止まって、動き出した
テーブルの上に積み上げられた時計の部品と完成品を前にして、サラはその中の一つに手を伸ばして分解していた。
解体の手際、工具の扱い、部品への理解。そのどれをとっても熟練の技術であるように見えた。
これは時計ないし似たものを作っていた経験があるに違いない。それがわからないほど自分の目は節穴ではないのだ。
「もしかしなくても時計作ったことあるんじゃないの?」
「いえ、全くの素人です。何とか手を出してみてはいますがほとんど理解できていません。」
どうやら節穴だったようだ。
なぜサラの前に時計の山があるのかというと、もちろん自分がアイテムボックスから持ってきたからだ。
実際に知人のアイテムボックスなのか中身を見て確認したいし、試したいこともあるから持ち出せるだけ持ってきてほしい、と頼まれたのがついさっき。
直前まで盗んでしまっているという後ろめたさがあった自分は渋っていたのだが「勝手に持ち出しても彼は別に怒りませんよ。それに、もういないのですから……気にする必要はありません。」
と押し切られてしまった。
そういった経緯で一度に抱えられるだけの量を持って出てきたのである。
しかし今まで触ったこともないのに時計を解体するなんて、サラは一体何を考えているのだろうか。
中身を見て確認などと言っていたが、最初に見せた懐中時計で誰の空間であるか確信を持っていたようなので間違いなく方便だ。だから試したい事というのが目的なのだろうが、時計に関しては素人であるという。もしかして時計ではなく構造に興味があるとかだったりするのだろうか。
そもそも一目見ただけで誰のものか特定できていたのだから、空間の保有者だった人物とはそれなりに親しい間柄だったのではないだろうか。そうであったとしたら、いま彼女は何を思っているのだろうか。
…………いや、今一番に解消すべき疑問は他にあるだろう。それは、
「死んでしまった人のアイテムボックスの中身は永遠に失われる」
「ーっ!」
つぶやいた言葉にサラは部品に視線を向けたまま動きを止めた。
ちょうど取り外していた小さな歯車が手元から落下し、テーブルの上を転がって部品の山に埋もれて消える。
「…………あなたが疑問に思わないと考える方が不自然でしたね。」
サラはしばらく黙り込んでいたが、やがて時計から視線を動かさないまま解体を再開した。黙々と作業を続けるサラの考えは読み取ることができない。
「知ってたの?死んでしまった人のアイテムボックスからも中身を取り出せるって。」
「知りませんよ。知っているはずがない。故人のアイテムボックスが存在し続けていることすら知らなかったのですから。」
確かに自分もアイテムボックスは自然消滅するものだとばかり思っていた。しかし実際には死者のアイテムボックスからこうして物を取り出すことができている。それはつまり使用者がいなくなっても空間は残り続けるということだが、そんなことは空間の中に入ることができない限り知り得ないだろう。
だがサラの反応はどうだったか。あの動揺の仕方は知っていたのではないかと勘繰らせるには十分だった。
こちらの中で疑念が膨らんでいくことを感じ取ったのか、サラは「本当ですよ」と念押しした。
「私が不必要に驚いてしまったので誤解を与えたようですね。知っていたわけではない。けれども可能性の一つとしてあり得るとも思っていました。」
「可能性の一つ……?」
「そうです。詳細は伏せますが、所有者の生存に関わらずアイテムボックスが存在し続ける可能性を前々から考えていたのです。ここら辺の仮説については、私自身うまく説明できませんし、深く聞かないでもらえると助かります。」
その詳細を知りたかったんだけどなぁ……。
まあ聞くなと言われれば無理に聞こうとは思わない。
伏せるくらいだから聞かせられないのか、それとも聞いてほしくないのか。どちらであろうと無理やり聞き出すことなどできない。もちろん聞き出したいのが本音ではあるけれど。
「……そっか。じゃあなんで時計の解体をしようと思ったのかは聞いてもいい?」
抱いていたもう一つの疑問をぶつけてみる。
サラはここでようやく時計から視線を外してこちらを見た。いつの間にか分解し終わっていた懐中時計、それから工具をテーブルの上に置くと、空いた両手の指を組み合わせながら口を開いた。
「あなたは時計をどのようなものだと思っていますか?」
唐突に聞かれた内容に少しばかり困惑する。サラの質問が時計の解体と関わってくるのだろうか。わからなかったが素直に答える。
「時間を教えてくれるものだと思ってるけど、当たってる?」
「私の知識の範囲内では不正解です。」
本気ですか。
前世であれだけ時間に正確な国にいたというのに、時計の何たるかすら理解できていなかったのか。
「…………時間の視覚化なんて不可能、とかそういう話?」
「いえ、そんな大層な話ではないです。」
こちらがなんとか思考を巡らせて絞りだした可能性を、サラは苦笑交じりに首を振って否定する。その様子はできの悪い生徒を前にやれやれと教え方を模索する教師のようであった。
「これも説明するのが難しいのですが……。時計というのは、流れる時を視覚的に感じるために調節するものだ、ということです。」
「………………………………?」
えーと……つまり、どういうことだ?
「いまいちわからないんだけど。時計は時間を知るためものじゃないの?」
「時間に落とし込むためのものが時計なのです。」
……………………ますます混乱してきた。何が違うのだろうか。
頭を抱えるこちらの様子を見て、サラは「そうですね……」と少し考えてから切り口を変えてきた。
「あなたは時計がどのくらい時を刻むことができるか知っていますか?」
どのくらい時を刻む?どのくらい動き続けるかということだろうか。
前世で使っていた時計は電池で動く種類だったので電池が切れるまでは動き続けて、止まったとしても交換すれば半永久的に使えたはずだ。
サラが解体していたのがこの世界の時計の基準だとすれば、ゼンマイで動くタイプのものが主流なのだと考えられる。時計に詳しくはないが、電池式より手作りのものの方が長持ちする気がするのだが、どうなのだろうか……。
「……十年くらい?」
「三日がいいところでしょう。」
「短いなっ!?」
思わず声が出てしまった。いや、そんなことより三日!?さすがに三日しか使えない時計など使えたものじゃないだろう。
「私が解体した懐中時計などは時間がずれやすいので可能ならば毎日。そうでなくても数日に一回はゼンマイを巻く必要があります。そうしなければ指し示す時間が段々と狂っていき、やがて止まってしまいます。三日と言ったのはそれ以上放置した場合、狂いすぎて時計として意味をなさなくなってしまうからです。」
「定期的に手を加えないと時計自体が止まってしまうってこと?」
「そうですね。私自身、十日以上動き続ける同種の時計は見たことがありません。」
まさかそんなに短いとは思っていなかった。
サラが言った通りならば一日で正確な時が刻めなくなり、ゼンマイを巻いて時間を合わせなければやがて動かなくなるということだ。
毎日ゼンマイを巻いて、毎日時間を合わせて。そうしなければ正しい時間を刻むことができない時計。
それはもはや……
「正しい時間なんてあるのかと疑問を持ちませんか?」
「!」
めぐっていた思考がサラの言葉で形を成す。
そうだ。すべての時計が一日も経たずにずれていくのなら、何を基準に時間を合わせているのだろうか。どれが正確な時計なのだろうか。
こう考えると時計が時間を教えてくれるという答えは、不正解と切り捨てられてしかるべきなのだろう。教えてもらうような絶対的に共通した時間がわからないのだから。むしろ時計が時間という区切りを作り出していると言っても過言ではないのかもしれない。
「だから時間を落とし込むためのものが時計ってなるわけか。」
時間について、などと考えたことのなかった身としては、思いもよらない別の視点から新たな発見をしたようで心地いい。
「あくまで私の知識内での見解です。私など比べられないほど時間の概念に詳しい者であれば、また違う見方をする可能性があることは忘れないでください。」
「大丈夫。そこまで詳しい人の説明が理解できると思えないから。」
「そんなことありませんよ。あなたが今よりもっと経験を積んで知識を得られれば難しくありません。」
期待してもらっているところ悪いのだが、前世ですでに大人になってから転生してこれなので、はっきり言って期待できないのが実際のところである。
心の中でサラに期待に応えられない旨を説明していると、「長くなってしまいましたがあなたの質問に答えましょう。」とサラがこちらの思考を引き戻した。
「質問ってなんだっけ?」
「自分で聞いておいて忘れたのですか。なぜ時計を解体しているのか、と私は聞かれていたのですが。」
確かに聞いた。サラもよく覚えていたものだ。
「さっき言ったように時計は手を加えなければすぐに止まってしまいます。その時計がわざわざアイテムボックスの中で保存されていたのです。持ち主がどのような思いでしまい込んだのかはわかりません。ですが私はもう一度動くようにしてあげたいと思いました。我ながら独りよがりで勝手な思いだと自覚していますがそれが解体を始めた理由です。」
「ふーん。なんか、こう……ロマンチックだね?」
不確実な時間を刻む時計が、確実に時が止まる空間を経て、渡るはずのなかった人の手にわたった。
何とも小説的だ。これはロマンチックと言ってもいいだろう。サラは微妙な表情で首をひねっていたが、こちらの考えを汲んだのかあきれた声で言った。
「あなたこそ止まった空間をそんな風に考えるなんて変わっていますね。持ってくるように頼んだ私もそこまでは考えていませんでしたよ。」
「空間内が保存状態、つまり実質時間が止まっている場所だっていうのは実感していたしね。でもそれとは別に死んでしまっている人のアイテムボックスが残っている理由はわからないんだよなあ……。」
サラの突飛な行動の意図を知るとやはりそちらが気になってくる。
「そんなに知りたいのですか。」
「まあ、コユビさんから聞いていたからね。アイテムボックスの大きな欠点だって。その欠点が自分のスキルで解消できるかもしれないってなると知っていたい気はするかな。」
「欠点、ですか……。本当に解消しなければならない欠点なのでしょうか。」
サラは解体し終わった時計を組み立てなおしていた。
彼女は記憶をたどりながら、構造を確かめながら、一つ一つ部品を元の位置に当てはめていく。
まったくの素人などと言っていたが、少なくとも作業を見ていたことはあるのだろう。それもとても長い時間だ。そうでなければ時計を組み立てなおすなんてできるとは思えない。
「言い方悪いけど、殺しても空間内に物が残るってなったら助かる人が増えるんじゃないの?」
「そうですね。悪事をなそうとするものがいるならそう言った意見もあるでしょう。しかしそのような者のせいで使用目的が歪められることなど本来あってはならないと思っています。」
歪められる……本来……か。
自分はむしろ悪人目線での発想の方が思いつきやすいのかもしれない。それがどうということはないが、本来の使い方ではないと言えるサラが少し羨ましい気もする。
「故人のアイテムボックスが開けないというのは、優しさであると私は思っていますよ。故人にとっては自身が暴かれるのを防ぐことができ、生者にとっては死者を過去の人物であると割り切らせることができる。お互いが幸福であるために空間は閉ざされているのだと、私はそう思うのです。」
組みあがっていく時計を見つめながらサラは言う。視線の先で時計は徐々に元の懐中時計の形に組みあがっていきー
しかし完成することはなかった。
一つ歯車が欠けていたのだ。
取りこぼした部品は他の部品に交じり見つけ出すことは不可能。解体した時計は解体したことによって時計として形を成すことすらできなくなった。
「…………………………。」
サラは手元にある不完全な時計を無言で見つめていた。
時計が完成することは、もう二度と……。
「これが部品じゃない?」
そう言って自分は小さな歯車をサラに差し出した。
いや、部品が転がっていくのを見ていたのだから完成しないことくらい想像できる。それならば欠けた部品を探すか、代わりを見つけるかくらいするだろう。
手のひらに乗った最後の一欠片をサラはポカンと眺めていた……が、やがて
「あ、ありがとう……。」
と言って受け取った。
「死んだ人のアイテムボックスが失われることが優しさだって言ってたけどさ。死んだ人の物こそ生きている人の手に渡るべきだと思うけどなぁ……。」
呆然とサラが顔を上げてこちらを見据える。その顔に浮かんでいたのは何だったのだろうか。
驚きか。安堵か。虚脱か。それとも確信か。
よくわからないがこちらを見つめる瞳だけは凛としていた。
「……どういうことですか?」
「んー、いない人を過去にする必要はないんじゃないかと思って。別に懐かしむのはいいんじゃないの?相手が死んでるんだったら相手に非難されるいわれもないんだし。それに割り切るにしてもそれは生きてる側が決めることであって、死んだ側に強制されるのはやっぱり不便じゃないかなって」
「……生きている側が決める、ですか。」
そんなに自分の考えは異端だったのだろうか。
それからサラは時計に手を出すでもなく黙り込んでしまい、じっと何かを考え込んでいたサラが次に口を開いたのはその日の夕食後であった。
自分が食器を片付けていると「ふぅ……」と息を吐きだした音が聞こえたかと思うと、サラは予想外のことを言いだした。
「全部出しましょう。」
「……は?」
「全部出すのです。」
サラが壊れた。
よほど自分はおかしなことを吹き込んでしまったのだろうか。
「失礼な。私は正常です。……ずっと考えていたのですが私の中で結論が出ました。」
「えっと……。どんな結論が出たの?」
恐る恐る聞くとサラは大真面目に言った。
「アイテムボックスの中身を全部出しましょう。」
分量がいつもの倍ほどになっております。分割することも考えましたが、この話はまとまった状態がいいという作者の願望によりこのような形になりました。
さてこの話を書くにあたって作者なりに時計について調べたり考えたりしました。その甲斐あって私自身は解釈を深められたのではないかと思っています。
けれど実際に考えて言葉を発するのはキャラクターなのです。
彼ら彼女らはどう考えてどういった言葉で表すのか。耳を傾けていると時間がたってしまいました。
長くなりましたが要約すると心理描写は難しいって話です。……いや、それも違うのか?




