帰還
神殿に戻ると、世話係の助祭が変わっていた。全体に、何となくよそよそしい。
神殿に戻されると聞いた時は、緩慢で、閉塞的で、でも危険のない、そんな生活に戻るのかとも思ったが、おそらくそうはならないだろうと、今は思う。
前とは、色々なことが変わってしまった。
全て、無かったことにはならないのだ。
神殿には、墓所がある。主には、神殿で生を終えた聖職者の為のものだが、その一角に、施療院で亡くなった旅人などの為の、いわば無縁墓地のような場所があった。風雨にさらされる所だが、晴れた日は光も差し込む。
その壁際に、一抱えほどの石が置かれていた。墓石のつもりだが、表面には何も刻まれていない。
ヘザーがここにいるかどうかは分からない。神殿の人が、ここだと言ったから、目印を置いたのだ。ここで、彼女を思い、ここに戻って来られなかった仲間達を思い、祈っている。
それは、何かを変えることにはならない。彼女達を救うことにもならない。私はヘザーを助けられなかったし、北の丘陵地帯で死んだ仲間達を、助けることもできなかった。
だから、これは自己満足だ。祈るのも、花を手向けるのも。
「レイナ」
幼い声がかかる。
アーシが、小さな花を、土ごと手の平に乗せている。
キラキラした瞳のアーシは、まだ十歳に満たない。神殿に残していったときは、この先どうなるか心配だったが、結果的には、留め置かれて正解だった。
「その花は?」
「摘み取ってくると、すぐ枯れてしまうから。土ごとお墓に埋めておけば、長く咲けるでしょ。」
この子は優しい子だ。ここに来てからずっと、弟とお母さんの心配をしていた。ここなら食べ物の心配がないから、二人ともここに連れてきたいと言っていたのだ。それが、本当に良いことなのかは、分からないけれど。
一緒に、墓石の近くに花を植える。
「ありがとう。」
と言うと、アーシは眩しいくらいの笑顔で笑った。
魔物討伐の詳細が報告されると、帰投した異境の民については、放免とされることが決まった。その後、会議を経て、正規軍の魔物探索班として、正式に組み込まれることとなった。当初は複雑な顔をしていた総司令官も、事前の魔物探知によって、兵の損害を減少できることが分かると、納得した。
納得しないのは、その他の者達だった。
「リオディス卿。」
王城の廊下を歩くリオディスを呼び止めたのは、壮年の貴族とその取り巻きだった。
「レヒバウエン伯爵。」
立ち止まり、軽く会釈をする。
「どういうことですか。あの異民どもを連れ帰るばかりか、軍に取り立てるなどと。」
レヒバウエン伯爵は、異民排斥を強く主張した貴族の一人だった。
「あの者達を連れて戻った経緯は、既に報告した通りです。」
冷静に返すと、伯爵は大仰なほどの身振りで、感情に訴えるように続けた。
「リオディス卿。異境の民のせいで、我が家は跡継ぎを失ったのだ。貴方なら、敵を討ってくださると思っていた。」
息子を亡くしたことには同情する。だがその全てを異境の民の責とするのは、いささか飛躍が過ぎる。
被害の拡大を招いた要因はいくつかある。
伏兵の予測をしていなかったこと、兆候を見逃したこと、奇襲に対する初動対応の拙さ、連鎖的な判断の誤り。
上級士官であったレヒバウエン伯爵の子息が、そのどれかに関わっている可能性もあった。そこから目を逸らすのに、異境の民は都合がよい。だが、処刑された娘以外の者達に、処罰を受けるべき咎は、初めからなかった。
「異境の民の扱いについては、御前で行われた会議で正式に決定されたことです。陛下も裁可なされた。余人が口を出すことでもありますまい。」
「その御決断は誤りです。国王が過ちを犯したなら、お諫めするのも臣下の役目ではないか。」
リオディスの目が鋭く細められる。それだけで、周囲の空気が張り詰めたものになる。
誰にとっての誤りか。
貴族が、自分に都合の良い理屈で、王の決定に口を挟み、あまつさえ覆そうとするならば、それは王の権威を脅かすことにつながる。近衛隊士として、見過ごすことはできないし、容赦するつもりもない。
「言葉に、気をつけられよ。伯爵。」
一段低くなったリオディスの声に、己の失言を悟った伯爵は、しどろもどろの言い訳をして、取り巻きと共に去っていった。




