愛すべきごみ溜め 7
実験と料理の両方を終わらせてテーブルにつくと、サラと二人で昼食を食べながら直前の検証について確認し合った。
この短時間の実験で知ることができたのは、
・水を張った鍋を空間内に入れる:鍋の中に入ったまま変化なし。
・水をこぼす:普通にこぼれるが蒸発することなく、床に水滴として残り続けた。
・火をつけた薪を空間の中に入れる:燃え続ける。
・空間内で火を起こす:火花は出るが燃え移ることはなかった。
というこの四つだった。
「火の性質が今の段階だとよくわかりませんね。」
音を一切立てずに咀嚼してから、サラが感想をつぶやく。相変わらず惚れ惚れするほど動作が洗練されている。
「水がアイテムボックスの中でどうなるかは何となく理解できたと思うんだけど……。」
ピクリと眉を動かしたサラが「ほう、それは本当ですか?」と視線で問いかけてくる。
「では、アイテムボックスの中で水はどのようになるか説明してみてください。」
説明か……。
少し頭の中で整理してから「説明とまでは言えないかもしれないけど」と前置きをして言葉にしてみた。
「鍋に入った水がそのままだったこと、こぼす実験ができたことから、空間外と同じように重力に従うのは間違いないんじゃないかと思う。だけど水滴が蒸発しないで残り続けたこと、それを拭きとれたことを考えると全く同じではないと思う。言い方は変だけど、液状の固体というか……水がそれ単体の物質になっているっていう印象だった。」
自分でもよくわからない説明だった思うが、言わんとしたことは伝わっただろうか。
こちらの言葉を黙って聞いていたサラは、少し宙を見つめた後こちらに視線を移して言った。
「手が止まっていますよ。」
……説明しろと言ったのはサラなんだが。
少し納得がいかないと思いながら料理を口に運ぶ。
自分が食べている様子をまじまじと見ていたサラが、しばらくして別の質問を投げかけてくる。
「具体的にアイテムボックスの中で水を使うと、どうなると思いますか?」
「具体的に、とは?」
「そうですね……。アイテムボックスの中で本を水に沈めてみた、としましょう。その場合に空間の中と外で何か違いはありますか?」
アイテムボックスの中と外で本を濡らした場合か。
「紙の本の場合、ってことでいい?」
「ええ。構いません」
「えっと、空間外。つまりこちらで本を濡らした場合、まず紙同士が張り付いて所々開けなくなる。それから……インクが落ちるか滲むかして読めたものではなくなるだろうね。そして乾かすことができたところで、紙は変色したり伸び縮みしたりして原型を取り戻せなくなる、と言ったところかな。」
前世で本を買って帰る際中に、土砂降りに遭遇して絶望したことがあった。
その時は傘を持っていなかった上に、書店の人にカバーを外してもらっていたという不幸が重なり、家につく頃には無残な姿になっていた。
急いでネットで調べてドライヤーで乾かしたり、冷凍庫にいれたりしてみたのだが、結局息を吹き返すことはなかった。
ーと、そうではなかった。
感傷に浸っていたせいで、サラに胡乱げな目を向けられてしまっていた。
大げさに咳払いをして話を戻す。
「とまあ、こんな感じで日常の中では本に水を近づけてはならない。でもアイテムボックスの中ではその限りではないと思う。」
「何故です?」
「水が本に影響を与えられないからだよ。おそらく空間内で本を水に沈めたところで、表面を拭いてしまえば元通りになるだろうね。」
「それは紙の状態が保たれてることで水が中に浸み込まないから、ということでしょうか。」
「そう、その通り。」
堂々と頷くこちらをサラはちらりと見やって質問を続けた。
「では聞きますが、紙に浸み込まない水を布でふき取ることができるのは何故ですか?」
……ん?どういうことだ?
「何かおかしいの?」
「おかしいでしょう。水を拭きとれるということは、紙には浸み込まないのに布には浸み込むということではないですか。」
「!」
指摘されるまで気が付かなかった。
言われてみれば確かにその通りだ。
水を布で拭きとることができたということは、布に水を吸わせることができたということだ。
布が水を吸えたのなら紙も吸えるのではないか?そうなると実際は本も濡れるということに……?
しかし空間内の状態が保存されるというなら、影響し合あうことなど無いはずでは?とも思うのだ。
こうなってくると、もしかして水滴も観察し続けていれば、いずれ蒸発したのではないかとさえ思えてくる。
結論を出したつもりが、思わぬところから論理が崩されたことで混乱していた。
「結論を出すのが早かったようですね。」
とサラがなぜか嬉しそうに言う。
悔しいが着眼点が的確だったため文句も言えない。
「私は実際に見ることができないので、あなたよりも想像するしかないのです。こんな可能性があるのではないか、あんなことが起きてしまうのではないか、とね。ですがいろいろ想像したところで、私に確証を得るすべはない。それはあなたが判断することです。」
いつの間にか食べ終わっていたサラは、テーブルの上で組んだ指を閉じたり開いたりしていた。
「あなたが見て、確認したことが正解です。ですから、くれぐれも答えを急がないことです。無数の角度から検証し確信を得なさい。確信したらそこから発展させなさい。そうすることで、あなた自身に知識として蓄積されていくのですから。」
視線を手に落としたまま、組んでいた指を口元まで持ち上げる。その姿を正面から見ていた自分には、まるでサラが祈りをささげているように見えた。
昼食を終え、再びテーブルにつくとこちらから話を切り出した。
「やっぱりアイテムボックスについてもっと詳しく実験したいんだよね。」
「それは構いません。空間の中を荒らしまわるようなことさえしなければ、いくらでも使ってください。ただし家事の分担を忘れないこと。戦闘訓練に関しては……当分向こうの仕事に追われて、こちらにくる余裕はないでしょうから気にする必要はないと思います。」
それは正直、願ってもない。
もちろん戦闘訓練はためになっているし、体力づくりも重要だと思う。だが、拘束時間が長すぎる。今はアイテムボックスについてもっと試してみたい。
「えーと……。じゃあ、これからの実験で少し我が儘を言ってもいい?」
我が儘。
この言葉にサラはひどく反応した。
具体的にどのような反応したかと言えば、目を剥いて石になった。
「サ、サラ……?」
呼びかけてみると、夢から覚めたように「……はっ、すみません。」と硬直が解けた。
「なんだか信じられないような。それでいて、とても恐ろしいことを言われているような。そんな錯覚に陥ってしまいました。」
さすがに大げさすぎると思うのだが。
「それで、なんでしょう。」
緊張した面持ちでサラが聞いてくる。
おそらくこれを言ったらサラから弾雨の様な大反対を受けるだろう。しかし徹底抗戦して何とか権利を勝ち取らねばなるまい。
その結果次第でこれから行う旅が、だいぶ形を変えるだろうことが考えられるから。
意を決してサラに意志を伝える。
「これから、アイテムボックスの中で生活したい。」
本日、誤字報告という機能を初めて知りました。
昨日誤字を見つけましたすみません、とか言っておいてですよ。
前々から気づいた方が送ってくださっていたようです。本当に助かります。
報告を確認しつつ、こちらの判断で順次修正していこうと思います。
全てというわけにはいかないと思いますが、そこはご容赦ください。
あとがきに書いたフラグを次話のあとがきで回収する、ということが続いてしまっているので、そろそろ一級フラグ建築士の称号を貰えるのではないかと思っています。え?意味が違う?そんな……。




