雨の中ではねる黄色い傘のお話
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黄色いカサが楽しそうに回る。
僕の腰あたりでね。
僕のまわりをぐるぐるまわって、たかたかっと走り出す黄色い小さいレインコート。
降り注ぐ雨は男の子の傘の上で、トコトコ優しい音色を奏でていた。
その男の子は水たまりを見つけ、びゃんと飛び込み、ばしゃっと水しぶきが上がる。
ひとつの生命体のように跳ね上がるしぶきは、しばらく空中でつかの間のダンスを楽しんでいるようだった。
アスファルトと水しぶきのワルツ。そんな感じ。
僕はその時、飛び跳ねる水しぶきが、何故だか踊る楽譜のように見えたんだ。
またまた、ばしゃっと飛び込む。
「ここが "ド" なんだよ!」
男の子は元気な声を上げた。水しぶきと共にばしゃっと音が上がる。
「そして "ミ" !」
ばしゃん。
それはまるで僕の気持ちに応えるように。
「そして、ソーッ!」
その男の子は、同じ場所をトテットテットテッと、繰り返し繰り返し飛び跳ねながら、
「どっ、みっ、そーっ!どっ、みっ、そーっ!」
と、歌い始めた。
クルクル踊る黄色いカサは、まるで黄色い紫陽花みたい。
紫陽花に黄色なんて無いけど。
七色の虹のひとつ目の色みたいだ。
横で咲く紫陽花は、柔らかい照れ笑いを少しだけ浮かべてるようにも見えた。
「雨って何で降るの?」
突然振り返り、男の子は僕に聞いてきた。
園児の丸い黄色い帽子に、黄色い長靴、黄色いレインコートに、黄色いカサ、
そこにいるのは、間違いなく20年前の僕だ。
「あんたは小さいから、黄色で目立たせておかないと、車にひかれて死ぬ!」というなんだかよく分からない母の言い分で、幼い頃の僕は常に全身黄色まみれにさせられていた。全て黄色。帽子も長靴も、カサもレインコートも。
そして初めて買ってもらったカサが嬉しくて嬉しくてしょうながなくて、無くさないよう、黒マジックででっかく名前を書いてた事を覚えている。
男の子のカサの柄にでっかく書かれた「あきと」という文字は、間違いなく僕の字だ。
間違えるハズがない。
覚えたてのひらながを使うのが、うれしくてたまらなかったあの頃。ちょっとだけ大人に近づいたようで、文字を書くのが少しだけ嬉しかったあの頃。
僕は今、パソコンで文字を打ち、500円のビニール傘を使っている。
キーを叩く度画面に入力される行儀の良い文字達は、特に僕には感動を与えない。与えるわけないか。
今日も会社では、『提出の要求はされるが、誰も目を通さないような無意味な書類』を大量に作成してきた。そこで打つ文字に、僕の気持ちはない。僕の喜びはない。あるわけがないか。
500円のビニール傘は、職場に誰かが置いていったものをそのまま持ってきたので、別に僕のものではない。その事は特に重要な事ではない。少なくとも今の自分にとっては。
あ、男の子の質問に答えてないや。
ポカンと僕の顔を見つめて、カサをくるくる回しながら、僕の答えを待っているようだった。
なんか答えなきゃ。
「そうだね、地球はホコリっぽいから、時々こうして洗ってあげてるんだよ!」
僕は答えた。
ほへーっとした顔を一瞬見せたかと思うと、途端に心配げな顔つきになって、
「じゃカサなんてさしてたらダメじゃん!僕も洗わないと!」
男の子は言いだした。うーん止めないと。
「だって今、タオル持ってないじゃん。濡れたら濡れっぱだよ。」
と僕がひとまず答えたら、「あ、そうか!」とすぐに納得してくれた。
納得していいのか?!
「6月って梅雨って言うんだぜ!」
と男の子は自慢げに言った。ふふーんとすごく自慢げ。
なんだかちょっと違うような気がしたが、まぁいいや。
「今日の雨はすごく優しい!」
と男の子は言った。
「そうだね、梅雨の時期の雨はいつも優しいよね。」
と僕は答えた。僕はカサを少しだけずらし、空を見上げた。雨がぱたぱたっと僕のスーツの肩を濡らす。
「何で優しいの?」
と男の子は僕に聞いてきた。20年前の僕。
「かたつむり達を驚かせない為だよ。」
と僕は答えた。
ちょうどよく男の子は、紫陽花の葉の上でのそのそ歩くかたつむりを見つけた。
小さい、小さい、まだまだ子供のかたつむり。
男の子はふわんと嬉しそうな表情を浮かべたかと思うと、フムフムと感心げな表情を見せた。
6月の雨音は、ホントに優しい歌のようだ。
雨音の奏でる柔らかな調べは、眠そうに歩くかたつむり達の子守歌のようにも聞こえる。
男の子はしゃがみこみ、カタツムリの目のあたりを、ちょんちょんとつつきながら、
「人間も背中におうちを背負えばいいのにね」
と言った。
うーん、僕はそれには何も答えられないなぁ…。
「傘で空も飛べればいいのに」
男の子は言った。
そうだね、飛べればいいのにね。
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