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ポンコツ魔王と大参謀の俺  作者: ポンタロー
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第十二章

第一二章


 アーカディア住民が混乱する中、魔王軍が進軍を開始する。

 こちらはマオーに指示され、囚われたスラムの住人を解放するため、隔離エリアへと向かっている魔王軍囚人解放チーム。その先頭を走るお菓子屋の若旦那が得意げな表情で言った。

「なんでえ。案外楽勝じゃねえか」

 それを聞いた花屋のオーナーが頷く。

「確かに。これだけの人数がいれば、そうそう後れをとることもあるまい。この調子でいけば、俺達の勝利は目前だな」

「それはどうかしら」

 その声は、二人の前に立ち塞がる人物から発せられたものだった。そして、声が聞こえたと同時に、激しい衝撃が二人を襲う。

「ぐは!」

「がっ!」

 二人は一瞬にして吹き飛ばされ、近くにあった同人ショップの壁に叩きつけられる。突然の出来事に、後方の魔王軍がその進軍を止めた。

「そういう台詞は、この私を倒してからにして頂戴」

 そう言って、優雅に髪をかきあげたのは、深いスリットの入ったチャイナドレスに身を包んだ、長い黒髪の美女だった。

「まったく、スラムの連中が随分と好き勝手やってくれるじゃない。でも、この勇者近衛三巨頭の一人、宗像塔子むなかた とうこが来たからには、もう好き勝手させないわよ。さあ、かかってらっしゃい!」

 そう言って、塔子は妖艶な笑みを浮かべた。



 一方、こちらはアーカディア行政統括エリア制圧チーム。その指揮をとっていた果物屋のアフロ店長は、有頂天で先頭を走っていた。

「おらおらー、テメエら気合入れろよー!」

 反乱、バトル、そして最終決戦。どれも男なら血沸き肉踊る単語である。果物屋の子供に生まれ、代々続く果物屋を継ぐこと以外、選択肢のなかったアフロ店長には、これらの単語は縁遠いものだった。しかし、しかしである、人生とは何が起こるか分からない。幸か不幸かこのような機会にめぐりあった。しかも、自分に与えられた役職は部隊長である。このシチュエーションで、アフロ店長のテンションが上がらぬはずはなかった。

「おらおらー、しっかり付いてこいやー! ここが男の花道。突っ走るぜぇー!」

 などと、普段のアフロ店長からは想像もできないような態度で周囲にがなりたてる。

「あまり調子に乗られては困るな」

 その声は、突然アフロ店長の耳元で聞こえた。

「何だぁ!」

 アフロ店長が、慌てて声の方をふりむ……

スパン!

 くことはできなかった。突如、何かの一撃を食らい、そのまま地に倒れこむ。後ろから続いていた魔王軍も、驚きで歩みを止めた。

 そんな魔王軍の前に立ちはだかったのは、目に眼帯を付けた白髪長身の美女だった。まるで雪のように白い髪をポニーテールにし、合気道のものと思われる道着に身を包んでいる。

「悪いが、これ以上進ませるわけには行かぬ。ここより先は、この勇者近衛三巨頭筆頭、麦飯とろろがお相手しよう。参られぃ!」

 そう言って、とろろは雄々しく叫んだ。



 少しくせのある茶髪に、執事服を着たその少女は、ゲームセンターの壁に身を隠しながら、じっとその様子を見つめていた。

 その少女、名をフット・モココと言い、栄えある勇者近衛三巨頭の一人に名を連ねる者だった。フット・モココに与えられた任務は、アーカディア内に攻めてきた、アーカディア商業エリア制圧チームの撃退だった。しかし、その大役を与えられたはずのフット・モココは、今、ブルブルと震えながら、魔王軍の進軍を見つめている。何故なら……

「うう、怖いッスよ~」

 という理由からだった。

 勇者近衛三巨頭の一人、フット・モココ。特技は、炊事、洗濯、掃除、子守にマッサージ。そして、おいしい紅茶を入れること。趣味はゲーム(主にレトロゲーム)とガーデニング。つまり、戦闘に役立つ要素は一切なし。

「うう。何でボクッちが、戦わなくちゃいけないんスか~」

 そう愚痴るフット・モココだったが、この役目を命じたのは、同じ勇者近衛三巨頭の筆頭、麦飯とろろ。怒らせると、それはもう怖い人物であった。過去、たまたまその日、米をきらせた朝食の席で、和食しか食わぬと豪語していたとろろにクロワッサンを出してしまった時に受けたおしおきを思い出し、フット・モココが身を竦ませる。

「うう、戦いたくなんてないけど、もうおしおきはイヤッスよ~」

 敵前逃亡によるおしおきを恐れたフット・モココが、おっかなびっくりの様子で壁から顔を出し、小声で呟く。

「あの~、ボクッち、勇者近衛三巨頭の一人、フット・モココッス~。あの~、できれば止まってくれるとありがたいッス~。みなさん、一つ冷静に。大人の態度で……」

 と言ってみるものの、小声なので当然聞こえるはずもない。

「うう、どうすればいいッスか~」

 さらに進軍を進める魔王軍を見つめながら、フット・モココは寂しげな声でそう呟いた。



「何者だ!」

 そこは真っ白に染められた部屋だった。床も壁も天井も、全てが純白。そんな純白の部屋の主は、突然の侵入者の気配に鋭く声を上げる。

「どーも。こんにちは、勇者さん」

 侵入者は、一人の少年だった。見た目は普通。これと言った特徴もなく、いたって普通の少年。そんな少年が今、口元に不敵な笑みを浮かべて立っている。

「馬鹿な……どうやってここに?」

「ふつーに。正面から」

「そんなはずはない。我がエターナルクレイドルは、ガデアンズによって守られている。そう易々と入ってこれるはずが……」

「いいや、今、この城には一人のガデアンズもいないぜ。スラムから攻めてきた魔王軍の対応に追われているからな」

「何だと! 出まかせを言うな。絢音からは何の連絡も受けていない」

「そりゃそうさ。あんたんとこの秘書は、俺が拉致させてもらった。だから当然、連絡も無理だ」

「拉致だと? 貴様一体……」

「これは申し遅れました。俺は魔王軍大参謀、司連正義。以後お見知りおきを」

 少年は、そう言って恭しく頭を下げる。

「魔王軍大参謀? お前がか?」

「そうさ。俺はポンコツ魔王軍の下で参謀やってる物好きさ」

「で、その参謀が私に何の用だ?」

「はは、魔王軍の奴がアンタに用と言ったら一つしかないだろ? アンタの首を取りに来たのさ」

「ほう、それは大きく出たな。しかし、何故直接魔王が来ない?」

 その言葉を聞いた少年が、小馬鹿にしたような口調で言う。

「ハッ! ふざけろよ。どこの世界に、自分とこの大将をいきなり突っ込ませる参謀がいんだよ。おまけに、あいつとアンタじゃ力に差がありすぎる。だからまず、俺が来たのさ」

「なるほど。いきなり自軍の大将を出さず、参謀自ら乗り込んできたことには敬意を払うが、その勇気は無謀ととれなくもないな」

 少年は余裕の態度を崩さない。

「参謀の俺が、何の策も持たずに乗り込んでくるとでも?」

「……面白い。では、その策とやらを見せてもらおうか?」

「おおっと、そうあせんなって。もし今、あせって俺をイレイサーで消せば、アーカディアにいる全ての奴らが、この世界の真実を知ることになるぜ」

「何! 貴様、何を言って……」

「もし今、俺を殺したら、この世界が実は寝ている間に見るただの夢で、アンタがその夢の中にアーカディアの奴らを閉じ込めてるってことをバラすって言ってんのさ。定期的に開いてる天下一武戦会は、アンタが自分の力を誇示するために、無理やりここに連れてきた連中を使ってるおまけつきでな」

「……それが、お前の言う策か?」

「いいや、違う。これは単なる時間稼ぎさ。策は別にあるよ。チート並みの差がある勝負だ。これくらいの小細工は構わんだろ」

「…………」

「時間稼ぎついでに、外を見てみろよ。面白いもんが見られるぜ」

 言われて、勇者が純白の壁の一部を透明化する。

「馬鹿な。何だ、この数は?」

「すごいだろ? スラムのほぼ全員が集まってる。おかしいだろ? ウチのポンコツ魔王のために、こんだけの人数が、アンタに消されんの覚悟で突っ込んでんだぜ。ウチの大将、魔王としての才能は限りなくゼロだが、不思議なことに人望だけはあるらしい」

「…………」

「……これだけか?」

「何だと?」

「見せたいものというのはこれだけか?」

 勇者が、少年を蔑むような忍び笑いを漏らす。

「無知な参謀殿に教えてやろう。いかにスラムの者達が大挙して押し寄せようとも、奴ら風情に押さえ込めるほど、私のガデアンズは甘くはない。しかも、ガデアンズの中には、我が腹心たる近衛三巨頭もいる。この程度のことで得意になっているようなら……」

「ほう、そのわりに押しているのはこちらのようだが?」

「何!」

 少年の言うとおりだった。これだけの騒ぎだ。当然、すでに近衛三巨頭も対処に向かっているはず。にも関わらず、戦火は広がる一方だった。

「ば、馬鹿な。近衛三巨頭は何をしている!」

「参謀のこの俺が、近衛三巨頭のことを考えていないはずないだろう。そちらの方にはちゃんと腕利きを回しているさ。我が魔王軍の誇る三人の隊長をな」



「ぐあ!」

 大きな悲鳴とともに、魔王軍に参加していた蕎麦屋の親父が崩れ落ちる。

 ここはドリームプリズンから三〇〇メートルほど離れたひらけた場所。目的のドリームプリズンを目の前にして、魔王軍囚人解放チームは、進軍を妨げられていた。

 その進軍を妨げていたのはたった一人。チャイナドレスに身を包んだ美女、勇者近衛三巨頭の一人、宗像塔子であった。

「フン。口ほどにもない。ゲートを破ったというからどれほどのものかと思ったけど、案外大したことないのね」

「ぐぐ!」

 あからさまに聞こえるように言われ、囚人解放チームを指揮していたお菓子屋の若旦那が、悔しそうに唇を噛み締める。

「さ~て、もうそろそろ飽きてきたし、手早く一掃させてもらおうかし「ポルルンキーック!」」

 その時、塔子の言葉とともに空気を切り裂きながら、一陣の風が塔子に襲い掛かる。その風をモロに受けた塔子は、大きく吹き飛び、近くにあったフィギュアショップに突っ込んだ。

 塔子を吹き飛ばした一陣の風、ポルルンがお菓子屋の若旦那に尋ねる。

「どうした、若旦那? 若旦那は、昔、地元では有名なチョイ悪ヤンキーボーイだったはず。あんな女一人に歯が立たないわけがない。それに、やられたみんな、何か幸せそうな顔してる。何があった?」

 お菓子屋の若旦那が決まりの悪そうな顔を浮かべる。

「め、面目ねえ。いくら魔王ちゃんのためとはいえ、さすがに女を殴るのは気が引けるし、それに、見えちまうんだ」

「見える? 何が?」

「その……あの姉ちゃんのパンツが」

「…………」

 それを聞いたポルルンの顔が渋面になる。

「あ、あの姉ちゃんが技を繰り出す度に、チャイナドレスがふわりと浮いて、そこからチラチラと黒いもんが見えちまってよ。それでみんな、目のやり場に困ったっつうか……」

「……分かった。あの女はポルルンに任せる。若旦那達は早く先へ」

 若干、怒りを抑えたような声で言うポルルンに、囚人解放チームの面々は次々と頭を下げる。

「すまねえ、頼む」

 ポルルンに礼を言って、次々とドリームプリズンへと向かう囚人解放チームの面々。ちょうどその時、フィギュアショップの中から、店頭販売されていたフィギュアを両手に持った塔子が悪鬼の表情を浮かべて叫んだ。

「行かせないよ!」

 そして、囚人解放チームを止めようと走り出す。

「させない!」

 しかし、塔子が走り出すよりも早く、またもポルルンの飛び蹴りが塔子を襲う。

「チッ!」

 塔子は小さく舌打ちしてそれをかわした。

「今がチャンス。早く行く!」

「おう! ポルルンちゃんも気を付けてな」

 そして、囚人解放チームは次々とドリームプリズンに向けて進軍していった。

 進軍阻止を邪魔された塔子が憎々しげに言い放つ。

「誰? さっきからちょろちょろとうっとうしいわね。私の美しい顔に傷が付いたらどうするの?」

「そんな厚化粧の顔なんて誰も見ない」

「……言ってくれるじゃない。名乗りなさい!」

「魔王軍特攻隊長、孤高の飛び蹴り士、ポルルン・ハ・チョウカワイイ一四世。お前の相手は私がする」

 腰に手を当てて仁王立ちしながら、ポルルンは高らかに言い放った。

「フン。誰かと思えば、ただのガキじゃない。この勇者近衛三巨頭、宗像塔子に勝てると思ってんの?」

「当然。言っとくけど、ポルルンには年増のパンチラ作戦は通じない」

「あっそ。さっきの男どもには通じたみたいだけど」

「囚人解放チームの人達は、昔、硬派で通ってきた人達ばかりだから、女にあまり免疫がない。だから、色ボケババアのパンツでも赤くなった。でも、ポルルンには通じない」

 ブチ!

 塔子から、何かが音を立ててブチ切れたような音がする。

「い~い度胸じゃない。かかってらっしゃい、くそガキ!」

 怒鳴りながら構える塔子に、ポルルンも答えた。

「言われなくても」



 一方、こちらはアーカディア行政統括エリア制圧チーム。その制圧チームは、勇者近衛三巨頭筆頭、麦飯とろろによってピンチに陥っていた。

「へぶし!」

 すでにチームの半数以上が、得物を鞘に収めたままのとろろの一撃により倒されている。

「くそ、強い……」

 最初の一撃から何とか復活した果物屋のアフロ店長は、焦りの表情を見せていた。その表情を見たとろろが、小さく口端を吊り上げる。

「フッ。話にならんな。お主達、雑兵がいくら束になろうが、この私には……」

 ヒュ!

 その時、突然の衝撃波がとろろを襲う。しかし、とろろはそれを難なくかわして、衝撃波の放たれた方向に向かって叫んだ。

「何奴!」

 そこから現れたのは、流れるような長い黒髪と、アクアマリンのように澄んだ青い瞳を持った長身の美少女。

「失礼。ここから先は、私があなたの相手を務めさせてもらう」

「ほう、剣士か?」

「いかにも。魔王軍親衛隊長、流宮凍姫」

 凍姫は丁寧に名乗り、次いで視線をアフロ店長へ。

「アフロ店長。ここは私に任せて、早く先へ」

「あ、ああ。分かった」

 凍姫の静かな迫力に押され、アフロ店長はあたふたと走り出す。

「行かせるか! と言いたいところだが、どうやら、先にお主を倒した方が良さそうだな」

「フッ。さすがは勇者近衛三巨頭筆頭。冷静な判断だ」

「一応、某も名乗っておこう。某は栄えある勇者近衛三巨頭の筆頭、麦飯とろろ。以後お見知りおきを」

「……その得物。あなたも剣士とお見受けするが……」

「否、某は剣士ではない。某の得物、それは……これだ!」

「な、なにぃ! それはまさか……」

「そう、これこそ数多の戦場を某と共に潜り抜けてきた我が相棒。その名も、ハリセンムラクモ」

「で、では、まさかあなたは……」

「うむ。お主の察する通り、某はもはや伝説と化した絶滅寸前の職業、ハリセン士の最後の一人だ」

「あのツッコミを入れさせたら右に出る者はいないと言われる伝説の職業ハリセン士。まさか、生きてお目にかかる日がこようとは」

「フッ。ハリセン士を知っているとは、お主も只者ではないな」

「とんでもない。私はただの一剣士だ」

「なるほど。しかし、目はそう言っておらぬようだが?」

 凍姫がニヤリと笑う。それを見て、とろろも笑った。

「まあ、これ以上の言葉は不要か。これより先は互いの技で語るとしよう。……始めるか」

「……ああ」

 そして、両者が同時に動いた。



 一方、こちらはアーカディア商業エリア制圧チーム、の進軍ルート。その阻止を命じられたはずのフット・モココは、未だに魔王軍の前に姿を現せずにいた。そんなフット・モココの肩が何者かにツンツンと突かれる。

「だ、誰ッスか!」

 フット・モココが慌てて振り返る。

「えと、どうもこんにちはです」

 影から出てきてペコリとお辞儀をする人物、パルルンだった。

「あのボク、魔王軍でスーパーメイド隊長をしているパルルン・ハ・ウチュウイチ一四世と言いますです。よ、よろしくお願いするです」

 そして、またもペコリとお辞儀。その様子を見たフット・モココが困ったように首を傾げた。

「あの、何でカンペ見ながら名乗るッスか?」

「えと、名乗る時はこう名乗りなさいって、うちの参謀に言われまして」

「そ、そうッスか……」

「えと、とにかく、不束者ですが、よろしくお願いします」

「あ、これはどうもご丁寧に。ボクッちは勇者近衛三巨頭の一人、フット・モココッス。執事のカッコしてるッスけど、一応女の子ッス。歳は今年一四歳ッス」

「あ! ボクと同い年なんですね。ボクも一四なんです」

「ほんとッスか! 奇遇ッスね。ここの人達、みんなボクッちより年上だから、同い年の人に会えて嬉しいッス」

 そう言って、キャッキャ笑い合う二人。

「それで、ウチュウイチさんは、ボクッちにどんなご用件ッスか?」

「あっ、パルルンでいいですよ。みんな、ボクのこと、そう呼ぶです」

「あっ、それじゃ、ボクッちはモココって呼んでくださいッス。えと、それでどんなご用件でいらしゃったんスか?」

 そこでパルルンの顔が僅かに翳った。

「すみません。ボク、あなたを足止めに来たのです」



 勇者の秘書を務める灯月絢音とうづき あやねは、透明な壁の向こうにいる妹の鞠音まりねを必死になだめながら、思考を巡らせていた。

 自分という人間を一言で言い表すなら品行方正。そう信じて疑わなかった絢音が、勇者の秘書に就いて早二ヶ月。絢音はこの仕事にやりがいを感じていた。ここには前にいた世界のような戦争も凶悪犯罪もない。平和な理想の国。

 そして、このアーカディアを平和たらしめているのが勇者の存在。自分は、その平和の象徴たる勇者の秘書をしている。絢音にとって、これほど誇らしいことはなかった。

 捨て子だった絢音は、妹の鞠音と一緒に施設で育った。施設での暮らしは決して幸せなものではなかったが、鞠音という心の支えがあったからこそ何とか耐えられた。何とかして鞠音と共にもっと裕福な人生を送りたい。それが、幼少の頃からの絢音の願いだった。

 そして、絢音はアーカディアへとやってきた。妹の鞠音と共に。どうやって来たのかは覚えていない。そして、そんなことはどうでもよかった。

 アーカディアに来たおかげで、今、自分は妹と共に、自分の望んでいた生活を送っている。それこそが絢音の現実だった。そう、ほんの何時間前までは。

 それが何故このような状況になってしまうのか。突然、フラリとやってきた少年に、妹は預かったと聞かされ気が動転。返して欲しくば大人しく付いて来いと言われ、平静でなかった自分はそのままノコノコと少年に付いていった。そして今、自分は、少年の言うまま付いていった先にあったどこかの一室に、妹と共に閉じ込められている。絢音は、後悔の念に苛まれながら、その時のことを思い出していた。

(「こんにちは」

 その少年は、突然どこからともなくやってきて、絢音に話しかけてきた。中肉中背。歳は自分より少し下くらいで身長も平均的。特にこれと言った特徴もない。若干、贔屓目に見て、顔立ちが少し整っている程度のそんな少年。そんなほぼ普通の少年が、絢音に向かって声をかけてきた。

「こんにちは」

 何も返さない絢音に、少年はまたそう話しかける。

「……こんにちは」

 少年に若干の気味悪さを感じながらも、絢音はそう返した。

 少年は、絢音の言葉に軽く笑い、そのままその場を動かない。

「……何か御用ですか?」

 苛立ちを押し隠して絢音が尋ねる。

 すると、少年はまた微かに笑って口を開いた。

「ええ。実は、折り入ってあなたにお話がありまして」

「…………」

「こんなところで立ち話もなんですし、少し場所を変えてお話したいのですが、ご同行願えませんか?」

「その問いに、私がイエスと答えるとでも?」

 そして、少年はまた笑う。

「ははっ。もちろん思っていませんよ。では、これならどうでしょう?」

 そう言って、少年はスマホのようなものを取り出して、絢音に見せる。そのスマホに表示された画面を見て、絢音の顔からサッと血の気が引いた。

「妹さんをお預かりしました。これならご同行いただけますよね?」


「さて、状況を説明しよう」

 絢音を部屋に通した少年は、ガラス越しに再開を喜ぶ姉妹に重々しく言った。

 我に返った絢音が、少年を睨みつける。

「何が目的なんですか?」

 突き通すような絢音の視線に、少年は軽く肩を竦めた。

「落ち着けよ。状況を説明する。まず、この部屋唯一の出入り口であるこのドアを開くには暗証番号が必要であり、それがなければ決して開くことはない。そしてこの部屋は、見ての通り特殊な強化を施されたガラスで二分割されており、行き来するにはそこ……見えるよな? その強化ガラスの横に付いてるドアを通るしかない。ドアノブはなく、もちろん開けるには暗証番号が必要だ。つまり今、あんたはこの部屋から出ることも、妹を助け出すこともできない。ここまではいいか?」

「…………」

 絢音は唇をギュッと引き結んだ。

「その沈黙、肯定と取らせてもらう。では次、妹さんの部屋を見てくれ。ベッド、食糧、奥のドアはユニットバスになっている。まあ、しばらく留まるには何の問題もない設備が整ってるわけだ」

「…………」

「さて、では次、妹さんの部屋の天井に付いている小さい箱を見てくれ。天井の隅っこに付いてるやつだ。あれ、何だと思う?」

「…………」

「だんまりか。まあいい。時間がもったいないから答えを言おう。あれはな、爆弾だ」

「なっ!」

 絢音が小さく叫んだ。

 少年は、そんな絢音の様子に全く表情を変えることなく続ける。

「威力は抑えてある。せいぜい、奥の部屋が吹き飛ぶ程度だ。簡単に言うと、あんたの妹さんが肉片になる程度ってことだな。ああ、あんたは強化ガラスがあるから助かるよ」

「……いなさい」

「えっ? 何だって?」

「要求を言いなさい!」

 絢音が耐え切れずに叫んだ。

 しかし、それでも少年は涼しい顔を崩さない。

「怒るなって。せっかくの美人が台無しだぞ」

「あなたにそんなことを言われても嬉しくありません」

「ははっ、嫌われたもんだ。では、俺の要求を言おう。あんたにはこれから四八時間、ずっとここにいてほしい」

 それを聞いた絢音が、小さく首を捻る。

「それだけ……ですか?」

「それだけさ。簡単だろ」

 少年は茶目っ気たっぷりの顔で笑う。

「嫌だと言ったら?」

 少年の顔が無表情へと豹変する。

「お前の妹を殺す」

 その言葉に絢音は戦慄を覚えた。少年の言葉に本気の凄みを感じた。

「何か勘違いしているみたいだが、今現在、イニシアチブを持っているのは俺だ。あんたが妹さんを見捨てても断るというなら話は別だが」

「クッ」

 絢音が唇を噛み締める。

「ああ、失敬。別にあんたをいじめるつもりはないんだ。ただ、あんたのその気高い信念は、大事な者を見捨ててまで貫くようなものかと思ってね」

「…………」

 無言で睨み続ける絢音に、少年は肩を竦める。

「まあ、今はそんなことどうでもいいか。先に言っておくと、俺はあんたら姉妹を傷つける気なんてさらさらないのさ。俺の要求にさえ従ってくれたらな」

「…………」

「さて、次にあんた達の解放条件について説明する。と言っても、話は簡単だ。妹さんの部屋に通じるドアと外に通じる出入り口は四八時間経つと自動的に開く。そしたらどうぞご自由に。帰ってくれて結構だ」

「……なんですって?」

「だから、ここの両方のドアは四八時間経つと自動的に開くんだよ。つまり、あんた達の安全は最初から保障されているんだ」

 絢音の中の疑心がまだ消えない。

「ただし、一つ警告しておく。この部屋は、俺の仲間がずっと監視している。最初にボディチェックをしたから大丈夫だとは思うが、もしあんたが妙な真似をしたら問答無用で妹さんの部屋を爆破する」

 ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で告げる少年。その迫力に押されて、絢音はゴクリと喉を鳴らした。

「分かるな? あんた達の安全は最初から保障されている。あんたは悪事に加担する必要もなければ、何か重要な情報を漏らす必要もない。ただここにいるだけ。ただそれだけで、四八時間後には、妹さんとお手々繋いで仲良く帰ることができる。あんたが先走って、余計なことさえしなければな」

「…………」

「ああ、ちなみにあんたの分の食糧はあそこだ。こっちはトイレね」

 少年は部屋の片隅に置かれたナップサックと寝袋、そして、簡易便所(災害用)を指で示す。

「さて、俺からは以上だ。何か質問は?」

 しばしの後、絢音が静かに少年を見つめたままゆっくりと口を開いた。

「一つあります」

「聞こう」

「結局、あなたは何がしたいんですか?」

 その質問に、少年は小さく笑みを浮かべた。

「茶番だよ」

「えっ?」

「とっておきの茶番劇さ」

 それだけを言い残し、少年は部屋を出て行った。)

 自分と妹を監禁した少年のことを思い出し、絢音は思いを馳せる。そして、その度に、胸に言いようのない不安が広がっていった。

(彼の狙いは何? いたずらにしては手が込んでいるし、何より……)

 少年の瞳には迷いがなかった。強い意志の感じられるまっすぐな瞳。そんな瞳をした少年が、茶番やいたずらでこんなことをするとは思えない。

(本当に、何が目的なの?)

 泣きじゃくる妹に優しく微笑みかけながらも、絢音の頭は疑問と不安で一杯だった。



 ポルルンが、体の正中線を軸に高速で回転しながら飛び蹴りを放つ。

「ポルルンスパ○クアロー!」

「クッ! 速い!」

 塔子は瞬時に身を捻ってかわした。

「へえ、思った以上に速いわね。飛び蹴り士を名乗るだけあるわ」

「ふふん、当たり前。しかも、ポルルンはまだ若い。ババアには負けない」

 ブチブチブチ!

 塔子の血管が、音を立てて盛大にブチ切れる。

「さっきから黙って聞いてりゃ、随分言ってくれるじゃない。私はまだ二七歳よ!」

「『もう』二七歳.ポルルンからしたら十分ババア。しかも、まだ独身と見た」

「う! な、何を根拠に……」

「違うの?」

「そ、それは……当たってるけど」

「やっぱり。まだ、男と付き合ったこともないと見た」

「失礼ね、恋人くらいいるわよ! ……二次元の」

「は? よく聞こえない。もっかい言う」

「だから、恋人くらいいるっての! ……二次元に」

「え? 最後の方、よく聞こえない。二次元の恋人が何?」

「聞こえてんじゃないのよ!」

 塔子が叫んだ。

「はあ、はあ。や、やるわね。私を動揺させて油断を誘おうだなんて」

「別にそんなこと考えてない。ババアが勝手に自爆してるだけ」

「ちょっとは気を使いなさいよ! そういうことにしとかないと私の心が折れるのよ!」

「フウ。分かった。お前はババアじゃないし、いきおくれでもない。きっと、独り身の夜が寂しくてペットでも飼ってるんだろうなとか、そのペットに昔好きだった男の名前でも付けてるんだろうなとか思うけど、ポルルン、気配りのできるいい子だから、気を使って言「もう全部言ってんでしょうがああああ!」」

 塔子の魂の叫びが辺りに鳴り響く。

「もーいいわ。好きなだけ言いなさい。もっとも、今からそんな減らず口をきけなくなるほど、ボコボコにするけどね」

 大きく深呼吸して塔子が構えを取った。

「フッ。その構え、テコンドー使いか。テコンドー如きで、この天才飛び蹴り士ポルルンに勝てると思ってるの?」

「ゴタクはいいからさっさとかかってきなさいよ。ぺチャパイ」

「ムカ! 食らえ! ポルルン○燕脚!」

 ポルルンが高く飛翔して、塔子を強襲。しかし、塔子はそれをあっさりと己の脚で撃墜した。

「アンタ、さっきから色んなゲームの蹴り技叫んでるけど、そのうち怒られても知らないわよ」

「問題ない。この世界の男は美少女のパンツに弱い。だから、ポルルンがちょっとこの短いスカートを捲れば許してくれる」

「……否定はできないわね。嫌な時代になったもんだわ」

「続けて食らうといい。ポルルンタ○ガーキーック!」

 再びポルルンが塔子を攻撃。気(?)のようなものを身に纏い、大きく右足を前に出して塔子に突撃する。しかし、またも失敗。塔子の脚により撃墜された。塔子が余裕の笑みを浮かべる。

「クフフ、ポルルンタ○ガーキックとやらも大したことないわね」

「クッ。さっきのはまぐれ。次はない」

「へえ、言うじゃない。やってみなさいよ」

 ポルルンが悔しげに唇を噛みながらも、目を閉じて呼吸を整える。そして……

「ポルルン最終奥義ポルルン鳳○脚!」

 己の最大奥義とも呼べる技を繰り出した。しかし……

「甘い!」

 また塔子の脚に撃墜。ポルルンが愕然となる。

「な、何で……」

 そんなポルルンの顔を見ながら、塔子は愉悦の表情を浮かべて言った。

「か~んたんよぉ。アンタ、リーチが短すぎるの。その短いアンヨじゃ、私の体に届く前に撃墜されるに決まってるじゃない。しかも、アンタ飛び蹴り以外の技持ってないでしょ。確かに最初はそのスピードに驚かされたけど、あんだけ何度も見せられてさすがに目も慣れてきたし、もうアンタの飛び蹴りは当たんないわよ」

「クッ!」

 ポルルンが切れそうなくらいに唇を噛み締める。

「さーて、じゃあ、今度はこっちからいくわよ。私の七色の足技を食らって眠りなさい」

 勝利を確信したかのように言い放つ塔子だったが、ポルルンはその言葉に小さく笑った。

「フッ、甘い」

「何ですって?」

「お前がどれだけ技を繰り出そうとも、絶対ポルルンには勝てない」

 塔子が嘲りを隠そうともせず、吐き捨てる。

「ハッ! 何を言い出すかと思えば。この私がアンタに勝てないですって? ハッタリかましてんじゃないわよ」

 しかし、ポルルンは表情を変えない。

「ハッタリなんかじゃない。お前は絶対ポルルンには勝てない」

「へえ、面白いじゃない。まだ奥の手があるわけ!」

「ある!」

 ポルルンがきっぱりと断言する。

「そ、そこまではっきり言われると、ちょっと気になるわね。なら、見せてみなさいよ。その奥の手ってやつを」

「もう見せてる」

「えっ? 何を?」

 塔子が思わず構えを解いて聞き返した。

「お前はすでにポルルンの奥の手を見ている」

「だから、何なのよ? その奥の手って?」

 その言葉に、ポルルンは右手で自分を指差した。

「ポルルンの奥の手。それは、ポルルンのこの美貌」

「は? 何……言ってんの?」

「昨今のラノベでは、こういう最終決戦において、年増のいきおくれは美少女には勝てない。なんだかんだと苦戦しても、結局は美少女が勝つ。これはお約束」

「…………」

 塔子、しばし硬直。

「ふ、ふざけんじゃないわよ! 何勝手にきめ……」

「じゃ、自分が勝った時のことを考えてみるといい。きっとどこかから猛烈な反発が来る。具体的には、空気読めとか、どういう神経してんのとか、一生結婚できそうもないなとか、いっぱい言われる。美少女を倒すことはそれほどの大罪。同じ美少女ならともかく、相手が年増のいきおくれとくれば、これはもう切腹もの。それでもいいの?」

「うう! ど、どういうこと? か、体が動かない」

 突然、金縛りにかかったように動けなくなった塔子を見ながら、ポルルンが首を振った。

「ムリしなくていい。お前は、もう十分戦った。歳のわりに」

「さ、最後まで毒舌を……でも、世論が怖くて手を出せない。わ、私の負けよ」

 塔子の敗北宣言を聞いたポルルンが、天に向かって大きくピースした。

「フッ。勝利」

 敗北した塔子がガックリと地に崩れ落ちる。

「負けたからには抵抗はしないわ。殺しなさい」

 しかし、塔子の言葉にポルルンは大きく首を振った。

「何言ってるか。ポルルンは人を殺したりしない。ポルルンの目的はお前の足止め」

 塔子が目を丸くする。

「足止めって、アンタ、魔王軍でしょ? そんな甘っちょろいこと言ってていいわけ?」

 ポルルンはコクリと頷く。

「いい。確かにポルルンは魔王軍の特攻隊長。それも、世界一優しい魔王様率いる、魔王軍の特攻隊長。だから、人殺しはしない」

 そう言って、ポルルンは少し誇らしげに胸を張った。



「食らえ! せんぷうざ「甘―い!」」

 凍姫が技を繰り出そうとする直前、とろろがあっという間に距離を詰め、凍姫の頭をハリセンで叩いた。

「ぐあ!」

「フフフ。とろい。とろすぎる。止まって見えるぞ」

「何を。ならば、私流奥義屑竜せ「甘い!」」

 くやしさを滲ませ、再び技を放とうとした凍姫だったが、またもとろろの一撃によって技を中断された。

「ば、ばかな。私流最速の奥義である屑竜閃をこうも簡単に……」

「フッ。ツッコミの真髄は速さ。速く的確なそのツッコミこそ、ツッコミ士の真骨頂なのだ。その程度で最速とはアクビが出るわ」

「ぐぬぬ……」

「この程度の力で親衛隊長とは。どうやら、思ったよりも早く終幕となりそうだな」

「…………」

「終わりだ!」

 とろろがまたしても一瞬で凍姫との距離を詰め、ハリセンを放つ。何人にも避けられぬ神速の一撃。

「な、なにい!」

 しかし、勝ちを確信したとろろの一撃は、次の瞬間、驚愕に変わった。とろろが凍姫を討とうとした瞬間、とろろのハリセンムラクモが、一瞬にして蒸発したのだ。

「ああっ! 高級和紙を一〇〇%使用した某のハリセンムラクモが!」

「ククク……」

「お主、何をした!」

「知りたいか? ならば、あなたにも分かるようにしてやろう」

 睨みつけるように凍姫を見ていたとろろが愕然となる。いきなり凍姫が、業火に包まれたように、その身に炎を纏っていたのだ。

「こ、これは……」

「言ったはずだ。私は、ありとあらゆる漫画の剣技を極めていると。当然その中には、あの大人気死神バトルアニメ『ブリッジ』も含まれている」

「で、では、この技はもしや……」

「そう。これこそ、つい先日身罷られた元防庭一三隊総隊長にして一番隊隊長、本山ポン柳斎殿の技、その身に太陽の如き炎を纏う『満日天衣まんじつてんい』だ!」

「な、なんと……」

「いかにあなたのハリセンが速かろうとも、紙でできている以上、火で焼かれれば燃えるが道理」

「グ、グググ……」

「勝負あったな。いかにあなたが、あの伝説のツッコミ士であっても、得物を失っては「ははははは!」」

「何がおかしい?」

「いや失礼。つい嬉しくてな。先ほどの発言は取り消そう。さすがは魔王軍親衛隊長。一筋縄ではいかぬものよ」

「ほう。素直に負けを認めるとは潔いな」

「お主、何か勘違いしておらぬか?」

 その声は凍姫の背後から聞こえた。

「何!」

 凍姫が慌てて振り向き、とろろと距離を取る。

 しかし、凍姫の着ている服は、『満日天衣』を纏っているにも関わらず、鋭利な刃物で切り裂かれたように縦に両断されていた。

「な! いつの間に……」

 凍姫が、破れた服の隙間から覗く黒いブラを隠しながら、驚愕の声を上げる。

「某に奥の手を出させるとは。本当に大したものよ」

「奥の手……だと?」

「いかにも。お主は、昨今のツッコミにハリセンが使われているのを見たことがあるか?」

「……いや」

「だろう。ツッコミといえばハリセン。しかし、その常識も時代とともに変化している。ツッコミの秘伝、それは我が右腕にあり」

 とろろが右腕を前に出して構えを取る。凍姫も同様に構えを取るが、とろろの右腕の切れ味に思わず心情がこぼれた。

「クッ、なんて切れ味だ」

「当然だ。ツッコミとは、スピードとキレが命。故に、ツッコミ士の右腕は、この世に切れぬ物などない至高の名刀なのだよ」

 それを聞いた凍姫が驚愕の表情を浮かべた。

「ば、ばかな……。では、あなたの正体はまさか、○龍との戦いで燃え尽きたと思われていたあの○―ルドセイント、○プリコーンのシュ……」

「言うな」

 顔に緊張を走らせて言葉を紡ぐ凍姫を、とろろが制する。

「それより先は言うはならん。言えば、どこぞの誰かが大変な目に遭うかもしれん」

「そ、そうだな、失言であった。許されよ」

「いや、よい。遺言代わりと思えばな」

「何だと?」

「フッ。もうお主の負けは決まったようなものだと言っているのだよ」

「…………」

 勝利を確信したのか、笑みを深めるとろろ。そんなとろろを目の前にして、凍姫は大きくため息を吐いた。

「……フゥ。まさか、これを使うことになるとはな」

 そう小さく呟き、凍姫が無防備に刀を収め、構えを解いた。

「ば、馬鹿な! この後に及んで構えを解くとは。命を捨てたか!」

「とんでもない。その逆だよ。そんなすごい奥の手を出されては、こちらも切り札を出すしかないと思ってな」

「強がりはよせ」

「強がりかどうかは、これを見てから判断していただこう。見よ!」

 そう叫び凍姫が取り出したのは、銀色に輝く一房の髪。

「そ、それは! ……何だ?」

「これこそ、我が盟友。魔王軍特攻隊長ポルルンより託されし我が切り札。その名もAHOGEだ!」

 ヒュー

「…………」

 とろろが一瞬呆気にとられた後、不意に可哀想な人を見るような視線を向ける。

「……どうやら、絶対的な力の差を見せつけられて気がふれたようだな。気の毒に」

 しかし、そんなとろろの言葉にも、凍姫は表情を崩さない。

「フッ。イカれたかどうかは、これを見てから言うがいい。とう!」

 凍姫が持っていたアホ毛を自分の頭に突き立てる。すると、アホ毛は倒れたりせずに、凍姫の頭にピンと立っていた。

 それを見たとろろは、無言のまましばらく固まっていたが、やがて何かを堪えるように頭を下げた。

「……すまぬ」

「何故謝る!」

「いや、もはや謝罪以外にできることがなくてな。この上は、ひとおもいに止めをさしてやるが情けというもの。覚悟めされよ!」

「ぐぬぬ……。どうやら、非常に不愉快な誤解を受けているようだが、私が伊達や酔狂で、このアホ毛を着けたわけではないということを教えてやろう。来い!」

 両者が無言で睨み合う。張り詰める緊張感の中、ユラユラと二人の頭上に舞い降りたメイド喫茶の割引券が、ちょうど二人の真ん中に落ちた瞬間、両者が動いた。

「死ね! エクス○リバー!」

 とろろが瞬時に間合いを詰め、必殺の手刀を繰り出す。

「なんの! 食らうがいい! 私流秘奥義、宙駆ける私の閃き(そらかけるわたしのひらめき)!」

 とろろの手刀が凍姫へと振り下ろされる瞬間、凍姫の叫びに呼応するかのように、頭上のアホ毛がまばゆい光を放つ。

「ぐあ! 目が! 目が見えん!」

 強烈な光をモロに受けたとろろは、思わず目を瞑り体勢を崩した。技を放つ直前に、しっかりと自前のサングラスをかけていた凍姫は、その隙を逃さずすぐさま追撃の構えを取る。

「からの~、私流最終奥義、陽牙地衝ようがちしょう!」

 そして放たれる凍姫の最終奥義。地面をえぐりながら進むその衝撃波は、目を押さえながら蹲るとろろを巻き込み、近くにあったバーに直撃した。凍姫の技を受けたバーが派手に倒壊する。

「フッ、勝った」

 凍姫が小さく口に笑みを浮かべる。そこに、瓦礫と化したバーの中から満身創痍のとろろが現れた。全身血まみれの傷だらけ。命に別状はないようだが、立っていられないのか、その場にガクリと膝をつく。

「む、無念。某の負けだ。『切り札が実は目潰しというのは展開的にどうなんだ?』とか、『それは剣技じゃなくね?』とか、『その技名なら神速の抜刀術にすべきじゃね?』とかそういうツッコミはすまい。勝利を確信した某の油断こそが最大の敗因。止めをさすがいい」

 言われた凍姫は、無防備な姿を晒すとろろをしばらく見つめた後 静かに刀を収め構えを解いた。

「な、何故殺さん!」

「最初から殺す気はない。我が大将は殺生を好まんのでな」

「……フッ。負けたわ」

 凍姫の言葉に、とろろは自嘲めいて小さく笑い、そのまま地に倒れ伏した。

 勝利した凍姫も、大きく安堵の息を吐いてその場に座り込む。

「やれやれ、どうにか勝ちを拾ったか。これもポルルンのおかげだな」

 凍姫は頭の中で、作戦開始直前のポルルンとの会話を思い出した。

(「凍姫、これを持っていくといい」

 そう言ってポルルンは、自分の頭のアホ毛をスポッと取り外し、凍姫に差し出す。

「こ、これをどうしろと……?」

 差し出された凍姫は困惑した。緊張を解すためのジョークなのかと言いかけたが、ポルルンの表情が真剣そのものだったので飲み込む。

「これはもしもの時のお守り。きっと役に立つ」

「し、しかし、これはお前のトレードマークだろう。私に渡せば……」

「問題ない」

 ポルルンが小さく力むと、取り外したアホ毛のあったところから、すぐさま新しいアホ毛が現れた。

「わ、分かった。ありがたくいただこう。しかし、これはどうやって使うんだ?」

「ピンチになったら頭に突き刺す。そしたら、大人気アニメ『よくある化学の荷電粒子砲』に出てくるヒロイン古都実ちゃん並みの荷電粒子砲が撃てる」

「マジで!」

 そう叫んだのは、近くでやり取りを聞いていた正義だった。

「ウソ。そんなことができるなら、とっくに勇者をフッ飛ばしてる」

「だ、だよな~」

 少し残念そうに言う正義。凍姫はまだ少し困惑しながらもポルルンに尋ねた。

「で、結局これは何の道具なんだ?」

「それは、そのアホ毛の中に入ってるカンペに書いてある。絶対役に立つから持っていく」

「わ、分かった。お前を信用しよう」)

 その会話を思い出し、凍姫が微かに笑みを浮かべる。

「まさか、本当に役に立つとはな。ありがとう、ポルルン」

 そして、凍姫は小さくポルルンに礼を述べた。



「えと、ほんとにボクッちを足止めに来たんスか?」

 フットモココがビクビクしながら尋ねる。

「……はい。すみません、ウチの参謀に、ちょっとここであなたの足止めをしろって言われてて……」

「ええ! ひょっとして戦うッスかぁ!」

 フットモココの顔が露骨に引きつった。

「ボ、ボクッち、今まで戦闘なんてろくにしたことなくて。えと、どうしよう。なんか、魔王軍の人ってすごく強そうッスよね。どうしよう。ボクッち、ひょっとして殺されるッスか?」

 すでに半泣きで尋ねるフットモココに、ポルルンが慌てて首を振った。

「そんな、とんでもないです。ボクも今まで戦ったことないんですぅ」

「ほ、ほんとッスか?」

「はいです。痛いのとか嫌ですもんね」

「ですよね~」

「えと、でもごめんなさい。痛いのは嫌なんだけど、ボクはどうしてもここであなたを足止めしなくちゃいけないんです」

「えう! な、何でッスか?」

「そ、それは……詳しくは言えないんです。ほんとにごめんなさい」

「あ、頭を上げてくたさいッス。分かりました。あなたはいい人ッス。ボクッち、どうせ戦闘では何の役にも立たないし、痛いのも嫌だから、あなたの言う通り、ここで足止めされるッス」

「は、ほんとですか? ありがとうございますぅ!」

「……でも、ここでじっと待ってるのも暇ッスね」

「……ですね」

「あ、そうだ! ボクッちの住んでる部屋、この近くッス。よかったら、そこで足止めしないッスか? ちょうどこの前、○―ファミの○リオカートを買ったッス」

「ほんとですか! やりましょう。ボクは○ッパ使うです」

「ほほう。○ッパを選ぶとは、かなりやりこんでるご様子。では、ボクッちは手堅く○コ○コで」

 そして、二人はゲームの話で盛り上がりながら、歩き始めた。



「おやおや。どうやらアンタご自慢のガデアンズは、全滅のようだな」

「……それがどうした。たとえガデアンズが敗北しようとも、私一人いれば事足りる。だが、さすがに少し気分が悪いな。そろそろ消えてもらおうか」

 勇者が体に怒気を孕ませながら、ゆっくりと正義に向き直った。

「おおっと、やる気満々なところ悪いが、アンタの相手は俺じゃないんだな、これが」

「貴様、この後に及んで何を……」

「あのな、ちょっとは冷静に考えろよ。最後の戦いが勇者バーサス魔王軍参謀じゃ盛り上がらないだろ? やっぱり最後は勇者バーサス魔王じゃないと。ってことで、アンタの相手はウチの大将さ」

 そう言って、正義が素早くスマホを操作する。

「貴様、さっきと言ってることが違うだろうが!」

「いーや、違わないぜ。俺は『いきなり自分とこの大将を突っ込ませる参謀はいない』って言ったんだ。準備が整えば、当然最後は大将の出番に決まってるだろ。そう、アンタを倒す準備が整ったらな」

 最強勇者を目の前にして、正義は不敵に言い放った。

そして、正義の声に呼応するかのように、正義の背後から一人の人物が現れる。マオーだった。よほど疲れているのか、ゼエゼエと肩で息をしている。

「お、お待たせしました、正義さん」

「遅いぞマオー……って、何でラストバトル前に、そんなヘロヘロなんだよ!」

「な、何でって、エレベーターが故障してたから走ってきたんですよ」

「え、マジで? ココ、一〇〇階以上あるぞ」

「だ、だからこんなにゼエゼエ言ってるんじゃないですか」

 正義がガックリとうなだれる。

「まったく、どうしてこう最後まで残念なんだ、お前は」

「ほ、ほっといてください。ハアハア」

「……まあいい。で、あっちの首尾はどうだ?」

「ハアハア、せ、成功です。囚人の解放、行政統括エリアの制圧、商業エリアの制圧、全て成功しました」

「そうか。じゃあ、これで最後だな。ようやくのご対面だ。準備はいいか?」

「ハアハア、は、はい……」

 肩で息をしながらも何とか頷くマオー。

 そんなマオーを見ながら、正義は内心で「ダメかもな……」と思った。


「こうして互いに話をするのは初めてですね、勇者さん」

 ようやく息が整ったらしく、ゆっくりと大きく息を吸ってマオーが言う。

「貴様が魔王か?」

「はい」

「なるほど。で、その格好は私へのあてつけかな?」

「まさか。ただ、こういう格好の方が魔王っぽいかと思いまして。私、形から入る方なんです」

「……そうか。私を倒しにきたそうだな?」

「……はい。もう終わりにしましょう、勇者さん。いえ、もう一人の私さん」

「もう一人の私……か。なるほど。そういうことなら、確かにこの世界の真実を知っていたとしてもおかしくはないな」

 シリアスな空気が漂う中、正義が横にいるマオーをちょんちょん突き、小声で話しかける。

(おい、私さんはどう考えてもおかしいだろ!)

(シッ、ちょっと間違えただけです。少しは空気読んでくださいよ)

 二人が小声で言い合う中、突然勇者から忍び笑いが漏れる。

「ククク……」

 そして、ゆっくりとイレイサーを抜き放った。それを見た正義とマオーの体に緊張が走る。

「まあ、貴様が誰だろうと、魔王軍が何をしようと関係ない。全てを消してしまえば、それで終わりさ」

 静かに言い放ち、勇者はイレイサーを構えた。

 マオーが、すぐさま正義を守るように前に出る。

「正義さん、下がっててください。あとは私が」

「大丈夫なんだろうな?」

 その言葉に、マオーが力強く頷く。

「はい。お任せください」

「フッ。いいだろう。しっかりな」

 正義が小さく笑って、マオーの後ろに下がった。それを見計らったかのように、勇者が口を開く。

「さて、そろそろお別れは済んだかな?」

「ええ、わざわざすみませんね。待ってていただいて」

「何、構わんさ。今生の別れと思えばな。では、さらばだ!」

 勇者がイレイサーを一閃させる。そして、そこから放たれる消去の光。その光は、マオーと正義を包み込み、二人を跡形もなく……

 消し去らなかった。

「何!」

 勇者が驚愕の声を上げる。

 二人は、マオーが作り出したと思われる結界に守られ、無傷だった。

「これは……」

 勇者同様、驚きを隠しきれない正義が結界を見渡す。

「フッ。これぞ、スーパーレベルアップを果たした私のスキル、その名も『M・T・フィールド(魔王トレビアンフィールド)』です。その防御力はコックーンとほぼ同等。イレイサーの一撃だって防げちゃいます」

「おお、すごいじゃないか、マオー。今、初めてお前をカッコいいと思ったぞ」

 ほめられたマオーが、照れくさそうにマスクをかく。

「いや~、それほどでも~」

「馬、馬鹿な……我が最強のイレイサーを……」

 動揺を見せる勇者。そんな勇者に視線を移し、マオーが不敵に笑って言った。

「フフフ。では、最終決戦を始めましょうか、勇者さん。もっとも、漫画やアニメと違って、今回勝つのはあなたじゃないですけどね」

ポンタローの作品を読んでいただき感謝です~


最新話はポンタローのブログからよろしくです~


ではでは~


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