第十章
第一〇章
正義は迷っていた。魔王家の前をウロウロしながら迷っていた。魔王家に着いて早一〇分、その間、ずっと魔王家の前をウロウロ。もはや不審者の領域である。
しかし、正義は迷っていた。魔王家に入るのを迷っていた。魔王家に入ることに迷う理由、それは……
「どうやって入ろう?」
というものだった。
魔王家に入ることはすでに決定している。『問題はどうやって中に入るか?』だった。正義としては、一応大喧嘩した末の決別。そして、啖呵をきって出てきたわけだ。
つまり結構ガチな空気の中での別れ。故に、出戻りは若干気まずいというかバツが悪い。
だから正義は迷っていた。どんな言い訳を並べて中に入ろうか迷っていた。
(さて、どうするか? 何事もなかったかのように入ってみるか? いや、待て待て。いくら何でも、あれだけ啖呵きって出てきた手前、それは無理だろ。いや、確か今、非常事態ってことだし、そのどさくさにまぎれて、何食わぬ顔で入れば……)
「キャー!」
正義の思考は、突然の悲鳴で中断させる。この声、マオーだ。
「…………」
正義が色々と考えていた案を全て却下し、出たとこ勝負に切り換え、魔王家へと入った。そして、急いで居間へと突入し……
「は?」
突入した瞬間、目が点になった。
そこには、オコタに入った凍姫、ポルルン、パルルンの三人と、手の平サイズの箱を持って、一人立ち上がって喜んでいるマオーがいた。
「ど、どうしたんだ、一体?」
状況が分からず、困惑する正義。居間にいる四人の視線が、一斉に正義に注がれる。
「あ、正義さんだ。お帰りなさーい♪」
最初に声をかけてきたのはマオーだった。何やら妙に声が浮ついている。
「お帰り」
「お帰りなさいですぅ」
「遅いぞ、参謀」
マオーに続き、他の三人も次々と正義に声をかける。しかし、正義はまだ困惑気味。
「えーと、どうしたんだ? 何か大変だって聞いたけど……」
その言葉にマオーが頷く。
「そうなんですよ! これを見てください!」
そう言って、マオーが示したのは、先ほどから持っている手の平サイズの小さな箱。どうやらお菓子の箱のようだが……
「これは?」
「知らないんですか! チョコマールですよ!」
チョコマール。コンビニ、スーパーなどで売られている七〇円程度のお菓子。チョコの中にキャラメル、ピーナッツなどが入っており、チビッ子に大人気。なお、開け口のところにマルが付いていることがあり、金のマルなら一枚、銀のマルなら三枚で『おもちゃのドラム缶』と呼ばれる、世代を超えた夢とロマン満載のハッピーアイテムを入手可能に。
当然、正義もチョコマールの存在くらいは知っていたが……
「そのチョコマールがどうしたんだ?」
「ココですよ! ココ! ココ!」
マオーが興奮気味にチョコマールの箱の開け口を指差す。すると、そこには金のマルが付いていた。
「金のマルが付いてたんですよ! もう私、嬉しくって。さっきからずっと興奮しっぱなしです。今まで、金はおろか銀のマルも引いたことなかったのに」
「……大変なことって、このことか?」
若干、体を震わせながら正義が尋ねる。
「はい! この私が金のマルを引くなんて、それはもう大変なことなんですよ。これはもう、宝くじで一等を当てるよりすごいことでヘプッ!」
そこまでが正義の限界だった。正義の右手が真っ赤に燃え、マオーを倒せと轟き叫ぶ。気が付くと、正義はマオーに渾身の右ストレートを叩き込んでいた。
その右ストレートをきれいにもらったマオーが、襖を破壊しながら床に倒れこむ。他の三人は、少し驚いた表情を見せながらも、なりゆきを見守っていた。
「ハア、ハア。まったく、お前という奴は。というか、お前のせいで、俺は……俺は……」
さらに拳を硬く握りしめ、正義が思いを馳せる。
(もしあの時、真央ちゃんを選んでいれば、俺は今頃……)
そこまで考えて、正義は思考を中断した。
「何か、これ以上考えるのアホらしくなってきた。マオー、メシ!」
大きくため息を吐いてオコタに入る正義に、マオーがムクリと体を起こす。
そして、嬉しそうな声で言った。
「はーい♪ ちょっと待っててくださいね♡」
その日の夕食はカレーだった。終始、和やかな雰囲気で食事が進む。マオーもポルルンもパルルンもそして凍姫も、みんな笑顔を絶やさない。時折、何か話題が出れば、それをケラケラと笑い合う。
しかし、正義には分かっていた。これは先ほどの大喧嘩の空気を払拭するための気遣いだということが。そして、それが分かっていつつも、いや、それが分かっているからこそ、正義もその場は笑っていた。
そして食事が終わり、マオーとパルルンが後片付けに入る。ポルルンと凍姫、そして正義は、そのままオコタで食後の休憩。そして程なくして、片付けを終えたマオーとパルルンが居間に戻ってきた。
沈黙が流れる。それを打ち破ったのは、他ならぬ正義だった。
「さて、ちょっと真面目な話をするぞ」
そう言って、四人を見渡す。
「どうしたんですか、正義さん? 真面目な話なんてらしくないですよ」
正義を茶化すマオー。しかし、正義は真剣な表情を崩さない。
「そうだな。確かにらしくない。だが、今回はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? だって、もうすぐお前の大好きな魚屋のおやじが、勇者に消されちまうんだから」
その言葉に、マオーが大きく体を震わせ、他の三人も表情を強張らせた。
「まあ、さすがの俺も、あれだけ飯をめぐんでもらった人が消されるのを、ただ黙って見てるのも目覚めが悪いんでな。だから、ちょっと本気で勇者を倒す作戦を考えてみたわけだ」
正義を覗く四人が、驚愕の表情を浮かべて正義を見る。
「参謀、お前……」
「まあ、最後まで話を聞け。ちなみに、今回に限り異論は却下だ。特にマオー、今回ばかりはやりたくないは許さんぞ。本気でお前の大事な人を守りたいのならな」
「……はい!」
マオーが力強く頷く。
「よし。それでは作戦を説明する。とは言っても、ポルルンちゃん、パルルンちゃん、凍姫の三人は、本番が始まるまでの間、ちょっとした雑用を手伝ってくれればいい。一番大事なのは、マオー、お前だ」
「な、何をすればいいんでしょう?」
「そんなに緊張するな。やること自体は大して難しいことじゃない。お前は明日の朝、スラムにいる奴らを一人残らず集めてこう言うんだ」
そこで正義が、ニヤリと笑う。
「勇者に反乱を起こしますってな」
正義の言葉を聞いたマオーが、立ち上がって叫んだ。
「無理ですよ! みんな、消されちゃいます!」
「心配するな。勇者の方は俺が足止めする」
「え! ど、どうやって……?」
「それはまだ秘密だ。だが、勇者の方は確実に俺が足止めするから心配するな。その際に、他のみんなには少し手を貸してもらう」
正義がポルルン、パルルン、凍姫の三人を見渡す。三人は真剣な表情で頷いた。
「でも、仮に勇者を足止めできたとしても、ゲートにはたくさんのガデアンズが……」
「いくらガデアンズが大勢いると言っても、さすがにスラムの全住民を抑えることはできないさ。要は、お前がどれだけの人数をこの作戦に引っ張りこめるかにかかっている」
それを聞いたマオーが少したじろいだ。
「でも、どうやってみんなを説得すれば……」
「決まってんだろ? 真実を話すんだよ」
「え!」
「全部、洗いざらい話すのさ。この世界のこと、全部な」
そう言って、正義は不敵に笑った。
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