探索班
正式に、軍の一部隊となることが決まった。つまり、この国は、私達に生かす価値があると判断したのだ。
ならば、そうあり続けなければならない。
探索班と言っても、魔物を見つけて終わり、ではないことは経験済みだ。だから、武術の習得はかかせない。自分の身を守るため、さらには、自身の価値を高めるために。
私達は、剣術や槍術だけではなく、弓術や投擲の練習も始めることにした。近接戦だけでは、腕力に限界のある私達では、足手まといにもなりかねない。遠距離攻撃の手段は必要だし、精度も高めなければならない。
北の丘陵地帯で見たのは、様々な動物と木の魔物だった。狼とか熊とか鹿とか、大抵は見たことのある動物に似ている。ただ、それが全てではないようだ。空を飛ぶものも、どの生物にも例えられないものもあるらしい。
そもそも魔物は生物なのか、どこから発生し、どのように増殖するのか、分からない。というか、そういう興味を持った者が今まで誰もいない。名前すらついていないのだ。
それでも、どの魔物にどう対抗するか、考える必要があったし、その流れで訓練も行われた。
国中の神殿から、異境の民が集められて、人も少し増えた。彼女達は、私達に何が起きたのか既に知っていて、ここで訓練を受けることを、拒否はしなかった。不安と緊張で強張った顔はしていたが、細やかな気配りをするエレナと、常に快活なアンヘラのおかげで、じきに馴染んでくれた。
軍からは、新兵教育に当たるような人達が、日替わりで指導に来る。そうしてみると、あの野営地で近衛隊の副長から受けた訓練が、だいぶ無茶なものだったのだと分かる。あの時は、生きるか死ぬかだったので、それについて文句を言うつもりは特にない。
ただ、教官達が、揃いも揃って私を見ては、
「お前がそうか・・・」
と、まじまじと観察してくるのには閉口した。
最初は何のことかと思ったが、何人目かの教官が、
「あの近衛隊副長、ああ、いや、今は隊長か。あの人のしごきに耐えたというのは、お前か・・・」
と言ったので、ようやく意味が分かった。どうやら、正規軍の中でも、あの副長の指導は厳しいことで有名らしい。だからと言って、人を珍獣を見るような目で見るのは止めてもらいたい。命がかかれば、誰でも必死になる。
そして、あの魔物討伐から戻って間もなく、副長は隊長に昇格していた。元々、隊長が病気療養中で、副長がしばらく前から隊長代理をしていたそうだが、このたび、正式に隊長に就任したらしい。
「二十三歳の若さで近衛隊長か!」
「いや、あの人が適任だろう。風格があるし、強いしな。」
「前の隊長も、そのつもりで育ててたって話だよな。」
と、兵士達が騒いでいるのが聞こえた。
「二十三歳・・・弟と一緒。信じられないわ・・・」
「まあ、一番存在感あったもんねえ。」
「レイナ、あんた、大変な人に盾ついたんだね。その場で斬られなくてほんとに良かったよ。」
と、私達の間でも一通り話題になった。いくらなんでも、いきなり斬られるようなことはしていないと思う、多分。
年齢に関しては、私も意外だった。二十代だろうとは思っていたけれど、鋭い目をしているし、他の騎士にはない威圧感があるし、もう少し上だと思っていた。
「班長。班長のレーナはいるか。」
「はい。私です。」
探索班が発足した時、流れで私が班長になった。ただ、これは便宜的なものだ。私達の間に、一般の軍人のような上下関係はない。班の中には自然に役割分担が出来ていて、班長もその一つだ。
それにしても、この人達に呼び捨てにされると、違和感を覚えるのはなぜだろう。神殿ではあまり気にならなかったのだが。私が、ファーストネームで呼ばれることに慣れていないから、というのもあるだろうが、強い調子で呼ばれるものだから、カチンとくるというか、身構えてしまうのだ。何か拙いことでもあるのではないかと。
「本日の教練は中止だ。」
「・・・はい?」
「今日は近衛隊との合同鍛錬がある。お前たちの面倒を見ている暇がない。自主修練でもしていろ。」
「はあ。」
「見学になら来てもいいぞ。いや、それがいいかも知れんな。よし、見学していろ。邪魔にならんようにな。」
「はい・・・」
月に一度か二度、正規軍兵舎の練兵場では、正規軍の兵士達と近衛隊の合同鍛錬が行われる。別組織なのに、ずいぶん距離が近いのだな、と思ったが、以前はそうでもなかったらしい。この合同鍛錬というのも、正式なものではなく、自主的な修練だという。
5年前、素行の悪かったある兵士が、近衛隊士に喧嘩をふっかけ、返り討ちに会ったことがきっかけだそうだ。貴族だから気に食わなかったそうだが、一体何をやっているんだか。
その兵士は、自分を負かした相手を勝手に師匠と呼び、頼み込んで稽古をつけてもらうようになったそうだ。その後、話を聞きつけた同僚が加わるようになり、段々数が増えて、今のようになったという。
正規軍の上層部はそれで良いのだろうか、と疑問に思ったが、良く思っていない人もいるものの、歓迎している人もおり、今のところは黙認されているそうだ。そういえば、士官の姿もちらほら見かける。
発端となった兵士は、今では立派な鬼軍曹になっており、その相手というのが、当時は一介の近衛隊士だった今の隊長というわけで、『正規軍兵士の間でも、あの人の指導が厳しいというのは有名な話だ』というのも、ようやく納得できたのだった。
新兵の私達は、ここに加わるほどの段階にも達していないので、兵士達が団体で指導を受けていたり、一対一の対戦をしていたりするのを、周りで眺めている。
あれから、まだ一か月は経っていない。だから、久しぶりに目にすると言っても、それほど変わっているはずもない。
近衛隊長となったあの人は、相変わらず厳しい相貌を崩すことなく、鋭い目で全体を見回し、ところどころで指導を入れている。あのピリピリした空気に触れるだけで、兵士達の動きが、いつもより良くなるように見えた。ただ、やはり野営地での訓練よりは緩いように思える。
そろそろ終了かという頃、名前を呼ばれたので進み出た。教官は予想していなかっただろうが、私はここに来て目が合った時から、覚悟はしていた。
「教官は誰だ。」
「決まっていません。交代制です。」
軽く眉を顰められたが、ここは私が怒られるところではない。日替わりになっている理由など知らないのだし。まあ、責任者になるのが嫌で、押し付け合っているのだろう、と察しはつくが。
「構えろ。」
「お願いします。」
この人には、他の教官達にはない圧がある。気持ちがグッと引き締まるような、集中しなければ自然と足が後ろに下がってしまうような感覚だ。
今の私は、軍から貸与された短剣を使用している。野営地で借りていた短剣よりも、まだ馴染んでいない。でも、そんなことは関係なく、今できる全力を出さなければならない。
この人を相手に、力を抜いてはならない。私達は有用だと、思わせなければならない。
だから、全力で地を蹴る。全力で剣を振り上げる。
あっさり防がれても全力で打ち込む。
振り払われて地面を転げても、打ち下ろされて受け止めきれずに膝をついても、そこで止まってはならない。
この人の一振りは重い。
これでも、まだ加減されているのだということは、他の兵士への指導を見ていて分かっている。
それでも、すぐに手が痺れ、足が痛くなり、息が上がってくる。
動きが鈍くなったところで、終了を告げられ、少し拍子抜けした。野営地では、ここからが、まだ長かったのだ。この人にとっても、これが標準で、あの時の稽古は、ものすごく詰め込んだものだったのだろうか。
「お前は、受け流すことを覚えろ。」
それは、自分でも気づいている。純粋な力比べなら、私が勝てる相手の方が少ない。ましてや、魔物相手に真正面からぶつかっては、命がいくつあっても足りない。
だから、相手の力を利用する。力を逸らして体勢を崩し、隙を作る。
そう思ってはいるが、実際にやってみようとすると、これがなかなか難しい。私がまだ初級者だからかもしれない。結局のところ、まだ鍛錬不足なのだ。
「はい。ありがとうございました。」
礼をしてから背を向けるのを、近衛隊長は黙って見ている。
ふと、アンヘラに言われたことを思い出した。訓練の前後に挨拶をするのはなぜか、と聞かれたことがあるのだ。特別な理由があるわけではない。剣道でも柔道でもそうしているし、そういうものだと思っていた。始まりと終わりがはっきりしていないと、なんとなく落ち着かない。ただそれだけだ。一応、指導を受けている側なのだし。
もっとも、他の人はほとんどしていない。ここの兵士達も、『解散』と言われればそのまま散っていくし、対戦後の礼もしていない。何か、珍しい光景に見えるようだ。
仲間の元へ戻る間、兵士達が騒めいているのが聞こえる。内容は分からないが、珍獣を見るような視線が増えているような気がした。




