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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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はじまり

 風が梢を揺らす。鬱蒼と茂った葉の間からは、わずかな光が漏れ落ちるだけ。厚く積もった落ち葉を踏みしめて歩いてみるが、道らしいものが見えない。


 森の中にいる。それは分かる。でも、なぜこうなったのかが分からない。


 林の中にはいた。でも、町はずれの公園に付属している林で、何度も行ったことがあるところだ。踏みしめられた道もあったし、木々の枝葉はもっとまばらで、日の光はしっかり地上まで届いていた。

 広場に向かう道を一人で歩いていたら、早朝でもないのに霧が立ち込め、周りが見えなくなった。けれど、広場はすぐそこだから、構わず歩き続けた。一本道なのだから、迷うはずもなかった。

 でも、足元の感触が変わり、徐々に霧が薄れたとき、見覚えのない森の中にいた。四方を見回してみても、あの霧の中、自分がどこを通ってここに来たのかも分からない。一緒に来ているはずの友達を呼びながら歩いてみても、返ってくる声はない。枝葉の擦れ合う音以外はなく、鳥の声すらない。


 どうしたらよいものか。山で迷ったときは、動き回らないほうがいいと聞いている。じっとして、助けを待つべきだと。けれど、このままここにいて本当に大丈夫なのか、少し不安だ。それに、公園の敷地内なら、少し探せば元の場所に戻れるのではないかとも思った。

 そうして歩き続けた結果、何かが通った跡を見つけた。獣道だろうか。どちらに向かうか迷ったけれど、緩やかな勾配がついていたので、下ってみることにした。しばらく歩いたところで、人影が見えた気がした。


 良かった。人のいるところまで戻れば大丈夫。

 そう思ったのだけれど、こちらに気づいた人影が振り返った時、思わず足が止まった。

 男の人が二人、厳しい顔でこちらを見ている。明らかに日本人ではなかった。恰好は農夫のようで、手に鍬や長い棒を持っている。


 何かがおかしい。逃げた方がいい。

 そんな気がして踵を返すと、別の方向にも人影があった。道を外れて森の中に走り込んだものの、落ち葉に足を取られてうまく走れない。あっという間に追いつかれ、囲まれてしまった。

 彼らは、フォーク状の農具を突き付けて怒ったように何かを話しているけれど、何を言っているのか全く分からない。つつかれるように獣道に戻り、そのまま道を下り、やがて視界が開けると、そこには見覚えのない村の風景が広がっていた。





 森と丘に囲まれたその村は、ヨーロッパの田園風景のように思われた。石垣で区切られた敷地に羊や牛の影がゆったりと動き、緑の丘は遠くの森まで連なっている。石垣が途切れた先には畑が広がり、さらにその向こうに、屋根の低い家が点在している。先の尖った鍬を突き付けられていなければ、見入っていたかもしれない光景だ。

 でも、立ち止まることは許されず、つつかれるままに歩いていく。のどかに見える風景なのに、彼らの雰囲気は険悪で、少し怖かった。

 でこぼこの土の道の両端は、平たい石を積み上げた石垣になっていて、それが途切れたところに、木造の、少し大きめの建物があった。

 中に入ると、家畜の臭いがした。農具も置いてあるから、納屋だろうか。促されるまま、その中の一角に追いやられ、座らされる。彼らは、また怒ったように何か言って、外に出て行ってしまった。

 入り口には見張りが立っているようで、何かを話す声が時々聞こえる。


 どういうことか、誰か説明してほしい。夢でも見ているのだろうか。

 でも、つねれば痛いし、一度眠ってみても状況は変わらなかった。




 納屋に押し込まれて数日すると、馬車に乗るように促された。乗り込むと、扉に鍵がかけられた。上の方に、格子付きの小さな窓がついている。でも、そこから外を覗く気力はなかった。

「お腹空いた・・・」

 一日に一回与えられた食事は、パサパサのパンのようなものと、お湯のようなスープだった。

 どうしてこういうことになったのか、これからどうなるのか、空腹と不安で、膝を抱えて座り込む。ガタガタと揺れる馬車はとても乗り心地が悪い。

 これが夢でないのならば、ここは明らかに私の町ではない。日本ですらないようだ。言葉はさっぱり分からないし、服装もどこか変だった。どこか別の場所に来てしまったみたいだ。

(今ごろ、みんな探しているかな・・・)

 思わず溜め息が漏れる。高校のこと、家のことがつらつらと浮かんでは消えていった。




 そのまま何日か運ばれて、大きな町に着いたようだ。窓が小さくて外の様子は良く見えないけれど、大勢の人間が話す声や、色々な音が聞こえる。

 そうした喧騒が不意に遠のき、しばらくしたところで馬車が止まった。扉が明けられ、光が差し込んで、眩しさに思わず腕で顔を覆った。声がかけられるが、相変わらず何を言っているか分からない。日本語と英語ではないことは確かだ。

 目を細めながらどうにか扉の方を見ると、兵士らしき男の人が槍を持って立っていて、腕を振る身振りと共に何か言っている。出ろ、ということらしい。ずっと揺れる馬車の床に座り込んでいた上に、しばらくまともに食べていないので、体が固まって思うように動かない。這い出るように馬車から出て、どうにか地面に降り立った。

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