愛すべきごみ溜め 5
「あなたのスキルはまず間違いなくアイテムボックスに関わるものでしょう。おそらくですが<アイテムボックスの中で生存が可能>といったところではないかと思います。しかし、アイテムボックスの中を外から視認できたことも気になります。それを踏まえるともう少し違ったスキルなのかもしれません。」
お互いに汗やら冷水やらで汚れていた服を着替え、再びテーブルをはさんで向かい合って座っていた。
自分は濡れているだけだから問題ないと主張したのだが無言で却下された。
さすがに直前まで心配をかけていた手前、拒否できるはずもなかったので大人しく従う。
しかし、アイテムボックスの中で生存できる……かぁ。自分の感覚としてはアイテムボックスの中に入って、出てきただけなのでいまいちピンとこない。
「そんなにアイテムボックスの中から出てきたことがあり得ないことなの?」
即時死ぬと聞いていただけで、どのくらいでどのように死ぬか詳しく知っていたわけではないので単純に疑問だった。
「……そうですね。そのあたりも含めて、あなたはもう少しアイテムボックスについて知っている必要があるでしょう。私が知っている範囲については説明します。ですがそれ以上は実際に試して確認していきましょう。もちろん……」
サラは一度言葉を切ると、とてもにこやかに微笑んで言った。
「もちろん、私がいるときに……ですが。」
なぜか身体の震えが止まらなかった。
「まずは本来、アイテムボックスに入ってしまったらどうなるのか教えておくべきでしょう。」
サラはビターチョコレートを思わせる長髪を指ですくってまとめると、頭の後ろで結んだ。勉強を教える際にサラがいつも行う動作に自然と背筋が伸びる。
「“即時死ぬ”でしょう?コユビさんが言ってたよ。」
「ですがどのように死ぬか、は聞いていませんね?」
自分が首を縦に振るとサラはため息をつく。「どうせ教えるのならばもう少し正確に言ってくれればいいものを……。」などと小さく愚痴をこぼした。
「“即時死ぬ”というのはいささか不明瞭な言い方です。もう少し正確な表現をするなら“石のようになって死ぬ”が正しいでしょう。」
「石のようになる?」
「そうです。アイテムボックスの中に全身が入ってしまった瞬間、その時点で肉体のすべての機能が止まります。手足はもちろん五感や思考力すら止まるのです。中に入ってしまった時点で死んだと気づくことなく死んでいる、つまり即時死ぬということです。」
それは。
それはとても幸福な死に方だと、そう思った。
死ぬ心構えさえなく、恐怖することもなく、生きているときと同じように何気なく死ぬ。それほどまでに恵まれた死に方があるだろうか。
自分が訳の分からないスキルなど持ってさえいなければ、今頃自分も……
「シフ。」
名前を呼ぶ声に顔を上げると、サラと視線が交わる。
サラはこちらをただ見つめるだけで何も言わなかった。
急にサラの顔をまっすぐ見ていられなくなって俯いた。……なんだこれ。
こちらの様子を見てサラは少し息を吐きだすと「まあ、いいでしょう。」と小さく頷いて話を続けた。
「どこまで話したでしょうか……。っとそうです。アイテムボックス内に入ってしまうと、考えることもできないまま石のように死ぬ。といった説明まででしたね。本来ならば心臓の停止などとは一切関係なく肉体活動を停止させられます。かと言って空間内から引き上げたところですでに死んでいる。よって空間内に入った時点で死んでいると考えられているので、引き上げてなお生きていたあなたはスキルを持っているとしか考えられないわけです。」
「なるほど……」
自分でもよくわからない動揺を残したまま何とか相槌を打つ。
それを見たサラは満足げに目を細めた。その反応は本当にどういうことなんだろうか?
頭が回りきらない状態で当時のこと思い出して口にする。
「確かに中で結構歩き回れたし、めちゃくちゃ汚かったけどマグカップも見つけられたし……」
あ、やっべ……
いま余計なことを言った……。
とっさにサラを見ると、顔に笑顔が張り付いたままこちらを凝視していた。
案の定というかなんというか目が一切笑っていない。直前までとは全く違う動揺で喉がカラカラに渇き始める。
「……否定はしませんが、余計な一言を言わないでおくということも教えるべきだったでしょうか?」
「ひ、必要ないです……。」
「そうですか。残念です。」
残念ってなにが!?
それこそ余計な一言だと思うんだけど?と心の中で抗議する。
「話を戻しますが、アイテムボックスの中で歩き回るなど前代未聞です。それに……不本意ではありますが空間内を汚いと形容できたこと自体が驚くべきことです。」
そういえば落ちる直前にそんなことも言っていたっけ。
「扉を通してアイテムボックスの中を見ることはできない、だっけ?」
「あの状況でよく覚えていましたね。その通り。アイテムボックスの内部はたとえ持ち主であったとしても視認できないのです。」
それで中を覗くなんてことをやっていた自分を見て、あの時サラは動揺していたのか。
だけどそれが本当なら一つ大きな疑問ができる。
「中が見えないんだったら、どうやって中にしまった物を取り出すの?」
普通鞄にしまったものを取り出すときは対象を目で確認して取り出すだろう。
それができないうえに鞄とは比較にならない広さの場所にしまい込むのだ。そんなもの見つけようがないと思うのだが。
「いいところに目を付けてくれましたね。」
サラが嬉々として答えた。セリフがどこかのニュース解説者に似ていると思ったが気にしないことにしよう。
「アイテムボックスは非常に便利ですが使いこなすのは難しいのです。アイテムボックスから物を取り出すには、中にしまった物を正確に思い浮かべる必要があります。そうすることで扉が取り出したい物のすぐ近くに開かれるのです。慣れてくるとうろ覚えでも扉に手を突っ込むだけで取り出せるそうなのですが、私にはとてもではないですが使えそうにありませんでした。」
結構練習したんですけどね……とつぶやくサラの言葉で、いくらか納得することができた。
あれだけ広い空間の隅から隅まで手が届くわけがなかったのだ。扉を開く場所を自由に変えることができたからこそ、アイテムボックスはアイテムボックスとして活用できるのだろう。
アイテムボックスの中に落ちたときに空間の天井部分に扉が開いていたのは、単にサラが下手だったというだけだったのだろう。
空間内でわずかに抱いていた疑問が融解していくのを楽しんでいると、サラが「そうです!」と勢い込んで言った。
「私が然も整理整頓が下手であるかのように言っていましたが、アイテムボックスの中は誰が使っても似たような汚さになるのです。中が見えないことによって整頓することもできないのですから。」
なるほど。確かにそれは一理あるだろう。
誰もが、とは見てないので断言できないがサラのアイテムボックスの中は、何というか“完璧にきれいに掃除した本棚をわざわざ倒した”というような違和感があった。
状態が変わらないからホコリをかぶることもないのだろう。倉庫としての性能は破格である。恐るべき異世界なぞパワー。
「でも結局、なんで自分にはアイテムボックスの中が見えるんだろ。」
“スキルだから”と片付けるにしてもこんな能力だから中が見える、くらいの確証は欲しいところだ。特に自分でアイテムボックスを開けない状態を考えると、少しでもスキルについて理解を深めておきたい。
「それについては最初にも言ったではないですか。わからないことは試して確認していこうと。」
サラはそう言うと、テーブルから離れて竈のほうへ歩いて行った。
今にも料理を始めそうな雰囲気だ。
「実験を今からやるんじゃないの?」
「やりますよ?」
当然とばかりに応えるサラ。しかし手に持っているのはどう見ても鍋なんだけど。
「……それは何してるの?」
「昼食の準備です。」
「実験は?」
「しますよ?」
???
意味も分からず混乱していると「どうせならあなたも手伝ってください」と声をかけてくる。
言われるがままに竈へと向かうと、火をおこしながらサラが言った。
「料理と実験。せっかくですから両方やってしまいましょう。」
前回のあとがきについて訂正があります。
3000字超えないようにまとめているような書き方をしてしまいましたが、正確には3000字超えたあたりでひとまずの着地点を探し始めます。なので、普通に3000字超えている話もあります。
投稿してから読み直して「……あれ?」となりこちらに書かせていただきました。
あとがきの短い文章にすら間違いがあることを考えると、無いように気を付けてはいますが本文に誤字が無いか気が気じゃないですね……。




