愛すべきごみ溜め 2
それから約十分後。
目にした光明が幻想だったことに打ちのめされていた。
空間の揺らぎに喜んだ勢いで、手をかざして呼びかけてみたり、イメージしたり、踊ってみたり、跳ねてみたり、それらしいものを試し尽くしてみた。がやっぱり使えなかった。
最初は突っ込みを入れていたサラも、途中から見飽きたのか目の前で行われていた奇行をスルーし続けていて、それが地味につらかった。
テーブルに突っ伏してうなだれていると、
「それで結局、何をしていたんですか?」
とサラが編み物を行う手を止めることなく聞いてくる。
顔を上げてもう一度手をかざしてみるが、やはり反応はない。大きなため息を吐きだして気持ちを切り替えると、サラの質問に答えた。
「アイテムボックスが出そうだったから……」
ぴたり、とサラの手が止まった。
「アイテムボックス……ですか?出そうだった、ということは今まで使えなかったのですね。知りませんでした。」
いや……知りませんでした、って驚くほど反応薄いな。コユビさんなんて新種の珍獣を発見したくらい驚いていたのに。……この例えはなんか違うな。まあいいか。
しかしアイテムボックスが使えないというのは、サラにとっても誤算だったはずなのだ。
旅に出るための知識や技術を教えている相手が、よりによって荷物を入れる場所が無い。それは全裸で雪山を登れと言われているようなものではないか?今まで使えないことを言ってなかったが、聞いたら驚くと思っていたので拍子抜けだ。
そう思ってそれをそのまま伝えてみると、
「雪山に登るなら服を着ればいいではないですか。何を馬鹿なことを。」
と言われてしまった。
そうだけど、そういうことではないんだが……。
「流石に今のは物の例えだよ。それくらい無茶なことをする羽目になるっていう」
「だとしても私の答えは変わりません。雪山に行くなら服を着るべきです」
話が少しも通じてない……。
そう思っていたが、サラの言葉は続いた。
「同じように、旅をするなら荷物を持っていくべきです。それはアイテムボックスが有ろうが無かろうが関係ありません。使えないなら背負っていけばいいのです。」
と言い切った。
そんな無茶な……と思った。だがそう思ったこと自体に驚いた。
そもそも地球にはアイテムボックスなど無かったではないか。どこかに出かける際には鞄を背負うなり、ポケットに突っ込むなりして荷物を持ち運んでいた。
それを無茶だと決めつけていた自分が信じられなかった。と、同時に天啓を得たような気分だった。
「確かに旅をするにあたってアイテムボックスの有無は利便性の差異を生むでしょう。しかし、旅をする者の中にはわざわざ荷物を外に出して運ぶ者もいます。なにより、あなたも私も今までアイテムボックスが使えなかったことで不利益を被ることなどなかったはずです。よってアイテムボックスが必ずしも生きるために必要というわけではないのです。」
堂々と言い切った。
だが、今の話の中でいくつか気になることを言っていた。
「アイテムボックスの中にしまわないで運ぶ人がいるの?わざわざ?」
この世界で荷物を長い距離運ぶのは危険が多いだろうに。いささか酔狂が過ぎるのではないだろうか。
「アイテムボックスを使わない人は一定数いると言っていいでしょう。理由は様々ですが……人によってアイテムボックス内に入れられる容量が違うのは知っていますか?」
それはコユビさんとの話の中で知っていたので、首を縦に振った。
「知ってる。」
「そうですか。例えばその容量が小さすぎた場合、使えたとしても外に出して運ばなければならないでしょう。その場合そもそも荷物の運搬を行う仕事につかないでしょうから、限りなく小数の人物にしか当てはまらないと思いますが。」
確かにその場合は外に出すしかないな。
そこまで容量が少ないのは不憫ではあるが。
……使うことすらできない自分に言われたくはないか。
「ほかの理由、というよりもこちらが大体の理由になりますが、」
そこまで言ってサラは珍しく表情を崩した。
どのような表情をしたかと言えば、非常に微妙な表情になった。
「説得力がないかもしれませんが、」と前置きを言ってからその表情の理由を口にした。
「商人が自分の積荷の信頼をアピールするために、あえてアイテムボックスに入れずに持ち運ぶことが多いです。」
「ん?」
その説明には大きな疑問符を浮かべずにはいられなかった。
なぜなら、自分が唯一面識を持つ行商人が荷物を運んでいるところなど見たことが無かったからだ。
「コユビさんって行商人だよね?」
「……だから説得力がないと言ったのです。なんというか、あの人は変わっていますし例外です。それに私としか取引をしていません。なので気心が知れているぶん気遣いは必要ないと思っているのではないでしょうか。」
そんなものだろうか。
確かに“コユビさんだから”という理由には頷くしかない強制力がある、気がする。
「なるほど。じゃあもう一個聞いてもいい?」
大方納得したところで、もう一つ気になっていたことを質問することにした。
「いいですよ。」
平然と応じたサラが
「サラもアイテムボックスを使えないの?」
と言った瞬間、硬直した。
瞳は何も映すことなく、能面のように表情が消えていた。黙り込む姿は怒りに震えているようにも、悲しみに沈んでいるようにも見えた。
しばらくの間。
ーいや、実際には瞬きほどの時間であったが、時を止めていたサラは何事もなかったかのように自分と目を合わせて言った。
「いえ、使えないという表現は適切ではありません。アイテムボックスを使うことはできます。できます、が……」
そこでサラが言い淀んだ。合わせていた視線を若干泳がせている。
……?
そういえばサラがアイテムボックスを使っている場面を目にしたことが無い。
何か特別な事情があるのかと考えていると、「…………ると……です…」とサラが何かつぶやいた。
「え?なにか言った?」
こちらが聞き返すとサラは何かに耐えるように眉根を寄せた。
かと思えば、ハァ……と息を吐きだしてこちらに向き直って言った。
「だから、アイテムボックスの中に一度しまうと、どこに何があるのかわからなくなってしまうんです。」
「はい?」
……なんで?
やはり何か特別な事情が……などと思っていたのだが、続いたサラの言葉に唖然とした。
「空間の中が、その……物が少し錯綜していて、ですね。……何をしまったかわからなくなったり、しなかったり……といった状態でして……。」
……
つまり、アイテムボックスの中が汚部屋ならぬ汚空間になっていて、ごちゃごちゃしすぎて一度入れたら取り出せなくなると。そういうことなのだろうか。
……
……え、そんな理由?
「そんな理由……?」
「……っ!」
思わず口に出してしまっていた。
またたく間にサラの耳が赤く染まる。
いつもは教師然とした言動をしているサラが、片付けが苦手なポンコツ属性を持っているとは思いもしなかった。
だが家の中は片付いているから掃除ができないわけではないのだろう。
目が届かない場所はどうでもよくなるパターンなのだろうか。
そう考え込んでいたため、悔しさで震えているサラになかなか気が付かなかった。
「……あなたには気づかれまいとアイテムボックスの存在ごと秘匿していたというのに。」
顔まで赤くしながらそっぽを向き、歯を食いしばる姿は中々お目にかかれない。
なんだか今にも「くっ殺せ!」とか言い出しそうな表情だ。
というかそんな理由でこの世界の必須能力を教えていなかったのか?流石にそんなわけはないと思いたいのだが……。
「そんなに隠すようなことでもないでしょ。それに一つくらい苦手なことがあったほうが愛嬌があるんじゃないの?」
適当に励ましの言葉を口にするとギロリと睨まれる。えぇ……。
口をとがらせてあからさまに拗ねるサラは子供のようでおかしかった。
実際に笑ったら後が怖いので絶対にしないが。
「……そういったわけで私はアイテムボックスを使いません。」
しばらくすると落ち着いたようで、また小さくため息をつくと落ち着いた声で言った。
「それから言い訳に聞こえるかもしれませんが、日常生活に必ずしもアイテムボックスが必要ではないと思っていることは本当です。何もかもをアイテムボックスの中にしまい込んで家の中で過ごすのは、なんというか……風情がない、と思うのです。」
アイテムボックスが必要ないから言わなかったという一面もあったのか。それを聞いて少し安心した。
どっちみちサラは必要だと思えば教えていただろうし、必要ではないと思ったら教えないだろう。
そこら辺のサラが持つ理念は疑っていない。
ただ、気になることもあった。
「でも何をしまったかわからなくなると思っているのは、実際に物をアイテムボックスの中で失くしてるからなんじゃないの?」
「………………」
ただ静かに。
不自然なほど自然に目をそらした。
まさかの図星である。今度は自分がため息を漏らした。
バレンタインなんて無かった。いいですね?
……少し取り乱しました。過ぎ去った日々に目を向けるのは悲しいのでやめましょう。
ところでプロットにいた鉄の女(笑)のサラさんはどこに行ったのでしょうか。
……おっと?誰か来たようです。




