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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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月の導き(3)

「ちょっと来て。」


 そう言うと、ナイアラは一隻の船のところに歩いていった。桟橋を歩いている時に、目についたらしい。

 その船は、ここに停泊している中でも大型で、装飾も多い方だった。川船には珍しく、船首にまで飾りが付けられている。まるで海を走る船のようだ。それは、髪の長い女性の像で、どことなく昨夜の魔物を彷彿とさせた。

 (ひび)の入った丸い石を取り出してみると、赤黒い(もや)が緩やかに渦を巻いていた。まるで、石から出ようとして阻まれているかのようだ。それは、目の前の船に向かおうとしているように見えた。船の間を行ったり来たりしていた守備隊員が声をかけてきて、同じ話をしていると、船から人相の悪い男が顔を出した。

「何だ。なんか用ですかい。」

 商人と言っても色々な種類があるのだろうが、目つきの悪さは、まるで裏町の人間のようだ。その男の目が、剣呑に細められた。

「あんた。そりゃあ、どこで手に入れたもんだ?」

「この石のことか?なぜだ?」

「昨日、この船から盗まれたもんに似てるんだがね。」

 男の目は、お前が盗ったのかと言わんばかりだが、口に出さなかったのは、守備隊が傍にいるからだろう。

「間違いなくこの船にあったものか?」

「大きさと形はそっくりだ。そう見かけるもんでもないんでね。」

「この船の持ち主は?」

「アルジュールの大商人ラダイ様だ。」

 守備隊の問いかけに、男はそう答えた。それが、昨日格闘したワニの飼い主であることは、既に守備隊にも知らされている。顔を見合わせていると、聞き覚えのある声が騒がしく近づいてきた。


「なんてザマだ。なんて損失だ。全く役立たずどもめ。希少動物だけでなく・・・あ!」

 小太りの浅黒い肌の男が、鬼に近い形相で走り寄ってきた。守備隊員が押し留めていなければ、石に飛びついてくるところだった。

「それは私の月晶石ではないか!貴重な聖石になんてことをしてくれた!」

「間違いなく貴方のものなのか?」

「月晶石がそうそう転がっているものか!しかも、それほどの大きさのものが!」


「何の騒ぎかな。」

 当然の如く、伯爵が側近と守備隊長を引き連れてやってきた。心の内は知らないが、相変わらずにこやかな笑顔だ。

「伯爵閣下。踏んだり蹴ったりでございます。希少生物に続いて、貴重な聖石がこの通りボロボロに・・・この女兵士の持っているのは、私のものです。昨夜盗まれたと知らせが来て、慌てて来てみたらこの有様。本国の宰相閣下に献上するはずの品ですぞ。」

「月晶石か。事実なら、これほどの大きさのものを見るのは、私も初めてだ。」

「左様でございましょうとも!大きさも質も、加工の技も、上質のものでございます。」

「しかしあれは、淡く輝く乳白色が特徴のはずだが。」

「それでございます!おい女!傷だらけにした上に、その色は何だ!」

 ラダイは噛みつかんばかりだ。傷だらけにしたのは認めるが、事情を聴きたいのは、むしろこちらの方だ。


「総長。守備隊長からも聞いているが、それは、報告にあったものだな?」

 伯爵は、いまだにこやかな笑顔のままだ。

「はい、閣下。」

「つまり、この船が魔物に関係しているということだな?」

 伯爵の笑みが、含みのあるものに変わった気がする。

 今のところ、その気配はない。だが、船首像といい、この石といい、関係はあると言っていい。そして伯爵は、是という答えを求めているようだった。


「はい、閣下。ご報告いたしました通り、これは昨夜出現した魔物の本体ですので。」

 ラダイの表情が劇的に変わった。怒りから驚愕へ、そしてまた怒りへと。

「馬鹿な!月晶石は、魔を払う石ですぞ!言いがかりだ!」

「言いがかりか?」

「いいえ、閣下。私もこの目で見ました。多くの兵が目撃しております。」

 伯爵の問いに、守備隊長が答えた。

「それでは、捜索をしなければならないな。ベレンを預かる者として、放置はできない。ラダイ、そなたも自分の船に魔物が巣くっているかもしれないのでは、落ち着かんだろう。」

「いえ、それは・・・」

「総長、捜索を許可しよう。私の部下を補佐につける。君達は、船には不案内だろう?」

 笑みは崩さないものの、伯爵の雰囲気は既に、反論を許さないものへと変わっていた。


 落ち着かない様子のラダイを置いて船に乗り込むと、目つきと人相の悪い男達が威嚇するように並んでいた。しかし、ベレンの役人や守備隊の目があるためか、直接の手出しはしてこない。

 船上の建物は、船首方向と船尾方向に分かれており、船首の方が装飾が多かった。船尾側の建物は交易品を運ぶ貨物用のようで、箱や樽などが積まれていた。奥の小部屋には空の檻があり、金属の輪と壁からつながる鎖があった。奥の扉から船尾側の甲板に出られるらしいが、今は厳重にカギがかけられている。

「もしかして、ワニの檻?」

「かもね。」

 ナイアラも守備隊員もしげしげと眺めるそこは、意外に小綺麗にされていて、檻の中も十分な広さがある。窓もあるから光も入る。ただ、逃げ出す隙間はないように見えた。

 その部屋の隅に、床下収納のような床板があった。ここに来るまで、石の中の靄は前方を示していたが、今は下を示している。

「ここは?」

 この船の男に聞くと、無言で睨みつけてくる。船に乗り込んでから、歩くのに邪魔な程度の近距離でずっと睨みを利かせてくるのだが、脅しのつもりなら失敗している。体格が良くて武器をちらつかせてもいるが、この状況で実際に何かすることは出来ないのだし、所詮は人間だ。ワニやら魔物やらよりマシである。

 手振りで開けるように指示すると、しぶしぶといった様子で鍵を外した。床に空いた穴から階段を下りると、すえた臭いのする薄暗い部屋があった。


 目が慣れて、何の部屋か分かった時、息が詰まるような胸苦しさを覚えた。身じろぎする幾つもの影は、人間だ。部屋の上部の小さな丸穴からかろうじて入る光で見る限り、ほとんどが少年少女だった。怯える者、黙って睨む者、感情が抜け落ちたように無反応の者、一部は枷を嵌められ鎖でつながれている。

 彼らは奴隷だ。あの商人は奴隷の売買で富を築いた。部屋の入り口がワニの飼育部屋になっている意図も容易に想像できて、息苦しさが増していくようだ。ここより、上の部屋のほうがずっとマシな環境にある。ナイアラも衝撃を受けたようだが、守備隊員も眉をひそめて部屋の様子を眺めていた。


 その中に、目が合った瞬間に視線を逸らした少女がいた。近づいてみたが、怯えて泣きそうな顔をしていて、近くにいた別の少女が庇うように睨んできた。数年前の自分達を見ているようで、悲しく苦しい気分になる。

「怖がらないで。何もしない。聞きたいことがあるだけだ。この石に、見覚えがある?」

 怖がるなと言っても無理だろうとは思ったが、怯えた少女は首を振るばかりで何も言わない。だが、その前に割って入った少女は気丈だった。

「うちの村の守り石だった。よそ者がやってきて奪っていったんだ。取り戻そうとしたけれど、ダメだった。」

 あの商人はそんなことまでしていたかと、強欲さに呆れる。石の中の(もや)が、動きを変えた。この部屋に入ってから漂うように静かになっていたのだが、再びどこかを示し始めた。

 部屋を出て進み始めると、後ろで床板が閉められ鍵がかけられる音がする。

 いたたまれない気持ちになった。出来ることなら、彼らを外に連れ出してやりたい。しかし、私にはそれだけの力も権限もなかった。


 石の示すままに進むと、今度は船首側の部屋に行きついた。扉の前に立ち塞がっている男がいたが、気持ちがささくれ立っていたので、思わず、邪魔だ、と睨みつけると、少し気圧されたようだった。

 その部屋の中は、見るからに上質な調度品が整えられ、手の込んだ細工の机や、宝石の嵌め込まれた箱が置かれたりしていた。机や棚には様々な書類が置かれているようだったが、適当にめくっていると、補佐役としてついてきていた伯爵の部下が、どんどん引き出しや棚を開けて書類を漁り始めた。一応、魔物の痕跡を探すために乗り込んできたのだが、彼らの目的は別にあるようだ。そして、船の中にはもう魔物の気配はなく、石の中の靄はあちこちにぶつかっていて、何を示したいのかよく分からなくなっていた。

 幾つか置かれている箱の中に、鍵穴に引っかいたような傷がついているものがあった。鍵が壊されていたのか簡単に開いたが、中には巻紙がいくつか入っているだけだった。なぜか上げ底になっていて、底板を取り払うと、たたまれた紙が押し込まれている。伯爵の部下がやってきて、それらを見るなり顔色を変えた。


「ねえ、レイナ。」

 ナイアラが部屋の入り口と反対側の窓を見ながら声をかけてきたので見てみると、窓の外に船首が見えていて、内側にも女性の上半身を(かたど)った像が据え付けられていた。それには、幾筋も(ひび)が入っていて、顔には一筋の黒い線が、涙のように染みついている。

 手の中の石を見ると、(もや)はもう動かず、水に沈む(おり)のように黒ずんで沈んでいた。石全体も透明感を失い、灰白色に濁っていく。


 あの商人は、これは魔を払う石だと言った。船首像も、元は似た意味を持つ。何かを守るはずのものが、魔物と化す。それは、何によるものだろうか。

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