ラブレターを取り急ぎ書いてみたけどやっぱり上手く書けなくて、やっと書けた手紙の内容が気恥ずかしくて、渡すのに躊躇ってしまい、破り捨てる所に幼馴染に見つかってしまい、取り上げられて気まずくなってしまった
幼馴染。そういえば聞こえはいいかもしれない。それが異性ならば尚更、いや想像は膨らんでいくだろう。けど、現実は違う。加藤菫。僕の幼馴染の女の子。そう彼女は幼い時から勝ち気で、気の強い女の子だった。まぁ、昔ながらで言うならガキ大将ってところだろうか? いや、女の子だからジャリ大将? そんなことはどうでもいい。そんな菫から僕は目の敵にされ続けていた。なんでターゲットにされたのかわからない。けど執拗にイジメてくるそんな菫が僕は怖かった。
中学校に入ってセーラー服に変わった菫は可愛らしさはあったが、勝ち気な性格は変わらず、ちょっかいをかけてきた男の子にハイキックをかましたりしていた。まぁ、本人はすぐに気が付いたようで、悲鳴を上げてしゃがみこんでいたけれど。はっきり言って自業自得だと思った。
そして、僕との関係は少し距離はとられたものの、近所付き合いもあって、一緒に登下校していたものだった。登校は良しとしても、下校は僕が男子軟式テニス部、菫は女子軟式テニス部だったので、たまたまそうなったこともある。いや……正確には時間をずらしてもよかったのだけど。菫曰く「女の子一人で帰らせるつもり?」などと言って、付き合わされたものだった。菫はスポーツも勉強も万能なので、軟式テニス部では早々に選抜選手になっていた。
僕はと言うと運動は苦手な方で、人気の軟式テニス部では三軍ってところに居た。だから帰り道の会話も菫が僕を罵る内容ばかり。「男のくせにだらしがない」とか「鍛え方が足りない」だとか「もっと私が鍛えればよかった」とか。僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。だから幼馴染と言っても、淡い妄想をしてはならない。僕はそう思っている。
そして高校になり、僕は何とか志望校に合格して、幼馴染と言う名の悪友と、離れ離れになる機会を得て、晴れて青春を謳歌することになるだろう。と、そう思っていた。そう、そう思っていたんだ。菫の頭の良さであれば、トップレベルの高校に行けるはずだから。ずっとそう思っていた。だが、現実は残酷で無慈悲だった。
僕がその事実を知るのは、登校初日に鳴ったインターホンからだった。丁度学校への身支度が終わっていたので、登校ついでに玄関を開けると、そこには……。
「おはよう! 拓海」
「……おはよう。で、朝から何の用事?」
「え? いつもの登校でしょ?」
「いつものって……」
いや、よく見ると僕と同じ学校の制服を着ている菫。僕の頭は真っ白になる。なぜ菫は僕と同じ学校に。いや、僕は菫の呪縛から逃れられると思っていたのに。僕の高校ライフに暗雲が立ち込める。
「ねぇ、何驚いてるの? あたし、学校が近いから拓海と同じ学校にするって。言ってはいなかったけど、受験したの同じ教室だったんだけど。もしかして気が付いてなかったの?」
確かに僕は、僕の事でいっぱいで周りの事なんて目には入っていなかった。だから菫が同じ学校を受験したことも気が付かなかった。迂闊だった。今思えば迂闊だった。僕は僕で親の負担にならないように、無理してこの学校を受験して合格したのに。
菫と一緒だなんて。僕は自分でもわかるぐらいに肩を落とした。きっと、菫にもわかるぐらいに。
「……なんかひどいよ? あたし、なんか悪いことした?」
「今までひどいことしてたの、忘れたとは言わせないけど?」
僕は肩を落としながら、菫と一緒に学校に向かった。
中学の時もそうだったけど、きっと高校でもグレーの青春を送る。
僕はそう感じた。
肩を落としたままの僕を罵る菫。前からの日常。いつもの日常。そして、これからの日常。そう思うと僕の肩は一層落ちた気分になった。このまま地面に埋もれてしまうのではと思うぐらいに。憂鬱な日々。それがまた続くのだと。そして、僕は最後の。せめてもの願いをかける。クラスだけは別になって欲しい事。それだけが一つの望みだった。そう……せめてもの。最後の望みだった。そう、『だった』
「お! 同じクラスね! 一年間またよろしくね~!」
これは何かの悪夢で、目が覚めたら朝だった。そんなオチであってほしいと、心から願ったのは初めてかも知れない。その願いもむなしく、僕は起きたままだった。
それでも悪夢は続く。出席番号で並べられた机に座ると、菫が隣に座る。何かの冗談であってほしい。僕は切実にそう思った。そして次の菫の言葉で僕は更なる悪夢であることを自覚する。
「隣同士ね。これも運命ってやつ?」
僕は土に埋もれたくなった。
そして、入学式。校長や来賓の長々とした話をぼーっと聞きながして、新入生挨拶が始まる。
「新入生代表、加藤菫!」
「はい!」
僕としてはもうこうなると、嫌がらせにしか聞こえなかった。きっと菫はこの高校にトップの成績を叩き出したのだろう。本当であれば他の高校もきっと、上位で入学できたのではと思う。それくらい僕と菫には学力の差はあった。僕は思う。よく中学の先生もこの学校で許可を出したなと。よく親も納得したなと。もしも僕が菫の親だったら、きっともっといい高校に行けと、意地でも説得しただろう。それくらいには菫は頭がいい。勿体ないと思う。僕にとってはその出来事は悪夢でしかなかった。三年間また菫と一緒になると思うと、気が重かった。
入学式後、クラスに戻りオリエンテーションが始まる。そこでクラスの委員を選出することになった。一番初めに決まったのは、学級委員長。もちろん菫だ。僕は無難なところで図書委員に立候補。希望通りとなった。図書委員はもう一人選ばれて、佐原美奈子と言う、別の中学から来た生徒が担当となった。これで、少なくとも委員会活動中は菫とは離れることが出来る。僕はその一途の希望を勝ち取ったのだった。
そして、それから数日が過ぎ。悪夢の続きの様に登下校は菫と一緒だった。ある日の帰り道、菫は不意に話のネタを振ってきた。
「部活決めたの?」
そう、そろそろ部活を決めなければいけない時期に来ていた。もちろん帰宅部と言う手もあるけど、僕は部活の方には興味があった。そう、僕にはもう決めている部活があったのだった。その答えを菫に伝える。
「美術部にしようと思ってる」
「え? テニス部じゃないの?」
「軟式テニスで、芽が出なかったからね。前から興味があった絵を描いてみようと思うんだ」
そう、僕は絵に興味があったのだった。中学の時も美術は得意だった。だから絵を極めてみたいと考えたからだった。そして絶対に菫が選ばない部活。文武両道の菫にも弱点がある。菫は致命的に絵が下手なのだから。部活の時間、これも菫から離れられる時間になると思う。そう信じていた。
「そっかぁ。じゃあ、あたしも美術部に入る~」
「……はい!?」
「だから、あたしも美術部に入るって」
「……絵、描けるの?」
「部活って、練習するところでしょ? 問題ないわ!」
「えっと、テニス部に引き抜かれてなかったっけ?」
「いいの。断れば!」
僕にはよくわからなかった。そうだ、きっとこれは人生を賭けたイジメなんだ。僕はそう思って愕然とした。僕に何の恨みがあるのだろうと。本当は僕が部活を直前に変えてしまえば、この悪夢から逃げられることだろう。
でも僕は絵を手放したくなかった。それだけ絵には情熱と愛を持っていた。そしてそれが僕の得意分野であるから。得意分野を生かした部活に入りたかったのだから。結局、僕は諦めてグレーの青春を謳歌してでも絵というものは得難いものと考えている。だからその考えを曲げなかった。
そして、待ちに待った委員会の日。唯一ジャリ大将の下僕から解放される時間が来た。僕は同じ図書委員の佐原さんとともにクラスから図書室に向かった。
「江藤君、よろしくね」
「はい、佐原さん。こちらこそよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないで? 同じクラスの仲間なんだから。気楽に行きましょ!」
「はい! じゃなかった。うん。ありがとう」
何気ない会話をして図書室での会議に参加する。図書委員でもいくつかの作業分担があって、日ごとの週単位で受付を変えるというルールがあった。ローテーションは縦割りらしく、僕ら一年生と上級生合わせて六人が火曜日の担当になった。委員会以外でも菫から離れる時間が出来たので、僕は心の中でガッツポーズをした。
「江藤君、今後も宜しくね。困ったときは何でも言ってね」
「うん、佐原さんも遠慮なく言ってね」
「ええ、困ったときはお互い様ね。仲良くやりましょ!」
佐原さんは僕に微笑みかけながら返事をしてくれる。その柔らかい笑顔、その気遣い。その優しさ。なんとなく僕は本当の女の子の姿を見たような気がした。そして、その笑顔に負けたのかも知れないけれど、僕は佐原さんに恋をしてしまった。一目惚れ……なのだろうか。僕の初恋が始まった。
「ねぇ、部活の手続きしにいかない?」
「なんで、菫と一緒なのさ? 一人で行けばいいじゃない?」
「だって、顧問に出すんだよね? 一緒に行けばいいじゃない」
よくわからない理論。いや、正論かもしれないけど。菫は僕にどこまで付きまとえば気が済むのだろうか? 下僕として楽しんでいるのではないんだろうかと、勘繰ってしまう。いや、実際にそうなのかもしれないけれど。仕方なく僕は菫と一緒に美術部の顧問に書類の提出をしに行く。
「こんにちは! って、先客が居るみたいね」
「あれ? 佐原さん?」
「あ、江藤君、それに加藤さん。二人も美術部に入るの?」
美術部の顧問と、先に佐原さんが話をしていた。会話の流れから佐原さんも美術部に入るらしい。僕は先日訪れた初恋の味をかみしめた。これなら……グレーの青春でもなくなる。そうに違いない。たとえ菫に付きまとわれたとしても。佐原さんとの時間はもっと増える。僕の心が弾む。
そうして、美術部の手続きを済ませて、月日は三カ月流れた。
図書委員の仕事をする時は僕にとっては幸せな時間だった。佐原さんと二人で談笑をしながら時を過ごしていた。
美術部では出来るだけ佐原さんの隣の位置、近くに座るようにしたけれど、何故か間に菫が割って入ってきて僕達の事を邪魔する。でも、菫と佐原さんの談笑に合わせて僕も話が出来たので、それはそれで楽しい時間ではあった。さらに言うと、菫の絵は全く上達せず、僕と佐原さんでからかっていたものだった。その時の菫の表情は僕にとってはカメラに収めたい程で、とても悔しがっていた。ちょっと半泣きもしてたりしてたので、見たことがない表情が見れて、楽しかったという思いもあった。
そして。
僕は一大決心をして、佐原さんにラブレターを書くことにした。
生まれて初めてのラブレター。
何度も何度も書き直しをして、ゴミ箱には便箋が山の様になっていた。ほぼ徹夜の作業。やっとのことで想いを綴ったラブレターを奇麗な封筒に入れて、学校のかばんの中に仕舞った。問題は渡すタイミング。どうしようか考え抜いた挙句、部活が終わった後で佐原さんの机に入れることを思いついた。
いつもの通り、部活で談笑に花を咲かせ、菫の絵を佐原さんと弄り。部活終わりに佐原さんが帰るのを見届ける。
僕はクラスに戻り、カバンから取り出したラブレターを佐原さんの机に入れようとする。その時、描いた文面が過り僕はためらう。徹夜で書いたラブレターだけど、文面を思い出して読まれることを考えると、気恥ずかしくてたまらなくなった。愛を語る言葉。一目で好きになった事。今までの優しさを感じた事。初めて女の子を好きになった事。内容を思い出すだけでも、顔から火が出そうになった。
そして、一旦落ち着き。独り言をこぼす。
「今回は諦めよう」
僕は手紙を両手で天にかざして、引き裂こうとした。破り捨てようとした。少しためらってしまった。その隙をつかれてしまった。不甲斐なくも。
「これ、なぁに?」
悪魔が来た。そして、その悪魔にラブレターは取られた。最悪だ。たまたま入ってきた菫に取られてしまったのだ。菫は躊躇いもなくラブレターを開く。
「あ、ちょっ!!」
最悪。これできっといびられるネタが増えてしまった。僕は菫の下僕から逃れられない運命なんだろうか。きっと中身を見て高らかに読み上げて、笑う。そうに決まってる。
しかしその予想とは裏腹に、菫は静かに黙読する。僕は予想外過ぎて、思わず頭が真っ白になる。いや、きっともっともっとひどい仕打ちを……。そう思っていると低い声で尋ねてくる。
「これ……どうするつもり?」
「……破り捨てるつもりだった」
「そう」
菫はそう聞くと、僕のラブレターを引き裂いた。何度も何度も。細かくちぎって。そしてその目には涙が溜まっていた。僕には何のことだかわからなかった。てっきりいびられると思っていたのに。細かく引き裂いた僕のラブレターを菫はゴミ箱に捨てる。そして、菫は僕に一通の手紙を差し出す。
「これ。見ないで破り捨てて」
よくわからない。見ないで破り捨てろなんて。僕のは見られた。だから僕は封筒から手紙を抜き出す。腹いせのつもりだった。でも、菫はすごい反応で、僕を制止する。
「だ、だめ!!」
「僕のは見られたんだ! 僕にも見る権利がある!」
菫が制止しても、もう遅い。僕は菫を躱して手紙に目を落とす。
そこに書かれていたことは……。
----完