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ポンコツ魔王と大参謀の俺  作者: ポンタロー
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第七章

第七章


「あの正義さん、できれば人に迷惑をかけない方向でお願いしたいんですけど……」

 メイド喫茶ウルティマを閉め、じゃあ次はどうするかと考えていたある日、朝食後の居間で、マオーが突然そんなことを言い出した。

「お前、先日魔王喫茶を提案しただろうが」

「それはそうなんですけど、やっぱり人様に迷惑をかけるのは心苦しいと言いますか……」

「無理言うな。人がいなかったら、悪事を働いても意味ないだろうが」

「そこを何とか。また、真央ちゃんとのデート、セッティングしますから」

「よし、引き受けよう」

「早っ!」

「いや、待てよ。それじゃ足りんな。真央ちゃんの連絡先を教えろ」

「え? でも、真央ちゃん、スマホ持ってないですよ」

「嘘吐け。なら、どうやってお前は真央ちゃんと連絡取ってるんだ?」

「う! じ、実はこの近所に住んでまして……」

「アーカディア在住なのに?」

「うう……。わ、分かりました、正直にお話します。実は真央ちゃんにも魔王軍専用スマホをあげたんです」

「そんなことだと思った。じゃあ、電話番号を教えろ」

「ダ、ダメです」

「何! 何故だ?」

「そ、それは……。メ、メールアドレスなら教えますけど……」

「ふむ……、よし、いいだろう。何か、人に迷惑をかけずに悪事を働く方法を考えてみよう。ただし、報酬は前払いだ。あとになって、やっぱりやめますなんて言われてはかなわんからな」

「ううっ、分かりましたよ。はい」

 マオーが近くにあったチラシの裏にサラサラと何かを書いて正義に渡す。

 それを受け取った正義は、ニヤニヤしながら自室である物置に帰っていった。


▲▲▲

「ご主人様、だいじょうぶ?」

 チラシを受け取り満足した正義が自室(という名の物置)に戻った後、不安そうな声でポルルンが尋ねた。

「うん。とりあえず、こんなこともあろうかとってわけじゃないんだけど、新しいメンバー用のスマホのアドレス書いといた」

「でも、ホントに大丈夫なんでしょうか~」

 困ったような声で尋ねるパルルンの頭をマオーが優しく撫でる。

「大丈夫だよ。うまくやるから。そんなに心配しないで。こう見えても、私、最近正義さんの扱い方結構慣れてきたんだから。ご主人様に任せなさい」

 そう言って、マオーは力強く自分の胸を叩いた。


 その日の夜、魔王家の二階にある一室、マオーの部屋に正義を除いたマオーパーティー、マオー(現在はマスクを取った真央状態)、ポルルン、パルルン、凍姫の四人が集まっていた。

 六畳ほどの部屋で山ほど積まれたぬいぐるみに囲まれながら、今、四人の視線は、一つのスマホに注がれている。普段の四人は、みな、各自の部屋で別々に就寝しているのだが、今日はマオーが、みんなに相談があると言って呼び出したのだ。その理由がこちら。

(「何! 正義からのメール?」

 ボディソープに包まれたメリハリのあるその肢体を湯で流しながら、凍姫がマオーに尋ねる。

「はい。正義さんにメルアド教えてから、早速来たんです」

「何て書いてあったんですかぁ?」

 マオーとともに湯船に浸かっていたパルルンが、体を乗り出して尋ねた。

「えと、『こんばんは、正義です。メルアド、マオーから教えてもらいました。この前のデート、すごく楽しかったです。よろしければ、またデートしましょう。今度はマオー抜きで』だって」

「おお、デートのお誘い」

 そう言ったのは、湯船に顔半分まで浸かって、ブクブクと泡をたてていたポルルンだった。

「そうなんだよ~。何て返したらいいかな~?」

「『死ね』って返してみる。きっと、面白い」

「ダ、ダメダメ。それはいくらなんでも……」

「『身の程を知れ』なんてどうだ?」

「あの、ポルルンちゃんも凍姫さんも、もっと真剣に……」

「ご主人様はどうしたいですかぁ?」

 パルルンにそう聞かれ、マオーが正義との初めてのデートを思い出す。マオーにとっては、あれが生まれて初めてのデートだった。あの時、正義に取ってもらったぬいぐるみは、マオーのぬいぐるみコレクションの中でもさらにお気に入りとして大切にしている。正直、正義とのデートは、とても楽しかった。だから……

「うん。また……デートしてみてもいいかな」

「だったら、オッケーですって返すですぅ」

「いや待て、パルルン。そんなにあっさりとオーケーしたら、軽い女だと思われるぞ」

「うん。それはありうる」

「「ええ!」」

 凍姫、ポルルンの言葉に、マオーとパルルンが声を上げる。

「じゃ、じゃあ、どうすればいいんですか?」

「そうだな。……ここは一つ、焦らしてみるというのはどうだろうか?」

 自分も湯船に入りながら凍姫が言った。

「焦らす……ですか?」

「うむ。こう……なんというか……焦らすのだ」

「すみません、凍姫さん。もうちょっと具体的に言ってもらえませんか。私、今まで男の人と付き合った経験がなくて」

 凍姫が焦りの表情を見せる。

「いやその……、ぐ、具体的と言われてもだな。私も男と付き合ったことなどないから、何とも……」

 それきり二人が黙り込む。そして、それから一〇分が経過。

「ご主人様、凍姫、とりあえず、お風呂上がってから考える」

 黙りこむ二人にポルルンが言った。

「「え? 何で?」」

「パルルンがのぼせてきた」)

 というわけで、風呂上り後に、四人はマオーの部屋に集まっていた。

「で、正義さんになんて返事を返すかなんですけど……」

「だから、焦らすのだ」

「でも、凍姫さん。具体的に何て返すんですか?」

「そ、それは……分からないが」

「とりあえず、『いいですね、またお会いしましょう(仮)』って返したら?」

「何で(仮)なの?」

「何となく」

「……まあいいや。じゃあ、とりあえず『いいですね、またお会いしましょう』って返すね」

「(仮)は?」

「なしで」

「む~」

 ポルルンが頬を膨らませる。そして、マオーが返事を返してきっちり一〇秒後、ピピピ。

「早! もう返信来た!」

「う~む。どうやら正義は、随分と真央にご執心のようだな」

「ちょっと引く」

「ダ、ダメだよ、ポルルンちゃん。そんなこと言っちゃ」

「と、とりあえず、メール見てみようか」

 マオーが、スマホを操作する。

「え~と、何々? 『早速ですけど、明日とかどうですか? 僕、休みなんですけど。ぜひ、真央ちゃんに会いたいなあ♡』だって」

「ハートキモい」

「確かに」

「男の人がハートはないですよね」

「ま、まあまあ三人とも、と、とりあえず明日は予定もないし、いいですよって返信しておきますね」

 そう言って、マオーが手早くスマホを操作する。そして、返信してから、またきっかり一〇秒後に、正義からの返信が来た。

「えと、『時間と場所はどうしますか?』だって」

「ふむ。場所はまたアーカディアでいいのではないか?」

「それは無理ですよ。だって、マオー抜きでって書いてありますもん」

「あ、そうか。今までは、お前が正義の送り迎えをしたんだものな」

「そうなんですよ~。正義さんもそれくらい分かってると思うんだけどなぁ」

「きっと、そんなことにも気づかないほど、ご主人様に夢中なんですぅ」

「だったら、スラムでデートすればいい」

「え? でも、真央はアーカディア在住って設定だよ?」

「そこは秘密の抜け道があるとでも言っておく。正義は真央バージョンのご主人様にメロメロだから、そんな細かいこと気にしない」

「そ、そこまで単純かな? じゃあ、とりあえず三時くらいにスラムの……、スラムのどこにしよっか? 真央はスラムの地理にあんまり詳しくないはずだから……」

「大時計公園にすればいいですぅ」

「おお、パルルン、ナイスアイデア! 確かに大時計公園の大時計なら目立つからすぐ分かる」

「は~い。じゃあ、『三時に、以前魔王さんに教えてもらった、スラムにある大時計公園で待ってます』って返しますね」

 そして、またもきっちり一〇秒後に返信が来た。

「え~と、『了解です♡』だって」

「ハート超キモい」

「うむ。私なら間違いなく行かないな」

「……ハートはないですよね」

「は、ははは……」

 こうして、その日の夜は更けていった。

▲▲▲


 そして次の日、朝からいきなりテンション全開の正義が居間に入ってきた。

「よし、マオー。俺は今、魔王としての才能が欠片も見られない、しかも魔王の分際で他人に迷惑をかけることなく悪事を働きたいと寝言をほざく、ポンコツを通り越して軽く殺意を覚えそうなお前のために最高の作戦を用意した」

「うう、ひどいです。ひどすぎます。正義さん、ひょっとして、私のこと嫌いですか?」

「当然だ。お前は、俺が苦心して考えた作戦を片っ端から失敗し、あまつさえ、そのせいで毎回瀕死の重傷を負う俺が、お前に好意を抱いていると思うかね?」

「うう、思いません」

「そうだ、思えるわけない。もし、ここでイエスと答えたら、勇者ではなく、俺がお前を殺す」

「うう、目がマジですよ、正義さん」

「まあ、今はその話は置いといて。いいか、今回の作戦は誰も傷つけないし、金をボッタクッたりもしない。ただ、お前がちょっとばかり辛いだけだ。どうだ、できそうか?」

「だ、大丈夫です。がんばります」

「よろしい。ところで、一つ確認するが、お前、確か一七だよな?」

「へ? あ、はい」

「よし、完璧だ。では、とりあえずこの紙に書いてある場所に行って、ここに書かれている物を買ってこい」


 それから数時間後、正義に買い物を言いつけられたマオーが、ポンコツを使って魔王家の居間に戻ってきた。

 オコタでぬくぬくとしていた四人がそれを出迎える。

「おっ、戻ったか」

「お帰り」

「お帰りなさいです、ご主人様」

「無事でなによりだ」

 四人が口々にマオーの帰還を労う。

 しかし、いつもならその言葉にすぐさま応えるはずのマオーが、どういうわけかテーブルの上に正義に言いつけられたと思われる大き目の紙袋を置き、無言のまま正義に詰め寄った。

「説明してください」

 いつもとは違う迫力に満ちたマオーの声に、ポルルン、パルルン、凍姫の三人が何事かと顔を見合わせる。

「は? 何を?」

「とぼけないでください!」

 そんな中、一人涼しい顔でとぼける正義に、マオーがテーブルを叩いて声を荒げた。

「何で私が……」

 マオーがテーブルを叩いた拍子に紙袋が倒れ、中身が飛び出す。

「何で私が、こんなエッチなゲーム買わなきゃいけないんですか!」

 そう、マオーが買ってきた紙袋から出てきたのは、一八歳未満はお断りのゲーム、俗に言うエロゲーだった。

「説明してください、正義さん。でなきゃ納得できません。エッチなゲームを買うのが、どうして魔王パワーを溜めることに繋がるんですか!」

 憤懣やるかたなしといった感じで、マオーが正義に顔を近づける。しかし、正義は至極冷静に、紙袋からこぼれたエロゲーを一つ取り、その箱の側面に貼ってある直径二五ミリほどの丸いシールを指差した。

「これは何だ?」

「え! そ、それは、一八歳未満の人が買っちゃいけませんっていうシールですよね」

「そうだ。これは○ンピュータ○フトウェア倫理機構が配布している、一八歳未満はプレイお断りのシールだ」

「そ、それが何だって言うんですか?」

 マオーの反応に、正義がため息を吐いて首を振る。

「やれやれ、まだ分からんのか? マオー、お前いくつだ?」

「じゅ、一七歳ですけど……あっ!」

「一八歳未満お断りのゲームを一七歳のお前が買う。これは立派な悪事だろうが」

「で、でも、だからって、あんなマニアックなジャンルのばかり選ばなくても……」

「それは俺の好みだ。面白いだろ?」

「全然面白くありませんよ! 何で買ってくるジャンルが、陵辱系とかネトラレ系とか触手物なんですか! せめて純愛系とかにしてくださいよ!」

「おお! お前、結構詳しいな。実はムッツリか?」

「違いますよ! レジに並んでたら、後ろから荒い息遣いのおじさんが声をかけてきて、『ア、アンタも好きだなあ。実は俺もそうなんだよ、ケケケ』とか言って、色々と説明してきたんです! そのせいで周りからは白い目で見られるし、店員さんは表面上笑顔でしたけど、『そういうことは他所でやれや、このブタども』的なオーラをめちゃくちゃ醸し出してましたよ! おかげでこっちは、買いにいった疲れよりも、精神的なダメージでボロボロです」

「まあまあ、そう怒るな。何事も経験っていうだろ?」

「うう……。こんな経験、できれば一生したくなかったですよ」

 これ以上は言っても無駄だと思ったのか、マオーはフラフラとよろめきながら居間を出ようとした。

「待て。どこへ行く?」

 そこに正義が待ったをかける。

「どこって、見ての通りボロボロなんで、今日はもうお風呂に入って休もうかと」

「何言ってるんだ? 本番はこれからだぞ」

「え!」

「お前はこれから、俺達の目の前でこのエロゲーをするんだ」

「な、何でですか!」

 怯えるように体を震わせながら尋ねるマオーに、正義は嗜虐心満載の顔で答えた。

「察しの悪い奴だな、ここにはお前の他にも一八歳未満がいるんだぞ」

「ま、まさか……」

「そうだ。俺、一七歳。凍姫も一七歳。ポルルンちゃん、一四.パルルンちゃん、一四.つまり、ここにいる全員が一八歳未満なわけだ。そんな四人の一八歳未満に、一八歳未満お断りのゲームを見せる。これも立派な悪事だ」

「そ、そんな……」

 マオーがガックリとうなだれる。

「ち、ちなみに拒否権は……」

「ない。忘れるなよマオー、これはお前の要望を最大限に考慮した作戦なんだぞ。まあ厳密に言えば、俺達に迷惑をかけているが、俺達はお前の仲間だ。お前のためなら喜んで迷惑をかけられてやるさ」

「うう~~~」

「分かったら、さっさとここにあるノートパソコンを立ち上げろ。俺にはこのあと、真央ちゃんとのデートがある。とっととやって、とっとと終わらせるぞ」

「うう、了解です」

 力なくそう言って、マオーはおぼつかない手付きでパソコンを起動した。


 というわけで、早速悪事という名のエロゲーが始まった。

 マオーが正方形のテーブルの対面ギリギリにパソコンを置き、マウスだけを手元に引っ張る。そうすることで、マオーの両サイドからも画面が見やすくなるというわけだ。

 いくつかあるゲームの中から、マオーが(泣く泣く)選んだのは、陵辱系のエロゲー『俺のチ○ポでイけ!』だった。

 インストールするためにソフトをセットするマオー。そんなマオーを見ていた正義が口を開く。

「ほう。一発目からそれを選ぶとは。なかなか見所があるな、お前」

「人聞きの悪いこと言わないでください! これが一番マシだと思っただけです!」

「なるほど。陵辱系が一番まともとは。どうやら、お前に色々と教えてくれたおじさんはかなりの猛者のようだ」

 正義が一人でうんうんと頷く。

 そんな中、約五分ほどの時間を置いてインストールが完了した。初期画面から『ゲーム開始』の項目が選択可能となる。

「さて、それでは早速始めてもらおうか」

「ほ、ほんとにやるんですか?」

「当然だ。何度も言わせるな。これも全て、打倒勇者のためだ」

「……了解です」

 そして、マオーがポチリと『ゲーム開始』をクリック。ゲームが始まる。

『いやあ~~~!』

 ゲーム開始一秒、いきなり少女の悲鳴からゲームは始まった。

 その後に現れる一枚のCG。それは制服を着た少女が、ゴツイ体と厳めしい顔をした男に襲われている場面だった。

「どうしたマオー、さっさと続けろ」

 その状態のままゲームが進まないことに焦れた正義が、マオーに声をかける。

 正義の言葉に、マオーがマウスを操作。台詞が流れる。

『やだ! やめて! やめてよぉ!』

『ゲへへ、いくら叫んだって誰も来やしないぜぇ』

 少女の叫びを愉しむかのように、下卑た声で言う男。正義の下半身が猛烈な勢いで覚醒する。その隣では、パルルンがゴクリと喉を鳴らした。

「おい、マオー、手を止めるな。続き続き」

 正義が、体をやや前傾させてマオーを促す。そして、マオーがまたもマウスを操作。凍姫も先ほどから画面を食い入るような目付きで見つめていた。

 そしてゲームは、男と少女のそういう場面へと突入。少し型の古いノートパソコンから、少女の悲鳴と叫びが響く。そして始まる陵辱シーン。室内にいる全員が無言だった。パソコンの中の少女は、男の無骨な手によって制服を破かれ、そして今まさに、男によってその穢れなき体を蹂躙されようと……

 する直前、いきなりパソコンの画面がフリーズする。

「どうしたんだ、急に?」

 やや体を前屈みにして尋ねる正義。そんな正義に、マオーからマウスを奪って、ちょこちょこ操作していたポルルンが答える。

「どうやらフリーズしたみたい。動作環境が合ってなかったのかも。このパソコン結構古い」

「チッ、いいところだったのに。よし、パソコンを再起動して、もう一度やってみよう」

「もうやめましょうよ、正義さ~ん」

「何を言うか、マオー。これも全て打倒勇者のためなんだ」

「参謀、お前、ひょっとして打倒勇者を掲げれば、何をやっても許されると思っているのではあるまいな?」

「もちろん、そう思っている」

 きっぱりと何の臆面もなく言い放つ正義に、他の四人が呆れたような表情を浮かべた。

 ピンポーン

 そんな時、魔王家のインターホンが来客を知らせる。

「あ、お客さんだ。じゃ、とりあえず、今日はお開きってことで。ほら、さっさと片付けましょ」

 そして、マオーがしめたとばかりにパソコンとソフトを片付け、玄関へと向かった。


 来訪の主は肉屋のおばちゃんだった。

 いつもの朗らかな笑みを浮かべて、玄関に立っている。手には小ぶりな鍋を持っていた。

「魔王ちゃん、これ、筑前煮。作りすぎたからお裾分けに来たんだよ」

「あっ、どうもすみません。いつもありがとうございます」

 マオーが丁寧に礼を述べてから、鍋を受け取る。

「ほんとは魚屋のおやじにも持っていこうと思ったんだけどさ、ほら、魚屋のおやじは、ガデアンズに連れていかれちまったから」

「えっ?」

 その言葉に、マオーが身を強張らせた。

「ど、どういうことですか?」

「どうもなにも、昼前にいきなりガデアンズの連中がやってきて、魚屋のおやじに『アーカディアへの入国許可がおりました。ご同行願います』って言って、そのまま連れていっちまったんだよ」

「そ、そんな……」

「魚屋のおやじは、アーカディアに移り住む気なんてねえって怒鳴ったんだけど、向こうはとにかくご同行くださいの一点張りでさ、半ば無理やり連れていっちまったんだ」

「…………」

「まあ、魚屋のおやじは『俺の家はここだけだ。ちょっくら行って、アーカディアのお偉いさん達に説教してくらぁ』って息巻いてたんだけどね」

「…………」

「でも、なんだかんだ言って、あっちに移り住んで戻ってきた人はいないからねえ。風の噂じゃ、あっちはその名の通りの理想郷みたいないいところらしいし、どうなることやら……」

「…………」

「おっと、つい話し込んじまった。それじゃ私はもう帰るから。それ、みんなで食べなね」

 肉屋のおばちゃんは、やはりいつもの朗らかな笑みを浮かべて帰っていった。

 地に足を縫い付けられたかのように動かないマオーを残して。


 肉屋のおばちゃんが去った後、マオー家の玄関先はとてつもなく重苦しい空気になっていた。

 一人、その場に呆然と立ち尽くすマオー。そのマオーに何と声をかけたらいいのか分からず、押し黙る凍姫、ポルルン、パルルン、そして、正義。

「た、助けに行かなきゃ」

 それは突然だった。突然、マオーがそう呟くやいなや、靴下のままドアを開け、外へ走り去っていく。

「待て、マオー!」

 凍姫が叫ぶが、マオーは止まらない。そのままあっという間に走り去ってしまった。

「ご主人様……」

 パルルンが半泣きで小さく呟く。そして、ポルルンは無言のまま正義に近づき、その脛を蹴飛ばした。

「イッテ~~~!」

 突然の激痛に、正義が思わず飛び上がる。

「何すんだ、ポルルンちゃん!」

 いきなりの理不尽な攻撃に、正義がポルルンを睨んで抗議するが、さらに強烈なポルルンの視線を受けて僅かに怯んだ。

「追いかける」

 ポルルンが正義を睨みつけたまま呟く。

「はっ?」

「さっさとご主人様を追いかける」

「いや、俺が言っても何て言ったらいいか分かんないし、これから真央ちゃんとデー……!」

 そこでポルルンが、正義の脛にもう一撃。正義、今度は声を上げることもできずに蹲る。

「こういう時は、一応、主人公のお前が追いかけるのがセオリー。というか常識。というか一般的。ちょっとは空気を読む」

「……うう。そうは言っても、足が痛くて動けな……」

「さっさと行く!」

 ポルルンの声に押し出されるようにして、正義はマオー家を飛び出した。


「つ、捕まえた」

 それから一〇分後、正義は何とかマオーを確保することに成功した。マオーの足がそれほど速くないということもあったが、家を出る前にポルルンに言われた「もし、ご主人様を見つけられなかったら、お前の○○○をブッタ斬って口に突っ込む」という心温まるお言葉がてきめんに効いていた。

「正義さん、放してください!」

 正義に腕を掴まれたマオーが叫ぶ。

「馬鹿! 今のお前が行ってもどうにもならないだろうが!」

 苛立ちを含んだ正義の一喝に、マオーが我に返ったように体を震わせる。

「そ、それは、そうですけど……。そうだ! 正義さん、何か策を考えてくださいよ! 参謀じゃないですか!」

「だから、ちょっと落ち着けって」

「落ち着けませんよ! このままじゃ、魚屋のおやじさんが殺されちゃいます!」

「はあ? いや、何か聞くところによると、ガデアンズは、アーカディアへの移住許可が出たからおやじさんを迎えにきたんだろ? 別に殺されると決まったわけじゃ……」

「そんなの嘘ですよ! 前に言ったでしょ! 痣の付いた者は決してアーカディアの住人にはなれないんです! おやじさんは、アーカディアコロシアムで勇者と戦う生贄として、ガデアンズに連れて行かれたんですよ!」

「…………」

 噛み付くようなマオーの態度に、正義が言葉に詰まる。

「な、何でそう言い切れるんだ?」

「言い切れますよ。だって、私は……」

 そこまで言って、マオーは急に口ごもった。

「私は……何だ?」

 正義が先を促すが、マオーはしばらく顔を伏せたまま何も答えない。

 しかし、やがてゆっくりと顔を上げ、言葉を紡ぎ出した。

「ねえ、正義さん、真実が知りたいですか?」

ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~


最新話はポンタローのブログからよろしくです~


ではでは~


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