67 お兄様の力
ガーラが理解できていないようなので、お兄様が説明していく。
「リリーさんは本来、いじめられる存在でした。しかし、マードリアの影響を強く受けたアイリーン様はリリーさんをいじめるはずもなく、快く迎え入れました。そして、言い方は悪いですが、上流階級が味方についている以上、リリーさんをよく思っていない生徒達も手を出せない。そうなった以上の最終手段は」
「呪い……」
「はい。本来、生徒組織がテスト期間中に生徒組織室にいる事はありません。それは、リアもよく分かっているでしょ」
たしかに。テスト期間中は生徒組織室に行く必要はない。というか、最低限の仕事以外はしない。
お兄様は、分かっていたの? いや、もしかしたら、いつ私が頼りに来てもいいように、いつもいたのでは?
「しかし、マードリアには本当に悪いと思っている。今からでも償いはしよう」
「そんな事ない。お兄様がいなければ、知ってくれていなければ、私は友人を失っていた。私は、お兄様に感謝こそすれど、責める事は絶対しません。お兄様、ありがとう。ありがとうございます」
お兄様にそう伝えると、とても久しぶりに見る笑顔をしていた。それこそ、私がまだ言葉を話せないくらい幼い頃の笑顔。お兄様はきっと、あのノートを見た日からずっと、私に対して負い目を感じていたんだ。
「ボクからもお礼を言わせてください。お兄さんの話だと、きっとボクも気にかけてくれていましたよね。あの時、お兄さんがマードリアにアドバイスをしていなければ、仲直りに協力してくれていなければ、ボクはきっと、チコを失っていた。本当に、ありがとうございます」
お兄様はガーラの言葉を聞き、茶を一口飲んだ。
「そうですね、たしかに気にかけてはいました。しかし、ガーラさんだけではありませんよ。昔馴染みや学園に入ってから出会った人全員気にかけていました。ですが、リアと関わる人はより注視して気にかけていますね。もちろんリアが心配という意味もありますが、そういう事情もあるので」
「ほんとに、お兄さんはシスコンですね。お兄さんを見てると、お姉さんを思い出します」
お兄様はコップを上げるのをやめ、ガーラの方を見た。
「お姉さんとは、水上凛花の頃の方ですか?」
「はい。お兄さん程ではないですけど」
「どういうことでしょうか?」
それは私も気になる。お姉ちゃんとお兄様の共通点は私も分からないから。
「そんな大したことじゃないですよ。二人とも、自分よりも妹の事を思っているところがそっくりだと思ったんです」
「え、お姉ちゃんが?」
よく私のデザートを勝手に食べていたお姉ちゃんが?
「マードリアは知らないだろうけど、お姉さん、マードリアを一人にするたびボクに合鍵渡して、何かあった時に駆けつけるよう言ったり、マードリアが一人で出かけるって聞いたらこっそりつけたり、マードリアが男といたのならその男の素性調べたりとか、ボクに学校の様子聞いたりとか……。うん、今考えるとやばいわ。マードリア、あんたシスコン製造機か何か?」
「違うわ!」
ていうかそんな事されてたなんて知らなかった。しかし、その話を聞いてもなお、まだましと思えるほどお兄様のシスコンがやばいという事実がね、うん……。
「ああ、ボクがお兄さんの事をすんなり受け入れられたのは設定を知っていたからだと思ってたけど、前世で慣れてたからだったのか」
「さすがに僕はそこまで酷くありませんよ。リアをつけたことありませんし」
むしろそこしか否定されてないのがやばいんじゃ……。私の学園での様子なんてビケット王子様から聞いてるでしょうし。
「まあとにかく、愛されてるんだよ、マードリアは」
「そうみたいだね」
「その通り。リアは多くの人に愛されている。だからリアも、それに応え、助けてあげてほしい。リアにはそれができるだけの力がある。もちろん、一人では無理なことでも、リアには協力してくれる人が大勢いる。僕もその一人だ。話が大分ずれてしまったが、今回カヌレ様を救えるのはリアだ。リアの行動一つでカヌレ様の運命が決まる。だけど、重く受け止めないでほしい。リアが失敗した時は僕がなんとかするから、気にせず頑張って」
「はい」
「そして、チコ様の側にいられるのはガーラさんだけです。君は失言をする時もありますが、根はとても優しく、誰よりも人をよく見ています。素直ではないですが。でも、素直でないからこそ、チコ様の心を動かせます。僕は側にいてあげてくださいと言いました。それ以上の事は、ガーラさんご自身で考えた行動が、僕の提案よりも最適でしょうから。一度の失敗を恐れないでください。恐れ知らずがガーラさんの良いところです。安心してください、ガーラさんは自身で思っているよりも賢いです。一度間違えた行動はしっかりと避けていますから」
「どうしてボクにも?」
お兄様は柔和な笑顔を浮かべた。
「僕だって多少は分かります。ガーラさんが、チコ様の事はリアに任せたほうが良いのではと考えたことくらい。はっきりと言います。リアには無理です。リアに今のチコ様の相手は酷でしょう。リアには、明らかに距離を取ろうとしてる人に詰め寄る勇気はありません。リアにできるのは、人と人との距離を縮めることです。ですから、離れる彼女を引き止められるのは、素直じゃなく、恐れ知らずのガーラさんだけなんです」
ガーラはお兄様の言葉を聞いて、笑みを溢した。
「あは、たしかに、それができるのは性格の悪いボクくらいですね」
せっかくお兄様が遠回しに性格が図太いって言ってくれたのに。でもまあ、ガーラらしい。これも照れ隠しだろうし。
「仕方ない、ボクは性格が悪いから、どんな手を使ってでもチコに引っ付くとしますか。お兄さん、急な訪問にも関わらず、長い時間付き合ってくれてありがとうございました」
「お兄様、ありがとうございました」
「うん、またいつでもおいで。あと、僕は裁判には行かない。ガーラさんも参加できないと思われます。貴族同士の裁判は基本平民は参加できないので。だから、マードリアには耐えてほしい。結果がどうであれ、良い気分のものではないだろうけど、これも経験だと思って頑張ってほしい」
「分かりました」
大学を出る時の気持ちは、入る時とは比べものにならないほどすっきりしていた。やっぱり、お兄様はすごいや。
「よし、明日から実行だ!」
「ボクは今日から。それとマードリア、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「本貸して」
ガーラはいじわるく笑いながらそう言った。でも、その笑顔の矛先が向けられているのは私ではないと分かっている。
「はいはい」
ほんと、不器用なんだから。




