第三章
第三章
「え~、では、これより第一回打倒勇者対策会議を始めたいと思います。僭越ながら、司会進行はこの私、魔王軍参謀の司連正義がさせていただきます」
ここは黒き胎内、その真ん中でホワイトボードの前に立った正義が、パイプ椅子に座るマオー、ポルルン、パルルン、凍姫を見渡しながら言った。
パチ……パチとまばらな拍手が起こる。正義はそれを軽く手を上げて制した。
「それではまず最初に、簡単な自己紹介から始めたいと思います。では、左から」
「はい」
無愛想な声で答え、ポルルンが立ち上がった。
「私、ポルルン。ご主人様の使い魔。歳は一四.トレードマークは、立派にそびえたつこのアホ毛。好きな食べ物はたい焼き。特に『たい焼きのタイゾウ』のたい焼き。特技は飛び蹴り。飛び蹴りを極めようと思ってる。ちなみに今は飛び蹴り二段」
パチ……パチパチとまたもまばらな拍手。
「はい、ありがとうございます。私、飛び蹴りに段位があることを初めて知りました。ぜひ、どんな流派か聞いてみたいところですが、時間が押しておりますのでまたの機会に。では、次の方」
「はい♪」
そう言って、パルルンが元気よく立ち上がる。そしてまずは、ペコリとお辞儀。
「えと、パルルンです。ポルルンちゃんと同じく、ご主人様の使い魔です。歳は一四で、好きな食べ物はケーキです。種類は何でも好きですが、お野菜だけで作ったケーキはあんまり好きくないです。特技は家事全般です。人のお世話をするのが大好きなので、みな様のお役に立てるようにがんばります」
パチパチパチパチ。
パルルンの自己紹介が終わった後、先ほどまでとは比べ物にならないほど大きな拍手が起こった。マオー、凍姫、ポルルンの三人が普通に拍手を送る中、正義が涙を流しながら大きく拍手をしていた。
「はい、ありがとうございます。とてもいい自己紹介でしたね。今すぐ自室に連れて帰ってニャンニャンしたいところですが、ここにいる約二名ほどの方の目に殺意が混じり始めたのでやめておきます。はい、では、気を取り直して次の方」
「うむ」
厳かにそう言って立ち上がったのは凍姫。
「流宮凍姫だ。凍姫でいい。歳は一七.学生だ。好きな食べ物は大福と羊羹。特にパンダやの黒糖一口羊羹に目がない。特技は剣術だ。幼い頃から嗜んでいる」
「ほう、それでいつも刀を持ち歩いてるんですね。ちなみに、流派は確か……」
「私流だ!」
尋ねる正義に、凍姫は清々しく答えた。
「私は、アニメや漫画、ゲームなどに出てくる技を自己流にアレンジした、私流剣術の創始者なのだ」
「「「「…………」」」」
何の臆面もなく言う凍姫に、一同しばし無言。
「え~、色々と言いますか、むしろ全てにツッコミを入れたいところなんですが、時間も押しておりますのでまたの機会にしましょう。では、一通り自己紹介も済みましたので、会議を始めたいと思い「はい! はい! はい!」」
マオーが、気づいてと言わんばかりに何度も手を挙げた。
「私、まだ自己紹介やってません」
正義が、マオーにどうでもよさそうな視線を向ける。
「ああ、いいよお前は。どうでもいいし」
「そんな。ひどいです。私も自己紹介したいです」
「分かった分かった。じゃ、どうぞ」
露骨にめんどくさそうに手を振る正義。しかし、マオーは嬉しそうに立ち上がった。
そして、パルルンと同じようにペコリとお辞儀。
「あの、魔王です。えと、職業も魔王です。歳は一七で、好きな食べ物はスイーツ全般です。特技は料理、洗濯、お掃除、雑用です。こう見えても、意外と家庭的ないちめ「はい、ありがとうございましたー」」
意気揚々と話していたマオーの声に、正義の声が割って入る。マオーは、肩を落としながら着席した。
「では早速、最初の議題に入りたいと思います。この会議は、言うまでもなくどうすれば勇者を倒すことができるかを話し合う場のわけですが、みんなさんご承知の通り、勇者の強さはハンパありません。正直、僕としては勇者を倒すなんて大それたことはあきらめて、勇者の靴の裏でも舐めて下僕にしてもらった方がいいような気がしますが、そんなことをすれば……ここにいる仲間に八つ裂きにされそうなのでやめておきます。というわけで、打倒勇者に向けて何か案のある方いらっしゃいましたらお聞かせください」
「はい」
早速手を挙げたのは、無愛想な声のポルルンだった。
「はい、ポルルンちゃん」
「蹴る」
「……それはなかなか斬新なアイデアですね。相手がそこらへんにいるヤンキー辺りだったら、その案は採用なんですが、今回は相手が悪いのでやめておきましょう」
「むう」
ポルルンが不機嫌そうな声を上げて着席した。
「はい」
「はい、凍姫さん」
「斬る」
「…………。そ、それもなかなか斬新ですね。相手がその辺にいる痴漢辺りならその案を採用するんですが、ポルルンちゃん、こちらを指差さないように。今回は相手に近づくのも困難ですのでやめておきましょう」
「ぐっ」
凍姫が小さく呻いて椅子に座った。
「はい」
パルルンが控えめに手を挙げた。
「はい、パルルンちゃん」
「え~と、ご主人様に秘密特訓してもらって、勇者さんをやっつけてもらうのはどうでしょうか?」
「おお! 素晴らしい。さすがパルルンちゃんだ。ということでマオー、早速、その辺の山にでもこもるか、精神と○の部屋にでも入って、修行を開始しろ」
その言葉にマオーがパタパタと手を振る。
「ムリムリ。ムリですよ。私って体育会系じゃないですし、ちょっと血を見ると貧血になっちゃうし。第一、そんなキャラじゃないですもん」
「…………」
正義はこめかみをヒクヒクさせながら、何とか怒りを飲み込んだ。
本当は、「そういうキャラなんだよ、お前は! ていうか、血を見るのが嫌なら魔王なんかやめてNPCにでもなれや!」と叫んで、マオーにコブラツイストでも仕掛けたかったが、そんなことをすればパルルンの好感度が下がりそうなのでグッと我慢する。
「え~、なかなかこれといった案が出ないようですので、私から一つ提案が。そちらのマオー君から聞いたところによると、勇者の力の源は勇者パワーといううさんくささ一〇〇パーセントのエネルギーだそうです。そして、その勇者パワーとやらは、善行によって溜まるらしいのですが、魔王にも同様に、悪事を働くことによって溜まる魔王パワーという、これまたうさんくささ満載の不思議な力があるそうです。このパワーを使ってみるというのはどうでしょう?」
「それって悪いことするってこと?」
とポルルン。
「そうなります」
「そんな。ご主人様に悪いことなんて無理ですよぅ」
「それ以前に、悪事を働くなど私が許さん」
「まあまあ落ち着いて。特に凍姫さん。その正義感には感服しますが、このままだと、私達は確実に勇者に負けます。あの勇者の力は見ましたよね? あの光を受けたら僕達は一瞬で全滅です。あなたの正義感は、仲間を犠牲にしてまで貫きたいものなんですか?」
「うぐ!」
凍姫が渋面になって押し黙る。
「まあ僕も、いきなり人を殺して来いとか、建物を爆破してこいなんて言うつもりはありません。しかし、悪事を働かなくては魔王パワーが溜まらないのもまた事実。だからまず、軽いところから始めましょうか」
そう言って、正義はニヤリと笑った。
「さて、みんなさん。悪事というと具体的にどんなことを思いつきますか?」
「はい」
「はい、ポルルンちゃん」
「お前を殺す」
「……そ、そうですね。確かにそれは悪いことです。でも、今はやめておきましょう。私の一生のお願いです」
「……チッ」
「で、では、他の方、どうですか?」
「はい」
「はい、凍姫さん」
「お前を斬る」
「……そ、それも確かに悪いことですね。でも、今はやめておきましょう。血が噴き出して、お掃除するパルルンちゃんが大変ですよ」
「じゃあ、場所を移してや「はい、他の方!」」
「は、はい!」
「はい、マオー君」
「えと、牛丼とかテイクアウトした時に、ご自由にお持ちくださいって書いてある割り箸とかお醤油を、いつもより多く持ってくるというのはどうでしょうか?」
「そりゃただの嫌な客だろうが!」
正義が思わず素に戻って叫んだ。ポルルンが「あっ、喋り方が戻った」などと言っているのが聞こえる。
「もういい。俺が作戦を考える。まったく、どいつもこいつもやる気があんのか。まともなのはパルルンちゃんだけだな」
「で、どうするんだ?」
「まずは小さいことから始める。おい、マオー。お前、ちょっとその辺の店から、何か商品盗ってこい」
それを聞いたマオーの肩が跳ね上がった。
「ええっ! 無理ですよぅ。だって私、今までそんな悪いことしたことないですもん」
「…………」
正義の思考が一時的に停止する。
「お前、魔王なんだよな?」
「はい」
「魔王ってのは、強大な力を持ってふんぞり返ってたり、善良な人々を困らせて喜ぶドS野郎のことだよな?」
「……やや一部に誇張が過ぎると思いますが、大体そんなところですかね」
「じゃあ、何でお前は悪事を働いてないんだよ」
「アッハッハ。だって私、そういうキャラじゃないですもん」
笑いながら寝言をほざくマオー。そんなマオーの首を締め上げながら正義が叫んだ。
「そ・う・い・う・キャラなんだよ、お前は!」
「ギブギブギブ!」
マオーが涙声で正義の腕をタップする。
「魔王の首を何度も締め上げた男なんて自分が初なのではなかろうか?」そんなことを考えながら、正義は拘束を解いた。
「まったく、死ぬかと思いました、なんて凶暴な人なんでしょう。まるで魔王みたいです」
「……魔王はお前だ」
ツッコんだら負けだと思いつつも、ツッコまずにはいられない正義。正義の心に、一抹の空しさが漂う。
「はあ……、なんか、聞けば聞くほど、お前が魔王だと思えなくなってきた」
「ムッ、失敬な。私はれっきとした魔王です」
「じゃあ、証明して見せろ」
「えっ? しょ、証明ですか?」
「そうだ。とりあえずなんかその辺にある物盗ってこい。そしたら、お前が魔王だと信じてやる」
「わ、分かりました」
そう言い残し、マオーは突然姿を消した……と思ったら、すぐに戻ってきた。
「はあ、はあ、あ、あの、行きつけの駄菓子屋さんからうまかった棒持って来ましたー!」
「やることが小さいんだよ!」
ドヤ顔を向けるマオーに、間髪入れずに正義がツッコんだ。
言われたマオーは、ションボリと肩を落としている。
「チッ、魔王のくせに一〇円のお菓子くらいしか万引きできないとは。どんだけ残念なんだよ」
「えっ? 私、万引きなんてしてませんよ」
「はっ?」
きょとんとした様子のマオーに、やはりきょとんとした表情を浮かべる正義。
「えっ? このお菓子、盗んできたんじゃないのか?」
「まっさかー。これは駄菓子屋のおばあちゃんが、この前、庭掃除を手伝ったお駄賃にってくれ……」
「そりゃただのお礼だろうがあああ!」
正義が力の限り絶叫する。
「誰が良いことしてお礼もらってこいって言った! 俺は悪事を働いてこいって言ったの! 『持ってこい』じゃなくて、『盗ってこい』って言ったんだよ!」
「そんな! それ、悪いことじゃないですか!」
「だから、それをしてこいと言うとるんじゃあああ!」
正義、堪忍袋の緒がブチ切れて絶叫する。
「はあ、はあ。よし、こうなったら、俺が台本書いてやるからその通りにしてこい」
「そんな、私には無理です」
「やかましい! つべこべ言わずにいいからやれ! 今回は俺も付いてくからな! やり遂げるまで戻ってくるな!」
「そんな……」
そう言って、絶望的な声を上げるマオーの横で、正義は台本を書き始めた。
「うごくなてをあげろ(棒読み)」
ここはスラム商店街の肉屋。その店先で、銃を手に持ったマオーが、肉屋の店主らしきおばちゃんに銃口を突きつけてそう告げた。
その様子を、正義、ポルルン、パルルン、凍姫の四人が少し離れたところから見守っている。
告げられたおばちゃんは、少し目をパチクリさせた後……
「あら、魔王ちゃん。いらっしゃい」
と言って、魔王に笑顔を向けた。
「あ、はい。こんにちは」
おばちゃんに朗らかな笑みを向けられたマオーは、手に持っていた銃を下ろし、ペコリと頭を下げる。
「今日は何にする? 今、コロッケ揚がったところだよ」
「あっ♡ じゃあ、それ五つ……じゃなくて」
マオーは何かを思い出したように首を振り……
「うごくなてをあげろ(棒読み)」
再び銃をおばちゃんに向けた。
「どうしたんだい、今日は?」
銃を向けられたおばちゃんは、少し困ったように首を傾げ、マオーに心配そうな顔を向ける。
マオーは少しうろたえた後、ごそごそとポケットに手を入れ、一枚の紙を取り出した。
そして、それにチラリと目を向けつつ……
「わたしはこわいだいまおうだ。いのちがおしかったらあげたてのころっけ……じゃなかった、このみせにおいてあるこうきゅうしもふりにくをぜんぶだせ(ほぼ棒読み)」
と、若干申し訳なさそうに告げる。
おばちゃんは、また僅かに目をパチクリさせた後、おもむろにハンカチを取り出し、目元を押さえた。
「か、可哀想に……」
「えっ? あの……」
予想外の反応だったのか、マオーが一瞬銃を落としそうになる。
「ちょっと待ってな」
しばらく泣いていたおばちゃんは、そう言うやいなや、ふくよかな見た目からは想像もできないような速さで店内に入り、再び戻ってきた。
「これ、持ってきな」
おばちゃんがマオーに手渡したのは、コロッケのどっさり入った紙袋。
「あ、それからこれも」
さらにおばちゃんは、追加で店の前に並べてあったとんかつ、ヒレかつ、鳥のから揚げを素早く包み、マオーに持たせる。
「あの、おばちゃん、これは……」
困惑の様子を見せるマオーに、おばちゃんは二カッと笑う。
「いいから、何も言わなくても、おばちゃんには分かってるから。頑張るんだよ」
そして、おばちゃんはマオーの頭(正確にはマスク)を優しく撫でる。
マオーが何かを堪えるように、少し体を震わせた。
「あ、ありがとうございます」
マオーはもらった袋を抱きしめ、深々と頭を下げた。
「おっ! 魔王ちゃんじゃないか。もしかして泣いてんのかい? どうしたどうした?」
「何! 魔王ちゃんが泣いてるだと!」
「魔王ちゃん、どうしたの?」
そのやり取りを見た、肉屋の隣にある魚屋のおっちゃんの言葉に反応して、商店街の店から続々と人が集まってくる。
「えっと、すみません。何でもないんです」
マオーは慌てて頭を上げ、首を振った。
「魔王ちゃん、お腹が空いてるんだって。そうだよねえ。そんな小さな体で、二人も養ってるんだものねえ」
肉屋のおばちゃんがポツリとこぼす。
「何! 腹が減ってんのか、魔王ちゃん。ちょっと待ってな」
肉屋のおばちゃんの声に反応した魚屋のおっちゃんが、電光石火で店に入り、また戻ってきた。鮭や秋刀魚の入ったビニール袋を持って。
そして、その袋をマオーに押し付ける。
「これ、持ってきねえ」
「でも、おやじさん、これ……」
「いいっていいって。魔王ちゃんが腹空かせてたとあっちゃ、見過ごせねえよ」
鼻の下を擦りながら笑うおっちゃん。マオーが、再び何かを堪えるかのようにブルッと体を震わせる。
それを見た他の商店街メンバーも、急いで自分の店へと戻り、各々の店の商品を袋に詰めてマオーに押し付けた。
「魔王ちゃん、これも持ってきな」
「魔王ちゃん、これもこれも」
「魔王ちゃん、これどうぞ」
そして、積み上げられる商品の数々。たちまちマオーの両手がいっぱいになる。
「みなさん、本当にありがとうございます」
マオーが声を震わせながら、深々と頭を下げた。
「でも、いきなりそんなおもちゃの鉄砲持ってどうしたんだい? お腹空いてるなら、一言言ってくれればいいのに」
そう言ったのは、やはり肉屋のおばちゃんだった。
それを聞いたマオーが、少しオロオロした後……
「実は私、悪いことしなくちゃいけないんです」
と、小さく呟く。
「悪いこと? 魔王ちゃんが?」
魚屋のおっちゃんが信じられないといった顔で尋ねる。
「……はい」
「そりゃまたどうして?」
そう尋ねたのはお菓子屋の若旦那。
「えと、え~っと~」
マオーは五分ほど考え込んだ後、か細い声で言った。
「ある人に、悪いことしてくるまでは帰ってくるなって言われて……」
それを聞いた商店街メンバーの目がギラリと光る。
「ほほう、そりゃあ……」
「なんて酷いことを……」
「どこのどいつだ! うちらの可愛い魔王ちゃんに、そんなたわ言ほざく奴は!」
「……殺しちゃえ」
メンバー全員、先ほどのほんわかした表情は跡形もなく消え去り、口から瘴気でも吐きそうな顔になっていた。
「安心しな、魔王ちゃん。俺らがそのクソ野郎をブッ殺してやるからな」
「そうだよ。安心おし」
「さてと、ほんじゃ俺は、ちょっくら道具取ってくらあ」
「で、そいつ、どこにいるの?」
マオーは、若干汗をかきつつも、正義達のいる壁を指差す。
「あの男の人です」
マオーの言葉を聞いた商店街メンバー全員の視線が、一斉に正義をロックオンした。
ロックオンされた正義が思わず仰け反る。
「あの馬鹿、余計なことを。みんな、てっしゅ……って、あれ?」
慌てて撤収を指示する正義。しかし、すでにそこには誰もいなかった。
正義の頬から汗が一筋伝い落ちる。
「あ、あいつら……」
「おう、兄ちゃん。ちょっといいかい?」
そんな正義の背後から、とてつもないプレッシャーと共に、恐ろしく冷たい声が響く。
正義は、恐る恐る振り返った。
そこにいたのは、両目に「殺」と書かれた商店街の面々。その中の一人、腰に包丁を装備した魚屋のおっちゃんが、正義の肩をガッチリと掴んで不気味に嗤う。
「ちょーっと、顔貸してもらおうか」
そして三〇分後、商店街の面々から散々ボコられた正義は、魔王家にて治療を受けていた。
「まったく、何で俺がこんな目に」
オコタに座って、パルルンの治療を受けていた正義が悪態を吐く。
「……すいません。つい」
正義の前で正座していたマオーがペコリと頭を下げた。
「ったく、あの程度のこともできないんじゃ、お前、確実に勇者に負けるぞ。ポルルンちゃんやパルルンちゃんが、勇者に消されてもいいのか?」
「うっ、それは嫌ですけど……」
「だったら、我慢して何か盗ってこい。それが魔王軍のためなんだ」
「ううっ、はい」
マオーが目に見えて分かるほど落ち込みながら消えていった。
それから一〇分後……
「……戻りました」
沈んだ声でそう言いながらマオーが帰っていた。しかし、その両手には何も持っていない。
「おっ、戻ったか。ってお前、何にも持ってないじゃないか!」
「私、やっぱり万引きなんてできません。この辺の人達は、みんな優しくていい人達です。そんな人達から物を盗んでくるなんて、私にはできません」
マオーの言葉を聞いた正義が、真面目な顔で口を開く。
「……じゃあ、仲間が死んでもいいのか?」
「…………」
「どうなんだ?」
ポカ。マオーを問い詰める正義の頭に、僅かな痛みが走る。
気が付くと、ポルルンが正義のすぐ横に立って、睨んでいた。それを見た正義が少したじろぐ。
「な、何するんだ、ポルルンちゃん」
「他の手を考える」
「えっ?」
「他の悪事を考える」
「ほ、他の悪事って……、そんな簡単には……」
「そのためのお前」
「…………」
「できなきゃ、お前は役立たず」
「うっ」
強い口調で言われ、正義が言葉に詰まった。周りにいたパルルンや凍姫からも無言のプレッシャーがかかる。
「分かったよ! やりゃいいんだろ、やりゃ!」
結局、正義はそう叫ぶことしかできなかった。
「ムリです! 私にはできません!」
次の日、早朝から魔王家に大声が響いた。
「何言ってるんだ! これくらいのことができなくて勇者に勝てると思ってるか!」
「ムリなものはムリなんです!」
大声を聞きつけた凍姫が、慌てた様子で居間に駆けつける。
「何の騒ぎだ?」
「なんか、また正義が新しい作戦考えて、ご主人様が嫌がってる」
「一時間くらい前から、この繰り返しなんですよぅ」
すでに居間にいたポルルンとパルルンが、凍姫にそう説明した。
「やれやれまたか。今度は何を言い出したんだ、あの馬鹿は?」
「それがまだ分からない」
凍姫、ポルルン、パルルンの三人が、問題の正義とマオーに目を向けると、二人は周りのことなど全く見えていないかのように大声で怒鳴りあっていた。
「だから、こんなの全然大したことないって」
「そんなこと言われても、私にはやっぱりできません。近所のご家庭に、ピザのラージサイズ二〇枚、特上寿司二〇人前、大海老天ぷらそば二〇人前も頼むなんて」
「「「…………」」」
それを聞いた三人が一斉に沈黙。
「だから、こんなの全然大したことじゃないって。ちょっとやられたご近所様の出費がかさむだけだろ」
「でも、持ち合わせがなかったらどうするんですか! きっとすごく気まずい空気になりますよ。ご近所の方々には、日頃からすごく親切にしていただいてて、時々、多めに作った煮物とかおすそわけしてもらってるんです。そんな親切な方々に、恩を仇で返すような真似できません。それ以前に、スラムには電波が通ってないから、出前を頼む時は直接お店に頼みに行かなきゃいけないんです。私が近所のご家庭の出前を頼むなんて変じゃないですか」
「いや、大丈夫だ。どういうわけかお前は、ご近所さんに可愛がられている。魔王のくせにな。今回はそれを上手く利用するってわけだ」
「絶対嫌です!」
「だあああー! 分かったよ。じゃあ、アーカディアに住んでる奴らに頼め。あいつら裕福な生活送ってるから、ちょっとくらいいいだろ」
「言ったでしょ。スラムからアーカディアに電話はかかりません。出前だって届きません。スラムの出前がアーカディアに届くはずないじゃないですか」
「じゃあ、直接アーカディアに行って、どこか適当なウチに出前を頼めば……」
「嫌なものは嫌です!」
押し問答を繰り返す二人。そんな様子を見かねたのか、ポルルンが、ポンとマオーに肩を叩く。
「ご主人様、ポルルンにいい考えがある」
「えっ?」
「正義のツケにすればいい」
「なっ!」
それを聞いた正義の顔が驚愕に染まった。
「そうすれば、ご近所様、お金払わなくてすむ。ご近所様には、いっぱいお世話になってるから、ご恩返しする」
「ポルルンちゃん、それナイスアイデア!」
そう言って、強くポルルンを抱きしめるマオー。
「って、ちょっと待て。それじゃ悪事にならんだ……」
ポン
反論しようとした正義の肩を、凍姫がそっと叩いた。
「偉いぞ、正義。珍しく人様の役に立ったな」
「だからそれじゃ意味ねえだろおおおー!」
その日、早朝から一人の男の叫びが魔王家内に鳴り響いた。
そして、また次の日、
「ご主人様、ポルルン、いい作戦考えた」
昼食を終え、居間で衣類にアイロンをかけていたマオーに、ポルルンが声をかけた。
オコタに入ってスーファミをしていた正義も、その言葉に反応する。(ちなみにパルルンはお買い物。凍姫はその荷物持ち)
「ん? 何々?」
ポルルンが正義を指差しながら言った。
「こいつをボコる」
「「…………」」
それを聞いた二人が、一瞬だけ沈黙する。
「ダ、ダメだよ。前に言ったでしょ。正義さんを殺すのはナシって」
「大丈夫。殺さない。ただボコるだけ。むしろ殺しちゃダメ」
「え? どゆこと?」
「人をボコるの悪いこと。だからポルルンが、ご主人様の命令でこいつをボコって魔王パワーを溜める。ギリギリまでボコって、死にそうになったらやめる。ちょっと回復させたらまたボコる。それ、繰り返す」
「「…………」」
正義とマオー、またも沈黙。
「どう? とってもいいアイデア。ポルルン偉い?」
「ポ、ポルルンちゃん、確かにいいアイデアだと思うけど、さすがにそれは、ちょっとひどすぎ……」
「大丈夫。正義にも見返りある。ポルルン短いスカート穿いてるから、正義蹴る度にパンツ見える。正義喜ぶ。ちゃんと見返りある」
「ポ、ポルルンちゃん!」
マオーがポルルンをヒシと抱きしめた。
「ありがとう、ポルルンちゃん。とっても嬉しいよ。でも、やっぱりダメ。ポルルンちゃんが正義さんに目で犯されるなんて、私には耐えられないよ」
「……ご主人様」
固く抱き合う主従。そのやり取りを始終見ていた正義がポツリと呟いた。
「お前ら、俺を何だと思ってんだ?」
そんな正義の呟きをあっさりと無視し、ポルルンが言った。
「分かった。ご主人様の見てないこところで、ご主人様に見えないところをボコるようにする」
▲▲▲
その者は喜びを噛み締めていた。
人から賞賛を浴びることとは、なんと甘美なことなのだろう。胸の奥底がこそばゆくなり、体は急速に熱を帯び、心臓が高鳴る。
それはまるで麻薬のよう。もっと、もっと、もっと賞賛されたい。そんな欲望が無限に湧き出してくる。
その者は、初めて賞賛を浴びたその日から、ずっとそう思うようになった。確かに最初は罪悪感もあった。自分のしていることに疑問を感じることもあった。しかしそれも、ある日急に、まるで抜け落ちたかのように自分の心から消え去った。ひょっとしたら、他者からの賞賛という麻薬に、一瞬にして塗りつぶされてしまったのかもしれない。
本当はまたすぐにでも賞賛を浴びたい。しかし、今は我慢だ。そう度々使っていては麻薬の効果も薄れてしまう。故にその者は、この麻薬を使用するのは二週に一度と決めていた。少し前に使ってしまったばかりだから、またしばらくは使えない。だから我慢だ。
この飢えに耐えてこそ、賞賛された時の喜びは、なお一層甘美で濃密な物になる。
故にその者は、一人、前回賞賛された時の喜びを噛み締めながら、次なる賞賛への渇望に耐えていた。
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ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~
最新話はポンタローのブログからよろしくです~
ではでは~