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〈閑話〉十年を超える日

「サラ!吹きこぼれそうになってる!」


 びくりと肩を震わせたサラは急いで鍋を持ち上げると、そのままテーブルの上に放り投げるように置いた。さっと右手で左手の指先を包む。

 とっさの動作で手が加熱された箇所に触れたのだろう。顔をしかめ「あつっ……」と呟いているのを横目に見て、急いで桶を引っ掴んで声をかけた。


「水汲んでくるから待ってて」

「あ、いえ。別に……」


 サラが言い終わるよりも先に外に出る。どうせ平気だとでも言うつもりだったのだろうが、火傷はさっさと冷やすに限る。

 井戸に桶を投げ込み水を引き上げながら、ここ数日間のサラの様子を思い返していた。


 最近のサラの様子は何処かおかしかった。

 落ち着きがなかったり、ボーっとしていたりすることが多かったように思う。それが悪いというわけではないのだが、意識して冷静でいるように努めているサラがここまで右往左往しているのは、何かあると考えて然るべきではないか。

 またけがをするかもしれない。そうなる前にサラから話を聞き出しておいた方がいいだろう。

 考えをまとめる間にも作業が終わっていた。水で満たされた桶を持ってすぐに家の中へ駆け戻った。


 家に入るとサラが性懲りもなく料理を続けていたので、運んできた水と手拭いを渡してテーブルに座らせる。横目で指先を冷やし始めたのを確認して、調理途中の鍋の前に陣取った。

 蓋を持ち上げ中を覗くと、空腹を誘う香りが湯気となって顔いっぱいに広がっていく。

 スープの中身は数種類の茸、骨付の鶏肉、一口大に切られた半透明のかぶ、細切りにされた野菜などが混在していた。他にも様々な具材が投入されているようだが、これ以上は目視だけではわからない。

 ともかく多くの食材が使われているようだ。故にこそ思わずにはいられない。


 “やけに贅沢な料理だ”


 これがここ数日のサラの行動の中で、最も分かりやすい変化かもしれない。

 一見すると質素な食事らしく見える。しかし食材の端々に丁寧な下処理が施されており、よく見れば全体的に手が込んでいるのがわかる。

 そのわりには華美さを出さないようにしているというか「いつもの食事と変わりありませんが、何か?」というような往生際の悪さが垣間見える。この力の入りようでそんなわけはないのだ。

 今日だけ特別ならそんな日もあるかと気にしなかっただろう。むしろ無邪気に喜んでいたかもしれない。

 だが、数日も続けば次第に違和感になり、やがて疑惑になる。

 なぜ自分はちょっといいご飯を食べ続けているんだ?と。


 スープを小皿に取り分けて少し口に含む。鼻に抜ける豊かな香ばしさと、舌の上を転がる調和のとれた旨み。

 思わず愕然とする。間違いなくサラの本気である。

 これ以上手を加えるところはない。というか手を出したくない。少しでも味に陰りが見えたら、確実に自分のせいになるではないか。

 2人分のスープを器に流し込んでテーブルまで持っていくと、椅子に座って自身の指先をじっと見つめていたサラがこちらに気づいた。


「──あ……す、すみません!あなたに任せきりにしてしまいました。」


 任せきり……?サラと自身の認識には大きな齟齬があるようだ。


「特に何もやってないけど……。それより指は?火傷になってない?」

「はい。迷惑を掛けました。おかげで問題ありません。」


 サラはこちらに向けて右手を向けると、その白い指をかざして見せた。


 ……

 …………?

 確信はないけれど火傷になりかけたのは左手だった気がするのだが、なぜ右手を見せられているのだろうか。実は火傷になってしまっていて、それを隠そうとしているとか……?

 いぶかしんだ自分は、指からサラの顔に視線を移すとキョトンとした瞳と目が合った。……多分素で間違えているんだろうな。

 頭を抱えたくなったけれど、どうにか抑えてサラに切り込んでみることにした。


「火傷にならなかったのは良かったけど。最近何かあった?」


 こちらに向けていた手をスープに伸ばそうとしていたサラの動きが止まった。


「……何かあった、とは?どうしてそのように思ったのですか?」

「どうしてって……」


 サラがポンコツ化しているから、なんて言えるわけがない。


「今、何か理由が思い浮かんだのではないですか?是非とも、感じたままに聞いてみたいものですね。」

「い、いや。思い浮かぶとかではなくて……。」


 危ない危ない。サラの観察眼の前で余計な思考は命取りだというのに。

 ──そうではない。サラのペースに流されかけていた。自分が今聞きたいのは……。


「サラ。最近明らかに様子が変だった。やけにそわそわしてたり、考え事してたり。さっきだってそれが原因で火傷しそうだったよね?このままだと日常生活に支障が出ると思うんだけど。何もないの?」


 正論だと感じたのか、図星だったのか。サラは少し面食らっていた。

 交わっていた視線は宙を泳ぎ、テーブルの上の自身の指にまる。それから組んだ指を閉じたり開いたりともてあそび──

 ──やがて小さなため息を溢すとこちらに向き直った。


「仕方のないこと……と言ってしまうのはどうにも呑み込みがたいのですが、やむを得ませんね。……シフ、あなたは自身の年齢を知っていますか?」

「年齢?」


 いきなり何の話だろうか。サラの挙動不審に関係性があるようには思えない。とはいえいきなり無関係の話題に切り替えるとも思えない。首を捻りながらも、こちらの世界に来てからの年月を数えてみることにする。

 井戸に落ちたのが、たしか……六つのころ。現在はそこから三年は経っているはずだ。つまり……。


「九歳かな」


 大きな。それはもう大きなため息が吐き出され、今度はこちらが面食らうことになった。

 ため息の主はもちろん目の前でうなだれているサラだ。両手の人差し指と中指でこめかみをぐりぐりと押している。そんなにおかしなことを言った覚えはないのだが。


「シフ。あなたは数日前に自身の生まれた日を迎えています。十歳になっているんです。」

「へー。そうだったんだ。」

「へーって、あなた……。」


 サラは眩暈めまいこらえるように指先で額を押さえていたが、しばらくすると落ち着いたのか小さく咳払いをした。


「あなたに教える機会もなかったので無理もないのですが、本来子どもが生まれて十年目の日には盛大に祝うものなのです。ですからあなたも祝われる立場にあるのです。」

「ふーん?」


 だから何だと言いたくなってしまうが、サラの行動と何か関係があるのか?……いや待てよ。もしかして。


「祝おうとしてくれていたってこと?」

「……まあ、そういうことになりますね。」


 明後日の方向に視線を向けながらも、サラは歯切れ悪く答えた。若干申しわけなさそうなのが謎でしかなかったのだが、疑問の答えはサラからすぐに返ってきた。


「本当はあなたの生まれた日に豪勢な食事で祝うこと。これが一番望ましかったのですが、中々に難易度が高かった。そもそも祝われる本人が自分の年齢を把握していないと来ています。」

「……覚えるほどのことでもないような」

「覚えるほどのことです。」


 間髪入れずにサラからの否定が入る。そのまっすぐな視線に、少しばかり非難の色が見て取れたのは気のせいだっただろうか。


「このように本人にも自覚がない中でどのように祝うか考えた結果。その、とても遠回しな形になってしまいました。すみません。」

「うーん?」


 目を伏せるサラから悔恨が滲み出ている。いまだによくわかっていないこともあるが、自分はここ最近を振り返り、思うままに言葉にした。


「今の話に謝られる要素あった?」

「……ないと思いましたか?」

「うん。ないよ。」


 サラが驚きと困惑を顔に浮かべる。そう驚くようなことでもないと思うのだが。


「要は一日盛大にやるか、数日にわたってやるかの違いってことでしょ?豪華なのがいいって場合もあるかもだけど、一度にそう多くは食べられないよね。じゃあ数日にわたって料理がおいしい方がよくない?」


 同意を求めてサラを見ると、サラは……絶句していた。

 ぱちくりと目をしばたかせると、信じられないものを見るようにこちらを見ていた。

 本格的におかしなことを言ってしまったらしい。なにせ、サラがおかしくなっている。

 今日一番の動揺を見せ、あたふたするサラは見ていて正直面白いが、どうしてこうなったかだけが全くわからない。

 口元を両手で覆い思考の渦に飲まれていたサラは、やがて指を交差させると若干上目遣いになりながら言葉を発した。


「おいしかったですか?」

「……え?」

「ですから、ここ数日間の料理はおいしかったですか?」

「え、うん。」

「そうですか。それは良かった。」


 それだけ言うとサラは目をつぶって動かなくなってしまった。

 いやよくよく観察してみると、目蓋と頬がわずかに痙攣している。訳が分からない。


 どのくらいたったのだろうか。

 目を開いたサラは何事もなかったかのように座り直すと、すっかり冷めてしまったスープに視線を落とした。


「温め直しましょう。火傷の心配もありませんし、私が行います。祝いのついでと言うことで。」


 有無を言わせず二つの器を回収すると、調理場まで向かった。

 しかし途中で動きを止めたサラはこちらに向き直った


「一番重要なことを忘れていました。」

「十歳の誕生日おめでとう、シフ。」

これにて閑話が終了いたしました。

とても長かったですね。何が長かったって私の遅筆による更新頻度がです。こればっかりは今の所どうしようもなく、私自身も歯がゆく感じております。閑話形式だと話がある程度まとまっていましたが、これが本編になった時どう作用するかあまり考えたくありません。

作者が頭を抱えているのはいいとして、四つの無駄話はいかがだったでしょうか。

楽しんでいただけたのなら幸いです。本編の方にも注力していきたいと思います。

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