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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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冷酷なファリエ(3)

「ツェーラ。いつもありがとう。」

 ファリエンの本部を訪れたツェイランに、ヤナが声をかけた。その周囲では、隊員達が集まって華やいだ歓声を上げている。


 ツェイランが来るのは、定められた品を納入する時だけではない。乙女達の必需品を持ち込むこともあった。女性というのは、どのような時にも、ちょっとしたお洒落を忘れないものだ。総長のようにあまり気にしない者もいるが、大多数にとっては大事な問題なのだ。

 通常、肌や髪の手入れには、万能オイルを使用する。口に入れても大丈夫なものだから、料理にも使える。度々遠征に行く隊員にとっては日焼け対策にもなるし、汚れ落としに使うこともある。正規軍の時には分かってもらえなかったが、乙女にとってはまさに必需品なのである。

 金銭に余裕のある時は、粒子の細かい特殊な泥を使うこともあるが、取れる場所が限られているので、価格も高めであまり手に入らない。貴族が使うような香油や精油ともなると、もう手が届かない。ツェイランのおかげで、通常よりはこうしたものが手に入りやすい。新商品を考案するときなどは、かなり格安で持ち込んでくれたりもする。

「持ちつ持たれつよ。モニターをお願いしていることもあるしね。あ、感想聞かせてね。」

 隊員達に持ってきた品の説明を終えると、オリファが近づいてきて目くばせをした。隅の方に移動すると、ヤナとニキ、アンヘラも何とはなしに集まってきた。


「ツェーラ。ちょっと相談があるんだけどね。」

 オリファが切り出すと、ツェイランが頷いた。

「例の噂の事ね。私も気になっていたの。彼女はどうするつもりなのかしら。」

「レーナは、自分だけが対象の間は、多分動かない。」

「隊全体の悪評にならないように、自重しろって隊員に言うだけなのよね。」

「人の噂は何日、とか言って宥めてたけど、むしろ好都合とも言ってたんだよね。」

 オリファ達の話に、ツェイランは顎に手を当てて、難しい顔になった。

「噂とか評判というのは、厄介なものよ。思い通りになるとは限らないし、独り歩きすることもあるから。」

 商人は日頃からそういうものには神経を尖らせている。ちょっとしたことから店が潰れることもあるし、覚えのない悪評を競争相手に広められることも珍しくはないのだ。

 様々な人の感情や裏の事情を見聞きしてきたオリファも、この状況を楽観してはいなかった。

「私もそう思う。まあ確かに、変な押し売りとか、足元見てくる業者とかはなくなったし、レーナの言うことも分からなくはないんだけど、火消しした方がいいと思う。」

「賛成よ。彼女の言うように自然消滅すればいいけれど、エスカレートして取り返しがつかなくなることもあり得る。実のところ、煽るような動きがあるの。」

 オリファ達が顔を見合わせるのを見て、ツェイランが続けた。

「それで、相談というのは、私に火消しを手伝ってほしいということかしら?」

 オリファが頷いた。

「私達が直接何か言っても逆効果になりそうだからね。こちらでも当たってるところはあるんだけど。ちょっと伝手(つて)があってね。色街では、レーナの評判は悪くないんだよ。所有者のあった志願者を、何人か受け入れてるもんでね。」

「商人の間でも悪くはないわ。ディオラ商会のことがあったから。商家の間では、あれは結構重い出来事だったのよ。それに、街道の安全が確保されないと困るから、魔物討伐部隊(ファリエン)に対する感情も、良くなってきていると思う。ただ、一般の人達はほとんど外へ出ていかないから、魔物討伐と言ってもピンとこないのでしょうね。異境の民というだけで、拒否感を持つ人も、まだいるわ。」

工場(こうば)の鍛冶職人はレイナのことを分かってるよ。顔見知りの警備隊員や正規軍の兵士もね。」

 アンヘラは当初から武器工房に出入りしていたので、職人のことは全員知っていたし、警備隊の知り合いも多かった。明るく物怖じしない彼女は、今では友人か親戚のように、彼らの中に溶け込んでいたのである。

「兵士は討伐に出ることもあるから、むしろ怒っていたね。都への侵入を阻止したのに、悪者のような言われようだって。」

「まあ、恨みも買ってるからね。裏町とか。」

 オリファが苦笑すると、ツェイランは意外にも真顔で否定した。

「そうとも限らないわよ。裏町は元々一枚岩ではないから。彼女のことを警戒はしているけれど、漁夫の利を得たところもあるようだからね。」

「詳しいんだね。」

「商人の情報網を甘く見ないでくれる?あ、別に違法なことはしてないからね。」

 ツェイランは得意げに胸を張った後で、慌てて否定する素振りを見せた。

「まあ、この件に関しては、放置するわけにはいかないから、私も店の者や同業者に働きかけてみるわ。」

「悪いね、ツェーラ。助かるよ。」

「いいのよ。うちのお得意様だもの。それに、何と言っても、仲間だからね。」


 そこで、今まで黙って話を聞いていたヤナが溜め息をついた。

「私は、レイナが心配だわ。元々一人で抱え込む方だったけれど、ファリエンになってその傾向がより強くなった気がするの。」

 その言葉に、ニキもオリファもアンヘラも頷いた。

 こういうことは、レイナのいるところでは話せないが、今はエレナと共に登城している。若い隊員や、最近加わった者にも聞かせづらい。ツェイランは以前のレイナを知らないが、彼女達の心情を理解できるのは、年の功でもあり、商人として研ぎ澄ませてきた感覚の鋭さでもあった。


「ところで、なんだか、学校か職業訓練所みたくなったわね。」

 ツェイランが目を向けた先には、ベレンから連れてきた元奴隷以外にも、外部の人間がいた。若い女性や子供達が、隅の方で何やら作業をしている。城壁の外にいる避難者が、ここで読み書きを習ったり、刺繍やレース作りを学んでいるのだ。レース作りにはピン代わりの針を大量に使うので、あまり小さな子は連れてこれないが、六歳ともなれば基礎を学び始める年齢で、大人や年長の少女達に混じって、小さな手を懸命に動かしている。


 彼女達を受け入れたのはエレナだ。レイナは、あまり外部の人間をここに入れることを良く思っていない。秘密が漏れることを警戒しているのだ。しかし、必要としている者を拒絶できるほど、実際のところ冷徹ではなかった。

「彼女達がやり方を覚えたら、レースの工房造れるんじゃない?」

 ツェイランの言葉に、ヤナが苦笑した。

「年単位でかかると思うけど。本来、基礎だけで二年くらいかけるものだから。ニードルレースとかも覚えるとなると、さらにね。それにイルシュの刺繍法も独特で、すぐには習得できなさそうよ。」

「全部覚えようとしないで、分担すればいいじゃない?」

「工房を作るとしても、ここはちょっとね。商品化できそうになったら、ツェーラの方で手配できない?」

「あら、それくらい簡単よ。」


 そんな話をしているところに、レイナとエレナが帰ってきた。出来たばかりの習作を見せようと駆け寄って行った子供が、レイナの目の前で(つまず)いて転んだ。避難者の女性達の表情が凍り付いたのが見えたが、レイナは黙ってしゃがみ込み、子供を助け起こしてやっている。泣き出した子供に、危ないから走らないように、と静かに言い聞かせたり、宥めたりしているのを、女性達はびくびくしながら見守っている。

「なんだか、託児所のようにもなったわね。」

 軍に準じる組織の本部とも思えない光景に、ツェイランはそう呟いた。


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