第五章
第五章
「さて、諸君。この魔王軍大参謀、司連正義はこれまでの経験を踏まえ、新たな策を考案した」
正義が真央とデートをした次の日、黒き胎内で、マオー、ポルルン、パルルン、凍姫をパイプ椅子に座らせた正義が、ホワイトボードの前に立って、高らかと告げた。
「ずばり、アイドル作戦で行こうと思う」
「「「「…………」」」」
その言葉に、正義を除く四人は無言。シベリアの永久氷壁の如き冷たい眼差しだけが、正義に注がれていた。
しかし、正義は全く動じず、自信満々に言い放つ。
「まあ、その反応も無理はない。しかあし、これは悪事を働かずに魔王軍を強くしたいというマオーの要望を最大限に加味した、実に画期的な作戦なのだよ」
「分かったから、さっさと説明する」
焦らされることに苛立ちを覚えたのか、ポルルンが先を促す。
「フッ、その前に、ポルルンちゃん、パルルンちゃん、そして凍姫。何も言わずこれを着てくれたまえ」
そして、二〇分後、再び黒き胎内に集まった三人(マオーは、正義と共にお留守番)。その姿は、見るも鮮やかなステージ衣装姿であった。フリルの付いたワンピースタイプの衣装は、凍姫、ポルルン、パルルンのイメージに合わせて青、赤、黄色に彩られ、胸の部分にはいくつもの花があしらわれている。
「で、この姿でどうしろと?」
凍姫が羞恥心からか、はたまた怒りからか、顔を赤くして正義に問う。
「うむ。これから三人には、アイドルユニット『フェアリーオブダークネス』としてアイドルデビューしてもらう」
「ふざけんな!」
「ええ! そんなのムリですよぅ」
ポルルン、パルルンから非難の声が響くが、正義の顔はどこ吹く風。
「フッ、お嬢さん方、よく聞いてくれたまえ。この作戦は、先ほども言ったが、君達のご主人様に悪事を働かせずに魔王軍を強くするための作戦なのだよ」
「「う!」」
「つまりこの作戦は、君達の主人であるマオーのための作戦なのだ」
その言葉に、二人は非難がましい目を向けながらも黙り込んだ。
「で、これが魔王軍を強くするのにどう役立つんだ?」
孤軍奮闘とばかりに凍姫が質問する。
「うむ。簡単に流れを説明する。まず君達がアイドルデビューして売れっ子アイドルになる。するとファンがたくさんできる。そしたら、君達のグッズがたくさん売れる。我々は、それを高値で売って大もうけするのだ」
「何! それは悪事ではないのか!」
「チッチッチッ。俺達は、何も無理やりグッズを買わせるわけではない。あくまでも、君達にそれだけの金を払ってもいいと判断したファンが、自らの意思で買うのだ。第三者から見れば悪事かもしれんが、相手が納得している以上、良心の呵責に苛まれることはない。これはBOTTAKURIという、一部の勝ち組が好んで使うビジネスの手法なのだ」
「あの~、私からも一つ質問が……」
「ん? 何だマオー?」
「私はアイドルしなくていいんですか?」
「あのな、誰が金払ってまでマスクつけた男を見たいんだよ! いいからお前は、大人しく雑用でもしてろ」
「ううっ、やっぱり私、ひどい扱いです」
「というわけで、君達三人には、これからトップアイドルを目指すべく特訓を開始してもらう」
「と、特訓って……。あの、いったい何をすれば……」
正義の言葉に、パルルンが怯えるような表情で尋ねる。
「決まっている。アイドルといえば歌と踊り。これから君達には、この二つを徹底的に磨いてもらう」
「そ、そうは言うがな参謀、私には歌も踊りも経験が……」
「心配するな。こう見えても俺は、何人ものトップアイドルを育て上げた敏腕プロデューサーなのだ」
凍姫、ポルルン、パルルンの三人が、正義に尊敬の眼差しを向けた。
「ほ、本当か? その若さで? にわかには信じられんな」
「ゲームの中ではな」
「「「…………」」」
三人の尊敬の眼差しが、一瞬にして軽蔑の眼差しへと変わった。
「ほんとにうまくいくの? いまいち信じられない」
「心配ご無用。すでに練習カリキュラムも作成済みだ。このカリキュラムをこなせば、短期間であっという間に一流のアイドルへと変貌することができる。しかし、当然内容はハードだ。いや、ハードを通り越してハーデストだな。ゲームなんかだと激ムズレベル。あとは君達に、俺の特訓に付いてこられるだけの根性があるかどうかだな」
正義が三人を挑発するかのような視線を向ける。
「ム!」
「む!」
そして、その挑発にポルルンと凍姫が食いついた。
「分かった。そこまで言うならやる。ポルルンの本気を見せてあげる」
「私も乗った。私に本気を出させたことを後悔するがいい」
そんなやる気満々の二人に挟まれたパルルンが、一人慌てふためく。
「あわ、あわわ。二人とも、もうちょっと冷静に……」
ポルルンがそんなパルルンの肩をがっしりと掴んだ。
「パルルン、これもご主人様のため。がんばる」
「ううっ、分かりましたあ」
ポルルンに諭され、パルルンも頷いた。
それを見た正義が内心でほくそ笑みながら宣言する。
「よし。では早速、今日から特訓を開始するぞ。ちなみにアイドル作戦を遂行している間、俺のことはプロデューサーさんと呼ぶように」
その翌日、フェアリーオブダークネスをどう売り出していくべきかリサーチするために、マオーを引きつれ(他のメンバーはトレーニング中)アーカディアにやってきていた。
昨日の内に、ザッとマオーからアーカディアの内部構造について説明を受けている。
まずアーカディアは、工業エリア、行政統括エリア、商業エリア、隔離エリア、居住エリア、そしてアキバエリアの六つの大きなエリアに分かれている。
各々、その名の通りの役割を担うエリアであったが、隔離エリアだけはマオーも入ったことがなく、詳しくは分からないらしい。何でも、ガデアンズの中でも選ばれた者しか出入りできないらしく、警備が非常に厳重なのだそうだ。『ポンコツ』を使って探って来いと言っても、「何か怖いからイヤです。っていうか、ポンコツは一度行ったことのある場所にしか行くことができません」と頑なに拒否された。
しかし、正直なところ、正義には隔離エリアよりも、さらに気になるエリアがあった。それは……
「ア、アキバエリアだと……」
そう、アキバエリアである。どうやらマオーの説明によると、正義のいた世界にある秋葉原一帯をまるごと模したようなエリアらしい。
アキバと言えば萌え(電化製品という見方もあるが、正義にとっては萌えの方が重要)、萌えと言えばアイドル、この図式が一瞬にして正義の脳内に組みあがる。
というわけで、現在、正義はマオーと共にアキバエリアにやってきていた。
「で、マオー、アーカディアには他にアイドルとかいんのか?」
「さあ、とりあえずいるとは思いますけど……」
「何だ、そのはっきりしない物言いは?」
「だって私、アイドルとか興味ないですもん」
「バッカモ~ン!」
バシィと小気味いい音を立てて、正義がマオーの頭をはたく。
「イタ! 何するんですか!」
「何するんですかじゃない! お前の歳でアイドルに興味がないとは何事か! 謝れ! 日本の、いや世界中のアイドルファン+俺に謝れ!」
「いや、何かもう理不尽すぎて何にツッコんだらいいのか分かりませんが、とりあえず私、女の子に興味ないんで」
それを聞いた正義が、顔を引きつらせながら一歩後退する。
「お、お前、前々から言おうと思ってたけど、ひょっとしてホ……」
「違います! 何勝手に勘違いしてるんですか!」
「いやだって、お前の今までの行動や台詞を考えると、どう考えたって……!」
身の危険を感じてマオーから距離と取っていた正義だが、いきなり近くにあった大型モニターに映し出された映像を見た瞬間、顔色が変わった。モニターには、三人の美女が映っている。
「これは……」
「アイドル……ですね」
モニターの中では、個性的な衣装に身を包んだ美女達が華麗に歌いながら舞っていた。
一人は深いスリットの入ったチャイナドレスを着た長い黒髪の美女。時折スリットから覗き見えるしなやかな脚と、チャイナドレスの下からでもその存在を主張する大きな胸がとても印象的だ。
もう一人は、風変わりなドクロの眼帯を着けた白髪長身の美女だった。どういうわけか、場にそぐわない合気道か何かの道着に身を包んで、歴戦の猛者のようなオーラを出しながら歌っている。
最後は少しくせのある茶髪に執事服を着た背の低い美少女だった。ややスレンダーな体型に、愛らしさをまとった童顔。一部の方々に特に需要のありそうな美少女だった。
そんな全くバラバラの格好をした三人だったが、そのパフォーマンスは一糸乱れぬすばらしいものだった。三人が三人とも抜群の歌唱力を誇り、踊りの息のピッタリ。モニターの前にいた観衆も、完全に三人のパフォーマンスに酔いしれている。
そして、やがて歌が終わり、興奮冷めやらぬ観衆だけを残して、モニターが違う映像に切り替わった。
「あの、すみません」
歌が終わり、画面が切り替わったのを見計らって、正義が隣で食い入るようにモニターを見つめていた小太りの男に話かける。
「すみません。僕、最近アーカディアに来たばかりなんですけど、あの人達のこと詳しく教えてもらえませんか?」
すると、小太り男は尊大に胸を張った。
「よかろう。このアイドル追っかけ歴二〇年の拙者に任せておくナリ。彼女達こそ、このアーカディアが誇るトップアイドル『ガデアンズヴィーナス』ナリよ」
「おお! ……ん? ガデアンズ……ヴィーナスですか?」
「うむ。アーカディアのトップアイドルとは仮の姿。しかし、その実態は、ガデアンズの精鋭中の精鋭、勇者近衛三巨頭ナリ」
「おお!」
「美と強さと萌えを兼ね備えた彼女達はまさに無敵。アーカディアの平和と萌えは安泰ナリ」
そう言って、小太り男は高笑いを上げながら去っていった。
「ク、ククク……」
小太り男が去ってしばらくの後、突然、正義が不気味な笑い声を上げる。
「せ、正義さん、どうしたんですか?」
若干、引き気味のマオーが慌てて声をかけた。
「そうか。つまり、彼女達を倒せばアーカディアのトップに立てるわけか」
「あの正義さ……」
「よし!」
正義がいきなり頭を上げる。
「帰ったら早速作戦会議だ。行くぞ、マオー!」
それから三〇分後、正義とマオーは魔王家に帰ってきていた。
そして、トレーニングを終えた、凍姫、ポルルン、パルルンの三人と共に、居間でオコタに入っている。
「諸君、まずはこれを見てくれ」
正義がアキバエリアで買ってきた(支払いはマオー)プレステ2に、同じく買ってきた一枚のDVDをセットする。すると、マオー家のテレビに三人の女性、ガデアンズヴィーナスが映し出された。
「これは……」
「彼女達こそ、君達の最大のライバル、その名もガデアンズヴィーナスだ」
「何でこの人達が、ボク達のライバルなんですかぁ?」
「フフッ、決まっている。彼女達がアーカディアのトップアイドルだからだ。彼女達を倒し、アーカディアのトップに上り詰めれば、我々の認知度も格段に上がる。そうなればテレビにもひっぱりだこ。大もうけ間違いなしだ」
正義が気合に満ちた表情で続ける。
「見ての通り、相手は強敵。しかし、俺は君達三人が力を合わせれば必ず勝てると信じている」
拳を握りしめて力説する正義だったが、凍姫、ポルルン、パルルンの顔は渋い。
「どうした? モチベーションが低いぞ、みんな」
「低くもなるさ。プロデューサー、お前、私達にあんな大観衆の前で歌や踊りをしろと言っているのか?」
「当然だろう? アイドルというのはそういうものだ。安心しろ、すでに君達の歌う新曲は歓声している。振り付けもバッチリだ。あとは君達がこれを完璧にマスターするのみ」
「あんなオタクどもを喜ばせるだけの踊り、ポルルンやりたくない」
ポルルンがプイと顔を背けて吐き捨てる。
「うう、あんな恥ずかしいダンス、ボクには無理ですよぅ」
パルルンはすでに半泣きだ。
全くモチベーションの上がらぬ三人を見た正義は、少しの間熟考した後、いきなり右手の指で自分の眉間を押さえた。
「……やはりか。やはり彼の言う通りだったな」
「彼? 彼とは誰だ?」
気になったのか、凍姫が尋ねる。
「いや、君達には言わないでおこうと思ったのだが、実はアーカディアのテレビ局に君達のプロフィールを持っていった際、偶然ガデアンズヴィーナスのマネージャーを名乗る男と鉢合わせしてね。彼に言われたのだ。君達では絶対成功しないと」
正義が絶対の部分を一際強調して言った。
「どういうこと? 詳しく説明する」
「いや、彼が言うには……」
正義、凍姫をチラリと見る。
「アニメや漫画に出てきたありとあらゆる剣技を組み合わせ昇華した私流などとほざく、ちょっと頭のかわいそうな中二病女や……」
ピキ、その言葉に凍姫が反応。
正義、次はポルルンに視線を向ける。
「ちょっと顔がいいだけで愛想のない、チビッ子ツルペタ毒舌娘や……」
ピキ、その言葉にポルルンが反応した。
正義、最後はパルルンに視線を移動。パルルンは、次は自分が貶されると思っているのか、すでにこぼれんばかりの涙を目に溜めていた。
それを見た正義が一つ咳払いする。
「コホン。……みたいなのがいるグループなど、千年かけてもウチに勝つのは無理だと。負け犬らしくその辺でキャンキャン吠えているがいい、ハーッハッハ、と言っていた。いや、俺はもちろん反論したさ。そんなことはない。俺は彼女達を信じている。彼女達ならきっとやってくれるってな。しかし、さっきの君達の反応を見るに、やはりあの時、彼の言った言葉は正しか……」
「もう黙れ、プロデューサー」
感情を押し殺したような声で凍姫が言う。
「プロデューサー、さっさとトレーニングを開始する。今すぐに」
凍姫に続くようにして、目に炎を宿したポルルンが言った。
「あの、凍姫さん、ポルルンちゃん、ちょっと落ち着いて……」
パルルンが何とか二人をなだめようとするが、逆に二人の射抜くような視線を受けて黙り込む。
その様子を見た正義が、内心で笑みを浮かべた。
「よし。すぐに準備するから黒き胎内で待っててくれ」
凍姫とポルルンはそれには答えず、パルルンを引き摺りながら居間を出て行った。
「まったく、よくもまあそんなにペラペラと嘘を吐けますね。ちょっとやりすぎじゃないですか?」
凍姫達が去った後、マオーが呆れた声で正義に言った。
それを聞いた正義が笑う。
「何言ってんだ。メンバーのモチベーションを高めるのもプロデューサーの仕事だろ」
そして、正義はいそいそと準備に取り掛かった。
その日、アキバエリアのターミナルは人でごった返していた。もっとも、このエリアが閑散になることの方が少ない。萌えと電化製品を愛する者にとってここは聖地。いついかなる時も(ほとんどの店が閉まる夜は除く)人で賑わっているのが常であった。
そんなアキバエリアの昼下がり、ターミナルのすぐ近くにある広場に、突然大型トレーラーが現れた。いきなりのことに慌てふためく民衆(何人かの猛者は動画を撮影していた)。そんな民衆達をかき分けトレーラーは広場に到着。と、同時にトレーラー後方部にあるコンテナが、大きな音を立てて展開する。
中から現れたのは三人の少女。一人は一七〇センチ以上ある長身に、艶やかな黒い髪。一人は、ロリッ子ボディの銀髪ツインテール。そして、最後の一人は天使のように愛らしい顔をしたツーサイドアップの金髪少女。
三人共、色違いの煌びやかな衣装を身にまとい、目を閉じたままコンテナに立っている。容姿は違えど、みな超が付くほどの美少女達だった。突如現れた美少女に、民衆はトレーラーに対するクレームも忘れて釘付けになっている。
そんな中、リーダーと思われる、真ん中にいた長身の美少女がゆっくりと一歩前に進み出て口を開いた。
「みなさ~ん、こんにちは~!」
思わず見惚れてしまいそうな極上の笑みを浮かべる少女。少女から発せられた透明感のあるソプラノボイスが広場に響き渡る。
「私達、この度デビューしたフェアリーオブダークネス」
そう言ったのは、黒髪美少女の右隣に控えていた銀髪ツインテールだ。こちらは、黒髪美少女とは対照的に全くの無表情。その言葉にも、全く感情がこもっていない。
「今日は~、ボク達の歌を聞いてくださいです~!」
ぽわぽわした口調で言ったのは、最後に残った金髪ツーサイドアップの美少女。見た者をみな幸せにするかのような天使の笑みを浮かべている。
そして、音楽が流れ出す。軽やかなポップミュージックに合わせて三人が踊りだした。
その姿のなんと可憐なことか。三人とも足の運びは滑らかにして、体の動きも実に巧み。息もピタリと揃っており、まさしく一糸乱れぬという言葉がピッタリだった。歌もすばらしく、三人ともその美声をもって、それぞれのパートを見事に歌い上げている。
観衆が食い入るようにその様子を見つめている。トレーラーの助手席に座っていた正義が、内心でニヤリと笑った。そうこうしているうちに一曲目が終わる。
「続いて二曲目、行っくよ~!」
凍姫がすぐさま二曲目を宣言した。それに合わせて流れる二曲目。凍姫、ポルルン、パルルンの三人が、立ち位置を入れ替える。一曲目は凍姫がセンターだったが、二曲目はポルルンがセンターだった。
二曲目が始まる。それは一曲目とは違い、ロックのイメージが強い曲だった。そして、それをポルルンが相変わらずの無表情で見事に歌い上げる。
観衆は、もはや三人から目を離すことができなくなっていた。必死になって写メを撮る者。踊りだす者。叫び出す者。リアクションは様々だったが、共通して言えることは、観衆はすでに三人に魅了されているということだった。
そして、二曲目が終わり、三曲目へと突入。三曲目のセンターはパルルンだった。パルルンがセンターへ移動したと同時に三曲目がスタート。三曲目は、他の二曲どちらとも違う、ほんわかした雰囲気のポップスだった。それをパルルンが、いつものぽわぽわした口調で歌う。観衆は目をハートマークにしてその歌に聞き惚れていた。そして、三曲目が終わった瞬間、観衆が総立ちで大きな拍手を送る。三人はそれを照れくさそうな顔で受けていた。やがて、拍手が静まったのを見計らって、凍姫がゆっくりと口を開く。
「みんな~、今日はありがと~。みんなが力いっぱい応援してくれたから、私達、とっても嬉しかったよ~。ほんとは、もっとみんなと一緒にいたいんだけど、ゴメンなさい。今日はこれで終わりなんだ。それじゃ、最後に自己紹介したいと思いま~す。私はこのアイドルグループ、フェアリーオブダークネスのリーダー、流宮凍姫。トッキーって呼んでね。キャハ☆」
そう言って、凍姫がポーズを決める。観衆は大トッキーコール。正義は噴き出しそうになるのを何とか堪えた。
「私、ポルルン。ポルルンって呼ぶといい」
続いてポルルンが、やはり最後まで無表情でそう口にする。観衆のトッキーコールが、ポルルンコールへとチェンジした。
「え、えっと、ボクはパルルンって言うです。パルルンって呼んでくださいです」
最後に、恥ずかしそうに俯いて言うパルルンにももちろん大パルルンコール。パルルンの上気した頬がさらに赤くなった。
「さて、それじゃそろそろお別れみたいです。みなさん、フェアリーオブダークネスをこれからもよろしくね~」
凍姫の言葉と共にコンテナが閉まる。そしてトレーラーは、興奮冷めやらぬ観衆を残したまま、あっという間にその場を走り去っていった。
それから三〇分後、マオーパーティーは、アーカディア商業エリアのビルにある一室に集まっていた。そこに掲げられたネームプレートには、『魔王プロダクション』と大きく書かれている。
中では、全員がジュースの入ったコップを片手に、お菓子などが並べられたテーブルを囲んでいた。正義がコーラの入ったコップを高々と掲げる。他の四人もそれに合わせてコップを掲げた。
「それじゃ、ゲリラライブの成功を祝して、かんぱ~い!」
「かんぱ~い!」
そして、打ち上げが始まった。
「いや~、大成功だったな~。見たか、あの観衆を? みんな君達に釘付けだったぞ」
「う、うむ。あれだけ喜んでもらえると、何と言うか、達成感があるな」
「悪くない」
「えへへ、うまくいってよかったですぅ」
正義の言葉に、凍姫、ポルルン、パルルンの三人が満更でもなさそうな顔で頷きあう。そんな中、一人蚊帳の外だったマオーが、おずおずと口を開いた。
「でも正義さん、こんな事務所、どうやって借りたんですか? それにあのトレーラーや機材も」
「それは企業秘密だ」
正義が意味深に笑って続ける。
「フッフッフ。俺は今日の観衆の反応を見て確信した。君達なら、確実にアーカディアのトップアイドルになれると。すでにオフィシャルサイトも作ってあるし、グッズも大量に生産済みだ。あとは全て君達の頑張りにかかっている。よろしく頼むぞ」
「任せておけ」
「了解」
「えへへ、かんばるですぅ」
意気揚々と言い放つ正義に、三人は力強く頷いた。
ゲリラライブ以降、アイドルグループフェアリーオブダークネスは、破竹の勢いでトップアイドルへの階段を駆け上っていった。立て続けに出したCDも瞬く間にミリオンヒット。アイドルランキングでも、ガデアンズヴィーナスに次ぐ二位となり、テレビや雑誌でもひっぱりだこ。公式ファンクラブの会員数もガデアンズヴィーナスに肉薄するなど、もはや名実共にガデアンズヴィーナスと比肩するほどの地位へと上り詰めた。そして、ついにアーカディアアイドル憧れの地、アーカディア武道館でのライブが決定する。
「いや~、おつかれ~。今日もよかったよ~」
武道館ライブを控えたトレーニング後の控え室で、スーツに身を包んだ正義が、凍姫、ポルルン、パルルンの三人を労う。
マオーは、何故か野球帽を逆に被り、「おつかれさまでした~」と三人にドリンクを渡していた。
三人は、上気した体から流れる汗をタオルで拭いながら、満足げな表情を浮かべている。
「ふむ。大分感じが掴めてきたな」
「ポルルン、今日は失敗しなかった」
「えへへ、まだちょっぴり恥ずかしいけど、これもご主人様のためですもんね」
すでに三人とも、当初ほどアイドルという行為に羞恥心はないようだ。
「三人とも、かなり良くなってきたぞ。武道館ライブも決まったし、ファンクラブの会員数もうなぎのぼり。グッズも、値段を相場の三倍近くに設定しているにも関わらず即日完売。ネットオークションでもプレミアがついているし、あとはわざと売らずにとっておいた在庫をネットでさばけば……。クックック、まさかこれほどうまくいくとはな。まったく、笑いが止まらんわ。ワッハッハッ!」
そう言って、正義は目をドルマークにして札束を数えている。
「まあ、最初はあまり気乗りしなかったが、これも魔王軍のためだからな」
「そう。全てはご主人様のため」
「うん、がんばろう。ところでご主人様、今、どれくらい魔王パワー溜まったんですか?」
パルルンがかなり興奮気味の様子でマオーに尋ねる。
「えっ、全然溜まってないよ」
「「「はい?」」」
三人の飲み終わったコップを回収しながらあっさりと言い放つマオーに、凍姫、ポルルン、パルルンの声が見事にハモる。
「な、何を言ってるんだ? あんなに連日、ファンから金をボッタクッたのに」
「ご主人様、ポルルン、短いスカート穿いて、おへそ出して、気持ち悪い顔したオタクどもに視姦されながらがんばった」
「あの、何で魔王パワー溜まってないんですか?」
「だって、私、ノータッチだもん」
「「「えっ!」」」
「魔王パワーは、私が悪事を働いてこそ溜まるんだよ。正義さんの案を私が聞いて、私がみんなを指揮して実行したならまだしも、今回は正義さんが立案して正義さんが実行。私は何にもしてないもん。ていうか、正義さん、分かってましたよね?」
凍姫、ポルルン、パルルンが、一斉に正義に視線を集める。
「もちろんだ」
正義は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「「「…………」」」
あまりにもあっさりと答えたので、三人は一瞬、呆気にとられて固まる。
「俺は魔王軍を強くするためにとは言ったが、魔王パワーを溜めるためにとは一度も言ってないぞ」
「……じゃあ、今回のアイドル活動で魔王軍はどう強くなったか?」
拳を震わせながらポルルンが尋ねた。
「フッ。決まっている。資金調達だ」
正義が胸を張って答えた。
「飯は、マオーが商店街からめぐんでもらってくるから困らないが、やはり組織を強くするのに必要なのは資金だ。金はあっても損はない」
正義が悪人面でニヤリと嗤う。
「だったら、ご主人様に指揮してもらえばよかったじゃないですか。ご主人様も、魔王パワーが溜まらないことに気付いていたなら教えてくださいよぅ」
「いや、だって、てっきりみんな、分かってると思って……」
「こいつの性格からして、俺よりうまく君達をプロデュースできるとは思えん。途中で、『あんまりボッタクッたら、ファンの人達が可哀想です』とか言いそうだしな」
「そ、それは確かに。でも……」
「パルルン、もういい」
さらに反論しようとするパルルンの肩に、凍姫がそっと手を置いた。パルルンが涙目で凍姫に振り返る。凍姫は、そんなパルルンに笑顔で首を振り、正義を睨み付けた。
「確かに、お前の言うことも一理あるな」
「おっ! 凍姫、珍しく物分りがいいな」
真っ先に噛み付いてくると思っていた凍姫の意外な反応に、正義が喜色を浮かべる。
「うむ。確かに組織を強くするためには、資金も必要だ。ところでみんな、実は私に、資金調達をしながらなおかつ魔王パワーも溜まり、ついでにゴミ掃除もできるという革新的な案があるのだが」
「おお、そんな妙案が! ぜひ、聞かせてくれ」
興奮冷めやらぬ正義に、凍姫が無表情で口を開いた。
「うむ。臓器売買だ」
「…………」
「人の臓器は高く売れると何かの本で読んだことがある。善良な一般人から臓器を奪うなど言語道断だが、それが、人を辱めて暴利を貪るゴミ虫野郎ならどうだろう? ゴミ掃除もできて、資金も溜まり、さらにマオーが指揮して行えば魔王パワーも溜まる。まさしく一石三鳥だと思わないか?」
「…………」
凍姫の言葉を聞いた正義の背中から、冷たい汗がダラダラと流れ落ちる。
「いや、そんな非人道的な案は容認できん。参謀としては……」
「いい考えですね」
「グッドアイデア」
「あの……いいと思います」
却下しようとした正義の言葉を、マオー、ポルルン、パルルンの三人が遮る。凍姫が形のいい唇の端を僅かに上げた。
「そうか。では、早速実行に移すとしよう。ポルルン、手伝ってくれ」
「了解」
凍姫とポルルンが無表情で正義に近づく。その無言の迫力に正義は思わず後ずさった。
「ちょ、何でこっちに来るんだ? 待て、待ってくれ。俺の話を……ギャーーー!」
トレーニング後の控え室。その中から、一人の男の叫びだけがいつまでも響き続けた。
その翌日、今やアーカディアトップクラスのアクセス数を誇るフェアリーオブダークネスのオフィシャルサイト『闇の楽園』には、次のようなコメントが更新されていた。
『諸事情により、しばらくの間、活動を休止します』
「~ってことがあったんだよ」
今日は真央とのデートの日(初デート以降、正義は魔王軍への協力の見返りとして、度々マオーに真央とのデートを要求していた)。お洒落にきめた正義が(服はアーカディアで調達←支払いはアイドル作戦で稼いだ金)、ウインドウショッピングをしながら真央に愚痴っていた。
「へえ~。そうなんですか~」
正義の言葉に、ニコニコと笑いながら相づちをうつ真央。しかし、その笑顔は若干引きつっている。
「まったく、あのポンコツマオー、他の奴なら助けるくせに、何で俺の時だけ助けないかな~」
「そ、そうなんだ~」
「そうなんだよ。絶対あいつ、自分の職業間違えてるって。ここに○ーマ神殿でもあれば、すぐに転職できるんだけど、あいつにあった職業なんてあるのかな? まあ、なれてせいぜい遊び人くらいか」
などと、口々にマオーへの不満をぶちまける正義。
出会った当初は、マオーへの不満などを自制しようとしていた正義だったが、日頃から溜まる鬱憤をどうしても晴らさずにはいられなかった。
凍姫やポルルンなど、他の魔王軍メンバーにこんなことを言えば命がないため、結局、真央ぐらいにしか愚痴る相手がいない。(パルルンという選択肢もあったが、以前愚痴った時、大泣きされてしまったので、以後やめている)
真央は話しやすいのだ。出会った当初こそ緊張したが、まるで旧知の知り合いのように何でも喋ることができる。不思議な感覚だった。
「でも、ゲリラライブの時とか、よくそんな大きいトレーラー借りられましたね? 事務所の費用とかその他諸々、結構かかったでしょ? 魔王さんちあんまりお金ないはずなのに」
「フッフッフ。それはね、スポンサーがいたからなんだ」
「スポンサー?」
「そう。営業に行ったアーカディアテレビ局の社長さんが、ポルルンちゃんを偉く気に入ってくれてね。金を出してくれたんだよ。ポルルンちゃんのパンツと引き換えにね」
真央の顔が盛大に引きつった。
「よ、よくできましたね、そんなこと。ポルルンちゃんのパンツを盗むなんて至難の業でしょ」
「いや、できないよ、そんなこと」
「え?」
「ポルルンちゃんのパンツ盗むなんてできるわけないじゃん。そんなことしようもんなら、ポルルンちゃん必殺の電気アンマ改をかまされてお婿にいけなくなっちゃうよ」
「じゃ、じゃあ、どうやって……」
「適当に、その辺で買った縞パン渡しといた。どうせ分かりゃしないって」
「…………」
真央のこめかみから汗が一筋流れ落ちた。
「それでさ……お!」
さらにマオーへの愚痴を続けようとした正義が、ふとその足を止める。真央も驚いて立ち止まった。
「どうしたんですか、正義さん?」
「いや、あそこにスゲー美人がいるからさ」
正義の視線の先にいたのは、いかにもできるといった感じの、ダークグレーのスーツに眼鏡をかけた長身の美女だった。その整った顔立ちと妖艶な肢体は、どこかハリウッド女優を彷彿とさせる。
そしてその隣には、美女によく似た中学生くらいの少女がいた。二人は楽しそうに正義達の前を歩いている。
「いや~、やっぱり美人は、いい目の保養になイテテテテ!」
いきなり正義の頬に痛みが走る。隣を見ると、真央が何やら頬を膨らませて、正義を睨んでいた。
「もう。女の子とデートしてる時に、他の子に目移りするなんてマナー違反ですよ!」
「ゴメンゴメン。ついね」
「まったく。正義さんって、意外と女たらしさんなんです……あれ? あの人……」
真央が突然表情を硬くした。
「知ってるの、あの美女?」
「はい。アーカディアでは有名ですよ。だってあの人、勇者の秘書ですから」
「な、なんだって……」
正義の顔が驚愕に染まる。
「勇者は普段、天下一武戦会以外はほとんどその姿を見せませんからね。身の回りのことや、アーカディア住民への演説なんかは、ほとんどあの秘書の人がやってるんです。その隣の子は、確か妹さんですね。あの制服、アーカディア中学校のものですから」
「真央ちゃん、詳しいね」
「え!」
真央が慌てたような声を上げる。
「それは……ほら、一応アーカディアの住民ですから」
「ふ~ん」
「ほ、ほらほら。他の女の人ばかり見てないで行きましょ」
少し重くなった空気を払拭するかのように、真央は正義の手を引いて歩き出した。
ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~
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ではでは~