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漂流の赤子

 細い腕が生えた灰色の毛玉が小屋のすみでホコリを食べている。

〝パサパサ"という名前の精霊らしいが、どうにも有名な映画で見かけた金平糖好きの()()に見えて仕方がない。

 しかし彼らが好むのは汚れや今食べているホコリらしく、もとの世界を基準にすると家で見かける黒い害虫に近い生物なのかもしれないなどとぼんやり考えていた。


 こちらの世界に転生してもうすぐ7年になる。

 自分につけられた名前は「シフ」

 2歳の時に今の育ての親がこの森の中に連れてきたので実の両親のことは覚えていない。

 転生するにあたって転生先の世界の神様に会うだとか、いっしょに巻き込まれた美少女がいるだとか、そういうのはなかった。だからチートスキルみたいのも持っていない。

 いやでもまだ可能性は残っているのではないだろうか。

 これからヒロイン級にかわいい女の子と出会えさえすればそのうち能力が目覚めたりなんてことも……


「さっさと起きなさい」


 冷水のごとく冷たい声が小屋の外から聞こえてきて思わず肩がびくりと震える。

 急いで入口に近づきドアを開けるとパンと水を持った女、育ての親であるサラが立っていた。

 サラの髪は艶のある茶色で腰ほどまであり、知的な切れ長の瞳に見つめられれば顔は赤く染まり、ひとたび笑顔を向けられればどんな者でも目を奪われるほど美しい顔立ちであった。

 笑顔であればの話だが。

 しかし石ころほどもこちらに興味がないのか、笑顔を一度も見たことがない。

 そのわりに生かすつもりはあるようで、いつものように手にしていたものをこちらに突き出した。

「起きていたならさっさと取りに来なさい。私に手間をかけさせないで」

 それだけ言い放つとさっさと自分の家へ戻っていった。

 自分と彼女の住んでいる場所は別々であり、元々自分が拾われてきたときにこの小屋はなかった。

 周囲を森に囲まれどこまで行っても街どころか人にも出会えない、そんな辺境というより秘境といった方が正しい場所に小さな家を建てて彼女は一人で住んでいたようだった。

 それから自分が連れられてきたのだけれど、なんとサラは拾ったくせに自分と一緒に家で住むことを拒否した。そのため馬小屋よりも簡素な雨がぎりぎり防げる小屋が家の隣に新しく作られた。

 作られた小屋に床などなく下は地面なので大雨が降ると足元がびちゃびちゃになるし、寒くなると薄い板1枚で囲われた小屋に防寒という概念はなく、必死に穴を掘りその中で眠るなど毎日がサバイバルであった。

 今では穴を広げ焚き火をする場所を確保したので以前ほどの寒さはなく、快適とはいかないまでもだいぶ楽になった。

 他にも小屋の板の間に土や草を詰めて隙間をなくしたり、足元に湿気にくい植物を詰めることなど、たまに来る行商人の知り合いに教えてもらうことで何とかなっている。

 屋根の穴を埋める作業に年単位の時間がかかってしまったが、幼児の肉体だったため仕方ない。

 今はあらゆる作業に刃物が欲しいと考えているので少しずつ石を集め、また行商人の知り合いに研ぎ方を教えてもらおうとしているところだ。

 今日行く方向を考えながら渡された黒パンを口に流し込む。

 そういえば口にするモノにも大きな変化があった。

 例えばこの黒パンは元の世界で食べていた食パンなどとは程遠い。とにかく苦く、そしてなにより固い。

 まともに食べられないので本来水に浸してどろどろにして食べるのだが、以前はまずいし面倒だったのでそのまま食べていた。

 そうしたらいつのまにか口の中が血まみれになっていたことがあった。

 それを見たサラが桶に汲んできた水をこちらに向かってぶちまけた。そしてこちらを冷えた目で見据え


「二度としないと誓いなさい」


とこちらの行動を切り捨てた。

見事に水を頭からかぶったこともあって震えが止まらなかったのをよく覚えている。ただひたすら怖かった。

 そういった出来事を経験しおとなしく過ごしているのだが、なぜだか今だに物を投げつけられる。

 沸点がわからん。

「おとなしすぎるんだよ。」

とは行商人の言葉であった。詳しく教えてくれないあたり楽しんでいそうである。

 べちょべちょの黒パンをやっと食べ終わり容器を片付けると、小屋に隙間ができていないかを確認してから森の中に入っていった。


 森を歩く際に気を付けるのは基本的に足元で、むき出しの足では小さな石を踏んだだけでけがをする。そういった意味でも石を集めるのは理にかなっていると思う。

 他には触れただけでかぶれるキノコだとか、かまれたら血が止まらなく虫などに気を付けていれば問題ない。歩き続けていると、ふと目にした木の根元にそのキノコを見つけ、かつてかぶれた手のひらが汗でにじむ。

 あいつらはいつか燃やしてやると半ばやけくそ気味に決めていた。

 気を取り直して石を拾い、薪に使う小枝を集め、口に入れても問題ない木の実や草を集める。

 体が小さいこともあり手に持つのも一苦労で、すぐに小屋に引き返しまた戻ってくるのを繰り返す。

 毛皮があるので袋として使うことも考えたが、寝るときにくるまるのでさすがに泥だらけになるのは困るという理由で使っていない。

 まあどうせあと少しで冬がやってくる。そうなると寒くて寝るときだけ使うなどと言っていられなくなり常日頃から体に巻き付けることになるので結局は汚れるのだ。袋として使わないまでもそろそろ日中から使うことを考えた方がいいかもしれない。10往復したあたりでそう考えをまとめるとサラの家に向かう。

 そろそろ昼になるかという頃だったので食事をもらいに行くことにしたのだ。

 朝食でくぎを刺されているので遅れたり忘れたりすると後が怖い。

 家の前で軽く汚れを払い、ゆっくりと息を吐く。

 そしてコンコン、とドアを叩いて扉を開けた。

 扉を開けるといつも目の前の床に黒パンや野菜、豪華な時だと肉や魚が用意されていることもある。

 しかし今日は何もなかった。

 自分が首をひねっているとサラから声を掛けられる。

「今から出かけることになり昼食を作る時間がありませんでした。自分で用意して食べなさい。」

 そう言ってローブを羽織りこちらに歩いてきた。

 扉の前から数歩下がると、サラはその開けた道を通り外に出る。そのまま森に消えるのだろうと思っていたのだが急にこちらに振り向いた。

「夜には戻ります。帰ってきたら必ず食事をとりに来るように」

呆気に取られていると「返事は?」と返答を催促するので思わず、

「はい」

と答えてしまった。

 失敗した。返事をしてしまったことで、もしすっぽかすようなことがあれば厳しい制裁が下ることが確定してしまった。

 いや別にそれ自体は問題ないのだが、その時にサラが自分に向ける視線が恐ろしくて仕方がない。

 小学校のキャンプファイヤーのときフォークダンスを全力で嫌がった女子生徒の視線を思い出してしまう。あれは男子小学生が耐えられる絶望では決してない。

 思い出したらなぜか涙が出そうになった。

 などと少し思考が飛躍しているうちにサラはとうに森に消えていた。

 どうしようかと考える。

 昼と夜くらい食べなくても腹が減るくらいで支障はそんなにない。

 だから無視しても構わないのだが、おそらく返事をしてしまった以上食べないわけにもいかないんだろう。

 しかし備蓄してる木の実を消費したところで昼食を食べたと認められるだろか。微妙な気がする。

 そういえばサラは水をどこからか汲んできていた。だとしたら近場に川があるかもしれない。そこには食えるかはわからないが魚もいるだろう。

 方針は決まった。川を探し魚を捕る。

 今まで見たことはないが近くにあるはずだ。そうでなければわざわざ遠くから汲んできた水をぶちまけるようなことはしないだろう。

 そこまで頭が回らないほど怒っていた可能性は考えない。考えても仕方がないし、なによりトラウマになりそうだからだ。

 そうして魚を求めて森に入っていった。

 これが後から考えれば大きな転換点であったのだがその時の自分は知る由もなかった。

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