか。」
これが今出来るギリギリの返答だった。王は、ホッと息を吐いた。
「そうか。良い返事を期待している。」
そう言って、爽やかにお笑いになったが、その笑顔に、のしかかる圧力が増したような気がした。
その後、極力平静を装いながら最速で官舎まで辿り着き、周囲の目がなくなったのを確認して、大きく天を仰いだ。ずっと後ろに控えていたオリファは、大きな溜め息をついている。
「どうするんだい?」
「分からない。」
当人同士のやり取りで済むはずが、大事になってきた。正式に下問された以上、返答しないわけにはいかない。アルノルト卿も余計な事をしてくれたものだ。
幹部を集めて話をしてみても、みんな頭を抱えるしかなかった。王が誠実なのは分かる。だからこそ、愛妾ではなく、后にと望んだのだ。それが前例のない非常識であったとしても。
常識で考えれば、これは受けるべきではない。あの宮廷貴族達の中に、エレナを放り込むなどあり得ない。嫉妬や憎悪の感情は、対策のしようがないのだ。王様や王子様が、『この人と結婚する』と宣言すれば、皆が諸手を挙げて歓迎してくれるわけではない。そのまま自動的に、末永く幸せに暮らすわけでもない。お伽噺ではないのだから。
しかし、王に『許可してほしい』などと言われて、断るという選択肢はあり得るのだろうか。こちらはせいぜい騎士であり、それも王から与えられた身分なのだ。
それに、宰相の沈黙も不気味だった。先王の時代から宰相を務めるケルヴィッツ公は、現在の王が即位してから十二年間、実質的にこの国を動かしてきた人物である。親政が行われるようになってからも、重要事項は宰相が頷かなければ動かない。あの場に同席して、何の反応も見せなかったということは、事前に話を聞いていたはずだ。普通はそこで止めるだろうから、宰相も同意済みということで良いのだろうか。あるいは、当然辞退するはずと考えて、こちらの態度を見定めているのだろうか。分からない。
「ああもう!止め止め!考えてもしょうがないわ!なるようになれ、よ!」
煮詰まった空気を攪拌するように、アンヘラが立ち上がった。
「出たとこ勝負で行くしかないでしょ!この国でだって、ここまでこれたんだもの。どこに行ったって、何とかなるわよ!」
先を読んで言っているのではなく、場の雰囲気を変えるために言っているのではあるが、前向きな彼女らしい。
ここまで築き上げたものを失うのが惜しい。そんな気持ちが出てきてしまって、いつの間にか守りの姿勢に入っている。アンヘラの言う通り、ここで堂々巡りをしていても仕方がない。
(宰相か・・・)
まずはその真意を確かめてみようか。当たって砕けたくはないけれども。
そう思ってはみたのだが、いざ面会を求めようとすると、伝手がない。
議会では顔を合わせるが、座席は卓の端と端で最も離れているし、私的な会話など交わしたことがない。多忙を極めるはずの宰相に、どのような口実で面会を求めようか悩んでいると、思いがけず向こうから機会がやってきた。




