後処理
その後、事態は急展開した。あるいは、全て伯爵の予定通りだったのかもしれない。
ラダイの部屋から、ローヴェルンの地図が発見されたのだ。それも、地形や町の規模、その間の距離も分かる詳細なものだ。他にも近隣の三か国の地図が見つかった。貴族とつながりのある有力者とはいえ、一介の商人が持つものではなく、国外に持ち出すことは禁止されている。他国の人間であろうと、これは同じだ。法に従い、厳罰に処されることとなった。
本人はまだ牢屋の中だが、この国の拠点にいた部下や関係者の中には、死罪と決まった者もいる。アルジュールからは特に反応はない。つながりの強さから言えば、宰相から指示されたものだろうが、そのようなことを認めれば国同士の問題になるのだから、この場合、切り捨てられて当然だ。
「ローヴェルンにおけるラダイの資産は全て没収となった。奴隷達なのだがな、帰国を希望する者はギルドを通して手配したのだが、希望しなかった者達がいる。これは、ファリエンに預けようと思う。」
「はい?」
色々あって、数日後に状況説明を受けに行った際に、唐突にそのようなことを言われた。本人の希望ならこちらは構わないのだが、他国の人間だし、違うと思う。
「ファリエンに入れても良いし、落ち着く先を世話してやっても良い。任せるよ。どうかな、隊長。」
「構わないでしょう。」
伯爵と近衛隊長で勝手に話を整えているのだが、本来それは伯爵の仕事ではないだろうか。
「では彼らに会ってやってくれ。案内させる。」
釈然としない表情のレーナを見送ると、ビフェルン伯は笑みを浮かべたままリオディスに向き合った。
「やはりあの男は間者だったな。以前から怪しいとは睨んでいたのだが、なかなか尻尾を掴めなくてね。」
「持ち出される前に抑えることが出来て幸いでした。ご慧眼、感服致しました。」
伯爵は目を見張り、また微笑んだ。
「世辞を言わない君にそう言われると、素直に嬉しいが少々面はゆいな。彼女のおかげではあるがね。」
「レーナですか?」
「我々が探ろうとしたところであの男はとぼけるだろうが、彼女が相手で調子が狂ったのだろうね。思わぬところで地図の話を振られて、おかしな反応をした。」
「商人が、独自の簡易的な地図を持つことは、おかしいことではありませんが。」
「だがあの男は全否定した。」
「当の本人は、何も考えずにあの発言をしたようですが。」
そこで、伯爵は含みのある笑みを見せた。
「あれを制御するのは、困難かい?」
「いいえ。己の立ち位置は、心得ています。」
「でなければ、今の立場はないだろうね。」
無表情なリオディスの心情は読めないが、伯爵は気に留める様子はない。
「しかし、あの時はヒヤリとしたね。ラダイが、補償に女達を寄越せと言った時だ。」
手刀の形にした手を、そっと首に充てる。
「まるで、こちらまで首筋に刃を当てられたような気分だった。」
あの時隣に立っていたリオディスは、当然同じ感覚を覚えていたことだろう。少しばかり、曇った表情になった。
「そのようになる条件は決まっています。」
「そうだね。それを読み切れなかったリーデンベルフは痛手を受けた。職務には忠実で概ね従順、しかし時折御しがたい。これは却って危険だ。よく見ておくことだね。彼女達を引き上げたのは君だ。君が制御しきれなければ、彼女は排除することになるかもしれないよ。問題を起こす前にね。」
ビフェルン伯から預けられた元奴隷達は、とりあえず王都に連れ帰ったものの、当人達の希望というものがはっきりせず、しばらくは雑用を手伝ってもらうことにした。彼女達は、故国に帰れない事情があるか、故国を持たない者達だった。その中に、あの少女達はいなかったが、同郷の女性がいた。
彼女の故郷は、月の女神への信仰が特に篤い地域で、月晶石を産する地域でもあった。女神の涙とも呼ばれるそれは、邪を封じることで持ち主を守るとされているのだそうだ。村の守り石として大切に祀っていたものを力づくで奪われ、多くの村人が殺されたり、奴隷として売り飛ばされたという。あの船に残っていた村人で相談し、故郷に戻る者と、売られた仲間を探し、買い戻す資金を集める者に分かれることにしたらしい。それなら商会の方が良いだろうと思い、ツェイランに引き取ってもらうことになった。
月晶石が邪を封じるものであるならば、封じ切れなくなった時、それは魔へと反転するのだろうか。あの白い魔物が聖石のなれの果てであるならば、あの時感じた違和感は、守れなかった村人を思う嘆きだったのか。消滅させたのは私だが、少し、後味の悪さを感じる。
ビフェルン伯からは、早々に代理人という女性が送られてきて、細かな打ち合わせが行われた。身なりの良い中年の女性で、硬い表情を決して崩そうとしないし、終始淡々とした話し方をする。貴婦人の侍女でも務めそうな人だ。
かなりの大物からの依頼ということで、ヤナは気後れはしたようだったが、嫌な顔もせずに引き受けてくれた。むしろちょっと嬉しそうにも見える。
「おばあちゃんなら、もっと複雑なものも作れたんだけれどね。」
そう言いながら、糸の巻き付いた木の棒を何本もコロコロ動かしている。ただ転がしているようにしか見えないのに、糸が模様を形作っていくのが、私には魔法にしか見えない。
彼女の方法はボビンレースだが、別の方法ならもっと繊細な図柄も可能だという。昔のヨーロッパでは糸の宝石と呼ばれて珍重されたそうだが、機械で大量生産されたものしか知らない私には、あまりピンとこない。
技術の必要なことだから、手伝える人間は多くないが、意外な戦力になったのが、ベレンから連れてきた元奴隷の一人だった。彼女の故郷には、特殊な刺繍が伝わっていて、それを少し応用させると、レースのようになる。途中経過を見ていたツェイランは、商品化すれば良いのに、と惜しんだが、それには職人の育成から始めなくてはいけないから、何年もかかるだろう。
ビフェルン伯の代理人からダメ出しを何回か受けて、ようやくレース扇の生地が出来た。他にない品なので相場など分からないが、無理を言ったからと結構な額の礼金をもらった。確かに強引な依頼だったが、なんともそつのない人だ。
大きかったのは、元奴隷への影響だ。仕事の希望はおろか、生きる気力さえ萎えていたような彼女達の中から、職人を目指そうとする者が出てきた。何かを目指そうとする意欲。それは波が伝わるように広がり、浸透していった。程なく彼女達は、どのように生きていくのかを選択することになる。その最初の一歩を踏み出すことが、奴隷だった者には、とても難しい。少なくともその契機にはなったようだ。
遠征からしばらくして、正規軍の編成が変更された。異民の役割が変わり、別組織へ異動になった者もいる。彼らの能力については、顧問議会には報告されたが、外部に漏らさないよう念押しがされた。
あの兵士は喜んでいたが、これは、親切でも優しさでもない。
この世界には天候を予測する術はない。彼らの力をうまく利用すれば、この国だけはその手段を手に入れることになり、近隣の国より抜き出た存在になれるのだ。天候の変化を察知し、凶作を回避することが出来れば、安定した収穫が見込める。作物の収穫量は、そのまま国力になる。他国の状況を逸早く知ることが出来れば、それはこの国の利益に結び付く。そのことを知る人間は、少ない方が良い。
古代の社会で、暦を知る者が権力を握ったように、彼らの力を掌握する者が権力者であり続ける。その為の通達なのだ。
彼ら自身も、群れることがないよう、連携することがないよう、離されて配置されている。反抗勢力にならないようにしているのだ。
それでも、彼らの待遇は格段に改善されるはずで、そのような意図があると言われても、しばらくは不満も出ないだろうし、わざわざ教える必要もないだろう。
例外は、ベレンの再開発だ。あの廃墟をどうするかと議論をしていたから、住めない場所なのだから遊水池にすればいいのにと呟いたら、その方向に進むことになったらしい。普段はグラウンドとか球戯場になっていた日本の遊水地を思い浮かべて、遊興施設にでもすればいい、と言ったら、なにやら再開発事業が始まったようだ。思っていたのとは大分違う方向で。
あの兵士やその仲間が、現地の専門家と嬉々として議論をしたり案を出し合ったりしているという。
あのビフェルン伯の指揮下に進められている事業だから、きっとうまく飴と鞭を使い分けて管理されているのだろう。気づかなければ幸せだが、あの伯爵のペースに振り回されるのは、気の毒な気もした。
そう言えば、あの商人の没収品から、伝説級の貴石が見つかったという話が聞こえてきた。大々的な話になっていないあたり、何となく嫌な予感がする。とりあえず、忘れたことにしようと思う。それが彼らの秘密に触れることならば、彼らが解決すれば良いのだから。
気付いた方もいると思いますが、月晶石のイメージはムーンストーン(月長石)です。




