ハイクエル山(3)
「閣下。発言をお許しいただけますか?」
連隊長に向かい、敬礼をする。
連隊長が頷くのを確認し、静かに続けた。
「討伐後の報告書は、班長の私か、副班長のエレナが作成し、提出してまいりました。正確性に欠ける文書を提出したことはないと、自負しております。本隊の報告書と食い違いが生じたことも、ありませんでした。」
連隊長が頷いた。
「そうだな。」
「負傷を免れた近衛隊士もおられましたし、確認していただければ、エレナ副班長の報告との整合性も、明確になるはずです。」
連隊長は、少し難しい顔をした。別組織の近衛隊に確認を取るのは、難しいことなのか。縦割りとか、面子の問題とか、あるのかもしれない。
それに、あの士官は、若干苛立った表情をしているものの、慌てた様子はない。何か手を回しているのだろうか。あの近衛隊長が、部下に適当な対応を許すとも思えないのだが。
「先ほど、第二隊副官殿は、近衛隊の指揮官が、先頭に立って山中に入ったと仰いましたが、近衛隊士が偵察に加わることはありません。また、状況も分からないうちに、大部分の兵を待機させたまま、指揮官が討伐対象の元へ向かうことも、通常はありません。」
琥珀の瞳の士官は、露骨に苛立った様子を見せた。
「礼儀を知らない異民だな。貴族に対する口の利き方を知らないのか。」
「申し訳ありません。ご容赦を。」
「彼が、功を焦って常と違うことをしただけだろう。」
「お言葉ですが、副官殿。幾度か討伐にご同行いただき、面識があります。そのような方ではありませんでした。」
「その呼び方を改めろ。私は貴族だぞ。」
「・・・・は。」
通常の呼びかけは、『副官殿』で間違っていない。おそらくこの士官は、第二隊の筆頭隊長が呼んだように、貴族としての儀礼称号で呼ぶことを要求しているのだ。他の筆頭隊長は、部下を名前で呼んでいる。例え平民と貴族の間柄であってもだ。この士官は、平民の下に置かれることが余程嫌なのだろう。
そう思ったから、わざと副官殿と呼んだ。
異民の私が、この世界の礼儀を知らなくても、おかしいことではないのだから。
「閣下。」
低く、唸るような声がした。
今回の討伐に参加した百人隊長が、連隊長に対して敬礼をしている。私に、忠告をしに来た隊長でもある。初老に差し掛かったその隊長は、苦悩の色を滲ませた顔を歪めるようにして立っていた。
「発言を、お許しいただけますか。」
連隊長が頷く。
百人隊長は、一旦目を瞑り、覚悟を決めたように開くと、押し出すように話し出した。
「探索班の報告は、事実です。」
さすがに室内に騒めきが起きた。
私も驚いた。彼と私とでは立場が違う。失うものも、そのことに対する恐れも大きい。
「間違いはないか。」
連隊長の念押しに、百人隊長が頷いて先を続けた。
「はい、閣下。近衛隊の指揮官の指示に関しては、直接聞いてはおりません。私は、偵察隊の選抜を終えて指示を待っておりましたが、全員で討伐に向かえと、オルトレイ卿より指示を受け、坑内に入りました。その後、後方より撤退命令が届き、近衛隊士の誘導で脱出しました。」
部下に告発された形になった士官は、苛立ちを通り越して怒りを顔に上らせていた。
「平民の分際で・・・」
「少佐」
連隊長が注意を促したが、その士官は振り払うように怒鳴り始めた。もはや、体裁を取り繕うこともしない。
「異民たちは、魔物の場所をつかむことさえできなかったのだ!偵察などとまどろっこしいことなどせず、さっさと退治しに行けばよい!そのための兵士どもだろう!」
「ですが副官殿。詳細が不明の場合、まずは状況把握を行うのが常です。」
「黙れ!」
「また、近衛隊からの指示が優先されるのも、常です。」
「黙れ!異民風情が!あの者の指示など従えるか!指揮官はこの私だ!あの者こそが従うべきなのだ!」
怒りに任せ、この士官は、自らの行動をありていに白状した。この部屋にいる全員が証人だ。
「閣下。エレナ副班長の報告に誤りのないこと、ご納得いただけましたか?」
連隊長は重い溜息をついた。
琥珀の瞳の士官は、ねめつけるように部屋の中を睨んだ。
「私は、侯爵家の人間だぞ。」
だから何だというのだろう。おそらくこのお坊ちゃんは、ずっとこうして全てを押し通してきたのだろう。さすがに自分の行動が、そのまま報告されるのはまずいと分かっている。だから、事実を都合の良いように捻じ曲げるつもりなのだ。
連隊長初め、部屋の中は沈黙している。もしそういう流れになるのならば、もう一押し必要かもしれない。どのみち、暴かれなければならないことだ。
部屋の中を睨みつけていた士官と、目が合った。琥珀の瞳にどす黒い怒りをたぎらせ、憎々しげに指を突き付けてくる。
「お前は、近衛隊長が後ろ盾と思っているのだろうが、あの男は私より格下だ。」
あの人は、後ろ盾にはならない。むしろ監視役だ。落ち度があれば、すぐに切り捨てられるだろう。もっとも、この士官にそれを教えてやる必要はない。
最後の一押しをしてやるために、距離を測りながら、一歩踏み出す。
「アムネス・ディオラ。」
その言葉は、部屋の中の誰も、理解できなかった。目の前のお坊ちゃんを除いては。
秀麗な顔が醜悪に染まる。
血走った眼を見開き、歯ぎしりをしながら、剣に手をかけ、勢いよく引き抜いた。その剣先が届く直前、近くにいた若い士官が飛びついて抑え込んだ。正直、予想外だった。止めに入る人間がいるとは思っていなかった。
「オルトレイ卿!」
「落ち着け。」
第二隊の筆頭隊長と連隊長が呼びかけるが、その声は届いていない。
「離せ!ルイドルフ!異民如きが、この私を愚弄するなど!思い知らせてやる!」
「いい加減にしろ!」
抑えつけている士官が怒鳴りつける。
「ここにいる者は、貴官の私兵ではない!すべて国軍に所属する者だ!勝手に処分することは許されん!」
「リーデンベルフ少佐。当面謹慎とする。頭を冷やせ。今回のことは、黙認できる範囲を超えている。全て、上に報告せざるを得ん。」
苦い響きのこもる連隊長の言葉に、琥珀の瞳の士官は怒気のこもった眼を向けた。罵りの言葉を吐き出しながら、数人がかりで連れ出されていく。
ルイドルフと呼ばれた若い士官が、溜息をつきながらそれを見送った後、おもむろにこちらを向いた。第一隊の副官で、確か、この人も名門の貴族だった。
「先ほどの名は誰のことか?」
「その女性とご実家の不幸に、第二隊副官殿が関わっているそうです。」
「なんだと?」
「もしや、ディオラ商会の娘か・・・」
百人隊長の一人が呟き、第一隊副官の視線を受けて、バツが悪そうに眼を逸らした。
ディオラ商会は、それなりに名の知れた商家だった。その『事件』は、ある界隈では有名だ。第一隊の副官は、何かを察したように、また嘆息した。
「その手の話であるなら、私が引き受けましょう。」
「すまないが、頼む。」
連隊長の言葉に、第一隊副官は敬礼をして応え、その場は解散となった。
「待て、探索班班長。お前は残れ。」
後に残ったのは、第一隊副官と、私の所属する第四隊の筆頭隊長だった。
「君は、死にたいのか。」
第一隊の副官は、開口一番そう言った。眉根を寄せ、厳しい顔をしている。
「いえ。」
「自身の正当性を訴えるのは構わない。しかし、あれはやり過ぎだ。」
「・・・申し訳ございません。」
筆頭隊長が思案顔で口を開いた。
「上位の士官への敬意を欠いたことは、いただけんな。レーナ班長とエレナ副班長は、一か月の謹慎だ。他の班員も、任務以外での外出を禁ずる。違反した者は、六か月の減給だ。如何かな。」
最後は、第一隊副官へ向けての言葉だった。
「結構です。」
「・・・・は。」
厳しすぎる、とは思うが、当初の目的は果たせた。ならば今は、反抗する理由はない。他の班員には申し訳ないが。
部屋を出ると、エレナが蒼白な顔をして待っていた。
「一か月の謹慎だそうだ。私もエレナも。それと、班の全員、外出禁止だ。・・・皆を巻き込んでしまった。」
「そんなことはいいわ。来て。」
強張った声で言うと、エレナは私の手を引いて、あまり人のいないところへ移動した。くるりと振り返ったエレナは、珍しく怒った顔をしていた。
「レイナ。貴女があの士官を挑発していたのは分かってた。まさか、初めから自分が斬られるつもりだったんじゃないわよね。オリファやリタに何か調べさせていたのも知っていたけれど、この為だったの?」
思いがけず、百人隊長という援軍が得られたが、こちらの言い分が通るか、あちらの権勢が勝つのかは分からなかった。だから、もう一押しすることにした。
衆目のある場で、明確な規定違反を犯せば、これを不問に付すことはできない。その原因になった出来事も、表に出ることになる。上級士官であれ、正当な理由もなく、決められた手順も踏まずに、兵士を罰することはできない。
「あちらが剣を抜いたなら、それだけでも良かったけれど、若干の傷がついたなら、なおいい。さすがに、今後支障になるような怪我は、私も御免だよ。」
「そんな都合良くいくか分からないじゃない!無傷だったのは、運が良かったのよ。貴女は、自分のことを疎かにする傾向があるわ。お願いだから、こんな危ないことは二度としないで。」
私の方が一つ上なのに、まるで姉に叱られている気分だ。何かとても、心配をかけてしまったようだ。
「・・・ごめん。」
「約束して。」
「分かった。」
エレナは、ほうと息を吐いて、力を抜いた。
「帰りましょう。皆待ってるわ。」
それから、少し苦笑した。
「謹慎は、罰ではないかもしれないわね。」
その後、顛末を聞いたオリファには呆れられ、ヤナとニキには、エレナ以上に叱られた。
ついでに言うと、後日、百人隊長には、常軌を逸していると苦言を呈されたが、鍛冶の親方には、新しい武器は優先的に回してやると言われた。褒められたと考えて良いのだろうか。




