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北大陸の者  作者: るるる
9/18

人間

人々の祈りは、大樹から銀色に白く浮かぶ北の方へと向かい始めていたのだが、今のアーヘルゼッヘにはわからなかった。どこか、温かいやさしい気配をかんじ、だからこそ、人間になるのもいいなと思い始めていたのだが、当の本人はきづかなかった。それよりも、大樹と自分の間に、灰色の髪が目に飛び込んで驚いた。気づくと、ゼ大臣補佐が覗きこんでいた。

「申し訳ありません。大変なお仕事をなされた後で、まだ、お疲れかと思うのですが、よろしいでしょうか」

「大変な仕事…?」

「ええ。大仕事でございます」

と言って、背筋を伸ばして、大樹を見上げた。顎を上げ腕を背にして見上げる姿は畏敬の気持ちがにじみ出ていた。アーヘルゼッヘは、何か勘違いをしていそうだ、と思ったのだが、声を出す前に、

「まだ、お休みになられますか」

と聞かれ慌てて、

「いえ。疲れていませんから。私は何もしていませんし」

「ほぉ。そうですか。これは、何もしていないことになるのですか」

と言う喜びの返事を返されて、当惑した。そして、さらに不安に思った。アーヘルゼッヘは不安な気持ちをごまかすように立ちあがる。ゼ大臣補佐は慌てて近寄って、

「ぶしつけながら、人探しをしているとお聞きしました」

と言った。小声だったがしっかりした声だった。アーヘルゼッヘは逃げ損ねた。が、一瞬気を取られているすきに、ゼ大臣補佐は、

「私どももお手伝いしたいと思います。その代り、そのお力を我らのために使っていただけないでしょうか」

と言ったのだった。アーヘルゼッヘはとっさに答えた。


「樹を帝都に移すことはできませんよ。樹が大きくなったのは、私の力ではなくて樹の力です。大樹の気にそまないことは、人間はおろか北の者だとてできません」

「それはよかった。安心しました」

とゼ大臣補佐はほほ笑んだ。アーヘルゼッヘを見上げながら満足した顔で、

「ならば、樹の枝を取って挿し木をしても、きっと大樹は喜ばれましょう。帝都に挿し木をしたいのです。この樹を持ってまいることはできません。さすがに、あの奇跡を目の当たりにした直後、この町を守るかのごとく育った樹を掘り起こして連れて行くような気にはなれないのですよ」

「そうですね。この樹はきっと町を守ってくれるでしょう」

アーヘルゼッヘは、樹が伸びあがる時の喜びを感じた。この大地に水を吸い上げ、大気に放つ時に気持ちは、喜びとしかいいようのないものだった。あの気配が、この大樹がある限り、この地に降り注ぐのだから、町や人の心や守っているとしか言いようがない、と思ったのだ。


「それで、アーヘルゼッヘ殿には、是非、その挿し木を帝都で大樹に育ててほしいのです」

「樹を育てるのですか?」

とアーヘルゼッヘはぽかんと聞いた。

「私は樹を育てる知識も経験もありません」

「それはわたくしどもがいたします。アーヘルゼッヘ殿には、この樹の枝を、帝都に根付かせ、大木にまで育ててくださればいいのです」

アーヘルゼッヘは黙り込んだ。欲しいのは知識や経験ではなくて、力だ、とやっとわかった。わかった自分が鈍すぎると感じた。

「帝都の水不足は深刻だとお聞きしています。できるならお手伝いしたいとも思います。ですが、私に枝を樹にする力はありません」

と答えた。いいアイデアだった。もし、本当に大樹一つで人々の気持ちが休まるなら。大樹を見てホッとしている間に、次の手を次々と打てるなら、もしかしたら、帝都も水不足を解決する根本的な方法をねりだせるかもしれない。もし、自分が本当に北の者の力があれば。やってみる価値があったかもしれない。もちろん、十分できることだった。しかし、今のアーヘルゼッヘには、指先を光らせることさえできない。北の者としての力がなかった。

「残念です」

と暗く答えると、ゼ大臣補佐は不思議な顔で問いかけた。

「土地と水と、根を張った樹を育てる者はこちらできちんと揃えます。枝が根付き、葉を茂らせていただけたらいいのです。この樹のように大樹にするのに時間がかかるとおっしゃるのなら、数日、いいえ、数か月くらいは我らにだって待てましょう」

「いいえ。そう言う問題ではないのです。私には…」

と言って、アーヘルゼッヘは口を閉ざした。力がなくなったのだと言いたくなかった。言ったとたん、本当にすべての力がなくなるような気がした。そして、その途端、北の者ではなくなってしまうような、自分が何者でもなくなってしまうような恐怖を感じた。下唇を噛んでうつむいた。すると、ゼ大臣補佐が、

「北と南の約定を心配しておられるのでしょうか? もちろん、北の方が一定の国のために力を使えば、南大陸の均衡が崩れ、大乱がおこるかもしれません。その大乱が引き金になり、再び南北で争いが始まっては、それこそこの十年はなんだったのかと言うことになってしまう。しかし、帝都を安定させ、この南大陸の八割を占める我が国を安定させることも、これまた、平和の基礎になるのです」

アーヘルゼッヘは首を左右に振った。力があれば、自分も二つ返事でやりそうだった。枝を大樹に変えるだけだ。それだけのことで、大勢の人々が安心できるのなら、なんら問題はない、と言う気がしたのだ。


だいたい、アーヘルゼッヘは、北の者が本当に、全く、南に関与していないとは思っていない。現に、ついさっき、北の主の視線を見つけた。温かい思いで南大陸を押し包む力を使っているのだ。それに、帝都にも、北の力がある。それを使っているのが人間だと言う話だが、本当に人間だけの力かどうかも分からない。


均衡は必要で圧倒的な力を持つ北の者があからさまにどこかに肩入れするのはまずい、と思う。だから、そうさせない為の、北の者の力を操る人間を抑える為にも、約定が必要だった。しかし、北の者がその時々の気まぐれで、目の前の人々を助けるためや、怒りのために動くことを抑える力はどこにもない。あるのは、個々の理性と、北の大陸と、北の主への愛情と忠誠くらいだ。それが消えた者に、北の力を抑えるような力はない。


アーヘルゼッヘは顔をあげた。それでも約定はなされた。と言うことは、北の主は、北の者の力を抑える方法があると知っていたのかもしれない。アーヘルゼッヘのように、レヘルゾン級の力があるものは、もしかしたら、こうやって、北の主とのつながりが切れた途端力が使えなくなるのかもしれない。


アーヘルゼッヘは両手をそっと握りしめた。自分はレヘルゾン級の力を持っていたから、主への忠誠を刷り込まれたのではないだろうか、と言う黒い不安がうずまいた。そして、さらに、力を使う時には主への忠誠と安心がなければ使えないように、恐怖を植え付けられたのではないだろうか、と不安は不信になりそうだった。


「私に力はありません。大きな力を持つ者もいるでしょう。私にあるのは樹の声を聞く力があっただけです。樹が祭りを見て大きく育っただけのこと。私はその時の樹の声を聞いただけのことで、何一つ力を使っていないのです」

と自然な声が出ていた。その樹の声を聞く力も、もうないのかもしれない、と思うとどうしようもない焦燥を感じた。


目の前の人間の気配さえ分からない、と言うのが、今のアーヘルゼッヘの真実だった。そのくらい、力がなくなってしまっていた。もしかしたら、とアーヘルゼッヘは考えた。成鳥を見つけられず、成人しないで北を離れると、こうなるのかもしれない、と。だから、北の主はレヘルゾンにはなれないと言ったのかもしれない。


レヘルゾンとして働くなら、大陸の外へ行くこともしょっちゅうだ。出たとたんに力がなくなるようでは、とてもじゃないが役目を果たすことはできない。だから、きっと、北の主は自分を見限って。と思ったところで、アーヘルゼッヘは深く息を吸い込んだ。見限って、と言う言葉は、今の自分には痛かった。心の中でつぶやくだけでも、胸の中がきりりと傷んだ。


人間の間に入って成鳥を見つけるには、ちょうどいい、と自分で自分に言って聞かせた。人間の負の感情にさらされて発狂してしまうようでは、仲間探しなどできない。これは、必然だったのだ、と心の中でつぶやいた。アーヘルゼッヘの笑みが深くなる。ゼ大臣補佐が目を見張るほど、深みのある表情になる。


「力が戻ればきっとお役に立てるでしょう。しかし、今の私は北の者としての力は全くないのです。力が戻った暁には、助力を惜しまぬ所存です」

「そうですか。力がない、とおっしゃるのですか」

と不信もあらわな声だった。まったく信じてないようだ。しかし、アーヘルゼッヘの瞳にはごまかしが全くない。そう思ったらしい、

「いつ、力がお戻りになるのでしょう?」

「わかりません。それよりも、別の北の者を呼ばれた方が早いでしょう」

「あなた以外の北の方を頼るのですか」

と言う声は、不信や恐怖がないまぜになったものだった。アーヘルゼッヘが驚いてゼ大臣補佐を見ると、

「あなたに言えることではありませんが、北の方に助力を求めるくらいなら、帝都は潔く滅びの道を選ぶでしょう」

と苦い声で答えた。先日の人間の恐怖を、今更ながらに思い出した。町に立った時の人々の無関心さ。自分を見てと思わず叫びだしたくなるほどの、拒絶。ゼ大臣補佐は、

「気を悪くなさらないでください。北と違って南は戦場になりましたからね」

とぽつりと言った。そして、気を取り直したように、

「人探しをしていらっしゃるとおっしゃっていましたね。実は、大樹を育ててほしいと思っていましたが、それとは別に、私たちにも手伝わせていただきたいと思っております」

「いえ。それは」

と言葉を濁した。


どんな風に、北の者が人間の間に潜伏しているのか分からない。だいたい、人間に自分が北の者だと知られたくないかもしれないのだ。そして、もしかしたら、探しだしても、アーヘルゼッヘと同じく北大陸を嫌って南に潜伏している者なら、力がなくなっているかもしれない。


アーヘルゼッヘは力がなくなった成鳥を成鳥と呼ぶのかどうかわからない、と思いつつ、そんな北の者に会いたいのかどうか、会うような気力があるのかどうか分からない、と思いつつ、言葉を濁した。


「探し人のお名をおっしゃりたくないそうですな。それなら、我ら手の者をお使いになるとよろしい。きっとお役に立てるでしょう」

「しかし」

「大丈夫。他言はさせません。私自身にも、あなたが探している方のことを話さないように命じておきます」

そう言ってから、さらに、

「あなたが誰にも知られずこの大陸のどこかに行ってしまうのが、我らの最大の不安なのです。どこにいるのか、人探しを本当にしているのか、と言うのが、われわれ人間の最大の関心ごとになるのです。もしや、人探しと言うのは建前で何か別のご用件がおありでしょうか?」

とぬけぬけと言った。


本当に自分の要件をごまかしている人間が、この問いにまじめに答えるとは思えない。なのに聞くのは、その時のアーヘルゼッヘの反応を探るためだ。アーヘルゼッヘは苦笑した。もし、自分がレヘルゾンとしてここに来ていたら、別の使命がありつつも人探しだと言っていたかもしれない。この問いに、動揺したり無表情を装ったりしたかもしれない。


しかし、もう、そんなことは、将来決してありえない。主のもとを出たと言うのはそう言うことだ。飛び出した自分は、本当は馬鹿者だと思いつつ、それでも、自分は成人しなければならない、と思った。理由はない。その為に、北を抜けて来たのだから、目的を完遂したい、と言う思いだけだ。その先は、なったらなったで分かるだろう、と言うくらいの思いしかない。


アーヘルゼッヘは首を左右に振って、

「本当に人探しです。見つかればうれしい。見つからなければ悲しい。そう言う次元の話です」

と穏やかな声で言った。本当にそれくらいの気持ちしかない、と思った。それが悲しかった。ゼ大臣補佐はじっとアーヘルゼッヘの顔を観察していた。が、生真面目な顔でうなずいて、

「ならば、我らの助力をお受けなさい。あなたは、ゼ家の加護の下にいる。人間の間にいる限りは、我らがあなたを守りましょう」

アーヘルゼッヘは目が点になった。守ってもらう、と言う発想がなかったからだ。ゼ大臣補佐は目じりに皺をよせて笑った。


「あなたはきっと私よりもずっと年が上なのでしょう。なのになぜか寄る辺ない子供のような顔をなさる。おかげでこの年寄りは、あれこれ手助けをしなければと言う気持ちになる」

「別に私はそこまで子供と言うわけでは」

「まあまあ、お怒りにならずに。知らない人の間に入れば誰しも心細くなるものです。この町は帝国領の一部で、その上、あなたはこの大樹を作った人です。まあまあ、否定なさらずに。そう思っている町の人は多い。と言うか、思わない町の人間は皆無でしょう。そのあなたを、ないがしろにしては帝都の今後にかかわります」

大げさな、と思ったのだが、アーヘルゼッヘは黙っていた。


ゼ大臣補佐は北の者のバックがあると周囲に思わせたいだけかもしれない。もしかしたら、アーヘルゼッヘの気が向いたなら、なくなったと言っている力を自分たちのために使わせることができると計算してたのかもしれない。


しかし、アーヘルゼッヘはうなずいていた。心細さもあった。誰にも聞かずこの大陸で人探しはさすがに無理があると思ったからでもあった。しかし、それ以上に本当に力が戻ったらこの樹の挿し木を帝都にしたいと思ったからだった。


とっぷりと暮れた広場で、かがり火の下でパソンがこちらを振り向いた。ゼ大臣補佐を見て眉間にしわを寄せ、周囲に断わりを入れると、ドレスのすそさばきも鮮やかに近寄ってくる。この小さな巫女姫が、渇水を気にし焼身して神に身をささげようとしたことがアーヘルゼッヘには忘れられない。


今、この瞬間、チウが、少女の代わりに帝都に残って水が豊富にあるように見せようと苦心している、と言う事実がアーヘルゼッヘの頭から離れない。自分に力があったなら、何かをしてあげられたのに、と思う。それこそ、力があるうちに帝都に行って、どこかの川の水を割って帝都へ流せばよかったのだ、と今なら思う。


大地の声やそこに住む生き物や人々の声に耳を傾けて、悲鳴をあげさせずに自然をなだめて河を動かす、なんて事は渇水地域にはできないだろう。やれば更に他の場所も水がなくなり被害の範囲が広がるだけだ。しかし、もしも強引にやっていたら、あと百年ほどはもったのではないだろうか。そうしたら、人間にだっていくらだってなんだってできたのではないか、と思うのだ。


慎重すぎるほど慎重だったから、今更ながらの悔いになった。もしも、力が戻ったら、何だってやるだろうと思うのだ。パソンが近寄ってくると、アーヘルゼッヘとゼ大臣補佐の間に割り込むように立った。嫌っているように見えた。

「ゼ大臣補佐。何をなさっていらっしゃる? この方はわたくしのお客人です」

高飛車な声でパソンは言った。


「人探しのお手伝いをさせていただきたいと申し上げていたのですよ」

「それは、わたくしの方でいたします」

「姫巫女がですか? 北の方を保護なさる、とおっしゃるのですか?」

「神殿は、わけ隔なく全ての人に公平です」

「北の猛威から逃れた人々がまだまだ神殿にお住まいではありませんか? それに、北の方を人間と同列にするのはいかがかと思いますが」

失礼ではないか、と言外に言っている。また、大戦後十年たっても戻る場所がない人々が神殿の加護を受けている。パソンは目で射殺しそうなほどゼ大臣をにらんだ。そして、顔をしっかり上げて、

「チウ従兄上からお預かりしているお客様です。勝手に他の方にお渡しることはできません」

「それならなおさら、神殿はまずいのではありませんか?」

「そんなことはございません」

「そうでしょうか? チウ閣下は、もとい、バテレスト家はあなたの神殿入りを快く思っておられなかった。今もあなたが神殿におられるから寄付もすれば大神殿の者達の言葉に一目は置いている。が、それさえもしたくなかったはずでしょう。その証拠に、この帝都の大事な時期にチウ閣下は祭りと称して帝都を出られた」


「今はお戻りです」

「ですが、今度はあなたがいない」

「わたくしもすぐに戻ります」

「バテレスト家は神官達が下した宣下を真に受けたくない。せっかく帝家へ食い込んで権力を握ったのに、宣下程度で覆されたくはないのでしょう」

「何をおっしゃっているのか、わたくしにはわかりません」

「百年来の才女と言われる巫女姫が何をおっしゃる。あなたが神殿に入られたのも神殿の力を抑えるため。それが、今度の渇水騒ぎで巫女姫の力を疑われ、果ては、神殿内での地位も危うくなられた。そんな中、さらに部外者である北の方をお呼びして、あなたにこのお方を守る力がおありでしょうか?」

「わたくしには何も力がございません。すべては神のお力です」

「そう言われも、信じる者がどれほどいるか」

「あなたは、神々の力を信じられないとおっしゃるのですか!」

とパソンは激高した。真っ青になった唇をわななかせ、

「わたくしが神を語り、バテレスト家の力を得るためだけに宣下を下しているとおっしゃりたいのですか!」

「違います。そう思う者がいる、と申し上げたかっただけです」

パソンは黙ったままだった。ゼ大臣補佐は穏やかな声で、

「バテレスト家には力があります。それだけで全てが黒に見えてくるのです。その上、せっかくチウ閣下が都に戻って渇水の手を打っていると言うのに、このさ中あなたが北の方を連れて戻ればどうなるか。あなたが神々をないがしろにしているから、この大事な時期にこの美しい北の方にうつつを抜かしているから、こんな事態になったのだ、と思う者も出てくるでしょう」


パソンは顎を引いて姿勢を正した。手のひらで自分のドレスの前を押えて静かに姿を整えた。そして一言、

「戯言を」

と抑えた声で言った。力のある声だった。自分や家の者を否定し陥れるすべての者を許さない、そんな気迫がこもった声だった。ゼ大臣補佐は顎の下をなぜて姫巫女を見た。そして、視線をアーヘルゼッヘに向けて、

「どこからお探しになられますか?」

と聞いた。


アーヘルゼッヘは二人を見下ろしていた。パソンの目は大きく見開かれて何かを訴えているようだった。しかし、状況はゼ大臣補佐が言っている通りなのだろう。言い返したりはしなかった。アーヘルゼッヘはゼ大臣補佐に、

「帝都から探したいと思います。何かとよろしくお願いいたします」

と告げた。パソンの顔が見れなかった。裏切られたような顔をしているかもしれない、と思うと視線が床を落ちてしまった。かがり火の映える磨かれた石の床を見て、ふと、自分一人で結構です、と言えばよかったかも知れない、と思いついた。顔をあげ、やはり、と言おうとしたのだが、ゼ大臣補佐は当然だと言う顔でうなずいていた。


「さよう。帝都が一番、人が集まるところです。そこから情報を拾った方が、場所を決めずに探すよりもよほど早いでしょう」

「しかし、私はまだ、この辺りでの人探しもしていませんので、そちらをしてから」

とアーヘルゼッヘは言葉を濁した。今さらながらみっともなかった。しかし、そばに立つ小さな少女が痛々しいような気がして、頑張らなければと思ったのだ。しかし、アーヘルゼッヘの言葉を聞くとパソンがじっと見つめ返してきた。


「お探しの方がもしここにいらしたら、顔を出してくださったのではありませんか?」

と言った。アーヘルゼッヘがここにいると言うのは町中の人間が知っている。そして、顔を出さないのならば姿を隠したのではないか、と言っているのだ。


アーヘルゼッヘは自分が会いたいと思っているのを向こうは知らないのだから、やはり自分で探さなければ、と言おうとした。しかし何も言わなかった。北の主が顔を隠したのを見ていたはずだ。その原因が自分だとわかったはずだ。


もし、ここに北の者がいたら、自分を避けていたかもしれない。アーヘルゼッヘはまっとうな北の者なら、あれを見ただけで自分には近寄るまい、と思った。これから本当に北の者にあい、成鳥の役を頼むなら、あって友人になってから、北の主との関係を話して、それでも引き受けよう、と言う人に頼まなければならない。


あんな露骨な北の主の拒絶を見せる前に、仲良くならなければ、とアーヘルゼッヘはどうしようもなく、後ろ向きなことを考え始めていた。パソンは、そんなアーヘルゼッヘを見て何を思ったのか、ただ、ゼ大臣補佐に、

「チウ従兄上の大切なお客様です。どうぞよろしくお願いいたします」

と頭を下げていた。アーヘルゼッヘははっとして、顔をあげると、ゼ大臣補佐も、

「心してお引き受けいたします」

と思ったよりもずっと真摯に頭を下げ返していた。


アーヘルゼッヘが礼を言う隙もなく、パソンへ謝罪の言葉をはさむ余裕もなく、二人は今後の話をしはじめた。それは、これが部屋に入ってから全く無視しあっていた二人かと思うような、事務的ではあるが誠意のあるやりとりだった。


これがきっかけとなって、大臣家筆頭のゼ・ウン家と、大陸の旧家とも言われるバテレスト家との大同盟が発足することになるのだが、それを予感できる者は、この場にはいなかった。犬猿の仲と言われた二家の同盟は、その後、歴史的な大事実として語られるようになるのだが、それはまた後程の話になる。


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