第12話 スノゥドームの真実
己の最後を悟り、セタグリスは目を閉じた。
イグリットのあの姿が脳裏に浮かぶ。
俺もあぁなるのだ、と。
「……?」
だが、身体を襲う痛みは未だ感じ続けている。……まだ、生きている。
その代わり聞こえてきたのは、ドサリと何かが崩れ落ちる音。
それと「お姉ちゃん!」と叫ぶ声だった。
彼はギュッと閉じていた目を、再び開いた。
「……ど、どうして此処に居るんだ……どうしてツィツィが!」
「セタ……くん……」
やってくるはずだったトドメの一撃は自分にではなく、別の人間に落とされていた。
それはこのスノゥドームの管理者であり、先ほどまで部屋で寝ていたはずのツィツィであった。
彼女はセタグリスを庇い、リージュの無慈悲な一撃を腹部に受けた。見たくもない赤が一面に広がる。
「そんな……どうして」
「ごめんなさい……私がちゃんとしていれば……」
「何で俺を庇った! ツィツィはここの管理者だろう!! 居なきゃいけない存在なのに!」
「だって……セタ君は大事な……私の家族だから……」
痛みに顔が歪み、声は途切れ途切れで震えている。それでも血に濡れた手で、セタグリスの顔に手を触れようとする。
どうにか彼女の傍に寄りたいが、その為の手足が無い。いくら彼に再生能力があるとはいえ、さすがに新しい手足は生えてこない。
「いやあああっ!!」
「お姉ちゃんが死んじゃう!!」
「お前ら……駄目だ、こっちへ来るんじゃない!!」
どうやらツィツィの後をつけて、他の子どもたちも一緒にここへ来てしまったようだ。
死に掛けの二人の元へ雛鳥たちが駆け寄り、涙を落とす。
「貴様が今の管理者、ツィツィか。まったく、本当に無能な奴だな。まぁいい。これで住人は全員か?」
ゼラーファは子どもたちには興味も示さず、ただツィツィだけをギロリと睨みつけた。
「お前……何を」
「やめて……みんな逃げてっ!!」
ツィツィが必死で声を振り絞るも、子どもたちもツィツィから離れようとしない。
ゼラーファだけはそれを都合がいい、と喜んだ。
「よし、ちょうどリセットする手間が省けたな。取り敢えず、そこのガキ共はコレで自害しろ」
「え……?」
「お願い……許してぇ……!!」
ポン、と投げ渡された一つのナイフ。
どうしてそんなことを?と疑問を抱くセタグリスと、必死に許しを懇願するツィツィ。
「お前たち……いったい、どうしたんだ……?」
気付けば、ツィツィにしがみ付いていた雛鳥たちの表情が消えていた。
どうするつもりなのか尋ねる間もなく。一人がナイフを拾うと、何の躊躇もなく自身の喉元に突き刺した。
「や、やめ……」
間髪を開けず、次の子が同じ動作で死んでいく。
「いやぁああ!! いやあぁあああ!!」
ブスリ、ズブリとまるで機械のように、ひと刺しで確実に命を絶っていくのだ。
まるで家畜の鶏が、自らの手で首を落とすかのように。
二人の制止も空しく、集まっていた五人の雛鳥たちは永遠に沈黙した。
「な、んで……」
「おぉ、良い感じに感情が高まっているな。ククク、これなら収穫も問題なさそうだ」
ここに来てゼラーファが、機嫌の良い好々爺の様相を見せる。
「コード、不死鳥。もう仕上げの時間だ。最後にヒントを教えておいてやろう」
「仕上げ、だと……!?」
「貴様は、コアが何で出来ていると思う。あんな得体の知れない物を、今まで不思議に思ったことはなかったか? いったい何のために、こんな施設があるのか考えたことはあるか?」
「コア、が……?」
急に饒舌になったゼラーファ。さっきまでと打って変わり、ベラベラと饒舌に喋り始めた。
セタグリスは突然の問いかけに頭が混乱する。
困った彼は、答えを知っていそうな人物……ツィツィの方に視線を向ける。
だが彼女は死んだ魚のように口を開け、心身喪失の状態だった。
「コアのエネルギーが何に使われているか、それを教えてやろう。貴様らは自分たちがこの星で唯一の住人だと思っていたかもしれんが、それは大きな間違いだ。本当の人間は、このドームの地下で眠っている。そう、儂がそうだったようにな」
そう言うと彼は地面……正確には、このスノゥドームの地下を指差した。
ゼラーファの言うことが本当なら、彼は地下からやって来たということになるが……?
「貴様らは所詮、我々が生きる為のエネルギーを賄う、ただの家畜なのだよ。まぁ、貴様だけは少々特殊な個体なのだが」
「俺が特殊?」
「貴様にはコードネームが与えられておる。その名も、不死鳥。貴様の心臓には、太陽神の炎が埋まっておるのだよ」
――太陽神は管理区にある塔と同じだが、神の炎だって……?
初めて聞く名に、セタグリスは困惑する。
「それは星の地下深くから発掘された、初代のコアだ。原理は未解明だが、ソイツは生きている。人間の強い感情を蓄え、エネルギーへと変換してくれる。ククク、実に素晴らしい宝石だろう? 世界の終焉が訪れる直前。我々真の人間はそれを利用し、この施設を作ったのだ。いつの日か自然環境が元に戻るまで、地下で眠り続けるための仕組みとしてな」
つまり12人の雛鳥たちは、地下に眠っていると言う人間の生命維持をするためだけに生かされていた。彼が言った家畜とはそのままの意味だったのだ。
「本来はお前ら家畜の命が尽き果てるまで、そのまま続けば良かったのだがな。この施設に問題が起き、そうもいかなくなってしまった。よって我々は、再生プログラムを実行した。つまりは人員の総入れ替えだよ。――全てはやり直しされる」
「……!!」
真の人間、本当の管理者たちは、ツィツィのような仮の管理者を地上のスノゥドームに置いた。
その理由は、必要以上に地下の秘密を知る者を出さないためだ。
だが今回のような問題が起きた場合は、彼らが目覚め、こうして地上へとやってくるのだ。全てを無かったことにし、地下に居る代わりの雛鳥たちをここへ再派遣する。
これはドームが設立されてからずっと、繰り返されてきたのだろう。
多くの犠牲が、悲劇が。このスノゥドームで意図的に行われてきた。
全ては、ゼラーファたち自身が生きながらえるために。
「残念ながら、コアにも寿命がある。したがって、貴様のようなコア埋め込み型の子どもを育て、コアを増産する必要があった。完成させるためには負荷を与え、強い感情を湧きあがらせることが必須なのだ。つまり、全ては必要な犠牲だったという訳だよ。クハハハハッ、どうだ。絶望したか?」
無残に転がっている雛鳥たちを見て、ゼラーファは笑う。
そして彼の狙い通り、セタグリスは怒りで己の身体が燃え上がりそうだった。
「さぁ、仕上げだ。兄と慕った男を殺し、新たなコアを回収しろ」
それまで停止した機械のようだったリージュが、彼の言葉で再起動する。
血塗れの斧が、再び持ち上げられた。
このままでは皆殺しにされる。
リージュも恐らく、セタグリスを殺した後に処分されてしまうだろう。
だが彼女を止められる人間は、ここには誰も残っていなかった。
――そう、人間は。
「ふふふっ。ピンチのようですね、御主人様」




