漂流の赤子 4
ピチャンッ……
聞こえるはずのない水が跳ねる音を聞いた気がして、サラは駆け出した足を無理やり止めた。
何か、何か見落としている。そんな感覚。
ここで一つでも判断を誤れば少年を永遠に失うことになる。
何故だかそんな風に思えてならない。
そんなはずはない。魚を捕りに川へ行ってケガをした。
もしくは少し流されて迷った。それも考えられる。
しかし慌てることなくその場で助けを待っている。
近くにある川は、流れは多少速いが深くはない。だから大ケガにはなっていない。
そうに違いない。違いないのだが……。
胸がざわめく。頭の中で酷く警鐘を鳴らしている。
全部間違っているということはないだろうと思う。
しかし、決定的な思い違いが潜んでいる。それはなんだ?
ローブも羽織らず出てきてしまったことで唇が小刻みに震えている。
しかし絶え間なく嫌な汗が流れ続けていた。
既にシフが軽傷で済んでいるだろうという憶測は消え、一刻も早く見つけ出さなければならないと確信していた。
大きく息を吸い、そして吐き出す。
落ち着け。集中して考えろ。
焦る気持ちを押しやり静かに思考を始めた。
今動けない状態でいる。……肯定。
魚を求めていた。……肯定。
川へ向かっていた。……肯定。
軽傷で済んでいる。……肯定。
……ノイズが混じった。感情を抑えて続ける。
川でケガをした。……不明。そうだわかっていない。
それに、そもそも……
本当に川へ向かった?………………不明。
そうだ、わからない!
私は川の位置を知っているがあの子は違う!
だから、あの子が川へたどり着いたとは限らない!
ではどこに行ったのか。 逆に考えればどこに川がありそうだとあの子は考えたのか。
それはいつも行かない場所のはずだ。
だけどあの子は私に森で過ごすさまを見られるのが嫌なのか、窓から見えたことは一度もないから行かなそうな場所なんて……
……。
……なるほど。窓から見える方面に行ったのか。
つまり川とは逆方向。
窓から見えるもので手掛かりになりそうなのは……。
そこまで考えを巡らせたことで最悪の可能性が浮かんでしまった。
そんなバカなと誰かに笑い飛ばしてほしかった。よくもまあ思いつくものだと。
そんなはずはない。
そう思いながらも走り出した足は止まらなかった。
意味も分からず涙が出そうになる。
確かにあの子は強いだろう。
自分を顧みないところや、私が半ば強要してしまった環境を抜きにしても我慢強い子だろう。
だが、だからと言ってこんなに寒い日に水につかり続けて平気でいられるはずがない!
だからどうか、思い過ごしであってくれますように……!
その祈りが届くことはなかった。
少年は井戸の底、水の中にいたのだから。
「しっかり意識を保ちなさい!すぐに出して引き上げますから!」
いつものような緊張してちょっと固くなってしまう声で返事をしてほしい。
「さっさと起きなさい!何度も同じことを言わせないで!」
今朝と同じように少し困った顔をしながら、ちゃんと私と目を合わせてほしい。
そんなこと、絶対に言葉にはしないけど。
引き上げる時間などない。
桶を外しロープを掴むと勢いよく井戸の中に飛びこんだ。
気づけば少年を抱いた状態で、井戸を背にへたり込んでいた。
一刻も早く水をぬぐい、暖かい部屋に運ばなければ。
そう思いつつ震える身体がいうことを聞かない。
怖かった。恐ろしかった。
少年を失うのがどうしようもなく耐えられないと気づいてしまった。
もう取り返しがつかないところまで来てしまったことも理解した。
気づけば、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
これは決して死への不安ではないのだ。しかし止める方法がわからなかった。
サラは母親のように少年を抱き寄せ、幼い少女のように泣き続けた。
それは一人の決意を象徴するものだったのか。それとも一人の行く先を象徴したものだったのか。
眠る少年に知るすべはなかった。
前々回もそうですけど、サラさんがめちゃくちゃシフ少年の思考を見抜いて行動を推理していました。
タグにミステリーとか加えるべきかなぁ……