【02】 悪役令嬢と聖女 01
異世界転移の聖女なんて小説でしかないと思っていた。
その日は猛暑日で、あちこちに救急車が止まってたのを覚えている。
かんかんと照り付ける太陽と、風もないのに吹き付ける熱波にどの道にも逃げ水が見えて、少し気を抜くと倒れそうだった。
私は学校帰りで、暑さにもうろうとしながらいつものように郵便局の角を曲がった。
曲がった瞬間、ぐにゃりと世界が回って、気が付いたら真っ赤な何かに抱きついていた。
あんなに暑かったのに、そこはとてつもなく涼しくて、汗にまみれていた体から一気に熱が奪われた。
「あなた、大丈夫?」
優しい、そして、良く澄んだ声がして、顔を上げると真っ赤な何かはドレスで、抱きついていたのは驚くほど綺麗な女の人だった。
「あ……」
「大丈夫? 見慣れない顔だけど。迷ったのかしら?」
ぐったりと沈み込んで震える私を、その人は膝をついて抱きかかえてくれた。
「寒いの? 汗がすごいわね。熱があるのかしら?」
そう額に手を当ててくる。
細くて柔らかい手のひらが冷たくて気持ちいい。
「熱はないみたいね。……あら、貴方、違う世界から来ちゃったのね」
特に何の抑揚も無く、女の人はそう言った。
そして何度か目を瞬かせ、ふうと息を吐く。
「……私の言葉は分かる?」
首を傾げる仕草が、凄く妖艶で、私はただ頷いた。
「そう、良かったわ。ここは貴女の知っている世界じゃない。戻れるかもしれないし、戻れないかもしれない。ここまでは大丈夫?」
「は、い」
少しだけ強い口調に、私はかすれた声で返事をする。
言っていることが本当か、嘘か分からなかったけど、自分があの暑さでおかしくなったとは思えなかった。
「このまままっすぐ進むと神殿があるわ」
「神殿?」
「そう、神殿。そこの中央に立っていれば誰かが上手くやってくれると思うから、そこで助けてもらってちょうだい」
「貴方は?」
私が聞くと、女の人は困ったように眉尻を下げた。
「心配しないで。貴方は聖女の容姿をしているから、悪いようにはならないわ」
「聖女?」
「そう、聖女」
言って、女の人は私の手を取って立たせてくれた。
一瞬、ふわっと全身を何か温かいものに包まれた感じがして、寒気も疲れも汗臭さも無くなった。
「あの、私……」
「大丈夫よ」
不安で女の人の手を握ったままの私に、女の人は言い聞かせるようにそう言った。
そしてまっすぐに私の目を見て、いたずらを楽しむみたいほほ笑む。
その可愛くて、滅茶苦茶綺麗な笑顔に、緊張がほぐれて、少しだけ余裕が出来た。
私は、女の人に促されるようにして、ゆっくり辺りを見回した。
そこは白い壁と柱に囲まれていて、それはいつか見たギリシャの建物に似ていた。
女の人は私の手をもう一度ギュッと強く握って、もう一方の手で廊下の奥を指し示した。
「ここをまっすぐ進めば、変な像がある大きな部屋があるから、像の前でそれとなく立ってなさいね。あ、私のことは言っちゃだめよ」
「変な像?」
「フフフ。貴方も見たらそう思うわよ。多分この国の人みんなそう思ってる。さ、行って。誰かに見られたら不味いから」
女の人に背を押されて、私は歩きだした。
振り返ると女の人が笑いながら小さく手を振っていた。
見送られるまま、とりあえず廊下を進むと、確かに大きな部屋があった。
そこは良く見る教会のような作りで、入口からまっすぐのところに像のようなものが立っていた。
「変な像……」
人でもなく、動物でもなく、棒でもなく、黒い雲を固めたような何かなんとも言えない物体が飾られている。
「これが、御神体?」
「そこにいるのは誰だ!」
ぼんやりと像を眺めていると、突然後ろから男の声がした。
振り返ると、白い服を着た人間が走ってくるところだった。
「何者だ!」
そう聞かれて、私は首を傾げた。
自分で聖女と言うべきなのか?
「お前、変わった格好をしているな。それに黒髪に黒い瞳……まさか聖女様?」
男は勝手にそう言うと、私を置いて去って行ってしまった。
そしてすぐにたくさんの人をつれて戻ってきた。
いくつか質問された後、あの女の人が言ったように私は聖女と呼ばれ、神殿に保護されることになった。
それから、神殿でこの世界のことを勉強し、王さまって人の所へと連れて行かれた。
そこで、とても素敵な王子様に引きあわされ、名前を聞いて、私は気がついた。
この世界が、最近ずっとスマホでやっていた乙女ゲーム【聖女の行方】の世界だと言うことに。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
不定期更新になりますが
また次回もよろしくお願いします。