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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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冷酷なファリエ(1)

 北西部の鉱山の近くで、山崩れが発生した。雨はそれほど多くはなかったが、近年、少量の雨でも山が緩むことが多かったという。今回は広範囲に崩れて、麓の村が飲み込まれてしまった。近くに赴いたことのあるエレナは、山の木がとても少ないことが気になっていたと言っていた。人の被害は幸い多くなかったが、村の再建は諦めざるを得なかった。

 その影響か、さらに下流でも、種蒔きの準備をしていた集落で浸水被害が発生し、生活に困った彼らは、近隣の町に押しかけ、その一部は王都にもやってきた。村の再建は領主達の仕事だが、建物や畑地が作り直されても、この一年を乗りきる(かて)が得られなければ、村人達は土地を離れざるを得ないのだ。十分な手当てを施す領主もいれば、あまり熱心ではない領主もいた。


 王都の西側には、農閑期に臨時の駐屯地となる草原がある。今は、そこに村を捨てざるを得なかった避難者が、簡易な集落を作っていた。彼らは王都の住人ではないから、城壁内に住むことは出来なかったが、職と糧を求めて街中にはやって来る。

 北西の森に飛竜の待機場所があり、西門の近くに官舎を構えていた魔物討伐部隊(ファリエン)は、西門を通過する彼らを目にする機会が多かった。



 だからその日、彼らと出会ったのは偶然でもあり、必然でもあった。

 数人の隊員達と西門に差し掛かった時、避難者のグループが門を入ってくるところに出くわした。その中に一人の女性と幼女がいた。親子というには似ていないが、女性は幼子の手を優しく引いていて、まるで母親のように見えた。


 ただ、その幼女は、人間ではなかった。

 見た目は可愛らしい少女にしか見えない。しかし、異境の民には、それが魔物であることは明白であった。町に入れることはできないし、この一団からも引き離さなくてはいけない。

 隊員達は自然に、速やかに動いて幼女一人を集団から離した。母親らしき女性は突然のことに動揺してうろたえている。


 その女性と幼女の間に立った隊員が問いかけた。

「あれは、あなたの娘さん?」

「え?い、いえ。そうではないのですが、ここに来る途中に出会って、心細そうにしていて。私達と同じように住むところを失くしたらしく、親御さんもなくて一人だったので、一緒に連れてきたんです。」

「どこの村から来たか聞きましたか?」

「聞いてみても首を振るだけで。よほど怖い目にあったのか、声が出ないようで。あの、何なんでしょうか。」

「あなた方は、離れていてください。」

「え?でも」


 そのグループの人間だけでなく、周囲も異変に気が付いたのか、怪訝な目を向けてくる。東門や南門に比べれば、ここの人通りは少ないが、門のすぐ傍だから、それなりに人の目がある。

 身の内に巣くっているのか、化けているのかは分からないが、彼らには、これは人間の子供にしか見えない。出来れば門の外に連れ出したいが、それは、この魔物次第だった。


 それは、一見静かに立っているかのようだった。しかし漏れ出る腐臭のような気配は、次第に鋭さを増していく。面前に立ち、威圧するように見下ろせば、後ずさりをしていくので、少しずつ踏み込み、門外へと誘導しようとした。

 その刹那、急速に膨張する気配を感じ、咄嗟(とっさ)に剣を抜きざま振り払う。

 周囲で悲鳴が上がる。

 動きを止めた魔物は、姿形が変化する最中で、凹凸の乏しくなった顔には鱗が浮き上がり、首と腕が伸び、尾が生えていた。その鋭い爪は、近くを通りかかった人間の額に、あと少しで届くところだった。

 それはゆっくりと崩れ落ち、青黒い靄が断ち切られた傷を覆っていく。


 周囲は大混乱だった。西門の番をしていた兵士ですら、状況を把握できず呆然としていた。

 パニックに陥っている女性を連れて行くように隊員に合図を送り、兵士達に簡潔に状況を説明して混乱を収拾するよう伝えると、応援に来た隊員と共に魔物の残骸を城壁外に運び出した。

 町に戻ると、当初の混乱は収まっていたが、人々が向けてくる目は、戦々恐々としていた。


 あの魔物を哀れな人間の少女と思っていた女性は、しばらくパニックから立ち直れなかったようだが、その後、ニキやエレナが親身に付き添ったことでようやく落ち着いた。

 実は、エレナは城壁外に避難者が住み着いた頃から、時々彼らを訪れて必要なものを差し入れる行動をしていた。私にはあまり馴染みがなかったが、慈善や喜捨のような習慣が根付いた地域から来た隊員は、エレナの活動に参加していて、顔見知りになっていた者もいたのだ。




 ある日、街に出ていた隊員達が怒った顔で戻ってきた。

 街に一つの噂が広まっているという。ファリエンの総長は、幼い子供でも容赦なく斬り捨てる、冷酷で無慈悲な人間だ、というものだ。心臓が氷でできているとか、魔神の化身という話もあるらしい。


「魔物なんだから!退治しなかったらどうなってたと思うのよ!」

 どうやら彼女達は、馴染みの屋台の人からそう言われて、怒って喧嘩をしてきたらしい。

「まあ、そう怒らない。直前まで人間の姿をしていたのだから、子供を斬ったように見えたのかもしれない。」

 そう宥めてみたのだが、彼女達の怒りは収まらなかった

「でもその場にいたなら、魔物だって分かったはずよ!ほんの少し遅ければ、死んでた人もいたのに!」

「そうだね。死人が出なくて良かった。目の前でそれを防げなかったら寝覚めが悪い。その話は放っておいて良いから、皆は一般人に喧嘩を売らないように。ファリエン全体が悪く言われると困るから。」


 隊員達は怒っているが、むしろこれは好都合だ。ファリエンの隊員は、異境の民か身寄りのない平民か元奴隷で、しかも全員女である。つまり、後ろ盾がない弱者の集まりなのだ。少しずつ魔物討伐の功績が認知されつつあるが、甘く見る向きがまだある。

 こういう状況で、恐怖は力になる。無論やり過ぎないように注意はしなければいけない。魔女狩りのようなことが起きれば、収拾がつかなくなるからだ。

 今のところ、噂の範囲は個人であって、組織全体に対するものではない。だから、あえて訂正するようなことはせず、放置することにしたのだった。


サブタイトルを変更しました。ファリエは単数形です。

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