第八章
第八章
「ねえ、正義さん。真実が知りたいですか?」
「いや、別にいい」
シリアスな様子で告げるマオーに、正義が間髪入れずに答える。
「ええ! そんなぁ。ここは空気を読んで知りたいって答えましょうよ。ココ、きっと大事なところですよ。物語のヤマ場的な」
「だって、それ聞いたらもう後に引けないじゃん。どういう事情があるのかは知らんが、お前、完全に俺を巻き込む気だろ?」
「う!」
「というわけで、何も事情を知らない俺は、魔王軍を抜けて元の世界に帰る。お疲れっしたー」
シュタッと片手を上げて、その場を去ろうとする正義。
しかし、それを止めたのは、マオーの次の一言だった。
「帰るってどこへですか?」
「えっ?」
冷たいマオーの一言に驚いて正義が振り向く。
「き、決まってんだろ。元の世界にだよ」
「帰れませんよ」
「何?」
「正義さん、ゴメンなさい。あなたはもう、元の世界には帰れないんです」
「ど、どういうことだ?」
「あなたはもう、この世界の囚人だからですよ」
「はあ? お前、ついに頭が……」
「ねえ、正義さん。あなた、さっき元の世界に帰るって言ってましたけど、元の世界ってどこですか?」
「そんなの俺が最初にいた世界に決まってんだろ。とりあえず、アキバまで送ってくれれば、あとは……」
「クスッ。最初にいた世界? それってどこのことですか?」
「だから、俺達が最初に出会ったアキバだよ。当たり前のこと聞くなよな」
「アキバ? ええ。確かにそうですね。ただし、現実のアキバじゃないですけど」
「何だと? お前、さっきから何言って……」
「珍しく察しが悪いですね、正義さん。私達が初めて出会ったのは、現実のアキバじゃない。だとすれば、どこのアキバなんでしょう?」
「ま、まさか……」
「そう、そのまさかです。実は私達が初めて出会ったのは、アーカディアのアキバエリアなんですよ」
「どういうことなんだ?」
「だから、今言った通りですよ。正義さん、あなたは私に連れられてシーディーに来たのではなく、すでにシーディーに取り込まれていたんです」
「はあ? 取り込まれる? 何言ってんのか、さっぱり分かんねえぞ」
「ほんとですか? でも、おかしいとは思ったでしょ? だって、そもそもこの世界は根本的におかしいところがあるんだから」
「…………」
「正義さんなら気づいてるはずです。そもそもここは異世界のはずなのに、何故、日本語が通じるのか?」
「…………」
「そして、異世界のはずなのに、何故こんなにも日本と文化が似ているのか?」
「…………」
「クスッ。少し昔話をしましょうか。昔々あるところに、病弱な少女がいました」
マオーは独り言のように喋りだした。
「生まれた時から体の弱かった少女は学校へもろくに行けず、入院と退院を繰り返す毎日。そんな哀れな少女は、ある日、自分が唯一自由になれる世界を発見しました。それが夢の中だったのです。眠って夢を見ている時だけ、少女は自由に外を歩き回ることができ、自分のやりたいことができる。だから少女は、いつしか夢から覚めることを拒絶するようになりました。そして、それが全ての始まり」
「…………」
「しかし、一つだけ誤算がありました。その夢の世界には、少女以外誰もいなかったのです。普通、人が見る夢の中には、誰かしら別の人物が出てきます。しかし、これまでずっと他者との交わりが希薄だった少女の夢の世界には誰も出てこなかったのです」
「…………」
「そこで少女は、自分の夢の世界に、同じく夢を見ている他者を取り込むことにしました。他者を取り込んだ少女の夢は、その他者の夢を吸い取って、少しずつ姿を変えていきます」
「…………」
「ようやくできた他者との交わりに感激した少女は、どんどん夢の中で他者を取り込み、自分の夢の世界を拡大していきます。それがCD。正式名称チェインドドリーム、繋がれた夢」
「…………」
「しかし、ここでまた誤算が起きました。取り込んだ他者が、少女の望むような人物でなかった時です。基本的に世間知らずな少女は、現実の世界が綺麗なものだと思い込んでいました。しかし、当然そうではない。現実には、醜くドロドロとしたものも溢れている。そういった負の夢を見ている他者を取り込んでしまった場合、彼らを排除する存在が必要となりました。それがガデアンズです」
「…………」
「ガデアンズは、少女が取り込んでしまった、少女が不快に感じる他者を排除するための存在。その力たるや絶大で、少女の作り出したシーディーは、まさしく理想郷と呼べるものになりました」
「…………」
「しかし、誤算は続きます。拡大しすぎたシーディーを、少女が制御しきれなくなったのです。ガデアンズは、少女の制御する世界の中でのみその力を発揮する。しかし、少女の制御を離れた世界では力を発揮できない。こうしてシーディーには、少女の望まぬ存在、異邦人が増え始めました。少女は何とか自分に制御できる世界を巨大な壁で囲い、異邦人から守ろうとした。それがアーカディア」
「…………」
「しかし、それでも異邦人達は、徐々に人数を増やして少女の制御下にまで押し入り、自分達の領土を拡大し始めたのです」
「…………」
「暴れまわる異邦人。すさんでいくシーディー。少女は悩み、そして考えました。シーディーを救うため、管理者ではなく支配者となることを。そして少女は、勇者となった」
「勇者は、異邦人達を排除ではなく、消去し始めました」
「消去ってのは?」
「……殺すってことです」
「夢の中で殺したって、死んだことにはならんだろ?」
「確かにそうです。普通ならそこで目を覚まして現実へと戻る。しかし、一度シーディーに囚われてしまった者はもう出ることができない。さっき、ガデアンズが排除した者達の話をしましたよね? 彼らはシーディーから排除されたわけじゃありません。あくまでも、アーカディアの表町から排除されたにすぎない。隔離エリアの奥にある牢獄、ドリームプリズンと呼ばれる場所にかつては囚われていました。少女が勇者となってからは、全員消してしまいましたけど」
「…………」
「そして、消去された者達はドリームダストと呼ばれる粒子へと姿を変え、今もこの世界をたゆたっている。勇者がイレイサーを使った後の残滓、あれがそうです」
「…………」
「アーカディアの人達は、平和をもたらした勇者を褒め称えました。少女は感動に打ち震えました。これまでの人生で、自分が他者から賞賛されることなどなかったからです」
「…………」
「その後、アーカディアの人達は、勇者を絶対的な指導者としてあがめ、忠誠を誓いました」
「…………」
「しかし、ここで最大の誤算が訪れます。少女が他者から賞賛される喜びを忘れられず、もっと賞賛を浴びたいと思うようになったのです」
「…………」
「賞賛は浴びたい。しかし、シーディーは平和。つまり、このままでは他者に褒めてもらえない。では、どうするか。少女は考えました。そして、導き出した答えは『敵を作ること』」
「…………」
「賞賛は敵を倒してこそ得られるもの。しかし、敵はいない。ならば、作ればいい。敵を連れてくればいい。自分が賞賛されるための生贄を。アーカディアの外から」
「…………」
「そして、少女は自分が賞賛されるための生贄を、定期的に無理やりシーディーに取り込み始めました。それが今のスラムの人達です」
「…………」
「ここから先は虐殺ショーです。敵を連れてくる。消去する。褒められる。この繰り返し。こうして、少女は、ダメだと分かっていつつも、賞賛されることの愉悦に抗いきれずにこのループを繰り返した。そして、消去するためだけにシーディーに取り込んだ人達に、アーカディアの民と区別できるよう鎖を巻きつけたような痣を付け、アーカディアの外へと追いやり、隔離しておくことにした。それがスラム。そして、使わなくなったドリームプリズンを、スラムから連れてきた人達を天下一武戦会まで捕らえておくための牢獄にした」
「…………」
「正義さんならもうお気づきでしょうけど、アーカディアとスラムとでは、住んでいる人達の年齢に大きく開きがあります。これは、消去すべき者を少しでも強く見せるため。相手が強ければ強いほど、それを倒した時の賞賛や尊敬の念は大きくなる。逆に子供や、弱いもの、というより弱く見えるものを倒したところで賞賛は得られない。故に、スラムにいる人達の年齢層は必然的に高くなった。子供よりも大人の方が強く見えるから」
「…………」
「でも、少女も心の奥底では分かってたんです。このままじゃいけないことが。だからこそ、心の奥底に眠る最後の良心を自分と切り離してシーディーに放った。自分の行いを止めるために。それがこの私」
「何!」
「しかし、良心と言っても勇者にすることはできない。それでは今の自分の二の舞になってしまう恐れがある。だから魔王にした。勇者に対抗できる唯一の存在である魔王に」
「…………」
「分かりました? つまりここは、勇者と呼ばれる少女の夢の世界であり、そして私は、その勇者から切り離されたもう一人の少女なんです」
「で?」
しばらくじっとマオーの話を聞いていた正義が、無表情で口を開く。
「え?」
「話は終わりか?」
「え? あ、はい。これで終わりです」
「そうか、じゃあ、やっぱり俺はもう抜ける」
「はい?」
正義の言葉を聞いたマオーが素っ頓狂な声を上げた。
「だから、魔王軍をやめるって言ったんだよ。あとはお前らで勝手にやってくれ」
「何言ってるんですか! また、他の誰かが消されちゃうかもしれないんですよ!」
「だから?」
「えっ?」
「そんなの俺の知ったこっちゃない。考えてみろよ、お前は当事者だから必死なのかもしれないが、何で俺が、そんな見たことも話したこともない他人のために命懸けなきゃいけないんだよ。俺はヒーローじゃないんだぞ。何を好き好んでそんな危ない橋渡らなきゃならないんだ。そういうことはヒーローにやってもらえ」
「でも、このままじゃ正義さんもここから出られないんですよ!」
「いいよ、別に」
「なっ!」
「だって俺、こっちの世界嫌いじゃねーもん。好きな子もできたしな。それにお前、一つ忘れてるぜ。俺には、痣がないんだよ」
「…………」
「つまり俺は、なろうと思えばアーカディアの住人にだってなれるわけだ」
「…………」
「勇者はアーカディアの人間は傷つけないんだろ? そして、痣の付いていない俺はアーカディアの人間になれる。ってことはつまり、アーカディアの人間になれば、俺が勇者に殺されることはないってわけだ」
「…………」
「夢と知覚できない夢は現実同じだろ? それでいいじゃん。帰れないなら帰れないで、俺はアーカディアで真央ちゃんと楽しく過ごす。っていうか、よく考えたら俺、これから真央ちゃんとデートじゃん。帰ってる場合じゃねえよ。というわけで、俺はずっとこっちでいいや。俺にとってはこっちが現実。元の世界が夢ってことバシ!」
正義の頬に強烈な痛みが走る。気が付くと、マオーに頬を張られていた。
正義がマオーを睨みつける。
「何すんだよ!」
「正義さんが馬鹿なこと言うからです!」
「はあ? 何がだよ? 普通は誰でも、自分にとって楽で幸せな道を選ぶだろうが!」
「それは逃げてるのと一緒です!」
「じゃあ、お前が死ねよ!」
「…………」
マオーの体が大きく震えた。それを見た正義が自分の失言にすぐさま気づく。しかし、今、胸につかえていた言葉は止めることができなかった。
「勇者とお前が同一人物だっていうなら、お前が死ねば勇者も死ぬんじゃねえのか?」
その言葉は、「死ね!」と言った時より、随分と弱い調子のものだった。
「……それができればとっくにやってますよ。でも、私は勇者のほんの一部。だから、私が死んだところで勇者が死ぬわけじゃないんです」
マオーが絞り出すような声で呟く。
「……と、とにかく、自分の尻拭いを他人にさせようとしてるお前が偉そうなこと言うな!」
「~~~」
正義の一言を聞いたマオーが、言葉を詰まらせて背中を向けた。
「……嫌いです」
「は?」
「正義さんなんて大嫌いです!」
「ああ、はいはい。そりゃどうも。お前に嫌われたって、俺は何とも思わねえもん」
「さっさとアーカディアでもどこでも行ってください。もう二度と顔も見たくありません」
「ケッ、俺だって、お前の顔なんてもう二度と見たくねえよ」
そう悪態を吐いて、正義は歩き出した。
▲▲▲
正義が去った後、あとを追いかけてきたらしく、凍姫、ポルルン、パルルンの三人がやってきた。
公園のベンチにポツリと座っていたマオーに、ポルルンが声をかける。
「ご主人様、心配した」
「……ごめんね、ポルルンちゃん」
「……正義は?」
「行っちゃった。魔王軍やめるって」
「……全部、話したの?」
「……うん」
マオーがうな垂れたままそう答えた。
「ごしゅ……」
「分かってるの」
マオーが独り言のように呟く。
「本当は分かってるの。正義さんの言った通り、これは私の不始末。だから私の手で何とかしなくちゃいけない。でも、私一人じゃどうにもできなくて。悪いことすれば魔王パワーが高まるのは分かってるけど、それじゃ勇者と同じになるんじゃないかと思うとそれもできなくて。だから、あの人に助けを求めたんです。あの人なら、ひょっとしたら何かいい方法を考えてくれるかもって」
「…………」
「でも、確かに正義さんの言う通りですよね。やっぱり、これは私が何とかしなくちゃいけないことだから」
「でも、ご主人様じゃムリ」
ポルルンはあっさりとそう言った。
「うぐっ! そうかもしれないけど、そこはほら、愛とか友情とか勇気とか、ピンチの時に発揮されるご都合主義的なパワーで……」
「絶対ムリ。だからあいつに頼んだ」
「うっ、そ、そうなんだけど……」
「もっかい、お願いしてみる」
「えっ? ム、ムリだよ。さっきひどいこと言っちゃったし」
「あの姿でお願いしてみる」
「えっ? でも、それは……」
「あの姿ならきっと大丈夫」
「…………」
躊躇う素振りを見せるマオー。そんなマオーを見つめて、ポルルンが自分の胸をポンと叩いた。
「ポルルンに任せる」
「えっ?」
「ポルルン、作戦考えた。だからポルルンに任せる」
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ではでは~