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ポンコツ魔王と大参謀の俺  作者: ポンタロー
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第一章

第一章 


そのマスク野郎(性別が分からないのでとりあえず野郎)は、強いて言うなら、少し前に流行った「どうやって呼吸してるんですか?」とツッコミたくなるような、さらに言えば眼の部分だけシャコッと開きそうな黒いフルフェイスマスクと、漆黒に染まったマントを着けていた。

 怪しさ全開のそのマスク野郎は、人でごったがえしているアキバの交差点で、周囲の視線をよそに、近くの学生にぶつかっては謝り、両手にいくつもの紙袋を持っていたオタクにぶつかっては謝り、といった感じで少しずつこちらに近づき、やがて正義の目の前で停止する。

 そして正義に向かって一言。

「お茶しませんか?」

 マスクの奥から聞こえてきたのは、明らかにボイスチェンジしていると分かるいじった声。性別は分からないが、一応、お胸はないので男っぽい。

 正義は考えた。

この変なコスプレ野郎と喫茶店へ。

    ↓

店員が驚き、警察に通報。

    ↓

そして警察のお世話に。

という図式が、正義の脳裏に浮かび上がる。故に正義は、

「断る」

 と、バッサリ斬り捨てた。

「ええ! せっかく勇気を振り絞って声をかけたのに」

 マスク野郎がシュンと肩を落とす。

「あのな、ナンパするならマスクくらいとったらどうだ?」

 正義は至極真っ当な意見を述べる。

 するとマスク野郎は、少しもじもじしながら言った。

「えっ? これですか? これはダメなんです。私、その……ちょっと内気なんです」

「だったらこんなところでナンパしてんじゃねえよ!」

 正義は思わず力の限り叫んだ。周囲の視線が正義に集まる。正義は、少し赤くなって一つ咳払いした。

「まあいいや。それで、お前は誰なんだ?」

「フフフ。よくぞ聞いてくれました」

 その言葉を待ってましたとばかりにマスク野郎は胸を張る。

「実は私、魔王なんです」

 ドヤ顔で高らかに宣言する自称魔王。

 正義は、小さくため息を吐いて一言。

「やりなおせ」

「はっ?」

「やりなおせって、言ってんだよ」

「えっ? 何をですか?」

 首を傾げている自称魔王に、正義はフーと息を吐いて言った。

「あのなあ、今の世の中にどんだけ魔王をネタにしたラノべやゲームがあると思ってんだよ。今さらそんなネタ引っ張り出しても誰も付いていかねえぞ」

「えっ? いや、私、ほんとに魔王なんですけど……」

「ああ、はいはい。分かったから、とにかくやりなおせ。その魔王ってとこだけ直せばいいから」

「いや、その、そこ直しちゃったら、私、何になるんでしょう?」

「そんなの知るか。自分で考えろ」

「えう。そんなあ……」

 マスクの下ですすり泣くような声が聞こえる。

 しかし、正義はそんなことを無視して続けた。

「はい、じゃあ始めるぞ。よーい、アクション!」

「えーっと、フフフ、よくぞ聞いてくれました。実は私……魔王っぽい存在といいますか、限りなく魔王に近いけれど魔王じゃないといいますか、九九パーセント魔王って「カーット!」」

 そこで正義監督のカットが入る。

「魔王って単語を使うなって言ってんだよ! それじゃ魔王と変わらんだろうが。もう出尽くした感があるんだよ、魔王ネタは。だからちょっとヒネリを加えろ。ヒネリを」

「ううっ。難しいです」

 若干、心が折れかけているらしい自称魔王。

 しかし、正義監督は芸に厳しかった。

「さて、次がラストチャンスだ。これがダメだったら、俺は帰るからな」

「えっと、あの一つ提案なんですが……」

「んっ? 何だ?」

「魔王っぽいとこ見せてもダメですかね?」

「おっ! そんなことができるのか?」

「ええまあ。一応、魔王なんで」

「ふむ。それはちょっと面白そうだな。やってみろ。ただし、手から火を出すとか、ちょっと宙に浮くとかそんなありきたりなネタじゃダメだぞ。そんなつまらんネタだったら、俺は帰るからな」

「ううっ、分かりました」

 すると魔王は、いきなり正義に近づき、その肩に手を置いた。

 そして……

「えい!」

 と、短く叫ぶ。

 すると次の瞬間、正義と自称魔王は、その場から忽然と姿を消していた。


 正義が連れてこられたのは真っ黒い部屋、というか空間だった。

見渡す限りの真っ黒。上も下も左も右も全部黒。完全なまでの真っ暗闇。当然、自称魔王の姿も見えない。

「どこだ、ここは?」

 状況が分からず混乱する正義に向かって、自称魔王が少し誇らしげに胸を張って答える。

「フフフ。驚きましたか? ここが私のアジト。その名も黒き胎内たいないです!」

「ふ~ん」

「……あの、なんかリアクション薄くないですか? もっとこう『おお、すげえ!』とか、『ほんとに魔王だったんだ!』とか、そういうリアクションが欲しいんですけど」

「おおすげーほんとに魔王だったんだー」(超棒読み)

「グスッ。もういいです」

 正義の態度に、何やら勝手にダメージを受けている様子の自称魔王。

「あのな、はっきり言って、リアクション以前の問題があるだろ」

「グスッ。何ですか?」

「ココ、暗くて何も見えんぞ。お前がどこにいるのかすら分からん」

「はわ! これはとんだ失礼を。私のマスクには暗視モードが付いてるので気づきませんでした。今、灯りをご用意します」

 そして、小さな明かりが灯された。

「……一ついいか?」

「何でしょう?」

「何故、ロウソクなんだ?」

「この方が、魔王のアジトっぽいと思いまして」

「……魔王のアジトと言うよりも、ホラーハウスに近いな」

「フフフ。まあ、細かいことは置いといて」

「いや、全然細かくないと思うが。それより、もう一ついいか?」

「何でしょう? 何でも聞いてください」

「ココ、お前のアジトなんだよな?」

「はい」

「じゃあ、何であそこに跳び箱があるんだ?」

「はわわ! フ、フフフ。よく気が付きましたね。さすがです」

「そんなカッコつけて言われてもな。で、さらに足元にはバスケットボールも転がっているわけだが……」

「にゃわ! こ、これはですね。バスケットで全国制覇を目指していた時期がありまして。サンノー辺りと、背中を痛めながらも激戦を繰り広げようかと」

「周りのゴール全部壊れてんのに?」

「…………」

「…………」

 そこでしばしの沈黙が流れる。

「ココ、どっかの体育館だろ?」

「……フフフ。よくぞ気が付きましたね。さすがコ○ン君。体は大人、頭脳は子供ですね」

「誰がコ○ン君やねん。しかも、体は大人、頭脳は子供だったら、ただの中二病じゃねえかよ!」

 絶叫する正義。すでに肩で息をしている。

「ハア、ハア。と、とりあえず、もうここがどこかバレてんだから、電気を点けろ。話にくい」

「わっかりましたー」

 そしてライトが点灯。予想通り、そこはどこかの体育館だった。しかし、今はもう使われていないのか、中にある道具はえらくボロボロだ。

「……はあ、で、こんなところに俺を連れてきてどうするつもりなんだ?」

「…………」

 そこで自称魔王は沈黙。

「……マオー、お前、何も考えてなかったろ?」

 正義の中の魔王像がどんどん音を立てて崩れていく。

「そ、そんなことは……、って、何でマオーって、最後の方伸ばすんですか?」

「だってお前、パチモンじゃん」

「…………」

「で、話を戻すが、俺とお茶したいんじゃなかったのか?」

 マオーは手をポンと叩いた。

「ああ、そうです! そうでした!」

 その様子を見て、何故自分が話を進めねばならないのか疑問に思う正義。

「えーと、どうでしょう? お茶しませんか?」

「ここで?」

 正義がそう言って、古びた体育館を指差した。

「はい!」

「断る」

「ええ! そんなご無体な」

「お前、どう考えても、お茶したくて俺をここに連れてきたんじゃないだろ」

 マオー、てへぺロのポーズをとる。

「てへ、バレちゃいました?」

「帰る」

 正義は、頭に青筋を浮かべて、マオーに背を向けた。

 マオーがそんな正義の服の袖をハシと掴む。

「あ、待ってください。ホントのこと話しますから」

「だあーー! めんどくさい奴だな。さっさと言え」

「えと、実は勧誘なんです」

「何の?」

「魔王軍への入軍」

「…………」

「どうでしょう? 魔王軍に入りませんか?」

「断る」

「…………」

「…………」

「……えーと、どうでしょう? 魔王軍に入ってみませんか?」

 どうやら先ほどの正義の返答を聞かなかったことにしたらしい。

「こ・と・わ・る」

 正義は、今度は一文字ずつ区切ってはっきりと言ってやった。

 それを聞いたマオーがガックリと肩を落とす。

「な、何故? 魔王軍楽しいのに……」

「だったら、他の奴誘えばいいだろ?」

「…………」

 マオー、そこでしばし沈黙。

「で、魔王軍に入った時の特典なんですが……」

 どうやらまた聞かなかったことにしたらしい。正義は「こいつ、意外に図太いな」と思った。

「美少女とお友達になれちゃいます」

「何!」

 美少女という単語にすかさず反応する正義。

「可愛いのか?」

「はい! 超可愛いです!」

「タイプで言うと?」

「ツンデレ小悪魔系です!」

「友達から恋人に発展する可能性も?」

「もちろんあります!」

 きっぱりと言い切るマオー。正義は内心でキターと思った。

「そ、そうか。まあ、その話が本当なら、ちょっとは考えてやってもいいが」

「ほんとですか!」

 正義の言葉を聞いたマオーが飛び上がって喜び、明後日の方向を見つめて口を開いた。

「ポルルンちゃーん! 出てきてー!」

 マオーが虚空に向かって叫ぶ。しかし、いくら呼んでも返答はなかった。

「ポルルンちゃーん。お客さんだよー! ご挨拶してー!」

 それでもやはり返事はない。

 少し目頭の熱くなった正義が無言でマオーに近づき、ポンとその肩に手を置いた。

「もういい。もう、いいんだ」

 そう言って、正義は生暖かい視線をマオーに向ける。

「えっ、何がですか?」

「もう無理はしなくていい。ほんとは美少女なんていないんだろう?」

「えっ、いや、ほんとに……」

「いいんだ。みなまで言うな。お前のようなちょっと頭のネジが三本ほどぶっ飛んでる自称ポンコツ魔王に、美少女の知り合いなんているはずがない」

「えと、なんか、すごく優しい口調ですけど、実はものすごく馬鹿にしてますよね?」

「いいんだ、いいんだ。お前の熱意はよく分かった。その熱意だけは認めてやるから、さっさと俺を元の場所に帰せ」

「ううっ、全然信じてない」

 マオーがべそをかきながら、藁にもすがるような声で再度呼びかける。

「ポルルンちゃーん。お願いだから出てきてー。今度、ポルルンちゃんの大好きなムスドのドーナツ買ってきてあげるからー」

 完全に涙声で呟くマオーだったが、やはり返事はなかった。

「フウ。ほら、分かったから、早く帰らせ「ご主人様をいじめるな!」」

 慰めるように、再びマオーの肩に手を置こうとした正義の顔面に、いきなり強烈な飛び蹴りが炸裂する。

 それをモロに喰らった正義は、そのまま華麗に空中で四回転しながら、地に倒れこんだ。

 正義を沈めたのは、メイド服に身を包み、長い銀髪をツインテールにした、ややツリ目気味の美少女だった。頭にアホ毛を装備し、瞳は特徴的な緑と青のオッドアイで、背はマオーより少し低いくらい。そんな美少女が、今、両手を腰に当てて、正義を冷ややかに見下ろしている。

「ああ、ポルルンちゃん!」

 マオーは、大喜びでツインテール美少女、ポルルンに抱きついた。

「もう、遅いよー。どこ行ってたの?」

 マオーが少し拗ねたような口調でポルルンに尋ねる。

「これ、買いに行ってた」

 ポルルンが取り出したのは、一つの紙袋。そこには、『たい焼きのタイゾウ』と大きく書かれている。

「ああ、タイゾウさんのたい焼きだ。いいなあ。私の分は?」

「ない。全部ポルルンの」

「ええっ! そんなあ。一個ぐらいちょうだい」

「ダメ。少ないお金で買ってきたんだから」

「うう。お小遣い少なくてゴメンねえ」

 泣き崩れるマオーの頭を、ポルルンが優しく撫でる。

「よしよし、いい子いい子。たい焼き一つあげるから泣き止む」

「うう、ありがとう、ポルルンちゃん」

「で、こいつ誰?」

「あ、そうだった。こいつは……すみません。お名前何でしたっけ?」

「自分を魔王だと思い込んでる、ちょっとイタすぎるコスプレ野郎に拉致された善良な一般市民Aだ」

「そうそう、自分を魔王だと思い込んでる、ちょっとイタすぎる……えと、続き何でしたっけ? すみません。長いお名前だったから忘れちゃって」

「ツッコめよ! 俺がイタい奴みたいじゃねえか!」

「えっ? 何にツッコむんですか? 自分を魔王だと思い込んでる、ちょっと……」

「司連正義だ! 正義でいい!」

 正義が肩で息をしながらそう叫んだ。マオーは、そんな正義を無視してポルルンに笑顔を向ける。

「正義さんだって。正義さんは、今日から魔王軍に入ってくれるんだよ」

「こんな奴いらない」

 正義を指差し、正義に聞こえる声ではっきりと言い切るポルルン。マオーが三秒ほど固まる。

 しかし、いきなり正義の方に振り返った。

「この子はポルルンちゃんっていって、私の使い魔なんですぅ。魔王軍に来ると、今ならもれなくこのポルルンちゃんとお友達になれちゃいますぅ」

「どうだ!」と言わんばかりにマオーは言い放つ。どうやら、ポルルンの声は正義に届いていないということにしたらしい。

「……どう考えても、その子が俺と仲良くするとは思えんが?」

「…………」

「…………」

 そして、五秒ほど静寂が流れる。

「え? こんな可愛い子とお友達になれるんですよ。正義さんみたいな彼女いない歴=実年齢的な方には、最高の条件じゃないですか?」

 どうやらマオーは、今度は正義の言葉を聞かなかったことにしたらしい。

 正義が無言でマオーに近寄り、問答無用でチョークスリーパーを仕掛けた。

「いた、痛い。やめてください。ほんとに痛い」

 マオーの本気の訴えに、正義が渋々手を放す。

「人の話を聞け。それと失敬な奴だな、お前は」

「ケホケホ、ち、違うんですか?」

「いや、合ってるけど」

「なーんだ。やっぱり女の子にモテたことないんじゃ……」

「それを他人に指摘されんのがムカつくんだよ!」

 そう言って今度は、手がゴムのように伸びたわけではない普通のパンチ。

「ひ、ひどい。なんて暴力的な人なんでしょう。まるで魔王みたいです」

「……魔王はお前だろうが」

 ツッコむのも面倒になってきた正義は、大きくため息を吐いて続ける。

「分かったよ。もし、俺の出す条件を呑むなら魔王軍に入ってやってもいい」

「ほんとですか!」

 先ほどまでへこんでいた様子のマオーが、急に立ち上がって正義に詰め寄った。

「何ですか、その条件って? 私、何でもしちゃいますよ。お掃除ですか? お洗濯ですか? お料理ですか? こう見えても私、結構家庭的だって……」

「……お前は本当に魔王なのか?」思わずそうツッコミかけた正義。しかし、気を取り直して一言。

「ポルルンちゃんが欲しい」

「ふざけんな!」

 正義が言った直後、先ほどまで黙ってたい焼きを食べていたポルルンが、いきなり凄まじい速さで正義の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだ。

「ポルルンは魔王様の忠実なしもべ。お前みたいな馬鹿でスケベな童貞ヤローのものにはならない」

 正義の頭を踏んづけながらポルルンが叫ぶ。

「ああ、ダメだよ、ポルルンちゃん。いくら、馬鹿でスケベな童貞ビチグソヤローでも、せっかくの魔王軍候補なんだから。表面上は機嫌を取らなくちゃ」

「お、お前ら、本人を目の前にして随分言ってくれるな」

 怒りでプルプルと震えながら、正義が起き上がる。

「もういい。俺は気分を害した。もう帰る!」

「ええっ! ま、待ってくださいよ。そうだ! お詫びにポルルンちゃんがパンツ見せますから」

「なぬ!」

「パンツ」という単語に、正義が鋭く反応して立ち止まった。

「ふ、ふむ。そういうことなら、もう少しくらい話を聞いてやってもいいかな」

「ほ、ほんとですか! ありがとうございます。ほら、ポルルンちゃん。正義さんにパンツ見せてあげて」

 喜色を浮かべ、ポルルンを急かすマオーだったが、

「ヤッ!」

 ポルルンはあっさりと首を振った。

「あんな童貞ヤローに視姦されたくない」

「ええ! そんなぁ。ちょっとくらいいいじゃない。減るもんじゃないんだし」

「イヤ。そんなに言うならご主人様が見せればいい」

「えー、ヤダよー。妊娠しちゃうもん」

「自分がされてイヤなことは、他人にしちゃダメ」

「うう、ごめんなさい。分かりました」

 自分の使い魔に諭されて、肩を落とすマオー。そして、そのままとぼとぼと正義の方に歩いてくる。

「ごめんなさい。パンツ見せるのはダメだそうです」

「そうか。じゃあもう用はない。帰る」

 短く言って、マオーに背を向ける正義。そんな正義の服の裾を、再びマオーがハシと掴む。

「ちょ、ちょっと、待ってください。誰か一人、パンツ見せてもいいって言う可愛い女の子を連れてきます。その子のパンツを見せますから、どうかしばしお待ちを」

 そしてマオーは、正義の返事を待たずして、またも忽然と姿を消した。

 

 マオーが姿を消して、早一〇分。そしてそれは、正義とポルルンがその場に残されて待ち続けた時間でもある。

 いい加減、この息の詰まりそうな空気をどうにかしたいと考えた正義だったが……

「なあ、ポルルンちゃ……」

「うるさい、話しかけるな。童貞ヤロー」

 さっきからずっとこんな調子であった。まるで取り付く島がない。

 そんなポルルンは、やがてじっと待つのに飽きたのか、いきなり虚空から大きな水晶玉を取り出し、見つめだした。

 正義も気になって、その水晶玉を覗いてみる。

 そこには、正義とマオーが出会った場所でもあるアキバで、一人ナンパにいそしんでいるマオーの姿が映っていた。

 マオーが綺麗系の美女に声をかけようとする。しかし、美女はあっさりとマオーを無視して素通り。マオー、ションボリと肩を落とす。

 次は、女子高生。スカートを極限まで短くした、パンツ見てくださいと言わんばかりの制服を着た女子に声をかけ……ようとして、近くを通りかかった警官に職務質問されかけ、慌てて逃げ出した。

 そして、少し場所を移して早二時間。声をかけた人数はすでに一〇〇人を超えている。

 にも関わらず、成果はゼロ。一度など、小学生らしき女の子に声をかけ、大泣きされたところをその子の姉らしき中学生くらいの少女に見つかり、三〇分ほど説教を受けた。

「せめてあのマスクとマント取ってやれよ」

「うるさい、黙れ」

 そして、こちらはこちらでこの始末。正義は内心で盛大にため息を吐いた。

 記念すべき二〇〇人目。それは、ハーフなのか長い黒髪に青い瞳を持つ女子高生だった。顔立ちは間違いなく美少女。その透き通った瞳から放たれる視線がきつすぎて高圧的な印象を与えるかもしれないが、それを加味しても、正義の今までの生涯で見てきた美少女ランキングトップスリーに入る美少女だった。身長はマオーよりも高く、一七〇近くあるだろう。制服らしき紺色のブレザーと灰色のスカートに身を包み、剣道でもするのか竹刀袋を持っている。

 その女子高生は、いきなり声をかけてきたマオーに不審の目を向けるわけでもなく、ただ黙って話を聞いていた。

 しかし数分後、女子高生の顔が目に見えて険しくなっていった。それを見て、「ああ、また失敗だ」と思う正義。

 だが、次の瞬間、信じられないことが起こった。どういうわけか、マオーとその女子高生が固い握手を結んでいる。女子高生の手を強く握り締めたマオーが、何度も何度も頭を下げていた。

 どうやら成功したらしい。そして、二人は人気のないところに移動し、忽然とその場から姿を消した。


 と思ったらすぐに現れた。正義の目の前に。

「どうです。ちゃんと連れてきましたよ」

 そこに立っているのは、先ほどの女子高生と、自慢げに胸を張ってポーズを取るマオー。

 しかし、女子高生の方は、何故だか正義に汚物を見るような視線を向けている。

「おい、マオー。ちょっとこい」

 女子高生の視線に若干ビビリの入った正義は、ちょいちょいとマオーを手招きして小声で囁く。

「どうやって連れてきたんだ?」

「ど、どうって、ふつーにお願いして……」

「嘘つけ。そんな怪しいマスクとマント着けた奴にホイホイ付いてくるようなタマには見えねーぞ。しかも、めちゃくちゃこっち睨んでるじゃねーか」

「…………」

 正義の指摘に、マオーは下手な口笛を吹いて明後日の方向を向いた。

「……何て言ったんだ?」

「さあ、何のことですか? 私にはさっぱり・・「おい!」」

 イライラした正義が、マオーの胸倉を掴んで問いただそうとする。しかし、それは件の女子高生によって阻まれた。

 女子高生は、マオーに掴みかかろうとした正義の腕を取るやいなや、そのまま強引に正義を投げ飛ばす。

「グギャ!」というつぶれた蛙のような声を出して、正義は地に転がった。

「貴様か。困っている者に対して、手を貸してほしければパンツを見せろなどという卑怯極まりない条件を出した痴れ者は」

 女子高生がゴキブリを見るような目で、正義を冷ややかに見下ろす。

「まったく、最低の男だな。私は貴様のような下種を見ると虫唾が走る」

 事ここに至って、正義はようやく、マオーが「パンツを見せなければ協力してもらえない」と正直に語り、女子高生に泣きついたことを理解した。

 正義が慌ててマオーを睨みつけるが、マオーは我関せずとばかりに顔を背けている。

「おい! こっちを向け!」

「は、はい!」

 女子高生の一喝に、正義が思わず勢いよく答え、姿勢を正した。

「……で、お前は私のパンツを見たいそうだな?」

 女子高生が、凶悪な眼光を放ちながら正義に尋ねる。

「いえ、そんな滅相もない」

 イエスと答える=死。そう感じとった正義が迷わず首を振った。

「ほほう。だが、私の聞いた話では、貴様は美少女のパンツを見せねば、こちらの困っている者達を助けないと聞いたのだが」

「うっ!」

 正義が再びマオーを睨むが、マオーはやはりそっぽを向いている。

「そんなとんでもない。僕は人助けが趣味の極めて善良な一市民でして……」

「では、何の見返りもなしにこの者達を助けるのだな?」

「うっ! そ、それは……」

「助けるんだな!」

「……はい」

 女子高生の圧倒的な迫力に、正義は思わず頷いた。

 視界内で、マオーが飛び上がって喜んでいるのがチラリと見えたので、あとで殴っておこうと心に決めながら。


「では、一応自己紹介しておこう。私の名は流宮凍姫ながれみや とき、今をときめく一七才だ」

「……司連正義。……一七だ」

 その言葉を聞いた凍姫が、目を数度瞬かせる。

「セイギ? どういう字を書くんだ?」

「……正しいという字に、義理の義」

「…………」

 正義の言葉に、凍姫は少し沈黙した後、正義の肩にポンと手を乗せた。

「改名した方がいい」

「うっせえよ!」

 若干、名前にコンプレックスを持っていた正義が思わず叫ぶ。

「あ、あの~……」

 いがみ合う二人の間に、控えめな声が割って入った。

「お取り込み中すいません。そろそろ本題に入らせていただきたいのですが……」

 マオーだった。申し訳なさそうな声で、正義と凍姫に声をかけている。

 それを聞いた二人が、互いに顔を背けながらもマオーの方に向き直った。

 マオーが喜色を浮かべて話し出す。

「えと……、凍姫さんも魔王軍に入ってくださるってことでよろしいですか?」

 凍姫が即座に頷いた。

「うむ。困っている者を見捨てることはできんからな」

「あ、ありがとうございますううう~~~!」

 マオーが喜びのあまり凍姫に抱きつく。

 凍姫はくすぐったそうにマオーのマスクを撫でていた。

 自分の時とは随分違うマオーの態度に、正義が少し渋面になる。

「で、俺は魔王軍に入って何をすればいいんだ?」

「は! そうです。そうでした」

 状況を思い出したらしく、マオーがコホンと一つ咳払いする。

「えと、正義さんには、参謀としてこれから魔王軍を強くしてもらいたいんです」

「はい? 強くって、俺はただの一般人なんだが?」

「またまたぁ、正義さんったら謙遜しちゃって。心配いりません。私の綿密なリサーチによると、この大役を任せられるのは正義さんだけなんです」

「ほう……」

 正義が心の中でニヤリと笑う。褒められるのは嫌いではない。

「で、何でそんな重要な役目を俺に頼むんだ?」

「決まってるじゃないですか。私が調べた中で、正義さんが一番悪知恵が働くからです」

「ケンカ売ってんのか、テメエは!」

 思わず叫ぶ正義。

「あう、ゴメンなさい。ちょっと言い方が悪かったですね。言い直します」

「そうしろ」

「えと、私が調べた中で、正義さんが一番……」

「うんうん、一番?」

「小賢しいからです」

「さっきより悪くなってんだろうが!」

「そんな、一応私なりに、オブラートに包んで言ってみたのに」

「ふざけんな! もういい。俺は帰る。帰るったら帰る」

憤慨した正義が、一同に背を向けてその場を去ろうとする。

 しかしその時、正義の目の前の闇が、まるで扉を開けたようにガラガラと音を立てて開き、そこから一人の少女が入ってきた。

「ご主人様~。家のお掃除終わりました~♪」

 その少女を目にした瞬間、正義の体にまるで稲妻でも落ちたかのような衝撃が走った。

 身長は一五〇センチ未満。腰まで届く流れるような金髪をツーサイドアップに。そして、ポルルンと同じくアホ毛を装備。瞳はこちらもポルルンと同じくオッドアイだが、色が異なり赤と緑。スッと通った鼻筋にまるで天使のような愛らしい顔つき。さらに、ポルルンと同じくメイド服に身を包んだその姿は、ぶっちゃけ正義の好みどストライクだった。

 目の前の正義に気づいた少女が、やはり天使のような笑みを浮かべて口を開く。

「あっ、お客様ですか? 今、お茶をお持ちしますね♪」

 声すらも天使を思わせる透き通った美声。正義の心が、弾丸でも撃ち込まれたかのごとくビクッと震える。

「あ、あのお客様、どうかなさいましたか?」

「す……」

「す?」

「好きだあああーーー!」

 そして突如、それまで無言だった正義が少女に抱きついた。そのまま、力の限り少女を抱きしめる。

「何だ、この子は? 信じられん。信じられんぞ! こんな天使のような少女がこの世に存在するなんて。この子こそまさに、俺の心に舞い降りた一人の天使。俺のスウィー「落ち着けぃ!」」

 少女を抱きしめながら一人叫んでいた正義の頭に、凍姫による電光石火の一撃が入る。

 直撃を受けた正義はそのまま倒れこみ、沈黙した。

「パルルンちゃん、大丈夫?」

 正義から開放された少女を、マオーがすぐさま引き寄せる。少女は突然の出来事をまだ把握しきれていないのか、目をパチクリさせていた。

「あ、はい。大丈夫です。あの、ご主人様、この方は?」

「えーと、そこで潰れた蛙のように転がってる人は司連正義さんっていって、新しく魔王軍に入ってもらったんだけど、何か子供みたいにへそ曲げちゃってかえ「バカモノオオーー!」」

 さらに言葉を紡ごうとしたマオーの体が、いつの間にか復活した正義のフライング・ラリアットを食らっていきなり吹き飛んだ。

 急に吹き飛んだ己の主を目の前にして、少女は口を開いたままポカンと固まっている。

 正義は、そんな少女に爽やかな笑みを浮かべて右手を差し出した。

「初めまして。この度、魔王軍に入った『大参謀』の司連正義です。お見知りおきを」

「あ、はい。よろしくなのです」

 少女は、若干怯えながらもその手を取る。

「いやーしかし、魔王軍にあなたのような可憐な方がいたとは驚きましたよ。なかなかどうして、ここも捨てたものじゃありませんな。はっはっはっ。おい、マオー。いつまで寝ている。さっさと起きて、この方を紹介しろ」

 正義が前方で倒れていたマオーに呼びかける。

 マオーはよろよろと体を起こしながら呻いた。

「うう、なんか私、ひどい扱いです」

「そんなことはいいから。ほら、さっさと紹介しろ」

「いや、私的によくはないんですけど。言っても無駄だからあきらめます。この子はパルルンちゃん。私の使い魔その2で、今はメイド長を「バカたれがあああーーー!」」

 よろよろと近づいてきたマオーに、今度は正義の熱い拳が炸裂する。マオーは、それをまたもまともに食らい地に沈んだ。

「使い魔その2とはなんだ。その2とは。そんな無礼な呼び方は、この俺が許さんぞ」

 腰に手を当てて、高らかに言い放つ正義。

「そ、そんなこと言われても。じゃあ、なんて呼べば……」

「魔王軍最高の美少女とか、魔王軍に咲く一輪の花とか色々あるだろうが。というか、お前、ポンコツ魔王のくせに図が高いぞ。様を付けろ、様を」

「様って。私、一応、ご主人様の立場なんですけど……」

「何、寝言言ってるんだ? この世は可愛いこそ正義。可愛ければ全てが許されるのが、この世知辛い世の中なんだ。したがって、お前にはパルルンちゃんを様付けで呼ぶ義務が「いい加減にする!」」

 一人で高説をたれていた正義の頭に、業を煮やしたらしいポルルンの神速のジャンピング踵落としが炸裂した。

 正義が白目をむいて倒れる。

「ご主人様、パルルン、大丈夫?」

「「ふえ~ん、ポルルンちゃ~ん。怖かったよ~」」

 マオーとパルルンが涙声でポルルンにすがりついた。

「よしよし。もうだいじょぶ。それよりこれ、どうする?」

「ほっときますか? ココ、暖かいし」

「え? でもこのままじゃ……」

 マオーの提案に、パルルンが不安そうな表情を向ける。そんなパルルンに凍姫が優しく言った。

「大丈夫だ。こういうタイプの男は、そう簡単には死なん。申し遅れたが、私の名は流宮凍姫。そこのゴミ虫同様、この度魔王軍に入った者だ。以後よろしく」

「あ、はいよろしくなのです」

 そして、握手を交わす凍姫とパルルン。

「よし。それじゃ帰りますか」

「うむ」

「ん」

 マオー、凍姫、ポルルンがあっさりとそう言い放つ中、パルルンだけが、正義の身を案じるかのように口を開く。

「あの、でも、ココは床も固いし、この人かわいそうです」

「フッ。優しいな、君は。でも、大丈夫。その男はすでに目を覚ましている。自分の身を案じてほしくて、気絶したフリを続けているんだ」

 凍姫の言葉に、パルルンの視線が正義に移る。しかし、正義は全く動かない。

「で、でも、ちっとも動きませんよ。やっぱり気を失ってるんじゃ……」

「問題ない。見ていろ」

 そう言って、凍姫が正義に近寄り、その股間の上に足を上げた。

 すると、いきなり正義が飛び起き、凍姫と距離を取る。

「あ、あぶねえ。気を失ってる人間に何しようとしてんだ、お前は?」

 しかし、凍姫は正義の言葉を無視してパルルンに向き直った。

「なっ!」

「あ、ほんとだ。気が付いてたんですね」

「うむ。こういう甘やかされて育ったゆとり野郎は、放置でいいんだ。下手に構うとつけあがる」

「なるほど~。勉強になりました」

 パルルンがしみじみと頷く。ただ一人、正義だけが不満顔だった。

「みんな~。そろそろお家に帰りますよ~」

 マオーの声が体育館に響く。

「あ、はーい。行きましょっか」

「うむ」

 そしてパルルンは、凍姫の手を引いて体育館の出口へと向かう。

「お、俺を置いてくなよ。一応、参謀だろうが」

 残された正義は、一人寂しくそう呟きながらパルルン達の後に付いていった。


「こ、これがお前んち?」

「はい!」

 吹きすさぶ風の中、マオーのアジトである黒き胎内(という名の体育館)のすぐ横、そこに位置するマオーの邸宅を見た瞬間、正義は寒さも忘れて言葉を失った。横にいた凍姫も、口にこそ出さないが、驚きを隠せないのかうろたえていた。

 そこに立っていたのは、少なくとも築三〇年は経っているであろう木造立ての一軒家。窓はところどころひび割れ、障子には穴が空き放題。壁も所々崩れている。これでは、冬場はさぞ寒いだろうと正義は思った。

 チラリと表札が目に入る。そこにはデカデカと「魔王」と書かれていた。どうやら、本当にここに住んでいるらしい。

 正義達は、マオーに案内され家の中へ。中に入ることに一抹の不安があった正義だが、予想に反して中はとても生活感に溢れ、小綺麗にされていた。この行き届いた清掃は間違いなくパルルンによるものだろうと正義は考える。

 玄関のすぐ左が居間。そしてその隣に台所。右側はどうやら客間のようで、トイレや風呂場はその奥にあるようだ。

「ささ、どうぞ上がってください」

 マオーに子犬のプリントされたスリッパを勧められて、居間へ。そこには日本の冬の風物詩とも言えるオコタ(こたつ)と、籠に入った蜜柑がおいてある。さらに年代物のテレビに、何故かスーパー○ァミコンまでおいてあった。

 正義がスリッパを脱いでオコタに入ると、冷えた体にオコタの温もりが染み渡る。

「さてと、ちょっと待っててくださいね。今、ご飯の用意をしますから」

 と言って、マオーが自前らしき、子猫のプリントされたエプロンを身に着けた。

「ご飯って……お前が作るの?」

「はい、もちろんです」

「そ、それって大丈夫なのか?」

「ムッ! どういう意味ですか?」

 正義の言葉が癇に障ったのか、マオーが尋ねる。

「いや、なんかこう定番というか、お約束の爆発シーンでもあるのかと」

「失敬な! 人を何だと思ってるんですか!」

「ポンコツ魔王」

「…………」

 あっさりと言い放つ正義に固まるマオー。少し険悪になりつつあった空気を打ち破ったのは、マオーと同じくエプロンを身に着けた(こちらは子熊がプリントされている)パルルンだった。

「大丈夫ですよぅ。ご主人様、こう見えても、とっても料理がお上手なのです」

 それを聞いた正義が、あっさりと態度を翻した。

「そうか。パルルンちゃんがそう言うなら間違いないな。よし、頼んだぞマオー」

「うう、何か釈然としませんが、分かりました」

 そして、不満そうな態度を隠そうともせず、マオーはパルルンとともに台所へと消えていった。


「「キャアアアーー!」」

 マオーとパルルンが台所に姿を消してからまもなく、突然、その台所から悲鳴が上がった。

 オコタには入って蜜柑を剥いていた、正義、凍姫、ポルルンの手が止まる。僅かな間を置いて、パルルンが居間に飛び込んできた。

「ポ、ポルルンちゃん、助けて~!」

 パルルンが顔を涙で濡らしながら、ポルルンに抱きつく。

「パルルン、どうした? 正義にセクハラされたか?」

「いや、俺ずっと、ココにいたよね?」

「…………。何かエロパワーで見えない触手とか使えそう」

「…………」

 容赦ないポルルンの言葉に、正義の頬から汗が一筋伝い落ちる。

「アイツが出たの!」

「ア、アイツが……」

 アイツという言葉に反応し、ポルルンの顔に戦慄が走る。

「アイツって誰だ?」

「アイツは古来よりこの家に住む伝説の魔獣。時々、ポルルン達に前に現れては、ポルルン達を恐怖のどん底に落とし込む」

「そ、そんな奴がこの家に……」

 正義と凍姫の顔にも戦慄が走った。

「い、今まではどうしてたんだ?」

「今までは、ご主人様やパルルンと力を合わせて撃退してきた。でも、奴はいくら退けても現れる。まさしく不死身の怪物」

「な、なんてこった……。そうだ! マオーはどうした! もうやられちまったのか?」

「ご、ご主人様は、今、たった一人でアイツを食い止めてます。お願いします。ご主人様を助けてください」

「わ、分かった。確かに、のんきにオコタで蜜柑剥いてる場合じゃなさそうだ。行くぞ、凍姫!」

「うむ!」

 正義の声に反応し、口に蜜柑を放り込みながら凍姫は答えた。


 そして、慌てて台所に飛び込んだ正義と凍姫。しかし、件の伝説の魔獣を見た瞬間、言葉を失った。

「で、伝説の魔獣って、アレ?」

 正義が遅れてやってきたパルルンに尋ねる。

「はい。あれが、古来よりこの家に住み着く伝説の魔獣、GOKIBURIです」

「…………」

「…………」

 真剣な表情で語るパルルンに、正義が若干、目眩を覚える。凍姫も同様なのか、手で頭を押さえていた。

 カサカサと台所を這い回る一匹のゴキブリ。そのゴキブリを、マオーがハエたたきを持って、必死に追いかけまわしていた。

「さて、オコタ戻って蜜柑でも食うか」

 正義は急にアホらしくなって、その光景に背を向ける。

「ええ! そんなぁ、助けてくださいよぅ」

 パルルンが目をウルウルさせながら懇願した。

「助けろって言われてもな。相手がゴキブリじゃ……」

 しかし、正義が言い終えるより早く、凍姫が素早く竹刀袋の封を解き、ゴキブリに飛び掛った。

私流わたしりゅう、乱れ○月花!」

 そう叫んだ直後、どこからか雪の結晶が舞い降り、ゴキブリを凍結させる。身動きのとれなくなったゴキブリ。凍姫はそれを一瞬にして斬り捨てた。

「フッ。また、つまらぬものを斬ってしまった」

 そして、ドヤ顔で決め台詞。それを見ていた他四名は、驚きのあまり呆然となっている。

 そんな中、最初に硬直が解けたのは正義だった。

「お前、それ、竹刀じゃなくて真剣じゃねえか!」

「んっ? そうだ。竹刀だと言った覚えはないぞ。これは、我が家に代々伝わる名刀『てやんでえ』だ!」

「…………」

 とりあえず、その名前に色々ツッコミたかった正義だったが、相手が所持しているのは刃物なので口には出さなかった。


 ゴキブリ騒動から一時間後、どうやらその後、伝説の魔獣GOKIBURIの逆襲はなかったらしい。台所から、トントン、グツグツという台所から流れるべき正しい音がしばらく響いた後、マオーとパルルンが大きな土鍋を持って、居間に入ってきた。

「できました~♪」

 マオーが声を弾ませて、土鍋をテーブルに置く。表情こそ分からないが、声の弾み様で自信作ということが分かった。土鍋から漏れる食欲をそそる香りも、その自信を後押ししている。

「おお、やっとできたか。この匂い、おでんだな?」

「えへへ。正解で~す。いっぱいありますから、たくさん食べてくださいね」

 パルルンが満面の笑みで答え、土鍋の蓋を取った。大根、卵、ちくわ、こんにゃく。定番のたねに加え、つみれ、じゃがいもなど、その家庭独自のたねも入っている。

「おお、うまそうじゃないか! 予想外に」

「むむっ。予想外とは失礼ですね」

「いやいや、ここは『失敗しちゃいましたぁ、てへぺロ♡ しょうがないから、今日はコンビニ弁当にしましょ♡』というお約束がくると思ってたんだがな」

「ひどい。私、こう見えても家庭的だって言ったじゃないですか!」

「家庭的な魔王ほどシュールなもんもないと思うぞ」

「ひどい! あんま「ウオッホン!」」

 言い合いを続ける正義とマオーを、凍姫がわざとらしい咳払いで制止する。二人が驚いて周りを見回すと、ポルルンとパルルンがお腹を空かせた子犬のような目で、主人であるマオーを見ていた。

「痴話喧嘩、あとにする。お腹空いた」

「は、早く食べたいですぅ」

「ああ、ゴメンゴメン。食べましょうか」

 そして、一同はようやく食事へと移行した。

「おお。このつみれ、絶品だな。何のつみれだ?」

「それはいわしです。自信作なんですよ」

「この大根もよく味が染みているな。うむ、うまい」

「パルルン、玉子」

「は~い」

 五人ともホクホク顔で鍋をつついている。

 そんな中、少し前から正義がずっとマオーを凝視していた。

「な、何ですか、正義さん? ずっと私の方ばかり見て。は! まさか、私があんまり可愛いから、惚れちゃったんですか?」

「……マスク着けた魔王に惚れるって、俺はどんだけ残念なんだよ」

「いえ、人の好みはそれぞれですから。大丈夫、私は、正義さんが家庭的な魔王に萌えちゃう変態さんでも軽蔑したりしません。でも、とりあえず私の隣に座るのやめてもらっていいですか?」

「すでに軽蔑してんだろうが! 俺は、お前がマスクを取るのを待ってたんだ!」

「え! 何でマスクを取るんですか?」

 マオーが、「何言ってるんだろうこの人?」的な様子で正義に尋ねる。

「いやだって、そのままじゃ食えないだろ?」

「なーに、おバカなこと言ってるんですか。私は食事の時にマスクを取ったりしませんよ」

「え! じゃ、どうや……!」

 そこまで言いかけて、正義は次の瞬間目の前で起こった出来事に絶句した。マオーがちくわを口元に運んだ瞬間、マスクの下半分、ちょうど口の辺りがカシャリと開き、そこからちくわを口の中に放り込んだのだ。そして、ちくわが口の中に入った瞬間、またマスクの下半分はカシャリと閉まった。

「ね!」

「…………。なんかもう、色々とどうでもいいや。……そういや凍姫、さっきの技、凄かったな」

「むっ! そうか? そうだろう。もっと褒めてもいいぞ。フッフッフッ」

 どうやら凍姫は、自身の剣術を褒められるのが好きらしい。必死に堪えようとしているが、顔のニヤケ様は隠しきれていなかった。

「でもお前、刀なんて家宝にしてるってことは、実家は剣術道場かなんかなのか?」

「そうだ。よく分かったな」

「へ? 当たりなの?」

「うむ。我が流宮家は、四〇〇年の歴史を持つ暗殺剣『堕天御剣流だてんおつるぎりゅう』の道場なのだ。まあ今は、暗殺剣など使わんから、普通の剣道道場をしているが」

「ふ~ん。でも、お前はそこの剣術を修めてないんだろ?」

「うむ。私は、五歳の頃から私流の修行に励んでいたからな」

「……よく許してもらえたな」

「いや、反対されたぞ。父に猛烈な勢いでな。見かねた母が、それなら剣術勝負でケリをつけなさいと言ってな。勝ったら好きにしていいが、負けたら道場を継げと。それで、勝負したわけだ」

「へえ、で、結果は?」

「私の圧勝だ。泣いてもう勘弁してくださいと言うまで父をボコボコにした。二次元(漫画、アニメ、ゲーム)に存在する、ありとあらゆる剣技を組み合わせ昇華した、我が私流に死角はない」

「……そうか。まあ……がんばれ」

 誇らしげに言い放つ凍姫に、正義は最早、そう言うことしかできなかった。


「いや~、食った食った。しかし、まさか魔王の家でこたつに入りながらおでん食うことになるとは思わなかったな~」

「えへへ、今は魔王も家事をする時代なんですよ」

「いや、それはそれで色々と問題があるだろ」

「お風呂沸きましたよ~」

 夕食後、しばらく姿の見えなかったパルルンが、楽しそうにそう言って居間に入ってきた。

「よし、お風呂入る」

「えへへ。ウチの家、お風呂だけは檜造りで立派なんです。ゆっくりと今日の疲れを取ってくださいね」

「うむ、では私も遠慮なく……」

 女性陣が、みんな笑顔で立ち上がる。しかし、居間を出ようとした瞬間、その視線が一斉に正義に注がれた。

「いかにお前でも、覗いたらどうなるかぐらい分かるな?」

「殺す」

「うう、エッチィのはダメですぅ」

 そんな三人に、正義は不敵に笑って答えた。

「心配するな。もちろん覗きにいく」

「「「「…………」」」」

 正義を除く一同、その言葉にしばし硬直。

「イカれた?」

「ボ、ボクに聞かれてもわかんないよぅ」

「正義、何をトチ狂ったか知らんが、覗かないの間違いではないのか?」

「いいや、間違いじゃない。俺はお前達の入浴を覗きに行く。というか、俺の意思云々に関わらず、俺は行かねばならない」

「……一応、理由を聞いておく。遺言代わりに」

 底冷えしそうな視線を向けながら、ポルルンが正義に尋ねる。しかし、正義はそんな周りの様子など全く気づかずに語りだした。

「考えてみたまえ。美少女の入浴。これを覗かずして、何がラノベか。何がラブコメか。そもそも、君達の裸、もしくは下着姿なくして、読者の支持を得られるわけがナバ!」

 延々と語り続ける正義の顔に、ポルルンの飛び蹴りが鮮やかにめり込む。噴水のように鼻血を噴き出しながら、正義の意思は闇に沈んでいった。


「は!」

 正義が目を覚まして最初に見た物は、板張りの天井だった。

「ここは……?」

「お! 起きたか?」

 正義が声の方に顔を向けると、パンダ柄のパジャマを着た凍姫が、ドライヤーで髪を乾かしている。その隣では、ポルルンとパルルンが二人並んで歯磨きしていた。

「俺は、どうしたんだ?」

「ポルルンの飛び蹴りを食らって気絶していたんだ」

「そ、それじゃ入浴は……」

「当然、済ませた」

 凍姫の言葉を聞いた正義が、この世の終わり見たいな顔で肩を落とす。

「そ、そんな……。お前達、なんてことをしてくれたんだ。ここは、俺がお前達の入浴を覗きに行って、お前達がキャーとか悲鳴を上げながら裸を披露する場面だろうが。それを……」

「もう一回寝るか? 今度は永遠に」

「いいえ。結構です」

 冷ややかに告げる凍姫に、正義が即答する。そこに、風呂上りらしく体から湯気をのぼらせたマオーが現れた。

「お待たせしましたー。あ、正義さん、目が覚めたんですね。それじゃ、今日はもう遅いし、そろそろ寝ましょうか。正義さん、はい、これ」

 そう言って、マスクの上からナイトキャップを被ったマオーが正義に手渡したのは、一つの寝袋。

「ん、何で寝袋?」

「え、だって正義さん、今日、野宿ですよ」

 さらりと言われた正義は、思わず目が点になった。

「何で?」

 その問いに答えたのはマオーではなく、凍姫だった。

「決まっているだろう。貴様をこの家で寝かせると、貞操の危険があるからだ。特にパルルンの」

「いや、だからって、別に野宿じゃなくてもいいだろ? 別の部屋を貸してくれれば」

「ごめんなさい。二階の三部屋は、私達が一部屋ずつ使ってて、唯一空いてた一階の空き部屋は、凍姫さんに使ってもらおうと思うんです。ほら、女性ですから。そうなると、やっぱり正義さんは……」

「いやいや、じゃあ居間でいいよ。とりあえずこの寒い中、外はきついだろ」

「居間はダメ。朝、みんなが起きた時、邪魔」

「じゃあ、台所でも……」

「それだと朝ごはん作れないですぅ」

「そんじゃ風呂場で……」

「私が朝風呂に入る」

「……分かったよ。じゃあ、トイレで……」

「「「「絶対ダメ!」」」」

 最後は、正義を除く全員の声がハモった。どうやら、どれだけ足掻いても、この家では寝かせてもらえないらしい。

 しかし、正義はあきらめが悪かった。

「分かった。マオー、お前の部屋で寝かせてくれ」

 正義の言葉を聞いたマオーが飛び上がる。

「え! 私の部屋! ムリムリ。絶対ムリです!」

「別にいいだろ、男同士なんだから。このデリケートな大参謀を外で寝かせて、風邪でもひいたらどうするつもりだ?」

「うう、それを言われると……、でもダメ。絶対ムリです」

「何! 何故だ?」

「それはその~、ま、魔王の部屋には秘密がいっぱいなんです」

「何を乙女みたいなことを……」

「あ、あの~、一応、妥協案としてですね、外にある離れを使ってもらっても構わないんですけど……」

「何! そんなところがあるのか? だったら先に言えよ」

「いえ、あるにはあるんですが、今は荷物を置くのに使ってまして。その整理から始めてもらうことになりますけど……」

「いいよ、それで。とりあえず、寒空の下で野宿じゃなかったらなんでもいい」

「あと、そんなに寝心地がよくは……」

「いいから! さっさと案内しろ」

 歯切れ悪く喋り続けるマオーを強引に引っ張り、正義は玄関へと向かった。


「こ、ここが離れ?」

 マオーの案内した離れを見た瞬間、正義は呆然となった。

「はい♪」

 マオーが元気よく頷く。

「マオー君……」

 正義がゆっくりとマオーに近づく。

「はい?」

「ここは離れじゃなくて、物置だろうが!」

 そしていきなりマオーの首を締め上げた。

「イタ! ギブギブギブ! だから言ったじゃないですか、そんなに寝心地はよくありませんって」

「物置の寝心地がいいわけねえだろ! 子供でも分かるわ!」

「とにかく、ここで寝るか、外で寝るか、どっちか選んでください」

「チッ、分かったよ。ここでいい」

「よかった。それじゃ、片付けがんばってくださいね♪」

「え? 手伝ってくれないのか?」

「当然です。夜更かしは美容の大敵ですから」

 そう言い残し、マオーはすたすたと家に戻っていった。




▲▲▲

 少女は夢を見ていた。

 夢にもいい夢や悪い夢など多々あれど、少女の今見ている夢は、少女が今まで生きてきた中で最もいい夢だった。

 ここには少女の望んだ全てがある。辛い時もあったが、その夢は少女にとって圧倒的に自由であり、その夢の中での少女は、全ての中心であり、主役であり、神だったからだ。

 故に少女は、今幸せだった。

 この夢が、このままずっと覚めなければいいのに。

そう、望むほどに。

▲▲▲



ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~


ではでは~


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