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漂流の赤子 2

 あの子はご飯を食べただろうか。

 宣言した通り夜までに野暮用を片付けて家に向かっていたサラは、一人残したシフのことを考えていた。

 拾ってきてから同じ家に住むことさえ許さず、食事を渡すこと以上のことをしていない。

 普通に考えてスラムの中での生活を強要しているに等しいだろう。私自身も異常であることは自覚している。

 しかし彼は文句の一つも言ってこない。それどころか何かを要求することも、助けを求めることすらしない。

 私が拾う2歳までは親の愛情を受けて育っていたはずなのだ。

 それなのに今の環境を受け入れているのは異常なのではないか?

 本来泣き叫び母親を求めるものではないのか?

 幼い子どもが小さな不満で泣くのは当たり前のことだ。それなのに一度も泣いている姿を見たことがない。

 それは心に何かしらの穴が開いていることを意味している。そしてその穴が人生を不幸にすることはあれど幸福にすることはほとんどない。

 あの子には幸福に生きてほしい。私とて一時は子供を育てたのだ。子を思う気持ちはある。


 いやだめだ。

 

 そんなことはあり得ない。

 そう思うことは絶対に許されない。

 あの子はあの子自身のために生きなければならない。

 私の手を必要とせずに成長し旅立つことが一番理想である。

 あるのだが……

 あの子は異様に物事への関心が薄い。

 いや、違う。

 自分への関心が低いのだろう。

 それは私が拾う前の2年間に由来しているのか、小屋での生活を強要したことが原因なのか。それとも……


「スキルが原因?」


 確か捨てられた原因もスキルだったはずだ。私と同じように特殊なスキルだった場合、使い方を把握していなければ自身にも危険が及ぶ。それは避けたい。しかし今まで見た限りでは何か危険が起こった様子はない。それにスキルについては行商人として仲良くやっているあちらに任せればいい。

 それよりもあの子自身の性質について考えるべきか。いやそもそもあの子について考えるのは止めるべきで、しかし最低限の知識も教えないで追い出すのは拾ったものとしての責任が、だが……。


 考えがまとまらない。思考がこんがらがっている。

 止めるべきだと思いながら、やめられないでいる。

 そろそろ家が見えてくる。すると気持ちの温度が一気に下がる。

 情を抱いてはいけない。情を抱かせてはいけない。

 それは何よりも優先すべきでそれだけは間違えない。

 すっかり暗くなって視界が悪くなった森を抜け家に近づく。

 昼間あれだけ念押ししたのだ。家の中で待っているかもしれない。

 いやそれはないか。あの子は私がいない時には何があっても家の中に入ってこない。きっと小屋の中にいるだろう。

 そう結論付けると家に入りローブを脱ぐ。

 かまどの前の椅子に腰かけ黒と銀の二本の金属の棒を取り出すと、こするように打ち付けあう。

 二度三度繰り返し、起こした火種を消えないように大きくする。

 ある程度大きくすると野菜を切る作業に取り掛かる。朝は水と黒パンで、昼はどうせ食べてないだろうから夜くらいは温かなスープを作ることにする。

 鍋に水を張って火にかけて、干したキノコと切った野菜を入れる。

 ふたをしてかまどの火を調節しながら入口の扉を見ていた。

 起きていれば私が帰ってきたことに気づくだろう。扉をたたく音がそろそろする頃だろうか。

 寝ているなら無理やり起こすべきだろう。そのあとにちょっとした教育を施さなければなるまい。

 これがまた悩みの種で、食事を抜くといったような罰は意味をなさない。

 何しろ食事を抜いたことに対する罰でさらに空腹にさせるなど本末転倒もいいところなのだから。

 恐怖による教育もよろしくない。

 怖いからという理由ではなく、自分で何が悪いかを考えて生活することが望ましいのである。

 人格を否定する罰などもってのほかだ。

 自分を好きになれない人生などつらいだけだ。そんな生き方はしてほしくない。

 ……最後の願いに関しては私に言う資格などないのだが。


 いつの間にか鍋から汁が少しあふれていた。急いで鍋を移動させ火の勢いを弱める。ふたを開けると湯気が顔いっぱいにかかり、そういえば自分も昼食を食べていないことを思い出した、そのときだった。


 くう……とおなかが鳴った。


 ……

 ……

 ……今の音だけはあの子に聞かせてはならない。

 静かに、しかし強くそう誓った。


 それにしても来ない。

 水よりはいくらかましだが、それでも冷めたスープとはおいしいものではない。

 それにだんだんと寒い時期に差し掛かっているのだ。

 ただでさえ小屋は寒いだろう。スープを飲み少しでも温かくしていてほしい。

 そうでなくても投げ渡した毛皮がもうボロボロになっていて暖をとるのが難しいだろうから。また新しく渡してやらねば。

 いつまでたっても来ないのでこちらから向かうことにした。

 小屋まで歩いていき扉の前で声をかける。

「私が帰ってきたら食事をとりに来るよう言ったはずです!いつまで待たせる気ですか!」

 寝ている可能性も考えて強めに声を出したが応える声はない。

「さっさと起きなさい!朝と同じことを言わせないで!」

 一向に返事はない。


 さすがに不思議に思い「入りますよ?」と声をかけ扉を開くと、中の景色に凍り付いた。


 誰もいなかった。


 瞬間的にいくつもの可能性が頭をよぎる。

 いまだに森の中を歩いている?ありえない

 あの子は賢い。夜の森が危険であるということは十分知っているはずだ。それに好奇心は強いがあれで慎重な性格なのだろう。安易に知っている範囲外に出ることはほとんどないため、迷っているとは考えづらい。

 どこかに隠れている?ありえない

 あの子は面倒くさがりだ。私が呼んでいるのに隠れるという意味のないことをまずしない。

 今この小屋の中にいる?ありえない

 この小屋には、なぜここで過ごせるのか不思議なくらい何もなく殺風景だ。見間違えるはずがない。


 この生活にうんざりして、私が出かけた間に脱出した?


 ……っ!

 思わず顔をゆがめる。

 だが、すぐに冷静に考え直す。それもありえないだ。

 逃げ出すチャンスなどいくらでもあった。それなのに私が出かけたからという理由で行動を起こすことはきっとない。それに残っているものが多すぎる。集めていた木の実が残っているし、なにより出ていくつもりなら、何年もかけて小屋に手を加えることはしないのではないだろうか。

 よって考えうる限り自発的に姿を消したわけではないと結論付ける。

 つまり事件か事故。

 人や獣の線は考えなくていいだろう。精霊ならばなおさらだ。

 私を知るものならばこの領域に手を出すはずがないし、知らないならばここに人がいると気づくことはないからだ。そうなると……

「事故ですか……」

 ケガによって動けないか、場所の性質により動けないか、そのどちらかだろうと確信した。

 どちらにしてもあの子はこの森のどこかにいて身動きができずにいる。

 それがケガだった場合、命にかかわる危険性が否定できない。

 自分の鼓動が早くなるのを感じる。知らないうちにのどがカラカラに乾いていた。一刻も早く見つけなければ。

 考えろ。どこに行くとケガをする?どこにいると動けなくなる?

 真っ先に思い付いたのは木に登って落ちるというものだ。

 だが木に登る必要があったのは何故だ?木の実をとるため?いや、あの子は基本落ちたのを拾うことしかしていない。しかしわざわざ登って取る必要ができた?


 ここまで考えてこの思考の巡りが無意味であると気づく。

 木から落ちたことが確定したところで、それがどこかわからないではないか。

 ただ何かヒントを得そうではあった。というか何かを忘れている?

 そもそもなんで木の実をとろうとして失敗したことが有力説だと感じた?小屋にもいっぱいあったのに。

 昼ごはんでも食べる気でいた……。

 ……。

「―そうか。私が原因か」


 確かに言った。〝昼食をとれ"と。その言いつけを守ろうとしていつも以上のことをしようとしたのか。


 なんという失態……!なんという……!

 一番許せないのはそれを言った自分がかけらも期待していなかったことだ!

 ……いや、違う。それを考えるのは後だ。冷静にもう一度考えろ。

 昼食を食べるためにわざわざ森に入ったのなら木の実をとる気はさらさらない。なぜなら家にあるから。

 それに食事と呼べるほどのものだ。肉か魚が妥当だろうか。

 魚で確定だな。獣を見つけられてもどうこうできると思っていないだろうし、鳥を追う姿など現実離れ過ぎて想像もできない。

 魚を求め川を探し、見つけた先で足を怪我した。こんなところか。

 その場合命に関わるほどのケガは心配せずに済みそうだ。

 だが油断はできない。

 

 サラは森のどこに何があるか把握しており、遠くない場所に川があることも知っていた。

 まず命に関わるほどにはなっていない。

 油断はなかったがそう確信し少年の捜索を始めた。


 この判断が大きな間違いであると知ることもなく。

 

 

 

 


思ったよりも長くなりました。

というか全然旅に出ないし、スキルとかどこ……?

いや、スキルも話に関わってくるし旅にも出ます。

先は長い……。

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