〈閑話〉埃の精霊 精霊の埃 4
「まだなんだ。少年」
“パサパサが生物と自然現象の側面を持っている”
直前に目にした光景からそう考え、パサパサの面白い生態を理解できたと結論付けた自分を、嘲笑うようにコユビさんは告げた。
「まだって……え?コユビさんの言っていた面白いものって、パサパサが起こす状態変化の様子じゃないんですか?」
にやけ笑いを顔に張り付けていたコユビさんは、こちらの言葉に目をぱちくりと瞬かせ、途端に声をあげて笑った。
「あはははは!なるほど、状態変化かあ。いやあ、いいね。好い線行ってるよ。」
コユビさんは目尻の涙を指先で拭うと、愉快そうな笑いを抑えて「でもね」と続けた。
「よく思い返して欲しいんだけど、僕はパサパサについてこう言ったんだ。“綺麗だけど汚い不思議な生物だ”とね。それに対して君はなぜかと聞いた。僕は見てれば分かると外に連れ出したわけだ。さて、少年は綺麗で汚いと言われる理由まで辿り着けたかい?」
「見てれば分かるどころか、雑な例え話だけされた気がするんですけど」
「……そうだったっけ?……それは、うん。すまない。」
コユビさんは気まずそうに目を逸らした。が、それも一瞬だった。
「でも、それまでパサパサは汚れているか否かという話をしていたんだ。面白い現象と結びついてないと考える方がおかしいだろう?」
「それはそうなんですけど……」
なんだろう。絶妙に釈然としない。
微妙な内心を知ってか知らずか、こちらの返事にコユビさんは伸びをして応えた。そういえば自分も長い間座り込んだまま、体を動かしていないことを思い出した。隣に倣って伸びをする。
「まあなんにせよ、僕が言った面白いものまでもう少しだったんだ。ちょっと結論を急ぎすぎたねぇ」
コユビさんは空に向かって突き上げていた拳を下ろすと、こちらの顔の前まで持ってきて、手の中を見せるように開いた。手のひらには小指の先ほどの大きさの、見るからに柔らかそうな純白の綿毛が乗っていた。ぱっと見た感じだと蒲公英……いや、透明感が追加された綿花の方が近しいか。
……コユビさんて今の今まで何も持っていなかったような。あの伸びの一瞬で掴んでいたのか?侮れない動体視力である。
意外な特技に感心していると、当の本人は満足そうに「ふふん」と鼻を鳴らしていた。
「これだよこれ。」
「なんですか?これ。」
「パサパサ」
「は?」
さも当然のことのような発言に一瞬頭が追い付かなかった。まじまじと目の前の綿毛を注視する。
……だめだ。まだ理解が追いついていない。
言われてみればパサパサの特徴であった毛玉らしさがある、かもしれない。だが、毛先の白さはおよそ穢れとは縁遠い。
パサパサ……これが?
ついさっきまで見ていた黒い毛玉と同一の物とは思えない。確かに形状は似通っているかもしれない。けれど見た目の印象としては、それこそ月とすっぽんぐらいの差がある。とてもじゃないが同じだと言われても受け入れられない。
受け入れられないが……つまり、そういうことなのだろう。
「コユビさんが言っていた面白いものっていうのは、このどう見ても別生物?に変化したパサパサのことだったんですね」
「そうだよ。僕としてはもう見慣れてしまっているから、そこまで劇的な変化には感じないんだけどね」
手のひらの上で転がっていた白い綿毛、もといパサパサをじっと見つめていると、ふよふよとゆっくり浮き上がった。そしてそのまま手から離れ、宙をさ迷い、高度を上げていく。
白くてふわふわした物を眼で追っていると、やさしく肩を小突かれた。
「上ばかり向いてないで下にも目を向けてみたまえ。」
「え?うおぉ……」
コユビさんの声に示されるまま視線を下ろすと、目前の光景に思わず声を漏らしてしまった。
地面から無数の綿毛が次々と生まれては浮かび上がり、空に向かっていく。
言ってしまえばそれだけの光景だった。けれど、綿毛の一つ一つが新緑の中で光を浴びて煌めき、差し込む太陽光に乱反射して光の粒となって舞い上がる。
パサパサによって創り出された景色は幻想的であった。
「なかなかの見ごたえだろう?」
「……そうですね。」
「見るだけに留めておくことをおススメするよ」
言われて自分が無意識に白い光に手を伸ばそうとしていることに気づいた。
行き場を失くした手を中途半端な高さで持て余してしまい、何となくばつの悪さを感じる。胡坐をかいていたままのふくらはぎにおずおずと腕を下ろすと、一部始終を見ていたコユビさんがくすくすと笑っていた。
「パサパサは埃やゴミ、汚れなどを積極的に身体に取り込んで成長する。すると純白だった体は段々と黒く変色していって、最終的には少年が黒い毛玉と呼んだ姿になるんだ。そこまで行くとパサパサは身体の汚れを無かったことにする。姿を消してまた真っ白な状態に戻るんだ。だから綺麗な状態と汚れている状態がある、綺麗で汚ない精霊と認知されているってわけ。今のこの光景は丁度、パサパサの変身工程の産物なんだよね」
見慣れているなんて言っていたコユビさんだったが、解説の合間にもパサパサの生み出す瞬きの時間に見入っていた。横顔を少しの間盗み見て、木漏れ日に溶けて光の粒となっていくパサパサに視線を戻した。
……確かに幻想的だ。しかし微かな違和感を感じる。いや、違和感というより既視感の方が正しいだろうか。
目の前のパサパサの変身は初めて見た。それは間違いない。だが同時に日ごろから慣れ親しんだ風景にも思えたのだ。
どこで見た風景だろうか。少なくともこちらの世界に来てからではないと思う。この森で過ごすようになってからまだ日が浅いし、それ以前の記憶は自分が幼すぎて覚えていない。
ではこの世界に転生する前の自分が、似た景色を見ていたのだろうか。
だけど慣れ親しむほど頻繁に森に行くことなどなかったし、そもそも日の光を浴びる機会自体が少なかった。遮光性の高いカーテンで、昼も夜も変わらず窓の外を拒絶していたからだ。
……嫌なことを思い出してしまった。
思わず顔を顰めたが、いや待てよ、と思い直す。
確かに窓から太陽の日を取りこむことは少なかったが、何も全く無かったわけではない。例えば洗濯物を干す際には外に出す必要があった。室内で洗濯物を干すには限界がある。というか、ずっと着ている服から生乾き臭が漂い続けるのは、耐えられるものではない。そう考えれば意外とこまめにカーテンを開けていたかもしれないな。
後は布団を干すときなどか。あれは意外と手間だった。
夏場ならまだ楽なのだが、冬場などは掛け布団の分まで干す必要があり、これが意外と重い。さらに物によっては厚みがあって抱え難く、持ち上げるたびに埃が舞って……
……。
なるほど、ようやく腑に落ちた。
そして既視感の正体にも気づくことができた。
日中に掃除をしたり、布団を干したり。そうした埃が立つ動作をしたときの風景と、目の前の光景が重なるのだ。つまりどれだけ幻想的であろうとも、起きている現象としてはただ、埃が舞っているだけ。
逆に言えば埃が舞っているだけで、ここまで荘厳な風景が生み出されている。
身近でありながらこれまでの世界の常識が通用しない“精霊”。
やはりパサパサは特異な生物なのだと実感させられた。
「コユビさん。……パサパサって、埃なんですね」
「なんだ?少年。ずっとそう説明していたじゃないか。いま実感したのかい?なんといっても“埃の精霊”だからね」
こちらの呟きを聞いてコユビさんがおかしそうに笑う。
浮世離れしながらもどこか俗っぽい。そんな景色を、パサパサが居なくなるまで二人並んで眺めていたのだった。
後になって気がついた。聞き忘れていたことがあったのだ。
埃の精霊と呼ばれているのは何となく理解できた。
では、“精霊の埃”とは何だったのだろうか。
中途半端に思えるかもしれませんが、このエピソードはここで終わりになります。
想定以上に長引いてしまいました。しかしまだ一つ目の閑話が終わったにすぎません。後いくつかの閑話を書かせてください。
元々閑話なのだから別に書いても書かなくてもどちらでもいいかな。なんて考えていたのですが、構想を練れば練るほど、これ本編で書くべきだったのでは?というエピソードが増えてしまいました。
ぼちぼち話数を重ねていこうと思います。




