〈閑話〉埃の精霊 精霊の埃
世の中の大抵の物事は白黒はっきりつけられるものではなくグレーゾーンなのだ。と言われることが多々ある。けれど、だがしかし、そんなわけはない。
言わんとすることが理解できないわけではないが、それが常識であるとまで言うのならば流石に受け入れられない。すべてというつもりはないがほとんどの物事は白か黒かで分けられる。
最も身近なもので例えて言えば、それは自分と他人。
両者には明確な隔たりがあり、違いがあり、溝がある。
二者の間に曖昧な物は存在しないし、例外もない。グラデーションが生まれるとすればそれは同一の対象であることが大前提なのだ。
例えば「綺麗」と「汚い」がグラデーションに当てはまる。
この二つは一定範囲内の環境の状態を示す言葉である。しかし人によって、あるいは見方によって、綺麗とも汚いとも表現できるようになる。
部屋の中で物が散らかり放題になっていたとする。
ある者は当然汚いと言うだろう。だが部屋の主は荒れているように見えても、実は物の位置が決まっていて綺麗なのだと主張するかもしれない。どちらかの意見だけ聞き入れるのでなければグレーゾーンと言えるだろう。
また、磨き上げられて塵一つないまっさらな部屋があったとしよう。
当然掃除の行き届いた綺麗な部屋だと思うだろう。だが部屋中に有害な細菌やウイルスが蔓延していたとすればどうだろうか?手放しに賞賛できないはずだ。
しかしこれらのグレーゾーンやグラデーションと呼んだものは「どちらとも言える」だけであって、「どちらでもある」ということにはならない。結局の所どこまで行っても、綺麗と汚いが共存することはあり得ずイコールになることはない。
要するに何が言いたいのかというと
「結局このパサパサって精霊は綺麗なのか、汚いのか。どっちなんですか?」
少し呆れ気味に問いかけると、コユビさんは困ったように笑いながら頭を掻いた。
視界の端で不自然に動き回る埃を見つけたのは、建物というには余りにも粗末な小屋で寝起きを始めてしばらくしてからだった。
漂っていたかと思えば駆け回るような動きを見せたり、浮かび上がったと思ったら急に見えなくなったり、虫にしては奇妙な動きだなと感心していた。
触ってみようかとも考えた。
しかし触れた結果、芋虫のような肉感やナメクジのようなぬめりを感じようものなら確実にトラウマになる。放置することが一番だ。
ただ虫とはまた違う生き物なのだろうとは感じていた。なぜかと問われれば、それはあまりにも風景に溶け込んでいたからだと思う。枝から離れた枯葉が地面の上に落ちるような自然さで、その黒い毛玉は小屋の隅に居着いていたのだ。
しばらくは奇妙な生物との共同生活を自然と受け入れていたのだが、つい先ほど知り合って間もないコユビさんがその様子を見てかなり大げさに驚いて見せた。
「シフ君、だったか?ひとまず体を見せてくれ。どんな症状が現れていても不思議じゃない。」
流石によくわからない物体と暮らしている現状がおかしいのではないかと思いなおした。
そうした経緯がありコユビさんに謎の存在について聞いてみることにした。そもそも触ってみようなどと挑戦する前に質問すれば良かったのだ。
困惑しているコユビさんに向き直り、疑問をぶつけてみた。
「この黒い毛玉についてコユビさんは何か知ってます?」
コユビさんは困惑した表情のままこちらに振り返ると、少し宙に視線を向けながら話し始めた。
「えーと、シフ君......。ええい、言いにくいな。少年でいいか。少年は精霊と呼ばれるものたちを知っているかい?」
「精霊、ですか?」
それくらいならば知っている。精霊といえば御伽話に出てくるような空想上の存在のことだ。しかし、今コユビさんは気になる言い方をしていた。
「“呼ばれるものたち“ということは実在しているということですか?」
コユビさんはクククと喉を鳴らして笑うと
「どうだろうねぇ」
と大袈裟に肩をすくめて見せた。
「そもそもの話をすれば精霊とは何なのか、みたいな話になってしまうからね。見間違いだったり、幻覚だったり、自然現象だったりで実際のところは精霊なんていないって主張する人もいる。でも僕としては精霊は存在していると答えるしかないかな。今までに説明できない現象や生物を何度も見てきてしまっているわけだし。それこそ……」
そこで言葉を切ったコユビさんは部屋の隅に視線を向けると「彼らみたいにね。」と黒い毛玉を指し示した。
つられて自分も黒い毛玉、もとい精霊に目を向けた。幾つもの黒い塊が小屋の隙間から外に吐き出される中、1匹だけ身体から2本の腕を伸ばし、風で飛ばされまいと木のささくれにしがみついていた。
……腕があったのか。なんとも奇妙である。
「精霊はどれもあんな感じの姿形をしているわけではないんですよね?」
「勿論だとも。少年が毛玉と例えた精霊はパサパサと呼ばれる精霊なんだけど、どちらかと言うと彼らの方が精霊の中でも特異な存在なんだよねえ。“埃の精霊”あるいは“精霊の埃”なんて呼ばれ方をするのは彼らくらいだろうから。」
「“埃”ですか。」
埃の精霊、精霊の埃。字面としては同じだが意味合いとしては全く異なるであろう二つの言葉を頭の中で反芻していると、いつの間にか小屋から出ていたコユビさんが壁の外側から声をかけてきた。
「少年、こっちへおいで。面白いものが見られるよ。」
自分は促されるままに小屋から出た。
こんにちは。作者です。
前回の投稿から実に三年近くたってしまっております。お待たせしましてすみません。
……まあ待ちに待ってたという方は居ないかなと思うので、反省は随時していこうと思います。
さて今回なぜ本編の続きでなく閑話なのかと言うと、単純に時間がたっていて私自身が書き方を忘れてしまっているというのが主な理由になります。元々前回の話の次から一章のクライマックスになる予定だったため、丁寧に書いていきたいと思っていました。そのせいでこれほど長く放置する不手際をやらかしはしましたが……。
しかし想いとしては変わっておらず、ちゃんと書きたいと思っております。なので肩慣らしのためにいくつか閑話でつないで本編に復帰したいなという次第です。もちろん閑話といえど物語の根幹に関わる物語なので、本編と変わらず気の抜けない話に違いありませんけれども。
本編のわりにこちらが長くなってしまいました。中途半端なので見てわかる通りこの話自体がもう少し続きます。
ここまで読んで頂いたあなたが、少しでも長く楽しんで頂けるよう書いていきたいと思いますので、よろしければお付き合いください。




