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〈閑話〉実にならないばかりか 2

 陽が落ちた部屋の中を、ランプの明かりがぼんやりと照らし出す。

 辛うじて光の反射する窓から見えるはずの木々も、ずいぶん前に闇に飲まれ影も形も見当たらない。濃密な黒が外にある景色を覆い隠していた。

 灯を少しでも弱めようものならランプが置かれた机でさえも、木々と同じ様に暗く染まってしまうだろう。


 ふいに火が揺らめいて大きくなった。 

 ランプへ伸ばされた腕から生じる衣擦きぬずれがやけに響く。

 ──音が失われている。

 不自然なほど静寂が漂う暗闇は、森として明確に狂っていた。

 それは、どれだけ静謐な空気をまとう森であっても、獣の足音、鳥のさえずり、枝葉のざわめきは聞こえるものだからだ。そうでなければ、何かしらの異常が起きていることになる。

 その異常が森か、観測する者かの違いはあれども。


「流石に暗すぎない?もう少し明かりを増やしてもいいと思うんだけどねぇ。」


 ランプに照らされた一つの影が問いかける。

 影は、灰色の髪を肩に少しかかるほど伸ばした、年齢不詳の人物であった。

 ──いや、不詳なのは年齢だけではない。性別も不明瞭である。

 全体的な体の線は細く、衣服の下からわずかに覗く素肌は華奢きゃしゃそのものだ。しかし、椅子の背もたれに寄りかかり腕をぶらつかせる様、たたずまいはとても女という性とは結び付かない。幼いとも成熟しているとも言えなければ、男とも女とも断定できない。

 何と表現していいものか途方に暮れる灰髪は、机を挟んだ向かい側に座るもう一つの影を見据えて苦笑いを浮かべていた。

 視線の先には一人の女。

 表情は無く、言葉もない。能面のように無感動に佇んでいる。

 だが、もしその切れ長の目で物憂げに見つめられたならば。もし引き結ばれた唇が微笑みを型取ったならば。抵抗するすべもなく心を絡め取られてしまうだろう。

 それほどまでに女の美しさは際立っていた。

 女は小さなため息をつくと灰髪に答えて言った。


「元はと言えば、あなたが話があると私を引き留めたのでしょう。寝るところだったのです。長話に付き合うつもりはありません。」

 屹然きつぜんとした調子で話を聞く体勢に入ったことを確認すると、灰髪は肩をすくめた。


「つれないなあ。僕とサラちゃんの仲じゃあないか!……ま、今日は僕も長々と話をする気はない。面倒な前置きは無しだ。ここまで言えば君なら話の内容が想像できるだろう。」


 少しだけいつもの軽薄さを抑えた声音に、女の眉がピクリと反応する。


「……あの子供のことですか?」

「そうだとも。短い間だがあの少年と過ごして感じたことだ。明らかに危険な見た目の魔炎茸まえんじょうを無警戒に触ってしまうことといい……。──はっきり言おう。このままだと、()()()()()()。」 

「何を根拠に言っているんですか。そこまで弱い存在だとでも?馬鹿にしすぎです。」

「馬鹿になんかしていない。ただ君の友人としての忠告だ。」


 そこで初めて女の表情に明確な感情が現れる。怒りだ。

 女は眉根を寄せ、不快感と嫌悪感をき出しにして目の前の影に叩きつける。

 言葉を荒げることなどない。ただ静かに。されど苛烈に、はっきりと言い放つ。


「友人……?それこそ馬鹿にしている。あなたに友人などと、言われたくはない。」


 万人を魅了し得る眼差しは怒気によって刃物となり、相手を突き刺さす凶器となる。常人であれば視線を受け止められず、けれど目を逸らすこともできず、恐怖に震えることだろう。

 だが灰髪は気にする風もなく、飄々(ひょうひょう)と言葉を紡いでいた。


「そうかい?少なくとも僕は君を友人だと思っているさ。それに僕のスキルを知っているだろう。ここで効力を確かめてくれてもいいんだけどねぇ。」

 手をぷらぷらと揺らしながら軽い調子でおどけられて、怒り続けることも難しくなったのだろう。女はため息をつきながら怒りの感情をしまい込んだ。顔には呆れが見て取れる。


「……わかりました。これ以上は言いません。」

「そうそう!僕たちの友情は誤魔化せないのさ!……話は戻すけど、少年の方はどうするんだい?」

 愉快そうに人差し指同士の拍手をしたかと思えば、本題を思い出したように女に顔を向ける。

 呆れを顔から落とした女は考えるまでもないと即答した。


「子供を引き取りはしましたが私には関係ない。これからも関わるつもりはありません。」

「僕はそんなにうまくいかないと思うけどなあ」


 間髪入れずに差し込まれた言葉に、落としたはずの感情が少しだけ眉に現れる。


「そんなに気にするのなら、あなたのところで雇ってみては?」

「そう来たかあ……。個人的には、案外悪くない気もするんだけど。……うん、無しかな。」

「では、話は終わりですね。私は寝ます。」


 宣言するや否や、女は腰を浮かせ唯一の光源であるランプを手に取った。 

 短く、端的な会話の終わり。


「ねえ、サラちゃん。」


 立ち去ろうとする背に灰髪が声をかける。明かりが机の上から移動したことによって、女の背中の輪郭だけが漆黒に浮かび上がっていた。


「どうか、心変わりをしないでおくれよ?」

「これ以上くだらない議論をするつもりはありません。」


 暗闇の中でも相変わらずつやめきを隠さない栗色の髪が去るのを、灰色は苦笑しながら見送った。

色々な反省はありますが、今回は内容について手短に。

今話ではこの物語初の完全三人称視点になっております。読みにくかったら申し訳ない。

一人称ではできなかった表現を文字にするのは大変でしたが、とても楽しいものでした。

このエピソードはここで一区切りですが、閑話はまだいくつかあるので順次進めていこうと思います。

旅が始まるのはいつなんだ……?

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