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ポンコツ魔王と大参謀の俺  作者: ポンタロー
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第二章

第二章


 次の日、寒さと湿気とカビ臭さ満載の物置の中で正義は目を覚ました。

 いきなり拉致され、魔王軍に参謀として迎えられたにも関わらずこの待遇。正直かなり不満だが、今は怒りよりも空腹感の方が強かったため、とりあえず居間に戻ることにする。

「ういーす」

「あ、おはようございまーす」

「起きるの遅い」

「おはようですぅ」

 居間に入ると、マオーとパルルンが台所で朝食の準備。ポルルンがオコタで蜜柑を食べていた。

「昨日はよく眠れましたか?」

「眠れるわけねーだろ! 物置で寝るなんて初めての経験だよ!」

「おお、初体験。よかったな、正義。ご主人様に感謝するといい」

「うう。こんな初体験は嫌だ」

 へこむ正義に、パルルンがトコトコと近寄り、正義の匂いを子犬のようにくんくん嗅いだ。

「正義さん、少しカビ臭いですう」

「そりゃ、物置で寝たからな」

「シャワー浴びてきたらどうですか?」

 そう言ったのは、お盆に朝食を載せて居間に入ってきたマオーだった。

「おお、ナイスアイデア。そう言えば俺、昨日も風呂に入ってないや。ちょっとひとっ風呂浴びてくる」

「あ、でも、今は凍姫さんが……」

 そして、マオーが何か言いかけるより早く、正義は風呂場に向かっていった。


▲▲▲

「行っちゃった。大丈夫かな?」

 正義の去った後を見つめたまま、マオーが独り言のように呟いた。

「それ、どっちの心配?」

 蜜柑を口に放り込みながらポルルンが尋ねる。

「もちろん正義さん」

「当然大丈夫じゃない。パルルン、救急箱用意しとく」

「は~い」

▲▲▲


 一方の正義は、鼻歌を歌いながら風呂場へと向かっていた。そして、風呂場の前に着き、さっそくそのドアを開く。

「フン。フンフフーン。さーて、ひとっ風呂浴びてヘブ!」

 が、風呂場のドアを開け瞬間、突如正義の意識は闇へと包まれた。


「は!」

 目覚めた正義が最初に見たのは、板張りの天井だった。

「ここは一体……、というか、前にもこんな経験があったような。しかもつい最近……」

 そんな正義の鼻腔を、香ばしい焼き魚とうまそうな味噌汁の匂いがくすぐる。正義が思わず辺りを見渡すと、そこは魔王家の居間だった。

「あ、気づいた」

「正義さん、大丈夫ですか?」

 正義の目覚めに気づいたポルルンとマオーが、持っていた箸を止める。

「俺、何でこんなところで寝てんだ?」

「え~っと、そ、それはですね~」

 説明しようとするパルルンの歯切れが悪い。

「私がお前をどついた」

そんなパルルンに変わって、凍姫があっさりと言い放つ。

「何で?」

「婦女子の入浴を覗こうとしたのだ。成敗するのは当然だろう」

「いや、俺は風呂に入りに行っただけで、別に風呂を覗こうとは……」

「ご、ごめんなさい。先に凍姫さんが入ってたんです。それを言う前に、正義さんが行っちゃって……」

「なるほど。それは仕方ない。しかし、またもお色気シーンをカットとは。俺達、本当に大丈夫なのか?」

 一人で思い悩む正義に、凍姫が顔を引きつらせる。

「……打ちどころが悪かったかな?」

「だいじょぶ。きっと、一時的な記憶障害。なんならもう一発どついてみる」

「そうだな」

「いや、いい。大丈夫だから。それより、朝は魚か。いいねいいね。では、早速いただきまーす」

 身の危険を感じた正義は、とりあえず強引に話題を逸らし、自分の分の朝食にありついた。


「で、結局目的は何なんだ?」

 朝食の席で、味噌汁をすすりながら、正義がマオーに尋ねる。

「え? 何の目的ですか?」

「魔王軍の目的だよ!」

「え? だから魔王軍を強く……」

「だから、魔王軍を強くして何がしたいんだよ?」

「決まってるじゃないですか。戦うんですよ」

「戦う? 誰と?」

「それも決まってるじゃないですか。魔王の敵と言ったらただ一人、勇者です」

 困惑する正義に向かって、マオーはさらりと言った。

「勇者? 勇者もいんの?」

「はい」

「ここに?」

「はい」

「ふ~む。勇者か~。で、その勇者ってどんな奴なんだ? お前みたいなポンコツなのか?」

「う~ん。口で説明するよりも見てもらった方が早いかもしれませんね」

「え? 見れんの?」

「はい。今日はちょうど、天下一武戦会てんかいちぶせんかいの日ですから。よろしければ、凍姫さんもご一緒に」

「うむ、よかろう。戦うべき敵を見ておくのも重要なことだからな」

「で、どうやって行くんだ?」

「私の力でひとっ飛びです。……それじゃ、ポルルンちゃん、パルルンちゃん。ちょっと行ってくるから、留守番お願いね」

「ん」

「はい」

 マオーの言葉に、二人が頷く。

「あれ、二人は行かないのか?」

「はい。家を無人にするわけには行きませんからね」

「ふーん、そっか。あ、そうだ! マオー、何か羽織る物くれ。外、めちゃくちゃ寒いぞ」

 正義の言葉に、マオーが首を振る。

「大丈夫ですよ。これから行く場所は寒くありませんから」

「え! 屋内なのか?」

「いえ、厳密に言うとそうではないんですが、そこは年中適温に保たれていますので」

「ふーん。そっか」

「それじゃ、行きますよ。ルー……アイタ!」

 何かを唱えようとしたマオーに、いきなり正義の肘打ちが入る。

「痛いです! 何するんですか!」

「何するんですかじゃない。お前、今、何て言おうとした?」

「何ってル○ラですよ。マップ移動の定番でしょ?」

「バカヤロー! それは超大作RPGでしか使っちゃいけない、超有名な呪文なんだよ! しかも、屋内でやったら天井に頭ぶつけるわ!」

「いいじゃないですか、ちょっとくらい」

「アホたれー! 怒られたいのか? 怒られたいのか、お前は?」

 鬼気迫る正義の表情に、マオーがたじろぐ。

「うう、分かりましたよう。それじゃ、気を取り直して、テレ「だらっしゃあああーー!」」

 またも何かを唱えようとしたマオーに正義がカットイン。

「イッタ! 何なんですか、もう!」

「それもRPGをやってる者なら知らぬ者などいない、某有名ゲームでしか使っちゃいけない魔法だろうが! しかもそれは、ダンジョンからの脱出専用なんだよ!」

「そんなあ、じゃあ、何て言えばいいんですか?」

「…………」

 正義、しばし熟考。

「……ポンコツで」

「は?」

「ポンコツで」

「……え? ホントに?」

「うむ。お前にピッタリだろ」

 名案とばかりに頷く正義。

「うう……分かりましたよ。それじゃ、ポンコツッッ!」

 そして、半ばヤケクソ気味にマオーが叫ぶと、正義、マオー、凍姫の三人は、忽然とその場から姿を消した。


「ここは……」

 正義は目の前に広がる光景に釘付けになった。

 そこに広がっていたのは、そびえ立つ無数のビルに行きかう人々。綺麗に整備された街並みに、等間隔に植えられている街路樹が色のアクセントとなっている。正直、今まで見てきたものが、古びた体育館(黒き胎内)とマオーのボロ家だけだったため、正義には今いる場所が近未来の世界のように見えた。

その中でも一際正義の目を引いたのは、多くの高層建築物の中でも群を抜いてそびえたつ巨大なビルだった。

「何だ、あのバカでかいビルは?」

「あれこそ、勇者の居城、エターナルクレイドルです」

「……最近の勇者は、城じゃなくてビルに住むんだな」

「……みたいですね」

「お前んちはボロ家なのにな」

「……世知辛いご時勢なんです」

隣にいる凍姫も、この光景に圧倒されたのか、着いてからずっと口を閉じている。

「マオー、ここって……」

「ここが私達の世界シーディーにある唯一の国、アーカディアです」

「アーカディア……」

 アーカディア、アルカディアなどとも呼ばれる、ギリシャにある古代からの地域名で、理想郷の代名詞ともなっている。確かに、この場所には、その名がふさわしいと正義は思った。

「って、ちょっと待て。ひょっとして、ひょっとしてなんだが……、ここって俺のいた現実の世界じゃないのか?」

「当たり前じゃないですか。何おバカなこと言ってるんですか、正義さん」

「いやだって、黒き胎内は実は体育館だったし、お前んちもただのボロ家だったから、てっきり、ちょっと中二病入った馬鹿共の妄想プレイかなんかだと……」

「ひどいです、正義さん。そんな人が空間転移なんか使えるわけないじゃないですか」

「いや、そこはこう、何かタネか仕掛けがあってだな」

「そんなのありませんよ。ここはあなたのいた現実世界とは異なる世界シーディー。そして、今いるここは、そのシーディー唯一にして勇者の統べる国、アーカディアです」

 マオーが肩で息をしながら力説した。

「分かった、分かったから落ち着けよ。しかし、勇者ってのは、すごいんだな。お前と違って」

 正義が思わずそんな感想をこぼす。しかし、マオーはそれに何も答えなかった。

「マオーの家もこのアーカディアのどこかにあるのか?」

「いえ、私の家はアーカディアにはありません。……詳しい話はまた後ほど」

「ふ~ん。分かった」

 いつもよりやや硬い声で話すマオーに、正義はとりあえずそう答えた。

「で、これからその勇者様を見に行くんだろ?」

「はい。ご案内します。二人とも、こちらへ……」


 正義達がマオーに連れてこられた場所、そこはスタジアムのようだった。テレビなどに映る、野球やサッカーなどのスタジアム。その観客席に当たる部分に正義達はいた。スタジアムは満員御礼。真っ白い制服を着た警備員がそこかしこに立って、人波を整理している。スタジアム内はすさまじい熱気で包まれており、観客の興奮がこちらまで伝わってきた。

「ここはアーカディアコロシアムといって、勇者が定期的に自分の力を民に見せる『天下一武戦会』の行われる場所なんです。で、あれがその勇者です」

 マオーがそう言って、ある一点を指差す。正義がマオーの指を目で辿っていくと、そこにはマオーと同じように顔をフルフェイスのマスクで覆い、マントを着けた騎士のような出で立ちの者が立っていた。

 しかし、マオーと違ってこちらは白一色。騎士のようだが決して大柄ではなく、むしろ背は低い。マオーと同じくらいだ。

「あのちっこくて白いのが勇者なのか?」

「はい」

「マジで?」

「はい」

 正義が内心で首を捻る。正直、正義の想像していた人物とは全く違っていた。

「弱そうじゃね? むしろ相手の方がやばそうだが」

 そう言って、正義が勇者と対峙している面々に視線を向ける。そこにいたのは、見るからに強面で体格のいい男達だった。それが一〇人程度で、全員が剣や斧などの武器を所持。何やら全員、腕や脚に鎖を巻きつけたような痣がある。どう見てもこちらのほうが強そうだ。

「……そんなこと言ってられるのも今のうちです。始まりますよ」

 試合開始の鐘が鳴る。それと同時に勇者に飛び掛る男達。

そんな男達に向かって勇者が軽く剣を振る。その瞬間、剣から白い閃光のようなものが放たれ、先ほどまでその先にいた男達は、一瞬にして消滅した。あとに残ったのは、その閃光の残滓と思われる白い光の粒のみ。正義の体に戦慄が走る。

「な、何だ、あれ?」

「あれが勇者の唯一にして最強の武器、聖剣イレイサーです」

「い、いれいさーって、日本語にすると消しゴムだろ?」

「はい。でも、あの消しゴムが消すのは文字じゃなくて人ですけどね」

「…………」

 マオーの言う通りだった。勇者はその聖剣をもって、次々と相手の男達を消していく。

 そして、試合開始から僅か三分で、相手の男達は跡形もなくその場から姿を消していた。

 会場から、割れんばかりの歓声が鳴り響く。勇者は軽く手を上げて歓声に応えた後、観客が静まったのを見計らって口を開いた。そこから聞こえてきたのは、マオーと同じく、明らかにいじった奇妙な声。

「我が愛すべきアーカディアの民達よ。今日もまた、シーディーから悪の脅威が消え去った。いずれ私は、シーディーから全ての悪を取り除くつもりだ。たとえ、スラムからどんな脅威が襲ってきても、私は必ずこのアーカディアを守ってみせる」

 またも観客から大きな歓声が上がる。凄まじい大歓声が、再び勇者に降り注いだ。


「ビビリました?」

 マオーが正義に尋ねた。

「……まあな。ちなみにレベルとかあんのか?」

「そうですね~。私を一〇〇とすると……」

「すると?」

「一億くらいですかね」

「勝てるわけねえだろ! って、待てよ」

 そこで正義がポンと手を叩いた。

「よく考えたら、お前、空間転移できるんだから、勇者の後ろに転移して、サクッと闇討ちしちゃえばいいんじゃね?」

 ナイスアイデアとばかり尋ねる正義。しかし、マオーの表情は硬い。

「そう……できればいいんですけどね」

「何か問題でもあるのか?」

「……あれを見てください」

 言われて正義が勇者を見る。しかし、特に変わったところはない。

「あれって何だ?」

「よく見てください。勇者の周りに薄い膜のような物が見えませんか?」

 正義が目を凝らして勇者を見る。すると、マオーの言った通り、勇者の周りを薄い膜のような物が覆っていた。

「あれは……」

「あれこそ勇者鉄壁の防御装甲、その名もコックーンです。勇者は、あれで常に全身を防御しています。しかもその防御力は、超大人気アニメ『エヴァンガリレオ』に出てくる使徒のA・○・フィールド並み」

「そ、それじゃエヴァに乗っていない俺達じゃ……」

「そう。あのコックーンを中和できないんですよ」

「……打つ手なしじゃねーか」

「唯一の好材料は、勇者は私の存在を知らないってことですね」

「まあ知ってたとしても、勇者にとっちゃお前なんか蟻んこみたいな存在だろうしな」

「うう……まあそうなんですけど。で、ですね、あの強大な勇者の力の源、それが勇者パワーです」

「…………」

「何ですか、そのうさんくさそうな顔は?」

「いや、うさんくさいだろ。名前からして」

「でも、勇者の力のほどは、さっき見ましたよね?」

「……ああ」

「あれが今の勇者の力です。勇者は、善行によってその力を高めるんです。今回の戦いで、勇者はまたその力を強めました」

「ぜ、善行って……、あれはどう見てもただの虐殺じゃねーか!」

「……正義さん、あなたは悪さしたことありますか?」

 いきなりガラリと変わった話題に正義が戸惑う。

「お前、何言って……」

「答えてください。どんな小さなことでも構いません。あなたは今まで悪さをしたことがありますか?」

 妙な迫力を持ったマオーの言葉に、正義が考え込む。

(悪さって、どういうのが悪さなんだ? 人を殺したことは当然ないし、そりゃお袋に買い物頼まれた時、釣銭ごまかしたことぐらいあるし、ガキの頃はよく近所になってた柿、無断で食ったことあるけど……)

 そこまで考え、正義が答える。

「そりゃちょっとくらいしたことあるけど、そんなの誰だって……」

「クスッ、そうなんですよ」

「え?」

「人はね、何かしら悪さをしてるんです。自分では気づいてないかもしれない。自分では大したことじゃないと思ってるかもしれない。でもね、結局、大きいも小さいも失くせば、人は何かしら悪さをしてるんですよ」

「…………」

「では、正義さん。正義さんにとって勇者とはどういう人物ですか?」

「どうって、そりゃ正義の味方みたいな……」

「そう、正義の味方。世間一般の見方もそうです。その正義の味方が何かしら悪さをしている人間を倒す。これは、善行と言えませんか?」

「それはいくらなんでも極論すぎるだろ」

「ですね。でも、それが通ってしまうのが、このシーディーなんですよ」

「……そ、そんな奴どうやって倒すんだよ?」

「クス。そんなにビビらないでください。手はあります」

「何! まさか、お前もレーザーとか撃てるのか?」

 マオーが手をパタパタと振る。

「いえいえ、そうではなくて、勇者に勇者パワーがあるように、魔王にも魔王パワーがあるんです。瞬間移動も魔王パワーを使って行うんですよ」

「ほう。では、それを溜めれば……」

「はい、勝てるかもしれません」

「で、どうやって溜めるんだ、その魔王パワーとやらは?」

「勇者と反対です。悪事を働くんですよ」


「あれ?」

 天下一武戦会が終わりマオーが移動した先、そこは帰るはずの魔王家ではなかった。

 そこには先ほどまであった近未来的な光景は何一つない。木造立ての家屋に、寂れた商店街。人もいるが、先ほどまでと違いまばらだった。どことなく、ドラマなどで見た昭和の雰囲気が漂っている。

「おい、マオー! 場所間違ってるぞ!」

 正義の言葉に、マオーが硬い声で答える。

「いえ、間違ってないですよ。ここは、私の家から数百メートルほど離れたところです。お二人には、少し歩きながら、この世界シーディーについて説明しようと思いまして」

 そう言って、マオーは歩き出した。正義と凍姫が慌ててあとを追う。

 あとを追って歩く正義が、途中ですれ違った人々を観察する。どうやらここには大人やお年寄りが多く住んでいるようだ。少なくとも正義と同じか、それより下の者にはすれ違わなかった。

 ふと、妙なことに気づく。すれ違った全員が、体のどこかに先ほど勇者と戦った者達と同じような痣を持っていたのだ。

「おい、マオー。あのあ……」

「まず、この世界シーディーには一つしか国がありません。これは先ほども言いましたよね?」

「あ、ああ。ってことは、アーカディアという国がこのシーディーって世界そのものなのか?」

 質問をいきなり遮られた正義だったが、気を取り直してマオーに尋ねる。

「いいえ。正確に言いますとシーディーという世界は、アーカディアという国とその他に分けられた世界なんですよ」

「どういう意味だ?」

「先ほどまで私達のいた場所、あそこがアーカディアです。そして今、私達のいる場所、ここがスラム。その他と呼ばれる地域」

「その他……?」

「はい。あそこを見てください」

 マオーが指差したのは、遠くから見てもはっきりと分かる、とてつもなく高くそびえたつ巨大な壁だった。

「あそこがアーカディアです」

「は?」

 正義がマオーの言葉の意味を理解できず、素っ頓狂な声を上げる。

「分かりやすく言います。シーディーを大きな円のような世界だと思ってください。そして、その中に少し小さめの円を描く。その小さめの円がアーカディアです。そして、それ以外がスラム。あの巨大な壁は、アーカディアとスラムとを隔絶する物なんですよ」

「では、スラムから歩いてアーカディアには入れないのか?」

 そう尋ねたのは、先ほどまで終始無言だった凍姫だった。

「いいえ。一箇所だけ、スラムとアーカディアを結ぶ大きな門、ゲートがあります。でも、そこにはガデアンズと呼ばれる勇者の治安維持部隊がいるのでまず通れません」

「てことはつまり……」

「はい。スラムの人々がアーカディアに行くことはできませんし、逆にアーカディアの人々がスラムに行くこともできません。もっとも、アーカディアの人達はスラムに行こうなんて思いもしませんけどね」

「何でそんなこと……」

 その言葉にマオーは答えず、再びゆっくりと歩き出した。


「マオー、お前は勇者を倒して何がしたいんだ?」

 歩き始めてしばらく経った後、そう尋ねたのは凍姫だった。

「えっ?」

「勇者を倒すために力を貸して欲しい。それは分かった。しかし、仮に勇者を倒したとして、お前はその後、この世界をどうしたいんだ?」

「…………」

「今さらだが、もしお前の目的が、この世界を支配するということなら……」

「私は、この世界を壊したいんです」

「それはどういう……」

「この世界を見て、どう思います?」

「あまりにも、スラムとアーカディアの差が激しすぎると思いませんか?」

「…………」

「今日、勇者に消された人達、彼らはみんなスラムの住人です。けど、あの人達は悪人なんかじゃありません。ただの一般人なんです」

「…………」

「じゃあ、アーカディアの住人とスラムの住人との違いは何か? その違いはただ一つ、体のどこかにある、鎖を巻きつけたような痣、その痣があるかないかの違いだけなんです」

「…………」

「ただそれだけで、痣のある者達はスラムへと追いやられ、そして、ある日突然ガデアンズに拉致され、処刑される」

「ガデアンズとは何だ?」

「アーカディアにいた時、そのいたるところに白い制服を着た警備員のような者達がいたでしょう? 彼らこそ、勇者直属の治安維持部隊ガデアンズです。アーカディアの秩序を守る精鋭達で、ゲートも彼らによって厳重に守られています」

「このことアーカディアの奴らは……」

「知りませんよ。というか、言っても信じないでしょうね。だって、そうでしょ? あの夢のような世界は、全て勇者の作り出したものなんです。アーカディアでは、勇者こそが正義であり、勇者こそが法。しかも、勇者はアーカディアの住民にとって不利益なことなど何もしない。不満を言う者はみんな外。だから当然不満も出ない。そんな勇者が実は虐殺を行ってますなんて言ったって、誰も信じてくれませんよ。それにそもそもアーカディアの住民は、スラムの住民が悪だと勇者に刷り込まれていますからね」

「…………」

「アーカディアは確かにすばらしい国かもしれません。豊かで自由な夢の国。でも、スラムはそうじゃない。アーカディアに入るには資格がいるんです。選ばれた者だけがアーカディアに住むことを許される。ここの人達の体にある、鎖を巻きつけたような痣、あれは烙印なんです。あれの付いた者は決してアーカディアの住人にはなれない。彼らはただ、勇者が力を誇示するためだけに生かされている存在。勇者の力を誇示するためにアーカディアの民を使うわけにはいきませんからね」

「スラムの住人は反乱を起こしたりはしないのか?」

「しませんよ。だって、スラムの人達は、アーカディアの真実も勇者の正体も知りませんから」

「何?」

「スラムの人達は何も知りません。だから、反乱も起こらない」

「何故言わないんだ?」

「言ってどうなります? 勇者の力を見たでしょ? あれを見て勝てると思いますか?」

「…………」

 凍姫は押し黙った。

「でも、私は何とかして勇者を倒し、この虐殺を止めたい。ただそれだけなんです。だから私は、この世界を壊したい。その後のことは、正直分かりません。でも、世界制服が目的じゃないのは確かですよ。だって私、そういうキャラじゃないですもん」


 三人が魔王家に着き、中に入ろうとしたまさにその時、マオーが何かを思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ! 忘れてました」

 そう言って、ゴソゴソと自分の体をまさぐる。そして、取り出した物を正義と凍姫に手渡した。

「これは……」

「スマホか?」

 二人の言葉にマオーが頷く。

「はい。正式に魔王軍に入っていただいたことを記念してのプレゼントです」

「いや、俺は自分のスマホ持ってるんだけど……」

「チッチッチ。甘いですよ、正義さん。こっちの世界で、あなたのスマホがそのまま使えるわけないじゃないですか」

 正義が自分のスマホを確認。確かに電波が通っていない。

「と言っても、これは魔王軍メンバーにしか繋がらない特殊なスマホなんですけどね」

「はあ? 何でそんな面倒なことすんだよ?」

「いえ、そもそもですね。スラム内には電波自体通ってないんですよ」

「は?」

「スラムの住人達が結束しないように、勇者がスラム内に電波を通していないんです。アーカディアにはあるんですけどね。だからこれも、正確にはちょっと便利なトランシーバーってとこです。あ、でも、メールもちゃんとできるんですよ。インターネットはできませんけど」

「なるほど。確かにもっともな話だな」

 凍姫が頷く。

「はい。では、これでお二人とも正式に魔王軍ということで、これからよろしくお願いします」

 そう言って、マオーはペコリと頭を下げた。

ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~


ではでは~


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