軋轢
遠征に何日もかからなかったはずだが、色々あったので、随分久しぶりに登城する気がする。その間は、代理を副長のエレナに頼んでいた。オリファも残していたのだが、本部内の事はともかく、王城での用向きは、エレナの方が適していたのだ。形式的ではあっても、王への奏上はこなれている感があるし、議会の内容を纏めることも慣れている。何より、貴族達への対応に慣れていた。
登城の際、毎回ではないが、頻繁にささやかな嫌がらせをされる。今も、わざとらしく進路を塞ぐように、数人の貴族達が歓談に興じている。彼らより身分の低い者は、遠回りするか、ひたすら通路の端に寄って待つしかない。
とは言え、彼らも本気で通せんぼをするつもりではないのか、効果的とは言えない場所を選んでいる。他の貴族が通りかかれば、道を開けるしかないのだから、その時に一緒に通ってしまえばよい。そしてここは、そういう意味では人通りの多い通路だった。
「これはこれは、魔物討伐隊ではないか。臭うと思ったら。」
いつもは離れたところから聞えよがしの嫌味を言うだけで話しかけては来ないのだが、今日はもう少し絡んでくるつもりらしい。上位者から話しかけられれば、返答をするのが礼儀だ。仕方がないので向き直り、右手を左肩に充て、左腕は後ろに回して軽く前傾する。騎士が良くやる礼だ。
「御用でしょうか。」
「ほほっ。御用でしょうかときた。」
「随分偉くなったものだ。異境の民だというのに。」
「卑賤の身で、王城を我が物顔で歩き、我らと対等になったつもりでおるのか。」
何が悪かったというより、何を言っても彼らは嘲るつもりでいるのだ。
騎士位である私達からすれば、ここにいる貴族は全て上位者だ。ただ、今時分、ここにたむろしている貴族はほぼ無役、つまり、暇人である。有力者に取り入るために待機しているに過ぎない。役職で言えば、組織の長であり、顧問議会の末席にある魔物討伐部隊総長は、彼らより上位になるという、ねじれ現象が生じている。それもまた、彼らの気に入らないことだと分かっている。
彼らの八つ当たり、もしくは憂さ晴らしに、時間が十分にあれば付き合ってもよいが、今は議会を控えているので、あまり時間がない。今日はファリエンからの報告もあるのだ。
「申し訳ございません、ミルデンベルヒガウ伯爵。非礼をお詫び致します。本日は、上の方々へご報告申し上げる事案がございますので、ご寛恕いただきたく存じます。」
このあたり、エレナの対応は絶妙だ。まず、その長たらしい名前を覚えているのと、顔を一致させているのが偉い。それに、言い回しだけでなく、声色や表情など、柔和であって卑屈にならない。
彼女は、元の世界では貴族だ。現代では平民と貴族の壁は随分と低くなったが、それでも、階級社会を知らない人間より宮廷貴族を相手にする素地はできている。察しの良い人間は、今の言葉だけで、絡むのを止めて距離を置くように離れていく。
「ほっ。ご報告申し上げるか。名ばかりの騎士位がつけあがったものよ。どんな大事か、申してみよ。」
察しの悪い人間というのは、どこにでもいるものだ。自分の行動が、目の前の人間への嫌がらせに留まらないことに、気づいていない。まるで、自分がこの場の貴族達を代表しているかのように、得意げに鼻を鳴らしている。
「ご存知の通り、私共が他言して良いものか、上の方々のご判断を仰がねばなりません。お待たせするわけには参りませんので、今はご容赦を。」
それでまた、この場から離れる者が増えた。エレナの言い方が柔らかいので、普通なら不快感は覚えない。おまけに、分かりやすく丁寧に伝えたのだから、これ以上続けるのは得策ではないと、通常なら理解できるはずだ。
「ふん、魔物討伐ごときで偉そうな。お前達など、高貴な方のお目汚しだ。王城はお前達が来るところではないわ。本来なら、我らとは口を利くことも許されないというのに、わざわざ話しかけてやっているのだぞ。」
「そうだとも。這い蹲って感謝すべきところを、立ったままとはなんとも無礼なことだ。おまけに、我々に背を向けて立ち去るつもりか?」
「どうせ大した用事ではないのだ。我らが言付けてやる故、とっとと帰るがよい。」
思わずまじまじと顔を見てしまった。この伯爵は阿保だろうか。
オリファからは、貴族相手の時は目を見るなと言われているから、普段は極力目を伏せているのだが、あまりに物分かりが悪いものだから、つい目を合わせてしまった。
二重顎をしゃくり上げた伯爵の周りには、同調者が三人、ニヤついた顔で立っているが、周囲の人間は少しずつ距離を置きながら、成り行きを注視している。初めから遠巻きに見ていた人の中には、冷ややかな視線を送ってくる人すらある。
彼らはただ嫌がらせをしているだけのつもりだろうが、その言動にはいくつか問題があるのだ。
「大変失礼致しました。伯爵閣下。王城に上がって日も浅いため、誤解をしておりました。顧問議会より閣下が上位にあられるとは存じませんでした。」
「な、なに?」
その言葉に、伯爵の嘲り顔が初めて引きつった。
「役目のことは全て議会に報告し、判断を仰ぐものと心得ておりましたが、閣下にまず申し上げるべきとは存じませんでした。公爵様方や宰相閣下をお待たせすることになりますが、致し方ありますまい。閣下へのご報告を怠ったゆえ叱責を受けたと申し上げれば、お許しいただけましょう。しかし、議会への報告事案について、これほど耳目のあるところでお話しするのも憚られますが、いかがいたしましょうか?」
棒読み状態になったのは、この際勘弁してもらおう。はっきり言わなければ分からない相手に、できるだけ穏便に伝えるのには労力がいる。
下位の者が上位の者に逆らうことは、基本的には許されない。ここで足止めをすることで困らせようというつもりだろうが、顧問議会の人々も、その間待ちぼうけを食らうことになるのだ。さらに、議会に報告すべきことを軽々に漏らせば罪に問われることもあるし、聞きだした方も責を問われる可能性がある。些事か大事かを決めるのは、議会であって彼らではない。
さすがに愚かなことをしたと気づいたのか、侮辱されたと感じたのか、彼らの顔が急速に青ざめていく。
「ミルデンベルヒガウ伯爵閣下。」
「ふ、ふん。下賤の者が・・・」
どうするかと問いかけてみれば、顔を歪めながらようやくその場を離れていった。礼をして見送り、その場を後にする。
大階段を登りながら、エレナが軽く溜め息をついた。
「気をつけて、レイナ。あの人達とは、あまり関わらないほうがいいわ。」
「進んで関わりたいとは思わないけれど、なぜ?」
「レヒバウエン伯爵と懇意なのよ。」
「レヒバウエン?」
「カラム峠の戦いの後、異民を排除しろと言った人よ。」
「ああ。」
あの時、私達は何が起きているのか全く知らなかった。最近になって、近衛隊の人達から聞いたことだ。家族を亡くしたことは気の毒とは思うが、その後のことは八つ当たりだ。その『恨み』を今でも引きずっているのなら、先程のような些細な嫌がらせでは、いずれ済まなくなるかもしれない。
「関わらないように、というか、絡まれないように気をつけるよ。難しいけど。」
「あと、今回は結果的に良かったけれど、相手を睨まないように気をつけて。」
「睨んではないけれど?」
「じっと目を見ていたでしょう?なんて思ってた?」
「この伯爵は馬鹿なのか?」
「そういうの、伝わるわよ。貴女の場合は特に。多分、突き刺さるように感じていたと思う。」
「はっきり言わなくても分かってくれる人なら、楽だけど。」
「レイナ。」
「極力気をつけます。」




