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北大陸の者  作者: るるる
4/18

パソン

都から一瞬にして、連れてこられたのに、全く落ち着いてものだ。アーヘルゼッヘは、都に住む帝都の地位のある人間は、北の力を日常でも使っているのかもしれない。と考えた。そして、そんなに南の大陸で生きる北の者が多かったのかと考え込んだ。大戦のあと、外交関係でわずかに行き来があるだけだと信じていたのだ。


パソンは、上品な少女だった。一度腰かけた後は、足を横にそろえて伸ばして、カップを手にする時にもそっと手を伸ばすだけで、腰から下がほとんど動かない。上半身も全く揺れない。目線がわずかに動く程度だ。が、その目線自身は雄弁だった。


少女は、二口すすって、あまりお気に召さなかったようだが、何も言わずに、口からカップを遠ざけた。香りもあまり気に行ってはいなかったらしい。確かに野戦用のやかんで入れたお茶は鉄の香りが漂っていた。パソンは、カップを膝の上へ戻すと、

「それで、お従兄様は?」

と言って、周囲を見てからアーヘルゼッヘをまっすぐに見返した。


あれから。チウはどこにもいなかった。チウの家人もいなかった。屋敷中の回廊を、衛兵たちが駆け巡ってチウを探した。回廊の下の森の茂みも、屋敷の周囲一帯も。回廊の屋根も、登れる場所は木の上も。砂漠にぽつりとある森に、泉を囲んで屋敷が建っているだけで、人っ子一人いなかった。屋敷にいたのは、駈け込んで来たアーヘルゼッヘとソン達と、遠い都に手をのばして、アーヘルゼッヘが引き寄せた、都の姫巫女だけだった。


「わかりません」

とアーヘルゼッヘが答えると、

「そう」

と言って黙り込んだ。カップを膝に置いているが、揺れているように見える。手が震えているのかと思うと、ソーサーを持ち上げて脇にあるティボードへ置いてしまった。アーヘルゼッヘは、まじめに、真剣に、少女に言った。


「都にお返しするわけにはまいりません」

「なぜでしょう?」

「チウが、あなたを逃がしたいと思ったのです」

「頼まれてあなたが手を貸したから、とおっしゃるのですね」

「いいえ。頼まれてはいませんが・・・」

「何ですって!」

と言って、パソンは顔をまっすぐ上げた。顎を引いて、睨むようにアーヘルゼッヘの目を見つめた。


「すぐにわたくしを帝都へお戻しください」

「それはできません。と先ほど申し上げました」

「北の方が、南に手出しをしてよいのですか? なんの依頼もなく力を使ってよいとでも思っておられるのですか? それこそ、先の大戦で交わされた終結条約をお忘れですか!」

まだ、四つになるかならずかの頃の大陸間の条約を、少女はしっかり学んでいた。もちろん、アーヘルゼッヘは当時の情勢を、北の館ですごしながら肌で感じて見聞きしていた。


人間への真摯な約束と、人間が欲しいと言う膨大な量の紙の証書を取り交わしたのだ。証書は、アーヘルゼッヘも作るのを手伝った。破ろうと思えば、簡単に破れる紙に書いて、いったい何の効力があるのだろう、と思ったものだが。それが、何代にもわたって記憶を語り継がなければならない、命の短い人間達の編み出した知恵だった。


「私は彼の友人です。彼が望むことをして、それが条約違反になるとは思えません」

「そんな。子供のような言い訳が成り立つとでも御思いですか!」

そばで聞いていたソンは、まるで、少女が子供に言って聞かせているように見えた。その子供と言うのは、穏やかな顔の紳士のように見える女性で、たぶん、ここにいる誰よりも齢を重ねているはずだった。


アーヘルゼッヘは、軽く笑って、パソンをいなした。

「友情と条約は別物です。そう、協定には書かれています」

「そんないい加減な話を、わたくしが信じるとでも思っているのですか?!」

「信じてください。北の者はそうでなければ、約束などできません」

「あなたがたは、何でも、そんな感情ばかりに頼って…」

と悲しいため息混じりの声だった。もちろん、十四の少女の口からだ。まるで、老齢な大人の声音のように聞こえた。


アーヘルゼッヘは、まっすぐパソンを見た。人間は、理性的でありたいと望んでいる。と聞いている。もちろん、自分だって理性的だと思いたい。北の屋敷を飛び出したことはこの際脇へ置いておいて、アーヘルゼッヘは、丁寧に、自分たちのことを語った。


「人間には見えない心の波が見えるのです。見えるものを見えないふりして過ごすわけにはまいりません。友ともなれば、心を開いた相手の声です。耳をふさぐようには、心の声をふさぐすべはありません。苦しめば自分も苦しく、悲しめば自分も悲しむ。友の悲しみのために命を落とすものもいます。条約には、友のためには例外である、とうたわない限り、我らは恐ろしすぎて約束はできないのです」


ソンには不思議な話だった。友情も大切で、友が心を痛めると自分も痛める。それは人間も同じである。しかし、そう言って、口実にして攻めることもできる。これでは、いくらでも口実を与えることになってしまう。


「もちろん、書かれたものの中にはありません。立ち会った者達の中で確認した内容です」

「それでは、ないのも同じこと」

と言ったのは、パソンだった。ソンもうなずいて、

「書かれていない約束はないのと同じです」

アーヘルゼッヘはほほ笑んだ。


「あの時立ち会った人間も同じことを言いました。しかし、我らはそう言って協定を結んだのです。その時には、口頭での約束ならと人間も受け入れましたが、協定は有効です」

「しかし、当事者を集めて確認しなければ、それが有効かどうかなんてわかりません」

パソンの気難しい声に、アーヘルゼッヘは首を左右に振った。


「お忘れですか? われわれ北の者の中には、嘘をつけないものがいます。レヘルゾンと言うありすぎる力にとらわれている者達です」


自分もその一人なのだが、レヘルゾンは北の館に認められている者達だ。誇り高い、北の主に忠誠を誓い、それを許されている者達だった。今のアーヘルゼッヘにその資格があるとは思えなかった。成人して、北の館に戻ったとして、もしも許されるのなら、あの誇り高い仲間の一人として働きたいと願っている。今は、願いでしかない。


「それは、聞いたことはありますけれど」

そんなことは信じられないと言う顔だった。

「単なる体質です。嘘は言えませんし、彼らが言ったことは本当です。そして、彼らが言っている真実を覆せるものはこの世にいません」

「大げさな話ですわ」

と言うパソンに、アーヘルゼッヘは、

「もし、空は黄色だと彼らが言えば、空は黄色に染まります。ですから、彼らは嘘が言えないのです。協定も同じです。もしも彼らが、真実の協定としてすべてを文書にしたいと言ったとします。そうしようと同意をすれば、誰も疑わずに、追記としてえがかれていますよ。そして、すべての人々があったことだと信じます」

「なにか、恐ろしい感じする力です」

「ええ。ですから、彼らはレヘルゾンなのです」

「それはどういう意味ですか?」

「誓いを立てて生きるもの、と言う意味ですよ。誓いのおかげで自由が利かなくなりますが、周囲は安心して近寄ることができるのですから。穏やかに生きていきたいと思う力あるものならば、レヘルゾンになりたいと思うでしょう」


「地位と名誉があるからではありませんか? レヘルゾンになりたいと思うのは」

パソンは、深層の巫女姫の割には、辛辣だった。人々の悲しみや憤りを日々、神殿の中の暗がりでなだめるために聞きつづけているせいもあったのだが。それでも、十四歳とは思えないほどしっかりしていた。アーヘルゼッヘの方が、ずっと深層の姫君のように見えた。と、ソンは思った。あながち、チウ閣下が言った、北の深層の姫君が迷い込んだ、と言う話も嘘じゃないかもしれないと思うのだった。


「もちろんです。地位も名誉も、権威と義務と誇りと喜びを与えてくれます。欲しがらない者はあまりいません」

「正直ですのね」

「ええ」

「ならば、あなたには、その大事な友人の居場所がわかってらっしゃるの?」

とパソンが聞いた。アーヘルゼッヘは悲しい気持ちになった。疑っているのが声でわかった。信じていないのも空気でわかった。そのすべては、人間なのだから仕方がないとあきらめられる。しかし、この事実だけは諦められない。

「居場所はわかりません」

「あなたの友人は、チウ従兄上だけですの? 都に別の友人がいるのではなくて?」

と聞いてくる。


「どういう意味でおっしゃっていますか?」

「北のもっと優先する友人がおられるのなら、そちらの意思を先にしたとしても不思議ではありません」

と言って、アーヘルゼッヘを睨みつけた。

「あなたをさらって、チウを代わりに帝都へ渡した、とおっしゃりたいのですか?」

「私は、あそこから出てはいけなかったんです。なのに、ここへ連れてこられた。私が消えて喜ぶのは、都を移したい大公家の者達だけです」

「それなら、あなたが火に飛び込んで喜ぶのも大公家とかいう人々だけではありませんか!」

「まさか! 私が火の神に嫁いだら、数年はみな都で頑張っていこうと思います」

「そうしたら、日照りも収まるとでも言いたいのですか?」

「私が神に頼みにまいるのです。もちろん、収まるはずです」

アーヘルゼッヘは考えた。そして言った。


「それなら、火の神に行くのではなくて、水の神にもっと頑張ってくれと言いに行く方がいいのではありませんか?」

「それは…」

とパソンは口ごもった。

「つまり、そんなにいろいろな手があると言うのに、単純に火の神に嫁げばいいとだけ思っているのでは、おちおち都にいさせられない、と思うのも無理ありません」

「わたくしが単純で無計画だとおっしゃりたいの?」

「勇気がありすぎるせいで、チウが心配していたのだと申し上げたいだけですよ」

パソンは黙り込んでしまった。


ソンの部下が、野戦用にそろえた肉を水で戻して煮てくれた。変わった風味で不思議な味だ。パソンは肉は食べられないのです、と言いながら、水で戻した香りと薬草の入った粥を口に運んだ。質素だが、穏やかな夕食だった。農家で分けてもらった果実をつぶしてジュースにし、小さな器に薬草と混ぜて飲む。穏やかなここちのする飲み物だった。


アーヘルゼッヘは食事をしながら、心の網を外した。嵐のようなパソンの迷いの心を感じた。周囲の外敵からパソンとアーヘルゼッヘを守ろうと、針金のように神経を研ぎ澄まして警戒にあたっているソンの心の動きを感じた。


穏やかな風に交る、森の獣たちの寝息や、満ち足りた食事に心を震わす獣の姿や、消え入る命が薄らぐ様子が、どっと身体に押し寄せた。アーヘルゼッヘは軽く眼をとじ、森から外へ意識を広げた。


天上には美しい半月が輝いていた。荒涼とした砂漠は、砂に混じったガラス質が反射して白く美しかった。遠い稜線には大地の暗い影が落ちる。アーヘルゼッヘは大陸を見渡すように上へ上へと意識を飛ばした。砂漠は平原になり、ところどころ町が見え、海岸線が視界に入る。明るい街の光が海岸線にところどころ宝石のようにちりばめられて、北へ北へと延びている。


アーヘルゼッヘがじっと海岸線にそって光を追いかけていると、まるで真昼のような輝きの場所を見つけた。中央にそびえる山から、四方に流れ落ちるように光が広がっている。

「帝都だ」

と上空で見下ろしながらアーヘルゼッヘはつぶやいた。と、

「帝都ですって?」

と言う声に、森のテラスに引き戻された。目の前に座る少女が、アーヘルゼッヘの膝に手をおいて乗り出すように目を覗き込んでいる。

「巫女姫さま?」

「パソンです。チウ従兄上さまをチウと呼ぶのなら、私もパソンと呼んでいただかなくてはなりません」

と、鼻のすぐ先に顔がある。アーヘルゼッヘの膝に全体重の乗せているように重い。


「帝都を見ていたのですか?」

「上空から見下ろしていただけです」

パソンは、目を見開いて顔をさらに近付けた。

「本当ですの?!」

「嘘は申しません」

「なら、どうです。都は。わたくしの帝都はどうなっていました?! 何か変わったことはありませんか?!」

と言った。


言ってから、顔を近づけすぎていると気づいたのだろう。慌てて離した。しかし、膝に手を乗せたままだ。アーヘルゼッヘは女性には見えない。が、巫女には性別がわかるのかもしれない。とてものびのびして見えた。アーヘルゼッヘは自分より年下と話したことがない。北大陸にはいないからだ。これが子供の振る舞いなのだろ負うか? と思いながら、それでも真面目に答えた。


「恐ろしく明るかったですよ。中央の山から光が川のようになって四方に広がっていました」

「ええ。月が中空を過ぎるまでは、明かりを使ってもいいと言う法令があります」

「あれは、普通の町の明かりなんですか…」

アーヘルゼッヘは言葉少なに驚いた。

「それで、他には?」

「まだ、下へ降りてみたわけではありません。ですから、それ以上は」

「またできますか?」

「ええ」

「やっていただけますか?」

「邪魔をなさらなければ」

パソンはむっとした顔をした。


しかし、遠くへ心を飛ばすには、近くの大音響の心の響きを聞かなければならない。やっとそこを乗り越えて、都へ飛んだと言うのに、あっという間に引き戻されてしまったのだ。これが子供の振る舞いだとしても、微笑ましいとは思えなかった。と、ソンが、

「だから、北の方が力を使われているだけだと申し上げたのです」

と遠慮がちに言った。と、パソンが、

「気配がほとんど消えたのですよ! あれが人間だったら死んだもどうぜん。心配しなくてどうするんです!」

と口を尖らせて文句を言った。

「私はそう簡単には死にません」

「ええ。北の方ですから。知ってます。でも、心配するのは巫女の性です」

と言って、つんっとしてしまった。


アーヘルゼッヘは、不思議なものを見ているような気がした。気配が薄れた程度で、相手の生死を心配する。北ではありえないことだ。これが、命がはかない者達の、互いに助け合って生きている者達の心の動きなのだろうか、と考えた。そして、だからこそ、心の声が大きいのかもしれない。遠く、帝都へ延びた自分を、引き戻してしまうほどの声を、持つ。きっと、人の命をそうやって互いに引き留めあっているのかもしれない、と考えたのだった。


ともあれ、アーヘルゼッヘは、感謝をした。心が心に触れたとき、慌てて戻らなければならないと思うほど暖かだったのだ。パソンの言葉に嘘はない。

「ありがとうございます。私は大丈夫ですから」

パソンは無言でうなずいた。巫女は人の生死にかかわる場面で神に祈りを捧げる仕事をする。アーヘルゼッヘは知らないのだが、自分が引き止めそこねたばかりに亡くなっていく命がある、とパソンは信じていたようだ。少しでも、そんな消えゆく命を減らしたいと願っている。すべての救うべき命は救っている、とすべての人々が思っているせいで、パソンは自分の願いを語ることはできなかった。ただ黙ってうなずくだけだった。


「それでは、ちょっと失礼します」

とアーヘルゼッヘは言った。と、思うと、すぅっと空気が薄れた。少女が穏やかに手を組み合わせて膝の上において月を見上げた。そして、目を閉じ何かを唱えた。唱えたとたん、アーヘルゼッヘの周囲にあった音が消えた。あれほど、心の耳に負担になる、人々の不安や悲しみ、憤りと言った負の感情が、穏やかな優しさに入れ替わっていた。


 空へ上り、森を上から見下ろした。すると、やさしい白い光に包まれていた。

「これが巫女の力か」

とアーヘルゼッヘはつぶやいた。帝都にいなければならない、と言った、少女の言葉の意味がわかったような気がした。人間の集まる場所は、あんな小さな砂漠の町でも負の感情であふれている。それが、あの広大な帝都ともなれば、どんな負の感情が都をむしばんでいたとしてもおかしくない。


アーヘルゼッヘは、一瞬目をつぶった。先ほど見た景色は鮮明で、すぐにその景色の場所まで意識を飛ばせた。見降ろすと、山の頂上から、北にかけて町の明かりが落ちている。帝都周辺には城壁が取り巻いていた。古いものは山裾にあり、平原の中央にも低い厚みのある城壁があり、最後に、草原と町との境目に、まだ造りかけの城壁が伸びていた。長い年月をかけて、巨大に膨れ上がっていく都だった。


城壁の外近くはすっかり明かりが落ちていた。帝都をぐるりと囲む壁の明かりが縁飾りのように見える。中には山に向かう広々とした道があり、城壁にそって伸びている。アーヘルゼッヘは、チウの心の声を探した。


パソンの力は砂漠までしかないらしい。帝都は寝静まった人々もいるとはいえ、アーヘルゼッヘにとっては騒音の渦の中だった。そこから、チウの心の溜息でも聞こえないかと耳をすませた。場所が分かればまだ分かるのにと、上空を大通りに沿って山へ向かう。


チウの声は聞こえない。アーヘルゼッヘは心のかせをさらに外した。どんっと胸を叩かれたような感じがした。恐ろしく強い力がアーヘルゼッヘを下から上へ押し上げる。心の声の水流が胸にどっと当たったように感じた。それでも、そこから、下へ潜航する。


ゆっくりと人の声と心の声をくぐるように、負の感情が濁流となって足をさらう。が、それもチウがこんな心の声はしてない、と言う思いがわくと、不思議なほど気持ち良くかいくぐれる。目指す声を信じていると、なんて探しやすいのだろう、と思いながら、大通りに立つ。


真正面には二つ目の城壁の門扉が見える。アーヘルゼッヘはまっすぐ進んで厚い門扉を空気のように通り抜けた。そして、山の上にそびえる白亜の宮殿を見つけた。上からでは分からなかった白い光る壁が、山のふち飾りのように見えた。

「音がいっさい流れてこない」

とアーヘルゼッヘは気がついた。白亜の宮殿からは何の音も聞こえない。もちろん、なくなる時の恐怖の名残や、寝静まった後に聞こえる寝息のような心のつぶやきも。人間はおろか、獣も虫も。なにもかもが静まり返ってしまっている。

「不思議だ」

そう呟いて、アーヘルゼッヘは大通りをさらに山へと歩き出した。と思った瞬間、強烈な何かにぶつかった。目をたたかれたような感じがした。あっと思った時には、森のテラスで、額に手をやって座っていた。


「大丈夫ですの?」

とパソンが心配そうな顔をしていた。長い時間がたったらしい。お茶の支度も終わって、ソファーで休めるようにクッションが並べてあった。パソンはそこで待ちくたびれたらしく横になっていたようだ。今は、体を起こして、アーヘルゼッヘへ傾けている。

「大丈夫です」

そう言って、おでこをこする。ひりひりする。あの強烈な壁は身体に影響するほどリアルだったと言うことだった。


「山は静かで、中の音が外へ漏れないようになっていました」

「機密を守らせるために、ガードが張ってあると言う噂だわ」

「じゃあ、あれが普通なんですか…」

とアーヘルゼッヘは驚いた。そして、さらに、

「壁があって中には入れませんでした」

「力のベールがかかっていると言うのは本当のことだったのね」

アーヘルゼッヘは何となく面白くなかった。

「入れないと知っていて、私に入れと言ったのですか」

「まさか! だってあなたは、私を引き出せるほど奥まで入ってきてわけですもの」

「奥? 宮殿の奥だったんですか。あそこは」

「ええそうです。巫女姫が神殿と宮殿以外のどこに行けると思ってらっしゃるのかしら」

そうため息をついた。

「お従兄様は、王宮のどこかですのね」

「町中ではないと思いますよ」

雑音の中でも、あの穏やかな声ならきっと聞こえているはずだ、とアーヘルゼッヘは思った。そのくらい、力を解き放っていた。と、思うと、パソンは、

「真白でしたわ」

「何がでしょうか?」

「あなたです。まっ白い光に包まれていました。美しい光の輪に包まれていて。今度は、何をおっしゃっていても声をかけられませんでしたわ」

恐ろしかったらしい。しかし、巫女姫は、恐ろしい、と言う言葉をはずして語りかけた。やさしい気遣いを感じた。

「そうですか。ひかりましたか」

と言って、アーヘルゼッヘは黙り込んだ。今度は、チウではなくて、もっと別の気配を探して周囲へ見えない手を伸ばした。


 森の中へ延ばして、外へ出ると木々の上から空を見上げた。月が白く輝いている。すべてを吸収していてくれたら、きっとアーヘルゼッヘの光は見えない。しかし、見ようと身構えている人々には、きっとすべてが丸わかりだ。

「今、捕まるわけにはいかない」

とアーヘルゼッヘは思った。声になっていたらしい。パソンが、答えた。

「ええ。わたくし、今捕まるわけにはまいりません」

と固い決意に満ちた声だった。アーヘルゼッヘが、地上に降りて見た、三度目の少女だった。少女は、ソファーの上で身を固くして、両手でドレスを握りしめている。先ほどのお茶や食事のときと同じように座っているのに、緊張感はまるで違う。

「チウ従兄上のお屋敷は北の草原の入口にあります。そこにいないのなら、宮殿にとらわれているのでしょう」

「場所が分かっているなら、また、もう一度見に行けば」

とアーヘルゼッヘは言ったのだが、パソンは首を横に振った。

「どうしてです? 別に疲れたりはしません」

「わたくしがもちません」

と少し残念そうだった。見ると、顔が青ざめている。


「あなたの光は大きすぎて、町まで届く勢いでした。みんなで毛布や囲いで隠そうとしたのですが、物理的な物はすべてすけてしまいます。それで、わたくし、神々に祈っていたのです」

パソンに言われて周囲を見る。アーヘルゼッヘは、座卓として、テラスの板の間に柔らかい茣蓙を敷いて直に座っていたのだが、周囲に美しい色の掛け布が散らばっていた。また、衝立があったり、壁を支えている兵士がいたりした。果樹園を見るときにいた兵士だ。見ると、こわばった顔で視線を下へ落としていた。アーヘルゼッヘは自分の腕を見た。特に光っていない。力はセーブできていたはずだ。


なのに、膨れ上がるほどの光が出たとは、

「申し訳ない。抑えていたつもりなのに、北とは条件が違うらしい」

と後悔しながらつぶやいた。

「いいえ。頼んだのはわたくしです。それに、あなたは神々の加護のもとにいるのだとわかりましたから、わたくしとしては安心ですし、いいことばかりです」

「神々の加護?」

「神々にお願いしたのです。あなたの光で、町の人をおびえさせたりしませんようにと」

アーヘルゼッヘは、少女の顔をまじまじと見た。真剣な顔だ。白く小さい顔でしっかりと濃い色の眉で、意思が強そうに見えた。口元は赤く血気盛んに見えるのだが、頬が幼くやさしげに見えた。その顔を見て、

「祈ったおかげで私の力が引いたのですか」

と言った。言ってから、森を覆うほどの穏やかさを生んだパソンの祈りに思いをはせた。あれを、天上の神に向かって祈りとして捧げたのなら、喜んで応じた北の者は、一人や二人ではなかったはずだ。アーヘルゼッヘがここにいる、と今では間違いなく、北中の人間が知っている。


「なのに誰も追手が来ない」

とつぶやいた。それに誤解をしたらしい。

「わたくしとっさでしたから、町で気づいたものはいませんわ」

と誇らしげにいう。

「すいません、ありがとうございます」

とアーヘルゼッヘはあわてて言って、空を見た。


 なぜ、誰も追ってこないのだろう。そんな価値もないと思っているのだろうか? それとも、北で何か大事が立ち上がったのだろうか? なんだか胸騒ぎがした。

「帝都のガードをしているのは、どんな北の者なのでしょう?」

「北の方? まさか。あの高貴な方達が、たかだか人間のために都に着たりはしませんわ」

「しかし、北の力を使っています」

「それは、遠い昔に北の血を引いたものがいたからですわ」

と少女は誇らしげにいった。が、アーヘルゼッヘは目を見開いて首を左右に振っている。


「数十万年前に、人と北とが別れてから、種は交われなくなっているんです。我らの血を引く者が人間にいるのなら、しかも、一つの家系に面々とつながれていくのなら、一つではないはずです」

「ええ。そう言った家計は、大陸に三つ。私の母の家と、帝国と、小大陸の一つの山岳民の中に隠れ住んでいる人々と」

と言っている。アーヘルゼッヘは、首を左右に強く降る。


「そうじゃないんです。たった三つに受け継がれるほど濃く受け継がれるなら、大小様々な混ざり方をした人々が南中にあふれているはずだ、といいたいのです。北と南に差がなくなっているはずだ、と言いたいのです」

「わたくし達は、神々に祈りをささげているから、こうやってその血を分けていただけたのです。他の家計はそれをしなかったから」

「数十万年前に、帝都は存在しません。南にあったのは、小さな集落と広大な自然だけです」

むっとした少女は、姿勢を伸ばした。


「私の家計を侮辱したいのなら、はっきりとそうおっしゃって」

「違います。侮辱したいのではなくて、北では研究が進んでいるんです。同じような見かけで、同じように心の動きを追えるのに、なぜ、種が交わらなくなっているのか」

「それで、人間を侮辱することになさったのですね」

「違います! あなただって、帝都ができたいきさつを知っているはずです。ずっとあそこにあったわけではないんですから」

「それは。そうですけど」

「なら、帝国だって、ずっとあったと思うほど、あなたも幼くないはずだ!」

と言ったとたん、少女の手が伸びてきた。と思ったら、平手をくらった。

「私を年で判断するのは許しません。巫女になるだけの知識を得、祭司を任されるだけの力をつけて来たのですから」

アーヘルゼッヘは、驚いて頬に手をあてたのだが、小さな少女を見て、それから、笑った。笑ったアーヘルゼッヘを見て、パソンは腹を立てた。顔を赤くして、

「何を笑っているんです! 小さな子供が虚勢を張っているようにしか見えないとでも言うのでしょ。あなたは、わたくしの仕事ぶりを見たことがないから」

と甲高い声で叫びだす、パソンにアーヘルゼッヘは片手を振って止めようとした。が、その手をたたき落して、

「北の方だと思って、わたくしへの無礼は何もかも許していたと言うのに。わたくしを侮辱すると言うことは、わたくしをお選びになった皇帝陛下をも侮辱する、といことになるのです。許せない。許せません!」

と最後の怒りは、ヒステリックなものじゃなかった。誇りをかけた本物の怒りだった。


アーヘルゼッヘの顔から笑いが消えていた。

「申し訳ありません。あなたを笑ったわけではなかった」

「言い訳ですか」

「違います。私は、北で、もっとも幼いものです。誰かを子供扱いすると言う感覚さえないほど、私は自分より年若いものと接したことはなかったのです」

「御いくつですの?」

「まだ百にもなりません」

「八十歳くらいですか…」

と聞く声は気落ちしていた。そんなに年上なら、自分が子供扱いされても仕方がない、と思ったらしい。アーヘルゼッヘはそんなパソンの微妙な心は分からなかった。

「いいえ、さすがにそこまで幼くはありません。九十を超えているのですが、百になるのを待って成人になろうと思っているのです」

とこの声も沈んでいた。アーヘルゼッヘは言いながら思っていた。目の前の、たった十四年しか生きていない少女は、その力も努力も認められて仕事を与えられているといのに、自分は、百近く生きても、成人には向かないと思われているのだ。実際、そう言われてしまったのだ。


「あなたを侮辱するつもりはありませんでした。むしろ、その若さで責任を任されていることに敬意を覚えます」

「若さは関係ありません」

「ええ。しかし、私は若さを理由に、今まで子供のままでした。それを思うと、あなたをうらやましく思います」

「そんな。だって、あなたがたは、数千年も生きるのですから。私たちの年にすれば、まだ、十にも満たないのではありませんか?」

「え、そんなに若くなってしまうんですか? 人間に換算すると…」

さすがに、それは乳飲み子だと言われているような気がして気分が悪かった。パソンは聖女のごとく微笑んで、

「神々があなたをかくあれと望まれたのです。成人が遅れているからと言って恥ずかしがることはありません」

と穏やかに言った。しかし、聞いていたソンは、むせたようだ。見渡すと、衝立を片していた兵士も、さっきと違った意味で視線を落してみなかった顔をしてあげようと言う、いたわりの空気を湧きあがらせ、そそくさと下がって行った。


「わたくしも帝都の成り立ちを存じています」

パソンは話題を変えた。そこに心配りを感じた。しかし、何に対してだろう、とアーヘルゼッヘは首をかしげる。若い人間の男性は、成人になるために女性と関係するものだ、と言うことをアーヘルゼッヘは知らなかった。そして、さらに、百年近くも女性知らずの男だと誤解されて、同情されたのだ、と言うことも分からなかった。


兵士たちの中には、アーヘルゼッヘが女性だと聞いても信じられない者もいる。おかげで、十四歳の小さな巫女姫が、百歳近いアーヘルゼッヘを同情した、と言うのがあまりにおかしくて、もとい、可哀そうな気がして慌てて離れて行ったのだった。アーヘルゼッヘは周囲の憐みの真ん中にいた。そんな経験は初めてだった。不思議な空気の流れだった。悪くはないが、何となくいたたまれない気がするのはなぜだろう、と考え込んだ。


そんななか、パソンはまじめな顔で、せっせと話題を変えていた。

「神々が南の大陸に降り立って、人々が生きやすいように、水を地下に埋められたのです」

「五千年ほど前の話ですよね」

アーヘルゼッヘにとっては神話ではない。誰かに聞けば当時のことが分かる話だった。パソンもそれに気づいたらしい。軽く咳払いをして、嫌そうな顔をしたが、つんっと澄ました顔を作り、

「もとい。神々がきっと水を大地に引いてくださったのだろう、とわたくしどもは思っております。大陸の中央で風土病におびえていたわたくし達の先祖が、水を見つけて救われたのですから」

と言いなおした。


 確かに、救いの先に水があったのなら、神々の恵みだと思うようになるかもしれない。

「でも、わたくしどもが高慢になり、大陸の覇者だと言い始めたおかげで、水は日に日に枯渇しています。神は謙虚で公平なものを貴びます。人の命を大事に思って、助けあいながらたどり着いた私どもの先祖は、神々にとっては大事な子らだったのです。しかし、今は…」

「なら、大地の神に嫁いだら、そうしたら…」

と軽く言おうとすると、厳しいまなざしが止めた。


「地下水が減っているのです。巫女が嫁いだくらいで、湧き出してくるものなら、何人だって嫁ぎます」

と現実的なことを言った。


「なら、火の神に嫁がなくても」

「ええ。先ほど伺いましたから、言いたいことは分かります。無謀だとおっしゃりたいのでしょう。日照りは止まりませんもの。でも、あと数年の間があれば、別の地下水路を見つけ、水を引く方法を見つけられます。その余裕があれば、わたくしどもも混乱なく、みなが自分の人生を過ごすことができるんです」

「もしも見つからなかったら?」

「見つかります」

「それこそ、北の者に頼んで探してもらえばすぐにわかるのではありませんか?」

「そうして、北の力を使い、巨大な力を使えるものとして恐れられ、帝国じゅうに恐怖政治を引くのですか?」

「恐怖政治を引かなくても」

「わたくしは幼く詳細は分かりませんでしたが、大戦の間中広がっていた人々の恐怖は、言い知れないものがありました」

「ならば、私が探して、お教えすれば」

「それではだめなのです! もちろん、背に腹は代えられません。もしもの時にはお願いするかもしれません。しかし、恐怖政治の復活だ、と扇動し、人々を内乱に導こうとするものもいるのです。そんなやからに、わたくしたちの大事な帝都を揺るがしにさせるわけにはまいりません」

と断固とした声で言うのだった。


「チウは、それで、火の神にささげられるのですか?」

「それはありません」

「なぜです? あなたはあれほど慌てていたではありませんか」

「火の神は男神です。チウ従兄上が行かれても喜ばれるとは思いません」

「そうですか…」

となんだか力が抜けた。が、

「では、何で、代わりにと言われるのです」

「水を祭る祭りがあります。噴き出す水を、帝都の巫女が操るのです。水栓口に蓋をして巫女が棒でたたくと水が噴き出してくる儀式です。それをすれば、繁栄のしるしとして人々が今年も穏やかに暮らすことができる、と信じることができるのです」

「それが地下水が少なくなっているから、吹き上がらなくなっている、と言うことですか」

「ええ。チウ従兄上なら、その工夫をできると言うのです。水を大量に入れるか、ふいごで空気を地下に入れれば、その瞬間だけでも水が噴き出る仕組みを作れる、と言うのです」

「なのに、ここへやってきた?」

「ええ。水の種がここにあって、持って行く、と言うことになっているからです」

「大祭の後に、水の種を帝都に運ぶ。そして、噴水からいつものように水がでる」

「水の枯渇は噂になっています。取水制限も始まっています。ですから、噴き出た水も工夫だけだと噂になれば、儀式の意味がありません。パニックにでもなれば、暴動になります。穀物価格が上昇して、暮らしは日々悪くなり始めているのですから」


「なら、チウが速く帝都に戻れた方が、みんなにとって都合がいいのですよね。細工をする時間が長ければ長いほどいいはずです」

「でも、細工程度で、人々をごまかすなど、わたくしは嫌です」

「水を真剣に引く方法を検討させるために、焼身自殺をする、と言うことですか」

とアーヘルゼッヘは怒っていた。

「人を怒りや恐怖で操るなど、ひどいものです」

「しかし! 本当の恐怖で必要もない暴動が起きて命を落とす人々がでるよりずっとましです。神殿には、毎日、毎日、不安を訴える人々が押し寄せているのですよ。先月よりは今月と、その数も増えています」

「どうしようもできない恐怖から逃れたい、と言うことですか」

「あなたに何がおわかりですか! 何でもできる能力があって、どこにでもいける。必要な時に必要な場所に移動できる。みんなそれぞれが一人で生きていける。そんな方々に、わたくしどもの悲しみや辛さなどお分かりにはならない!」

アーヘルゼッヘは黙り込んだ。目の前の巫女姫は、座ったままドレスのすそを握りしめていた。そして、

「水の種があるのなら、借りていきたいのです」

と言った。

「わたくしは、水の神にもお祈りしなければなりませんでした。それをすっかり忘れていたのは巫女姫としての怠慢です。ここで、この祭りで、祈りをささげて、ほんの半年。無理なら一月でもいいのです。水の種をお借りして、帝都の地下水を潤わしたいのです」

「水の種はありませんよ」

アーヘルゼッヘは事実を述べた。真剣な検討をしている者に、惑わすような情報は哀れに思ったからだ。が、ひどい事実だったらしい。十四歳とは思えないほど苦い顔をして、

「存じています。ただ、帝都の水の神は、今は青息吐息です。豊穣の神がおられるこちらで神にすがるのが一番の道筋です」

アーヘルゼッヘはじっと少女の顔を見た。本当のことを言っているように見えなかったからだ。少女は深くため息をついて、疲れた顔で言った。


「地下水脈をくみ上げて、帝都へ送る手段がないか、町の人間と話してみたいと思うんです」

「砂漠を通るうちに干上がってしまいますよ」

「ええ。ですから、地下水路を作るんです」

「数年でできるのですか?」

時間をかけてもできないこともある。地下の岩盤の強さは掘るのに向かなかったり、砂のような大地のせいで、水路にならなかったりする。北の者でもできることとできないことがある、と言うことを学ぶ時によく出される例だった。

「わかりません。でも、何もしないでいるよりは!」

「遷都をしたらどうですか? 数年もあれば、肥沃な大地に移れるでしょう」

「その移動先の領主や王国と、数年かけて折衝するのですか? 時には武力に物を言わせて?」

「誰も使っていない大地があれば…」

そんな大地は人が住めないから住まないのだが。


「砂漠から水を引く覚悟があるなら、どんな大地も肥沃な大地になるでしょう」

パソンはうなずいた。が眼はどろんとした、力のないものだった。

「私の友人が頼めば、私は必ず動きます」

と力づけようとした。するとパソンは、

「ええ。本当に。お願するのが一番かもしれません」

とつぶやいた。そして、

「でも、なんで、北の方にできてわたくしたちにできないんです?! 大戦でわたくしたちは対等でした。わたくしたちは負けなかった。わたくしたちは生き抜ける力と誇りがあるのです。わたくしたちの手で、わたくしは生きたい。わたくしは、わたくしを信じたい」

その目は涙で潤んでいた。


「あなたがたには分からないと思うのです。自分達がつまらない生き物のようになってしまう瞬間があるんです。あなたがたが話していることを聞くと。あまりに何もできなくて。でも、わたくしは知っているんです。小さな努力の積み上げで、びっくりするくらい大きなことができるんです。ですから、その力を信じて、自分はちっぽけな生き物じゃないと信じたいんです。みんな、南の大陸に住む者達は、大切な未来を切り開いていけるほど自分達は力強い生き物なんだと信じたいんです」

「私たちも無力感を感じることがあります」

パソナの目を見てさらに言う。

「本当です。誰にも助けられない者が、大地に眠っているんです。だから友人のためには動きたいと思うんです。助け合いたいと思うのですよ」

「ありがとうございます」

そう言って、パソンは静かにほほ笑んだ。


 力強い祈りの言葉をつぶやく少女は、大陸に住むすべての人々のために祈り続ける小さな聖者だった。アーヘルゼッヘは心が動いた。

「大祭は明日です。いっしょに参りましょう。大陸中の人々が集まるそうです。誰かが何か、いい知恵や知識を持っているかもしれません」

「そうですね。そう。チウ従兄上がしようと思っていたことです。私と入れ替わりになってしまったんですもの。私が代わりにやらなくては」

そう言って、こぼれそうになっていた涙を慌ててぬぐった。


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