黒髪の騎士
登録ありがとうございます。
今回は、説明回です。
野営地は、街道に近い森の入り口に設営されている。そこから少し上がった丘の上に、近衛隊副長のリオディスはいた。部下から、魔物探索が終了した報告を受けながら、その精悍な面を、周囲の丘陵地帯に向けていた。
「目標の範囲内に、魔物の姿はないな。」
「はっ。」
確認の問いに、部下が直立不動の姿勢で答える。
「では、帰投する。全隊に通知せよ。」
「はっ。」
「近隣の町にも通達を。怪我人受け入れの準備をさせろ。」
「了解いたしました。」
部下が野営地へ走っていく。
目の前には、ローヴェルンと北の隣国を隔てる丘陵地帯が広がっている。なだらかな丘を縫うように街道が走り、西側は深山につながる森が広がり、東側は灌木の茂みとまばらな森が続いて、遠くまで見渡すことができた。薄い灰色の雲がゆっくりと上空を流れ、合間から差し込む光が、丘を撫でるように移動していく。
一見、穏やかな光景だ。
リオディスは、街道の先、北の方角に目を向けた。この先には、つい二か月前に大敗を喫したカラム峠がある。
多くの犠牲を出した原因は、一つではない。しかし、ルートと行程が漏れた影響は、少なくなかった。初戦の大敗後、なんとか押し返したものの、先発隊はほぼ壊滅状態だった。予定通りに王がその場所にいたなら、この国は大きな困難に直面したかもしれない。
だから、情報漏洩に関わった者は、すべからく処罰の対象にしなければならなかった。
今回のことは、いくつかの偶然と不注意が重なった結果だ。でなければ、一介の兵士や、まして異境の民に、軍の情報が洩れるはずはない。あの異民の娘は、自分のしたことを分かっていない様子だったが、関わった以上、処刑とするのが妥当だった。それは、今後同じことが起きないよう、娘の仲間にも知らしめる、見せしめの意味もあった。
それで、けじめはついたはずだった。
しかし、犠牲となった者の中には、貴族の子弟も含まれていた。特に継嗣を失った貴族の怒りは大きく、若い王は彼らを抑えられなかった。元より、異境の民はこの国の民ではなく、王に彼らを守る義務もない。貴族達は、声高に異境の民の排除を叫んだ。
折しも、戦闘の余波で増加した魔物の討伐に同行させ、餌にでもしてしまえと主張した。王の本意はそこにはなかったが、異境の民への憎悪は、死んだ兵士の家族から民の間にも広がっていき、何もせず放免とするわけにもいかなくなった。
それまで、異境の民に触れる機会は少なかったが、実際に見る異民の女達は、街で見かける一般の民と、大して変わらないように見えた。不安に身を縮め、傷つき、打ちひしがれた様は、いっそ哀れだった。このまま、丸腰の女達を魔物の群中に放り込むことは、どのような戦闘より、どのような魔物討伐より、困難な任務と思えた。
野営地から、異民の女が逃げたと報告を受けたとき、捜索を命じはしたが、見つからなくても良いと思っていた。どこまで逃げ切れるか、逃げ切れたとして生き延びられるかは分からなかったが、可能性があるのなら、それでも良いと。
しかし、すぐに死体が見つかったと報告が来た。と同時に、若い異民の女がやってきた。処刑の時に声を上げた女だ。近くで見ると、まだ少女と言ってもいい年頃だった。強い光を瞳に湛え、両手を固く握りしめ、両足で地を踏みしめながら、女は言った。
『武器をください。抗う手段を。』
それならば、構わないのではないか、と思った。自力で身を守ることは、禁じられていない。やらせてみようと思った。
手段を与えると決めたからには、最低限死なないように訓練を行う必要があった。しかし、女は武術の経験が皆無で、体力もなかった。時間も圧倒的に不足していた。これほど脆い相手を鍛えたことはなく、加減が分からなかったから、伸ばすか潰すか、ギリギリの訓練を行うことになった。
しかし、熟練の兵士でも音を上げるこの訓練に、女は食らいついてきた。弱音を吐かず、諦めず、何度でも立ち上がった。その姿は、次第に変化を起こしていった。
まず、女達が立ち上がり始めた。すっかり生気を失った目をしていた女達が、自ら武器を取り、自らの役目を見出すようになった。
兵士達も変わった。憎しみと怒りは息を潜め、女達に手を貸すようになっていった。戦闘を繰り返すたび、隊の一体感は強くなった。
終わってみれば、女達の三分の二は生き残っていた。女達の探索能力もあり、兵士の損害も、当初の予定より少なく済んだ。この成果があるなら、連れ帰っても、どうにかできる。
「副長。」
振り返ると、部下に伴われて、あの女が、レーナが来ていた。貸し与えた短剣を携えている。帰投命令を聞いて、返しに来たか。
「ありがとうございました。」
差し出された短剣は、鞘も柄もずいぶん綺麗になったように見えた。
「汚れはきちんと拭いてきました。」
「そうか。」
短剣を受け取りながら、レーナの右腕の包帯に目が留まる。
「傷はどうだ。」
「もう大丈夫です。」
痛む腕を庇うような動きをしているが、口では大丈夫だと言う。ここでも、弱音を吐かないようだ。




