表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

【06】 旦那様 01

 






「雪、か」


 窓の外に白いものを見つけて、手を止めた。

 ずいぶん寒いと思ったが、雪が降るせいだったらしい。

 女神の加護があるこの国では、極度な寒暖の差はなく、いつもすごしやすい気候が保たれていている。

 だから、こちらで雪を見るのは


「初めてだ」


 一人ごちて思い出す。

 こちら側に来た、あの日のことを。











 あれは、初雪が降った日だった。

 何が理由か分からないが、夕食前に兄と取っ組み合いの喧嘩になった。

 思いがけず繰り出したパンチが兄の鼻に当たり、兄が鼻血に驚いて泣いてしまった。

 ()は同じような喧嘩で俺が鼻血を出せば兄弟そろって怒られるのに、その日は何故か父も母も兄の味方をばかりして俺だけが叱られた。

 言い訳も聞いてもらえず両親に責められ、それを見てニヤニヤしている兄の顔に、悔しくて夕食も食べずに部屋に籠った。

 くうくうとなるお腹に泣きながら不貞寝して、いつもよりずいぶん早く目が覚めた。




 静まり返った凍えた家は、酷く寂しくて。

 俺は一人で家の外に出た。









 父が、母が、二つ上の兄を優遇しはじめたのは、最近のことじゃない。

 もう何年ももやもやしていた。


 俺は兄が好きだった。

 変な意味じゃない。兄弟なのだから当然の好きだ。

 いつだって一緒にいたかったし、同じことをしたかった。

 物心ついたころには、兄の後ろをついて歩き、兄がすることを真似して、父と母と兄が俺は天才だって褒めて笑うのが好きだった。

 だから兄の半分も出来てないのに、そう褒められて俺は天狗になってた。

 いや、出来てないのは分かっていて、褒められることを喜んでいた。

 だって、兄が俺を褒めれば、父と母は兄を褒めて、兄がもっと嬉しそうにするから。


 けど、いつからか兄より俺の方が、いろんなことを上手く出来るようになっていった。

 毎日兄がやることを見てるんだから、兄がやるより上手く出来るのは当たり前だ。


 なのに、そのせいで父が、母が、思ったより兄を褒めなくなった。

 俺と比べるような言葉は絶対に言わない。

 ただ、俺より褒める言葉が少ないだけ。


 兄が顔を曇らせるのを、俺は知っていた。



 気付かないふりをしたのは、小学校に上がって、あまり兄と一緒にいることが少なくなったせいだ。

 小学校の二歳差は、思ったより行動範囲が違う。

 兄は早くから塾に通っていたし、部活動も始めていた。

 だから、あまり兄と顔を会わせなくなっていて、兄と俺が比べられることも少なくなったから、時々そんなことがあってなんとなくモヤモヤしていても、気のせいに出来た。


 けれどある日突然、母が、兄の肩をもつようになった。

 それからすぐに父も。


 不思議に思ったけれど、気にするほどじゃなかった。

 兄が中学に上がってからはさらに接点が少なくなって、顔を会わせることがほとんどなくなったから。

 短い時間なら、兄は少し普通になって、前のように俺に接してくれるようになった。





 俺は、馬鹿だった。

 俺も前のように兄に接して、喧嘩した。










 初雪の朝は、誰も雪かきなんかしない。

 だからどこまでもどこまでも真っ白で、いつもはカラフルな世界のただただ静寂で包まれている。

 足音も、息遣いも、どこか遠くの音も全部吸収されて




 ――――まるで、この世界に一人ぼっちでいるみたいだった。




 とぼとぼと真白な道に、静かに、一歩一歩と足跡をつけて、そろそろ家が見えなくなったところで足を止めた。


 天を見上げれば薄暗い雲が空を覆い、ちらちらと雪が落ちてくる。

 寒いけど、寂しいけど、どこかほっとしていた。


 このままどこか遠くへ行きたい。


 あの日、俺は確かにそう思った。

 そう思った瞬間、誰かが俺を呼んだような気がして、振り返った。







 振り返って――――俺はこの世界にやって来た。



























最後まで読んでくださりありがとうございました。


不定期更新になりますが

また次作もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ